レジェノ国 1
レジェノは古きよき商業で栄えた旧式の国である。皆が人とのつながりを大切にしてそのつながりを持って国が成り立っている。目的地であるここに到着した私達が最初に目にしたのは、広場の中心に置かれた立派な古時計。カチカチと確かな時を刻んでいる。煉瓦が綺麗に敷かれた床はとても華やかであり、これも客を楽しませる工夫なのだと見て取れる。港の近くということもあり、海外からの人の出入りが多いここは来るものを拒まず出るものも拒まない。盗賊団からしたら攻め込んでくれと言っているような国だ。それが今まで何故怒らなかったのか。簡単な話である。レジェノの王は、昔は英雄と呼ばれるほどの猛者でレジェノに手を出すことは即ち彼に手を出したと同義になってしまうからだ。誰もそんな命知らずはいなかった。そう今までは。
「そんなに来ることがないですが、人が多いですね!」
鞄を背負い直しているメイカがそう言う。
確かに人が多い。人間がこんなに集まるのかという程に横を通り過ぎる人たちは大体肩がぶつかっている。ここまでの多さに慣れていない私は少し人に酔ってきたが、弱音を吐いているわけにもいかない。早急に兄を探さなければならない。ここに住んでいる兄は我が家の次男で、私との歳の差は三つくらいだ。非常に人当たりがよく、小さい頃はよく私達弟の面倒を見てくれていた良い兄である。
「取り敢えずはお腹も空いたし、情報収集がてらで店でも回るか。」
私がそう告げると、メイカは力強く頷き同意を示してくれた。
人が混み合っているため直ぐにで店のエリアまで辿り着くことは出来なかったが、人々を掻き分けてどうにかこうにか辿りつけた。こんなに人が多いとお金をスられてもわからないな。一応確認すると、財布があったので安堵する。少し気をつけながら動いたほうが良さそうだ。
「あれ食べましょう!」
私を先導しながら出店を見回しているメイカが指差した方向には、肉を串で焼いたポピュラーは屋台があり、肉の表面が炙られて垂れた肉汁の音が食欲を駆り立てる。これは私も食べてみたいな。彼女に同意して店に向かい串を二本頼む。店主ははいよと快活に返事をしてから焼いていた内から二本を選んで秘伝のタレの入っている壺にそれらを沈めると串はテカテカと輝いて肉には濃厚なタレが絡んでいる。代金を支払い串を受け取る。忘れかけていたが兄について聞いておく。すると、あの人なら警護団の本部に行くって言っていたよと教えてくれた。図々しいが警護団の本部の位置も教えてもらい、私はお礼を言ってそこを離れた。メイカの方に顔を向けると、未だ食べては駄目かと言う顔をしている。食べてもいいのだが、こんな所で歩き食いをしていたら、誰かにぶつかった時に、タレが相手の服についてしまう可能性が高い。どこかで座って食べたいが。そう思い見渡すとすぐに三四人がけの長椅子が見つかり、メイカをそこに連れだって座した。
「いただきまーす!」
メナカナの家で私がやっていたのを真似するようになっていた彼女がそう祈りを捧げ、熱々の肉を頬張った。溢れるほどに付着したタレが喉を伝い、肉を噛み砕く奥歯では旨味が弾ける。私もそれに倣い、祈りを捧げてから食す。
「美味い!」
私とメイカの声がハモった。
認識を改めなければならないかもしれない。こういう屋台は味付けが乱雑で家で食べるご飯のほうが美味しいと思っていたが、これはこれで家のご飯とは全く違う美味しさがある。後、外で食べているというのもあるのかもしれない。メナカナ高原からの長い道のりを歩き、疲れてもう何でも食べられればいいやとなっていた時期もあったのも大きい。スタミナを付けたいのならやはり肉ということか。普段薄味を好むメイカも今日ばかりは濃い味の肉をモゾモゾと食べている。
あっと言う間に完食を果たす。疲れは最大のスパイスとはよく言ったものだ。私達は満足感に包まれながら先ほど髭面の店主が示してくれた警護団とやらがあるという場所に向かう。彼が言うにはこの出店のエリアを抜けた先だからわかりやすいと言っていた。恐らく大きな建物なのだろう。
「多分ここだな。」
柵で囲まれた門があり、出入口の左右に槍を持った兵士が構えている明らかにここですよと言わんばかりの装いである。逆に此処ではないなら何処なのかと聞きたくなるレベルだ。一応門番の人に聞いてみると、やはりそうだったので断りを入れてから私達は三階建ての大きな建物に入っていった。中には鎧を着たものや大きな鞄を背負った商人や様々な人達が散見できる。受付を見ると、部門ごとに役割が分かれており、護衛部門や生活部門や商業部門など事細かに分業している。よく出来たシステムだと感心していると、護衛部門のところで叫んでいる見覚えのある男を見つける。それは私の兄、ノーマムで間違いなかった。やっと見つけたと思い、話しかけようとしたが彼が尋常ではない状況であることを察し、少し静観することにした。
