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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メナカナ高原 7

 まさかの不意打ちに呆気に取られながらも私はコホンと咳をしてからメイカにそれは残念だとだけ伝えた。メイカは反応がおもしろくなかったのか少し不貞腐れたような表情を浮かべたが、それも一瞬の出来事ですぐに誂う(からかう)ような笑みに戻した。メナカナはその様子を楽しげに見ていて話が一段落着くのを見計らって呪術に対する抵抗力の身に付け方の指導に移る。


「なんとなく分かっているかもしれないが、抵抗力と言っても特別なものではない。単にそれと同じ魔法を使えれば内容を理解し、解呪も容易じゃ。」


 そもそも魔法を使える人が少ないのに特別なものではないとはいえないのではないかと思ったが、態々言うことでもないので閉口する。


「カイがお前さんに掛けたのは悪夢を見せるものじゃな?じゃあ、逆にお前さんがそれを覚えてしまえば意識せずとも解くことは容易じゃよ。」


 まぁ意識して解く方が難易度が難しいんじゃがと付け加えて言う。無自覚的に身体が反応して呪術を妨げる方が楽なのは感覚的に分かる。意識してオンオフを付けるということは、その思いこませを自主的に信じる信じないを取捨選択するということだ。しかもそれを感覚的に身体に理解させなければいけない。よくよく考えてみると、メイカはそれをやってくれていたのか。抜けたところもある彼女も立派な魔女の弟子ということだろう。メナカナは一通り説明したとしてから、少年が私に掛けたと思われる悪夢の呪術をつかってみろと言ってきた。使えと言われて使えるのならば師匠も要らない。そうは思うが取り敢えずは実践あるのみだ。私はメイカに断りを入れてから集中力を高める。魔力の管の流れを把握。魔素に開放。意識は相手に。学んだことを頭の中で箇条書きにして実施する。後は込める想いだが、これが一番難しい。メイカに対して負の感情を私は持っていないので戸惑いがある。それ以前に私の見る悪夢は大体が私の脳の中でも覗いたような内容だった。私は彼女の過去を全然知らない。想いのこもらない魔力が行き場を見失い溶けて霧散する。


「お兄さん!この手の呪術は対象者の内部、つまりは心のなかに侵入するのが大事なんです!あたしの中、見てください!」


 微妙に意味深長なことを言われるが、それは気にしないようにして魔力を通して魔素を伝いメイカに辿り着いた魔素に内部を覗きたいという端から見れば変態的な想いをこめて通す。元々魔力の移動が苦手な私にはそれが難しい。特定の想いを乗せる場合、相手を一番注視して想いを伝えるイメージだが、これはそれとは方法が全く異なる。難易度で云えば、この二つは雲泥の差があると言って良い。しかしメイカが最もデリケートな部分である心の中を差し出してまでも、私に協力してくれているのだ。この期待に応えなければ、男が廃る。


「そうです、入ってきています!お兄さんの!」


 妙に嬉しそうな顔で彼女は言う。言い方はあれだが、一応は成功しているらしいので今の感覚を続行して段々と深部へ侵入していく。しかし強い想いが込められていない魔力は段階的に力を失い、最終的にはそこそこ進んで消え失せる。そして何よりも魔力を大量に消費しているのか、身体が重くなり、体中の至る所から毛穴が開き汗を溢れさせている。


「ストップです!」


 気が遠くなっていいて気付かなかったが、メイカが傍にいて倒れそうになっていた私の身体を支えてくれていた。メイカは無茶はしちゃいけませんと宥めるように言うと、メナカナに今日の訓練を終了した方がいいと伝える。メナカナもそれを了承したため、今日の訓練はここまでとなった。


 メナカナは家に帰ったが、メイカは居残りで修業をするというので、私も見ていいかと聞くと、どうぞどうぞと言い、力尽きていた私をメイカは木陰まで運んでくれた。


「あたしがやるのは主に何かと便利な魔力を全身に巡らせて、一時的に身体能力を上げる魔法と、護身用の攻撃魔法を学んでいるんですが、暇潰しに見てて下さい!」


 鼻歌交じりに歩いて私からある程度距離を取ると、大きく手を広げて深呼吸をする。私のような未熟者と違い、魔力が緻密な動きで身体を巡る。目で見えるようなものではないが、一度魔力を感知すると、肌で感じることが出来る。メイカの四肢に先の先まで巡っては中心部へ帰っていく。数回繰り返すと、彼女は一息ついて集中するために閉じられた瞳が開眼した。いつもも赤みがかった瞳がいつもより鋭くなっている。これも魔法によるところなのだろうか。生唾を飲むくらいそれに見入る。


