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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メナカナ高原 6

 私はドタバタという騒音と流れ込んでくる冷気に目を覚ました。心なしか口元が何かに強く打ち受けた様にじくじくと痛む。自分の寝相というのは案外本人はわからないものだが、どうも私は寝相が悪くどこかに打ってしまったらしい。寝ぼけた頭で横を見ると顔を真赤にしているメイカが映る。挨拶をすると片言でおはようございますと返してくれた。今日は調子が悪いのかもしれない。パッと窓から外を覗くと未だ早い時間であることが分かる。何故こんな時間に起きてしまったのか。二度寝するのもだらしないような気になるので痛む唇を擦ってから立ち上がる。その様子を見ていたメイカがあわあわと口をゴニョゴニョさせていたが、彼女の年頃であるし何かあるのだろうと適当に決めつけて、起床する。


 メイカに一言かけたが上の空だったので、そのまま一人で吹きさらしの廊下に出る。部屋の中とは比べ物にならない冷たい風が全身を駆け巡る。そこで私はそういえば外套を椅子に掛けっぱなしにしているのを思い出した。これほど寒いのだから着衣しておくべきだろう。もう一度部屋に戻り固まって動かなくなっているメイカをスルーして外套を手に取ると、それに袖を通す。首のところがやけに湿っている。恐らく昨日の汗が乾ききれていない。しかもそれが冷気で冷やされているのでとても冷たくなっている。その内慣れていい具合になるだろうと、先程まで壊れた機械のように動かなかったメイカの視線がこちらに向いていることに気付く。何かあるのだろうか。それにしても外套から自分とは違う匂いがするが、私が寝たあとに洗濯でもしてくれたのだろうか。一度脱いで首元の部分をくんくんと嗅ぐと、明らかに甘ったるい臭い。男の汗の匂いではない臭いがする。


「あの!!えーと!」


 嗅いでいるとメイカが気を取り戻し私の肩をがっしりと掴んで要領を得ない言葉を一つ二つと羅列していき、結局は黙りこむような不思議な反応を見せる。言いたいことがあるのならば、遠慮をせずに言ってほしいものだが、やはり思春期というかそういう特殊な時期だ。大人にとやかく言われるとかえって言いたくなくなるようなこともある。ここは私が大人として余裕を持って彼女が切り出すのを待つべき場面だ。


「その……外套!」


 漸く出てきたのは外套と言う言葉。


 成る程、何となく話が掴めてきたかもしれない。つまりは彼女はこの外套を態々洗ってくれてそれの感想を求めている。甘い香りもすることだし、何か貴重な香りづけまでしてくれている。懇切丁寧にそんなことをしてので意見を聞きたいのだろう。まだ汗でベタベタしているところを見るに洗い慣れてはいなかったんだろうし、ここは期待を込めて彼女にエールを送ろう。


「外套を洗ってくれたんだろう。とっても良い匂いもついてたし、ありがとうね。」


 メイカの顔が呆け顔になったかと思うと、次に首を傾げて、最後に顔を爆発させた。第一印象ではそんなことは感じなかったが、彼女は結構な照れ屋なのかもしれない。


「えぇ、でも……いいのかな……」


 いつも快活とした声とは違いボソボソとした声で何かを言っているが、聞き取れたのはそこだけだった。私の導き出した解答は誤答だったのか。それほど年齢差が広いわけでもないので感覚の違いはそれほどないと信じていたが、それは改めねばなるまい。私は一息溢してからメイカにそれじゃあと声掛けをして早々に部屋を退室した。独特の雰囲気に耐え切れなくなったのだ。


 一枚着こむだけで外気はそれほど身震いするほどの寒さを感じなくなった。飛び出すように出てので室内との温度差で多少寒さを感じたが、許容範囲内である。


「おお、起きたのかい。」


 庭に目を向けるとメナカナがいつもの車椅子に座って空を見上げているのが目に入る。私が挨拶を言う前に背中向けの状態で挨拶を言ってきた彼女は人の気配を正確に理解しているのだなと感心する。私も挨拶を交わして横まで行くとメナカナは厭らしい顔をして、お前さんも大変じゃなと言う。横目で彼女を見ると彼女もこちらを見ていて目線が合う。その瞳に誂うような意志を感じる。しかしその誂うために吐出された大変というのがわからない。確かに盗賊に襲われてたりと大変ではあったが、そこまでない話でもない。いや、もしかしたらこれは新手の言葉遊びなのかもしれない。そう決めつけるのは早計であるが、取り敢えず彼女の言葉に乗る形で会話を続ける。


「ワシの目で見るにここに来る前も女関係での苦労があったみたいじゃが、お前さんにはメイカと一緒になってほしいの。」


 カラカラと笑いながらそういう言うメナカナに私は最大級の疑問符を浮かべる。どうやって知ったのかは分からないが、ここに来る前のユラとミラは私にとっても大切な人たちであるし、仮初ではあるが家族ということになっている。少し強引なところもあったが、彼女たちも悪気はないので私はそれを大変だとかは言いたくない。後半に関してはさっぱりだ。それは本人が決めることで私達が回りからグダグダ言うべきことではない。一応彼女にその旨を伝えたが、そうかいそうかいと笑うだけ。彼女にも思うところがあるのだろう。それにメナカナはメイカが嫌がるようなことをするとも思えないので、強引に事を進めたりしないで、メイカが自分で見つけてきた恋人との仲を認める。そういう未来になるだろう。


