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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メナカナ高原 9

 女は取り敢えずは現状維持にしてから数日が過ぎた。


 私は漸く呪術抵抗力を身に付けて悪夢から開放されている。それに身体能力を強化するあのお手軽魔法は、相性が良かったらしく少し程度なら、次の日の筋肉痛を覚悟すれば使えるようになり、これにはメナカナやメイカもびっくりしていた。その日の訓練を終えて空も暗くなった時分、当初の目的を果たした私はレジェノに向かうことを二人に伝えるべく、二人を集合部屋であるいつもの部屋に呼び出した。ついでではあるが、拘束を解かれている女もその場にいるがそれほど問題もない。


「そろそろ私はレジェノに向かおうと思っています。」


 一言宣言するとメナカナは残念そうな顔をしてメイカはニコニコと笑みを崩していない。思っていたより引き止められたりは無さそうだ。少し寂しい気はするが、これが当たり前だ。


「明日の朝にはここを発とうと考えています。今まで本当にお世話になりました。」


 私は誠心誠意をこめて頭を下げる。魔法という未知の力があったため彼女らを頼る他なかったが、それにしてもその間のごはんや身支度の管理などあれやらこれやら世話になった。思えば危ないところを助けてくれたのもこの二人である。私が頭を上げるとニコニコとしていたメイカがそれはいいがレジェノまでの道程は分かるのかと聞いてきた。そういえばこの場所は気絶した後連れられた場所なので位置を未だに把握していない。これは困ったと思っていると、メイカは人差し指で自分を指してからあたしが案内しますよと言ってくれた。なんでもレジェノには買い出しなどで行ったことがあるらしいので安心しろとの事だった。メナカナに確認を取ると、どうぞ連れて行きなさいとのことだったのでお言葉に甘えることにした。


「明日からが楽しみですね!」


 にこりと微笑んだメイカは歳相応で可愛らしい表情を浮かべた。



 夕食を食べ終わり部屋に帰り着くとメイカが今日は一緒に夜更かししましょうと言ってきた。朝は早くから行動したいので断りを入れたいところだが、案内役をかってでくれた彼女をそんなおざなりに扱うのはいかがなものなのでその案に乗ることにした。


「移動手段はやっぱり徒歩ですよね。うーん、でも結構ここからでも距離ありますからねぇ。」


 お互いのベットは距離があり話し辛いとの事で、彼女は今私のベットに腰を下ろしている。私のそんな状況で横になるわけにもいかず彼女の横で腰を落ち着かせている。枕を抱きしめながら目を輝かせている彼女を見ていると、私よりもよっぽど彼女のほうが旅人に向いているなと感じる。私が家を出た時、ドキドキやワクワクは心の隅にはあったが全面にあったのは面倒臭いということに尽きる。出稼ぎに行った兄達や嫁に行った姉も私が旅に出ることを知れば、あいつに出来るわけがないと鼻で笑うこと請け合いである。父の遺言が今の私の行動を駆り立てているだけなのだ。そんな宿命も因果もないのに旅を待ち遠しくしている彼女は、見る人から見れば子供っぽいと思うかもしれないが、私から見ればとても羨ましい性格だ。


 メイカの顔を眺めながら長考していたせいで、見詰めるような形になってしまう。メイカの顔が赤くなっていっているのでそれに気付く。いけないと思って目線を外し、質問に答える。


「うん。距離はあるけど乗り物は使えないだろうし、野宿しながら高原を抜けるくらいしかないんじゃないかな。」


 返答し終えると彼女に向き直る。メイカは何故か膨れていたが、原因は不明なので放置して話を進める。


「それはそうとあの一応君の母親の当たるあの人はどうするんだろう。数日経っても何も行動起こさなかったし、初日より落ち着いてきてるからそろそろ現状を打破すべきだろうけど。」


 目下の問題どちらかと言えばソッチの方が大きい。旅に関して云えばやることは決まっているのでそれほど気にすることはない。しかしあの女の処遇については違う。あれをどう扱うかによってとても嫌なことになりそうな予感がするのだ。私がそう言うと、メイカは真剣な顔に戻して顔を横に振ってからおばあちゃんはもう少しこのままでと言っていたと告げた。それはなにかとても危ない感覚を覚える。明日の朝に旅立つ時に一言言っておこうか。


「それよりも!」


 ドタンと言う音を立てて私は左側頭部をベットに叩き付けられる。衝撃を緩和してから目を開けると、撓垂れ掛かるようにメイカが上に乗っている。柔らかい胸が右腕に押し付けられ、時折硬い感触も覚える。手は完全に股に挟まれていて動かすことも出来ない。真剣な顔も何処へやら。だらしなく口角は緩み、目尻は下がりきっている。酒は飲んでいないはずだがどうしたものだろうか。私は彼女をどかそうと身を捩ろうとするが、それは彼女の手によって完全に止められている。