「いきます!」


 両腕を腰元まで落とし握り拳を作る。腰を低くして顔を俯けると、やあという掛け声とともに右足で空中に向かって蹴りを放った。常人では繰り出せないレベルの速度に私の目が正確にそれを捉えることは出来なかった。これが身体能力を強化した人間か。振り抜かれた右足の勢いを利用して左足も同様に上段の蹴り。そこから体を捻って上半身を屈めると、次は下段の蹴り。そして風を切る見事の正拳突き。一つ一つが必殺といえるような威力であり、それを連撃に組み込むとはなんと桁違いな魔法なのか。この訓練のための広場や魔女の家に動物が攻め込んでこなかったり、盗賊たちが逃げていったのは、この二人の異常性を知っていたからだろう。その後もヒュンヒュンと風を切りながら見事な演武を見せてくれたメイカに戦慄を覚えながらも、これをマスター出来れば狩りも楽だと割と関係ないことも考えていた。


「ふぅ……」


 最初にしていた構えに戻すと、明らかに異常な戦闘力が低下した。肩の力は抜けて禍々しい雰囲気もない。ただの少しお茶目な可愛い子が残った。どうやらこの構えが始まりであり終わりでもあるようだ。怠そうにしている彼女を見るに、この魔法は使った後に無理をした負荷が押し寄せてくるのだと思う。メイカに聞いてみると、やはり正解だった。あの魔法は一時的に脳のリミッターを開放するもので、慣れないうちは使うだけで、その日一日は筋肉痛でろくに動けなくなるのだとか。なので、頻繁に修行して身体を慣れさせることが一番なのだ。彼女がここまで成長したのもその苦労あってのものであり、そう簡単に使えるものでもないらしい。それでもこの魔法は色んな活用法があるので、是非とも学んでみたくはある。


「じゃあ、次いきましょうか。」


 屈伸やマッサージをして筋肉痛をできるだけ抑えるようにしてから彼女はそういった。


 身体能力を強化する魔法でテンションが上って忘れそうになっていたが、護身用の攻撃魔法とやらを未だ見ていなかった。どんなことが出来るのかは予想も立てられないが、木に背中を預けたままの状態で渡しは彼女の動作を一つ一つ注視する。まず最初の行動は膝をついてしゃがんで手を草の生えた地面につく。


「回転……回転」


 何かを意識するように呟くと、次第に抜けた葉がメイカを中心として円を描くように発生した風によって宙を漂い始める。時間が経つにつれて風は激しさを増し、舞い上がるのは草だけでなく、折れた枝も見える。その人工的な小さな竜巻に迷い込んだ小鳥が近付くと、竜巻が意思を持ったように牙を向き、小鳥に向かって枝が凄まじい勢いで飛び出す。それは正確に小鳥を捉えて絶命させた。成る程、護身用とは近付いた相手を無差別に攻撃する魔法のことか。納得がいったと思っていると、竜巻は弱まり霧散していく。一仕事終わったという顔で一息ついたメイカは絶命した小鳥に目をやると、やってしまったとわざとらしく言ってからそれの足を掴んで持ち上げ、これ夕食に使いましょうかと言った。私は血抜きは任せろとだけ言っておいた。




 体力の回復した私と修行を終えたメイカはメナカナの待つ家に帰り着いた。


「おかえり」


 分厚い本を瓶の底のようなメガネをして読みながらそう言う。私達も只今と返すと、彼女はチラリとだけこちらを見て満足そうにしてからまた本に目線を移した。


「じゃああたしは昼ご飯を作りますから、お兄さんは部屋でゆっくりしていて下さい!」


 お気に入りのエプロンを身にまとったメイカは得意げな顔でそう言うと、慣れた手つきで調理を始めた。私は言われたとおりに部屋に戻ろう。私は外廊下に出て部屋に向かったのだが、庭に何かの影が通りすぎたのを確認した。ここに入ってくるとは中々肝の座った奴もいるのだな。そんな感心さえ漏れるが、見てしまった以上何も対策しないわけにはいくまい。私は影の見えた方向へ足を進める。足取りは気取られないようにゆっくりである。壁に背を預けながらスイっと顔だけをして確認をし、何も見つけられなければ更に行ったであろう方向に歩く。庭もそこまで広くないため目標を追い詰めるのは容易だった。後ろ姿しか見えないが女だ。ボロボロで土まみれの服をそのままに私のその存在を知らなかった物置を漁っている。泥棒だろうか。しかし何か見たことがあるような容姿をしている。私は背後から近寄り、腰に差していた短剣を抜いて彼女の首にそれを添えた。


「動くな。ここで何をしている。」


 女は情けない悲鳴を上げてこちらに目を向けた。正面から顔を見て漸く思い出した。


「カイはどうした?母親だろう。」


 そうそこにいたのはカイやメイカの母親であり、カイを誘拐した張本人。あの事件の時に盗賊に媚び諂って(こびへつらって)いた女である。何故こんな所にいるのか皆目検討付かないが、首元に突きつけている短剣を少し強く押し当てて、回答を急かす。


「やめてぇ!殺さないでぇ!!」


 質問に答えず泣き叫ぶ女にストレスが溜まるが、こんな状態では聞きたいことも聞き出せない。私は短剣を押し付けたまま物置の中にあったロープを取り出すと、女を身動きがとれないように縛り上げる。そしてその縛り上げたロープの適当なところを掴んで、引き摺るようにメイカやメナカナの居る台所に彼女を連行した。


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