メナカナ高原 4
静まり返った暗い夜道を抜けると高原にポツリと佇む魔女の家と称されるメナカナの住居が顔を覗かせる。私は背負っていた得物が落ちそうになるのを何度か修正しながらも帰宅することが出来た。片手では持ちづらいので一旦地面に下ろしてからドアを開ける。そして家の周囲を囲んでいる柵に背を預けるように置いていた得物を背負い直すと入室した。家の構成は玄関から入った所にまず一部屋あり、基本的に台所兼寛ぎ部屋と言ったところか。そこから奥の扉を抜けると吹き抜けの外廊下に繋がっており、T字になっているそれの下が先ほど説明した部屋。左側がメナカナの部屋。右側がメイカの部屋である。因みに、メイカの部屋にはベットが二つあるが、これはカイがまだいた時にここを使っていたらしい。
「おかえり。ほぉーええモン狩ってきたんじゃな。」
グッタリとしたジャレーノを見ながらメナカナが出迎える。加工されたものを普段見ているためか興味深そうに手触りなどを確かめていた。私がメイカはどうなったかと聞くと、お前さんは心配性じゃなと笑みを溢しながら、メイカの部屋で寝かしつけているから様子を見てくるといいと助言してくれた。私は頭を下げてから彼女の元へ向かう。ギシリという音を立てて奥の扉を開け放つと、夜風が身体を包み込む。ふと回りを見渡すとまわりを囲んでいる柵は風に煽られても微動だにせず、庭に植えられている花々は対照的に揺々と踊り幻想的な風景だ。こんな中で育てばメイカのような純粋な子が生まれやすいのかもしれないなと思いながら、私は左右に分かれている廊下を右に進むとノックをした。
「私だが、様子を見に来た。入ってもいいだろうか。」
扉の向こうから返事はない。了承もなく入室するのは不躾なことであるが、私は礼儀なんかよりも彼女の体調のほうが心配で、一言謝罪の言葉を吐いてから入室する。メイカの方のベットに目を向けると、布団がこんもり盛り上がっていて、メイカが頭まで布団をかぶって就寝している姿が映る。
「ちゃんと眠れているんだな。」
私は肩の力が少し抜けたのを感じた。安心したのも束の間。メイカは寝返りをうつのと同時にかぶっていた布団を床に落とした。私はこれはいけないと思い近寄ると彼女の格好に驚く。夜ということもあり暗かったので余計にわからなかったが、近くまで行くと彼女が下着姿であるのが確認できた。いや、そんな冷静に言っていいことではないだろう。すうすうと眠る顔は幼い部分を大きく残すが、如何せん体つきは寧ろ大人の女性の平均以上で素晴らしい肉付きをしているので反応に困る。大きく実った胸にくびれたお腹まわり、スラリと伸びた足、こんなマジマジと見てしまうと顔が熱くなる。
「イカンイカン。」
自分に言い聞かせるように呟くと、落ちた布団を掛け直して早々に退室をしようとする。しかしそれはメイカの手によって阻害される。咄嗟にその手を離そうとするが、息を荒げながら私をうわ言のように呼ぶ姿に気合が削がれる。私は脱出を諦めて、彼女はまだ子供だと自分に言い聞かせてからメイカの赤い髪を毛の流れに沿うように流す。
「……お兄さん」
嬉しそうに語気を強める。唯でさえ真っ赤だった頬が今では耳まで真っ赤である。本当はもう起きているんじゃないかと思えなくもなかったが、今はただ甘やかすことにした。
数分が経つとメイカの目がピクリと動いた。
「ん?」
頭を撫でている私の方に顔を向ける。そして次は視線を自分の体の方に向けた。当然そこには布団がかぶさっているが、胸当ての下着は肩紐から外気に触れている。半目だったメイカの瞳が徐々に開放されていき、爆発でもするのではないかという程に顔中が真っ赤になっていっているのが分かる。
「お兄さんの変態ぃいいいいい!!!」
