レジェノ国 2
解散して私とメイカとノーマムだけが集会場に残った。集まっていた人達が帰った後も私はどうするべきかを考えていた。今あの盗賊団はあの女の話を聞く限り、カイが先導、支配している可能性が高い。呪術は魔法を習ったものでなければえげつないほどに効果覿面であり、逃れるすべがない。恐らく魔法を以って支配をしているはずだ。しかし子供の誘拐は終焉を迎えていない。カイが何かの目的のためにそれを終わらせずに続けているのだと考えるのが一番妥当だが、その理由が思いつかない。全く以て価値観の違う相手に意識を合わせるのは至難の業である。
「あの少年は何がしたいんだ。」
思わず言葉が溢れる。それさえ分かれば対策のしようもあるのかもしれないが、現状ではそれを知るのは現実的ではないほど難しい。そう思っていたが、横に居たメイカがあっさりと答えをくれた。
「多分あの子は寂しいんですよ!昔から甘えたがり屋なところがありましたし!」
そんなのは火を見るより明らかだと言わんばかりに言われたので、私は押し黙るしか出来なかった。確かにその通りだ。最初にあった時の印象のせいでとても大人びたイメージが合ったが、まだメイカよりも幼い子ども。しかも実母に攫われて知らない人達の中で生活させられていたのだ。甘えたくもなる。そう考えれば、盗賊団の人間たちに殺し合いをさせているのもとても子供らしい考えだ。気に入らないから壊す。寂しいから人を集める。思い返してみればどれも単純で深い思慮など何処にもない。出来事を整理していくと作戦に自ずと辿り着く。よくよく思い返してみれば、彼は私に興味を抱いているというのを女が言っていた。囮は私がなればいいのではないか。私はそれをメイカとノーマムに伝える。
「相手は子供ばかりを狙っているのに、お前で効果があるのか?それにお前が危険だろう!」
ノーマムがそう言うが、平然とそれもちゃんと対策しているというと彼も引き下がった。メイカは最初から私とともに付いてくる腹積もりであるためか、反対の意は唱えなかった。
「どちらにせよ、今すぐにするものでもないだろうし、今日は家に泊まっていけ。」
私としては今からでも良かったのだが、兄が気を遣ってくれたのだ。少しぐらいは甘んじておくべきだろう。私はそれを了承すると、ノーマムの案内でメイカを連れ立って彼の家に向かった。集会場を出て直ぐのところが住居エリアになっており、煉瓦の丈夫な家が立ち並ぶ中にノーマムの家はあった。面積自体はそれほど開くないが、2階建てに屋根裏部屋も付いており、中々に立派な家である。地元に住んでいる時ではこんな所に住めるようになるとは思えなかっただろうと兄を見た。彼はそれに構わず扉を開くと、私達も中に招いた。
「どうだ。結構いいところだろう。」
自慢気に言うノーマムに私はああそうだねと素直な感想を伝える。メイカも同様に天災が来ても中々耐えてくれそうだと絶賛していた。気を良くしたノーマムが鼻を高くしてから、思い出したとばかりにちょっとここで待っていてくれと言ってから二階に上がっていった。何か用事があったのかとも思ったが、多分寝込んでいるという妻に一言声を掛けに言ったのだろうと自分の中で解決させる。
「ノーマムさんはお兄さんと一緒で優しそうな人ですね!」
メイカもそれを察したらしくノーマムの上がっていった階段の方に目線を投げながらそう言う。ノーマムは地元に居た頃から責任感の強い男だった。私達弟が何か失敗してしまっても自分のせいだと責任を請け負うことが多く、そういうところが人に評価させて彼は私達のリーダー的な存在だった。長男が割りと自由人だったのもあって彼はまとめ役をよく務めていた。メイカと彼の話題で少し盛り上がっていると、照れたような顔をしたノーマムが降りてきた。
「あまり恥ずかしい話をするな。」
兄は私の頭を軽く小突いて台所に立った。どうやら一階での会話が二階に丸聞こえだったらしい。
妻が倒れ子供がいなくなっても生活はしなければならない。粗さの目立つ男の料理を見ると、手慣れていない感じが伝わってくる。普段は料理は奥さんがやっていたであろうことは容易に考えつく。美味しいので不満があるわけではないが、私も料理をすることは殆ど無いので同情してしまっているのかもしれない。私なんぞに同情されたくはないだろうが、それがわかっていても同情してしまう。三人で机を囲み食事を終えると、明日の作戦についての話になった。
「実際のところ、作戦って何処まで思いついているんだ?」
ノーマムからもっともな質問が飛び出した。私はそれに今思いついているのは行き当たりばったりなものだということを伝える。具体的な内容としては、今日集まってくれていた人に聞いた子供が神隠しにあったと思われる場所に一つ一つ出向き、私が囮となって待つ方法だ。そんなものは作戦とは言わないと酷評を受けたが、それ以外にやりようもないのでしかたがないと返す。兎に角と前置きして続けて、もし思惑通り敵が引っかかったら行き止まりになっているところまで誘導して、そこで相手と対決する。とても単純であり、今回に事件を解決させるには最も有効な手であることは間違いない。
「じゃあ、あたしはその誘導先で待機してますね!叩くんなら徹底的にやったほうが良いでしょう?」
