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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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リバロー村 3

 食事を終えたのは日が落ち、景色が漆黒に染まった時分だった。


 私は膨らんだ腹を撫でてから目線を台所で洗い物をしているユラに向ける。すると、丁度終わったらしいユラもこちら向き目が合う。ミラは食べ終わるとともに私の膝の上で眠りについたのでベットに寝かしつけている。つまりこの部屋には私とユラの―厳密には寝ているミラがいるが―二人きりだということだ。


「少しお話宜しいでしょうか」


 変に緊張し始めていた私に彼女はそう呟いた。表情を察するに明るい話ではないのだろう。疲れを見せる目元や無理に微笑んでみせる態度に無理が感じ取れる。人の機微というものに鋭い方ではないが、この表情はどうみてもそうだ。彼女につられて私の気持ちも沈んでしまいそうだ。そんな気持ちに気付いたのかユラはこちらに近寄りそんな顔をしないで下さい、大したことではないですと朗らかに告げる。その気遣いに緊張を解された私はずっと気になっていたことを尋ねた。


「やはり、この村ではなにかがあったのですね。」


「ええ、ありました。もう終わってしまったことですけど、ついこの間、この道なりに行ったところにあるヘーガー小国という国にこの村は攻め込まれたんです。勿論、小国とはいえ軍を持った国です。戦えるものなど居ない私達の村が勝てるはずもなく、あっという間に土地は制圧され、労働力になる大人の男たちは手錠をかけられ連行されていってしまいました。」


 沈痛な面持ちでユラは簡潔にそう語った。


 しかし、私の中では大きな疑問が蔓延る。何故今頃村への制圧作戦などを小国が行ったのか。ユラの話ではヘーガー小国が軍を持っているのも此処最近の話というわけでもない。それなのに、今まで攻めなかったこの村をどうして今このタイミングで攻めたのか。疑問をのままにしておくのも気持ちが悪いのでユラにその旨を伝えると、きっと……とつなげた。


「彼らはこの村のリシャンタの実に興味が有るのだと思います。以前に小国からの使徒がここにやってきてこの果実を全て受け渡せと言ってきていたのです。多分、この実と樹を独占して他国との輸出入で上位に立とうと考えたのでしょう。しかし、村長はその場で拒否したのであちらの貴族様に不評を買ってしまったのだと思います。」


「そんな横暴な……」


「私達のような小さな村ではよくあることなのだそうです。他の村でも同じような話を度々耳にしましたし、ここが特別ということはないのです。でも……」


 ユラは様々な感情が溢れかえり次の句を口にすることは出来なかった。芯の通った母親の顔がすっかりとか弱い少女のような顔になっていた。私は居てもたってもいなれなくなり、彼女を抱きしめて、背中を擦る。背中を震わせながらしゃくりを上げる彼女は、とても弱く見えた。






「ありがとうございました。もう大丈夫です」


 私の胸から上げられた顔には先程までの曇は一片も感じられなかった。やはり、この人は強い人なのだろう。目尻に残った涙の残滓も独りでに消え失せる。


「余計な心配を掛けてしまいましたね。溜まっていた鬱屈とした思いも貴方のお陰で随分と晴れました。」


「いえ、私は何もしていませんので」


 ユラはそれにそんなことはないですよと軽口を洩らし、いつもの微笑み顔を披露してくれた。実際心労が消えたわけではないだろうが、幾分かましになってくれたのなら幸いである。世の中というのは理不尽の連続だと実家の近所の老人がうわ言のように呟いていたが、あながち間違いでもないらしい。幼い子どもと二人で生活していくなど誰かしらの保護がなければ生活が成り立たない。今彼女らが置かれている状況はどう考えても最悪に近いものだ。私は入村して直ぐのあの少女に手を引かれていなかった場合を考える。更に背筋が凍る思いをした。椅子の背もたれが情けない音を立て、急拵え(きゅうごしらえ)の床はギイギイと鈍い叫びを上げる。


 口元を強く結ばせてから私は溜め込んだ覚悟を発するように開口した。


「私は人を心配することに余計なものなど無いと思います。まだ会って数日ですが、あなた達が困っているのなら助けになりたいと思えます。私も旅をしている者なので長期的にここに逗まる(とどまる)ことは難しいですが、精一杯の協力はさせてもらえます。」


 一切の淀みなく私は割りと恥ずかしいセリフを吐いた。


 地元でぬくぬくとあまり不自由なく育った男にこんなことを言われても嬉しくないかもしれないが、そう宣言しなければ私の心が晴れないような錯覚を起こしたからだ。別の言い方をするなら、自己満足というやつだ。所詮、自分なんぞにできることは高が知れているというのは、昼間に痛いほど味わった。そんな私がこのような綺麗事を言った所で役に立たない事は、請け合いだ。それでも、私は自己満足を貫かざる負えなかったのだ。第一に彼女たちの為に、そして何より自分のために。