「何時になったらウチの息子達は見つかるんだ!」
机を強く叩いたノーマムの頬には悔し涙が伝っていた。返答に困っている受付嬢は他のスタッフを呼んでノーマムはその男性スタッフたちに腕を持たれて連れだされていった。私達も慌てて彼の行く先に向かう。
「畜生!畜生ォ!!」
地面を殴っている兄は喉を枯らすほどに弱々しく叫んでいた。私は即座に彼に駆け寄ると、彼の肩に手をおいた。兄は私を確認するために振り向くと、表情を一変させて驚いた顔をする。そりゃあそうだろう。地元に残っていたはずの私がここにいるのはどう考えてもおかしい。ノーマムは、ついに幻覚を見るまでに精神がおかしくなっているのか自嘲気味にいってきたので、私は幻覚じゃないから安心してくれと返す。
「じゃあ本当に弟なんだな。」
彼はふぅと一息ついて譫言のようにそうかそうかと呟く。
「それより兄さん。もしかしてだけどさっきのあれって例の神隠しのことだったりするかな。」
彼はそれに対してああと短く返したかと思うと、思い返すように事の顛末を語ってくれた。
その日はよく晴れた日で、ノーマムはいつも通り店に。妻は買い物に。子供たちはその辺りをぶらぶらしてくると言って出て行った。まだ小さいので二人だけで行かせるのは不安だったが、それほど遠くまでは行かないだろうし、妹の方に何かあれば、兄であるお前が守るんだぞと言い聞かせておいた。勿論、本当にヤバイことが起きたのなら迷わず逃げろとも教えていた。しかし、仕事を終えて帰り着くと、妻が慌てて自分に縋り付いてきて子供たちが未だ帰ってきていないことを知らせた。もうかなり遅い時間だったので、心配した俺は店の仲間や知り合いに頼んで子供の捜索を始めたが、もう暗くなっていたし、捜索は困難だった。その日は結局見つからず、次の日もその次の日も店長には事情を話して休みをもらって探したが一向に見つからない。精魂尽き果てて警護団に捜索届けを出しては見たものの、警護団は一切動いてくれない。心の病気を患った妻は床に伏せて、自分も後どれくらい精神が持つかわからない。
訥々と語られた内容はあまりに悲惨なものだった。しかも神隠しということはあの盗賊団に捕まっている可能性が高いわけで、息子さんや娘さんが生きている可能性は限りなく低い。あの少年が、捕虜をどのように扱うかなんて碌な扱いをしないのは目に見えている。悲痛な表情を浮かべるノーマムの顔を見れば、どれだけの苦労をしたのかは一目で理解できる。
「作戦を立てなければ……」
私の言葉を聞いてノーマムがふと顔を上げる。
「探すのを手伝ってくれるのか?」
藁でも縋るような面持ちに圧倒されそうになるが、あの少年には私も悪夢をプレゼントされた借りがある。数倍にして返してやろうと思っていた。私は彼の手を強く握りしめて当たり前だろうと返し、彼の手を握り返してくれた。
ノーマムに聞いた結果、この国で神隠しにあった子達は全員子供でその親たちで組んだ被害者の会もあるらしい。取り敢えずはそこに向い、他の人達がどんな被害に受けているのかを聞く必要がある。ノーマムに紹介されるがままに付いて行くと、そこには長机が置かれた一室があり、そこに並べられた椅子に親御さん達が悲痛の面持ちで並んでいた。少し上を見上げると、旗が掲げられており、神隠し被害者の会と筆で達筆に書かれていた。私達は一人一人に挨拶してから話を聞いていく。
あまり気持ちの良い話ではないため割愛するが、全員が目を離している間。この国の内部で起こっている。警護団は相手にしてくれない。ここまで聞いてもうだいたいわかってきた。要はもう既にこの国の上層部があの盗賊団に屈している。そう考えずにはいられない。国の内部で起きているだけならまだ相手が上手い手口を使っているというだけの話であるが、国お抱えの警護団が何もしないとなるとそうとしか思えない。しかし困った。そうなると大人数での人海戦術などを行うと国側にストップを掛けられる可能性が高い。そうなってしまっては被害が増えるばかりである。
「なにかいい方法は……」
腕を組んで考え込んでいると横に座っていたメイカが私の服の袖を掴む。私がどうかしたのかと聞くと、誰かを囮にして呼び寄せるしか無いのではないか言ってきた。確かにその通りではあるが、此処に集まっているのは子供を失った人達であり、その人達にそんな作戦を言うのは非情というものではないだろうか。それに肝心の囮になる子供が居ない。そう耳打ちすると、あたしではどうかと聞いてきた。未だ大人とはいえないが、子どもと分類分けするには厳しくないかと素直な感想が溢れる。それに対してこんな時だけ子供扱いしてくれないんですねと意地悪な顔をする。メイカは放っておいた方が良い。そう結論づけた。