「ふふ、動いちゃ駄目ですよ。」


 駄目と言われてもそもそも君のせいで動けないとは言うまでもないセリフだった。私は諦めたように溜息をつく。少し意識を向かわせれば彼女が魔法を使って身体能力を強化しているのは直ぐ分かった。そこまでして私を抑えこんで何をしたいのかは分からないが、彼女にとっては大切な行為なのだろうからちゃんと見守ってやろうと自棄を起こしながらも思い至った。


「やっぱり甘えさせてくれるんですね!本当に……お兄さんが欲しくなっちゃう。」


 赤い舌が私の右耳の縁を撫でる。ベトベトした唾液は縁をたどりながら緩やかなカーブを描く。そこを舐めきると、次は耳の穴に舌が侵入する。ゾクリと背筋が凍る様な感覚に襲われるが、私はそれに耐える。ちらりと見えた彼女の表情を見て察したのだ。その光の差し込まない瞳はホンの少しでも衝撃を加えれば折れてしまいそうで。本人は気にしていない素振りで誤魔化していたが、母親のことは本人が考えている以上にストレスになっていたみたいだ。完全に私はそれに対する配慮が足りなかったといえる。だからこそ、今は彼女の好きにさせてあげるべきである。


「んん……お兄さん」


 飽きのせず無心で舐め続けるメイカは甘えるように体を擦り付けてくる。ミラもしていたが人間の本能なのかも知れない。いや、人間というより動物的なものに近い。嬉しそうに甲高い声を上げながら、長々と舐め続けるのは体感にして数十分で終わった。淫靡な音とともに唾液のアーチを残して口が離れる。口元に残ったものを自身の舌で舐めきると、満足したといった風に顔を綻ばせて私に抱きついた。


「お兄さん、おやすみ!」


 そのまま彼女は眠りについた。その様はまるで何も考えたくないと言わんばかりに傲慢で、助けてほしいと行っているように儚げな、そんな様。


「ゆっくりおやすみ。」


 私は寝入った彼女にそう言うと、自分も眠りについた。




 次の朝がやってきた。


 私より早く起床したらしいメイカは起きた時には、部屋の中にはいなかった。多分朝ごはんの準備にでも邁進しているのだろう。本当に良く出来た子である。メイカが家を開けている間のメナカナが心配になるレベルである。軽くストレッチをしてから体を起こし最後に腰の筋を伸ばす。頬を叩き気合を入れなおしてから台所へ向かうために廊下に出る。


「そこで何をしている。」


 庭で一人空をじっと見つめていた女に私は声を掛けた。もう拘束はしていないので行動は自由だが、奇妙な行動は慎ませるべきだ。女は私を確認すると舌打ちをし、お前には関係のないことだと吐き捨てて寝泊まりをしているメナカナの部屋に帰っていった。朝ごはんは食べないようだ。彼女の問題を解決しないまま旅立って大丈夫かと心配になるが、もう決めたことなので今更変更するわけにもいかない。それにレジェノの様子も気になる。この数日、この外部の情報が一切はいらない所に居たため場現状を把握できていない。もしかしたらレジェノでまたなにか新しい被害が起こっているかもしれないのだ。それにメナカナが居る限りここであの女が何かを起こすようなことは出来ない。あの圧倒的な力の前ではすべてが無意味だ。


 女と立ち変わるように空を眺めていると、後ろから聞き慣れたお兄さんと私を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとエプロンをしたメイカがご飯ができましたよとお知らせに来てくれていたのだ。私はそれにじゃあ温かいうちに食べようかと答えると、暖炉で温まった部屋へ入室し、体力を蓄えるように朝飯をかっ食らった。



「それでは行ってきます。」


 身支度を整えた私とメイカはメナカナにそう告げて家を出た。メナカナはそれに怪我のないように気をつけて行ってきなさいと私達を労ってから、快く見送ってくれた。私達は彼女に大きく手を触れながら、ゴールまでの長い道のりを歩き出した。


「いよいよ冒険の始まりですね!」


 大きな鞄を背負い初めて出会った時にもかぶっていた帽子を身に付けたメイカがそういう。彼女にとってみればお買い物の時と道程が一緒なのだから、冒険というほどのものでもないとは思うが、それを言うのは野暮というやつだ。私は彼女にああそうだなと返してから平坦な高原を歩き続ける。乗り物で移動している時も思ったが、ここは本当に上り下りもないし道も凹凸が少ない。体力を酷使するようなことはないので助かる。それに案内役が居るのはとても良い。地図などでみるのと実際見るのでは感覚が全く異なる。現地について地図と違い、道が変わっていたりすることだってあり得る。その点、実際に歩いた人がいれば近道や通ってはいけない場所など効率的に進行できる。


「頼りにしてるよ。」


「はい!お任せ下さい!!」


 興奮を隠さずに大きな声で間髪入れずに返事をするメイカを頼もしく思いながら、私達の旅路は続いた。


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