 その後は軽い明日の打ち合わせを済ませてから、ユラはミラの待つベットへ、私は橙色の草が敷かれた布団に身を横たわらせた。薄暗い月光に照らされながら、自然に瞼は下降した。





 ドタドタと忙しない足音が私の寝ぼけた鼓膜を震わせ、意識を覚醒させた。


 上体を上げると、そこには数人の村人に詰め寄られているユラの姿写る。全く状況が読めないが彼女が責められていることは確かのようなので、眠り眼を意識的に開いてから私は彼女が押し問答に遭っている玄関口に向かってどうしたのですかと声を掛けながら歩みを進めた。すると、先頭で大きく口を開いていた年配の女性がヒステリックでも起こしたような風体でこちらを向き、そして再度ユラへ目線を戻した。素人仕込みの扉は悲鳴を轟かせているが、そんなことはお構いなしに女性はドア枠を軋ませるように手を置きながら激昂した。


「ユラさん!!!こんな若い男まで連れ込んで……呆れて言葉も見つからないわ!!!良いわよね、若いと身体に物を言わせて言う事を聞かせることが出来るんですものねっ!!」


「ミシャニカさんの言うとおりだわ。きっと小国に村の情報を渡したのもユラさんだわ。だって、ユラさんは元々旦那も亡くなっているし、この襲撃で失うものなんて無いですもの」


「そうよ、そうよ」


 腹の出た薄汚い緑の着衣の女と目元に小皺が目立つ女、そして便乗することでしか意見を言えなさそうな幸の薄そうな女が口々に言いたい放題ユラを口撃しているのだと、寝ぼけた脳でも理解できる。雰囲気からして強い口調で罵っている腹の出た女がリーダー格で他の二人は恐らく只の腰巾着だろう。思考時間を終えた私はユラと三人組の間に割って入った。


「こんな朝早くから何事ですか。要件なら私が聞きますが」


 ユラを背で隠すようにして三人を威圧するように見下ろす。すると、先ほどまでの勢いが嘘だったのではないかと思いたくなるほど一気に静まった。私の無駄に大柄な身躯が思いの外彼女らをビビらせることに一役買えているらしい。そうなれば、後は勢いを崩さずに攻め立てるだけだ。


「要件がないのならば早く去ってはくれませんか。そこに居られると迷惑です。」


 あくまで言葉は丁寧に、しかし口調は厳しくすることを心がけてそう言うと、彼女たちは渋々といった感じで帰路についた。姿が見えなくなるまでその場から見送り、私は扉を閉じた。扉の開閉に使われる金具の丁番ちょうばんは、私の陰鬱な気持ちのように耳障りな奇声を洩らした。その扉に向かったまま溜息をついてから振り返り、ユラに大丈夫であるかを確認した。彼女は悲しげに笑ってから大丈夫だと告げてくれた。そこから数分の時間をおいてからユラがしっかりと落ち着いたのを目視で確認してから、私は事情の説明を求めた。


「先ほどいらしていたのは、村長とその囲いの人たちです。彼女たちはどうやら私が気に入らないようで前々からこんな風に当たられていたのです。それが今回の出来事で更に悪化してしまって……でもそれも仕方がないことではあるのです。彼女たちは今回の一件で夫を失い、様々なものを失ってしまったのですから。その点私は夫も数年前に亡くしてしまったので……」


「それはおかしな話だ。ユラさんだって沢山の物を失くしている。それにこの出来事の元々の火種は村長がリシャンタの実の譲渡を拒否したことにあるだろうに……いや、むしろだからこそユラさんを標的にして矛先が自分に向かないようにしているのか。その方がしっくり来る。」


 考えこむように握った拳を顎に当てていると、前方からふふっとにこやかな音が零れた。一旦思考を中断して顔を上げると口元に手を当てているユラが弁解を始めた。


「私よりも真剣に私のことを考えてくれているのを見ていると何だか可笑しくて。それに、口調も昨日までの丁寧な物言いから崩れてますし。」


「……すいません。寝起きで頭が回っていなかったみたいです。」


「いえ、私は逆に崩してもらえたほうが嬉しいですからそのままにしてもらえませんか。そちらの方が貴方に近づけた気がするのです。」


 急に顔を接近させたため思わず顔に朱が差す。こんな間近で人の顔を観察することなんて余程のことがなければ無いが、この距離ならば彼女の頬にも自分同様のものが差しているのが確認できる。それを意識が捉えると更に赤面してしまい、反射的に私は目を逸らしてしまった。でもそれはとても失礼に当たる行為だろう。罪悪感からそらしてしまった目線をチラリと戻すと綺麗な漆黒の瞳が私の目を捉える。


「嫌……でしょうか」


 そんな問い方をされて拒否ができる男がこの世で一人でも居るだろうか。いや、いないだろう。私は善処すると彼女の耳に届くか届かないかくらいの蚊の鳴くような声で応えた。そんな私にユラは優しい表情で応えてくれた。

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