メイカは任せろと力こぶを作るように見せて助力を表明した。するとノーマムも俺もそこに参加すると言う。
「一日二日で誘拐犯が顔を出すか分からねぇ―が、やるしかない。」
大体意見はまとまった。今日は未だ暗くなるまで時間があるので場所の確認をしたい。私はメイカを連れて辺りの散策をする旨をノーマムに伝え、私達は家を出た。相変わらず多くの人が行き交う通りは混雑していて、一人あたりの使える面積はそれほどない。慣れた住民などは、器用な足さばきで通りを抜けていくが、来てすぐの私たちにはそれがとても難しい。ある程度は慣れておかないと、明日の作戦に支障をきたしてしまいそうだ。歩幅を調節してできるだけ人とぶつからないようにして通りを進む。使えそうな裏路地などがあるば良いのだが。生ごみが袋にまとめられているものが沢山置かれたところを進むのには勇気がいるが、奥がどうなっているのか確認して置かなければ、此処ぞという場面でボロが出てしまう。
「あの!」
道探しに夢中になっていた私の鼓膜が甲高い声で揺らされる。驚き振り向くとメイカが頬を膨らませてこちらを見ている。どうしたのかと聞くと、彼女は無言で手を私に差し出す。手を繋いで欲しいのか。それぐらいすぐに言えばいいのに。そう言いながら繋ぐと、彼女は何回も言ったのに無視されたと拗ねたように言う。人の声が行き交っているのもあるが、私が道探しに集中しすぎていたせいで彼女の機嫌を損ねてしまった。私は彼女に一言謝ってから逸れないように手を強く握る。彼女は機嫌を取り戻したように華やかな表情を取り戻した。それにしてもメイカにもこんな幼い部分があったのかと微笑ましく思う。大人に甘えるのは子供の特権なのでメイカにはもっと甘える事を覚えてもらいたいと思った。
手を繋いで丁度良さそうな道を探して練り歩いている中、私達は漸く使えそうな道を見つけ出した。そこは住宅エリアの抜ける少し手前のところである。ゴミも少ないので最奥までいけるし、ここには他の裏路地と違い、人の気配が全くと言っていいほどない。
「ちょっと怪しいところですけど、此処でいいじゃないですかね!」
「人も居ないし、誘拐のリストにあった場所にこの近くが確かあった。ここで決定だな。」
アチラコチラをぶらぶらしたので疲れもあるが収穫も大きい。そろそろ家に帰るかと思っていると、路地に人が入ってきた気配がしたので、メイカの手を引っ張り、口元を手で抑えて太い水道管や配線が撓んでいる所に身を隠す。メイカは突然の出来事に動揺して悲鳴を上げそうになっていたが、口元を抑えているためそれが漏れることはなかった。私は顔だけを出してこちらに歩いてくる人物を確認する。二人組でどちらとも男。警護団の建物に刻まれていたマークが刻印された防具を着ており、談笑しながらも周りを見渡しているのを見ると、巡回中なのだろう。こんな所に入ってきているということは、巡回の途中でサボっているのかも知れない。それなら丁度いい。警護団の情報がもらえるかも知れない。
「お前あれ聞いたか。」
「あーあれか。あれ絶対おかしいよなぁ。上層部の連中はそれで甘い蜜吸えるからいいかもしれないけどよぉ。俺達は報酬も上がらずに批判受けるばかりだからな。勘弁してほしいぜ。」
二人揃って兵士は溜息をつく。あれとは一体何のことだろうか。通りから見えなくなるまで進むと二人は足を止めてべらべらと上司への愚痴をこぼす。あれについては言及されなかったためもどかしい気分になる。直接聞きに行くわけにもいかないし、そう考えていると兵士の一人が苛立ったように頭を掻き毟ってから欲しかった答えを吐く。
「誰に命令されたのか知らないけど、神隠し事件には手を出すな、だろ?こちらとら市民を守るために警護団に入団したのに明らかにやばそうな事案を放置なんて……」
「絶対裏があるよな。子供ばかりを狙って悪質だし、普通ならすぐに犯人探しが始まるのに今回は全部のノータッチで、噂じゃあ反発した奴は打首されたっていうじゃん。もうこの国は駄目なのかもしれねぇ―。」
思っていたどおりの状況だったらしい。現場の兵士はやはり現状を可笑しく思っている。しかし重すぎる処分を前に二の足を踏んでいる状況なわけか。警護団の人間も苦労しているようだ。それにしても下の人間には訳も話さず命令しているのか。よっぽど切羽詰っているとしか思えない。普通なら適当な理由をつけてでもその命令に対する目的を話すべきだ。それは余計な混乱を避けるためでもあるし、大義名分を得るためでもある。それがなければ不信感を買ったりとデメリットが多分に発生する。この国で何かもっと恐ろしいことが起きようとしているのかもしれない。私はメイカの口元を手で抑えているのも忘れて手に汗をかく。ふと気付いた時には、メイカがそれをぺろぺろ舐めていて慌てて離した。
「じゅる……うん。それにしても良いコト聞けましたね!」
口元にたれた唾液を舌を使って回収すると彼女はそう告げた。もう二人の兵士は立ち去った後だったので、そこそこの音量で話す。
「確かに良いことは聞けたがね……」
内容的には良いことではないのでどうもちぐはぐな気分である。盗賊を捕らえて盗賊団の本拠地やカイの居場所を聞き出すつもりが、もっと大きな問題を紐解かなければなれなくなりそうだ。こんなことならば、メイカの母にアジトの場所だけでも聞くべきだったと後悔した。