「お前さんは決め付けが過ぎるところがあるが、それも人によっては長所に見えてしまうのかもしれないの。さてさてメイカは大丈夫か。」


 私より遥かに長い時間を過ごしている彼女には私の考えなんかより色んな視点から考えた含蓄篭ったものがある。私の考えより驚異的な精度で未来を考えている。でも私は自分の考えを曲げるつもりはない。人に流せれ続けている人生ではあるが、自分の芯の部分だけは曲げるべきではないと思っているからだ。


「さてと」


 メナカナはそう言ってから真逆に方向転換をして台所に向かっていく。私はもう少しだけ空を見上げて柄にもなく黄昏れていた。




「今日も呪術の訓練じゃ。昨日とは違い、距離を開けてやってもらう。」


 メイカの作ってくれた朝食を食べてから私達は昨日と同じ家から少し離れたところにある開けたところに来ていた。訓練内容は先ほどメナカナが述べた通り。今回も同じくメイカと相対して距離を開ける。メイカは目を合わせるとさっと逸らすようにしている。機嫌でも悪いのかもしれない。しかしこれも訓練なので我慢してもらう。


 集中力を高めるため目を閉じる。前回もやったので魔力の通る管は思っていたよりも早く見つかった。これは調子がいいかもしれないと調子づいてそれを開放するイメージを頭の中で練る。間違ってはいけないのはただ開放すればいいわけではなく、魔力の主導権を握ったまま空気中に放つのだ。これがやはり難しい。ほぼゼロ距離でやった訓練のおかげて少しは感覚もわかってきたが、数センチいった所で風を掴むように難易度が増す。汗が額を伝い、拭う時に少し目が開いたのだがメイカの目線がじっとこちらを捉えているのがわかった。それにとろんと溶けたような目に見えた。まだ魔法は使っていないのに何故だろう。それを考えだすともう空気中の魔素のことを考えるのではなく、メイカのことを考える。魔素を経由させているイメージは持ったままではあるが、集中はメイカに向かう。すると不思議なことが起きた。


「おおう。」


 メナカナの感嘆が聞こえる。そして片目を開けてメイカを確認すると、メイカは息を荒らげて顔を蕩けさせている。どうやら私の魔法は彼女に届いている。そこで私は呪術の魔素の伝達は、宙を漂わせることよりも、相手を絞ることのほうが大事であることを知った。


「次は呪術抵抗力がある相手を経験してしてもらう。メイカ!いつまでもハイになっておらんで抵抗せんかい!」


 メイカは嫌ですとかもっと感じたいとか言っていたが、頭を叩かれると漸くそれでも不貞腐れた顔をして渋々と魔力を用いて抵抗する。すると彼女の頬から赤みは抜け、蕩けた表情も冷めきる。こんなに違うのか驚愕する。私はもう一度彼女に魔法を掛けるが、その度にああ求めてくれているだとかごめんなさいだとか一言入れてから安々とそれらを打ち破る。流石に気持ちが折れそうだ。そこそこすると、メナカナから止めの合図が掛かる。私は一息ついてから彼女に見向く。


「実感してもらったように呪術というのは相手に抵抗力があれば、虚しくなるほど効かない。まぁ抵抗力を持っているのは数人しかいないのだし、そこを考慮すれば無価値とは言い難いが。それでもお前さんはここで習い、抵抗力を身に付け始めているの思う。カイの掛けた呪術ももう少ししたら解けるようになるじゃろうて。」


 それは有難い。昨晩も悪夢に襲われて大変だった。途中からは誰かが私に手を差し伸べてくれて助けてくれたが、夢の中とはいえあれが一生続くとなれば精神面はズタボロになってしまう。


「安心して大丈夫ですよ!お兄さんはあたしが守りますから!!」


 鼻を鳴らしたしたり顔のメイカがそう言ってくれる。彼女なりに私気遣ってくれているみたいだ。任してくださいと胸を張る彼女にお礼を告げてから、メナカナの方に再度目を向ける。


「ほっほっほ、良かったのう。心強い味方じゃないか。」


 微笑ましい物でも見るように茶化すメナカナにメイカが本当にまもるもんと可愛らしいこと言い返して、メナカナがはいはいと心にもないような肯定を示す。頬を膨らませるメイカは如何にも拗ねていますよと言う顔をしているが、メナカナはそんな彼女の頭を撫でて耳元でボソリと何かを呟かれると、メイカは目を輝かせて力強く首を縦に振っていた。どんな会話をしているのかは聞こえなかったが、メイカが素直でいい子であるのは分かった。少し気になったので、私が何を言われたのかこっそりと聞いてみると、耳を貸してくださいと言われたので、少ししゃがんで耳を傾けると、彼女はそこに口を寄せて。


「秘密です」


 いつもの子どもじみた笑みではなくもっと妖艶な大人の女性の顔で、お預けかと振り向いた私に彼女はウィンクをした。

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