涙を浮かべて放たれたビンタは避けようと思えば避けられない攻撃ではなかったが、私が彼女の気分を害してしまったことは事実であるので、この罰を甘んじて受け入れた。バチンという良い音が閉めきった室内にこだまする。痛みはあるが、これで許してもらえるのであれば安いものである。軽く錯乱状態にあるメイカに元気そうでよかったと告げると、彼女は慌ただしく要領の得ない返事を繰り返していたが、一時すると、ありがとうございますとお礼を述べた。そして着替えるので逆を向いてくれと言ってきた。私は出ていこうかと思っていたのだが、ただ着るだけだから構わないと言い、脱ぎ捨ててあった服を適当に見繕うと袖に手を通す。
「あの……」
背後から感じる服が肌を擦る音が無音空間に広がる中、彼女は申し訳無さそうに口を開いた。戸惑いのようなものも感じるが、私がどうしたのかと尋ねると続きを言った。
「お兄さんはただあたしの看病をしてくれていただけなんですよね?それなのに、頬を叩いちゃって、すいませんでした!」
背中に柔らかい感触が来る。着替えを終えたメイカは背中から抱き着いてきているみたいだ。特訓の時も思ったが、この子は人との距離感が異常なほど近い。私にとっては照れくさいことでも、このこにとってみれば当たり前の愛情表現なのかもしれない。それを否定するのは心にゆとりがなさすぎる。私は一旦彼女の手を解き、向き直ってから今度は私から抱き締めた。女の子にしてはそこそこ身長はあるが、男である私に比べれば可愛らしい小ささで抱きしめるとスッポリと私の胸に収まった。メイカの後頭部に手を回して髪を梳くように撫でると、こそばゆいのか身を捩らせている。
「メイカ。君がしたことは間違っていないよ。起きて直ぐ近くに知り合って間もない男がいて、自分が恥ずかしい格好だったら、迷わず攻撃するべきだ。何か過ちが起きてからでは遅いからね。」
この子の感覚はメナカナの支配下であるこの高原の外に出た時、様々な男を狂わすことになるだろう。男というのは不憫な生き物で、プライドは高いが勘違いをしやすい。彼女は顔も可愛いしスタイルも良い。こんな子に至近距離で話されれば、若い男などはイチコロである。友情と愛情を履き違える。そうなれば後はズルズル。お互いすれ違っていずれは会うことすらなくなる。でもメイカはこの距離感を異常だと感じていない。理由もわからず異性から好意を持たれる世に言う天然の小悪魔系というやつの完成である。腕の中で気持ちよさそうに息を漏らす少女の将来を何故か私が憂いていた。
「そろそろ、大丈夫です!」
メイカのその宣言によって私は腕を解いた。
彼女の目に憂いはないし早くご飯をしないとおばあちゃんが怒っちゃうと言うまである。昼間の失敗に心を痛めていた私はそっと安堵の溜息を吐いた。そんな私の腕を両手で掴むと、メイカは白い歯を覗かせて微笑むと、行きましょうと言いながら食事をする部屋まで引っ張っていった。
「遅かったねぃ。」
部屋の辿り着くとニヤけ顔のメナカナがそう言った。メイカはそれに対しておばあちゃんが考えているようなことはしていないと言って、それに対してメナカナが別にワシは二人が長く世間話でもしとるのかと思った等と意地悪な顔をして言い、それを聞いたメイカは顔を真赤にして怒っていた。表情がコロコロ変わるので見ていて楽しい。
「もう……さっさとご飯作りますね!」
メナカナに舌を出して片目の下瞼を人差し指で引っ張るとあっかんべーをする。それからエプロンを纏うと、手際良く調理を開始した。私はそれをテーブルに肘をつきながら見守っている。ジャレーノを捌くことが出来るかわからないので冷や冷やしている。メナカナはそれを勘違いしたらしく、メイカは良いじゃろと自慢気に語ってきた。
「見てみろ。あのたわわに実った臀部を。絶対に立派な子を産んでくれるはずじゃ。」
言われるがままに視線はメイカの尻落ちる。短パンを履いているためより強調された臀部は動くたびに揺れてその柔らかさは直接触れたことがなくとも分かる。しかも大きいだけでなくきゅっと締まったような筋肉がその上のお腹や下の太腿から拝見できるので、メナカナが言っていることは間違いないだろう。それを私に言う必要があるかと考えれば、ないが。私は彼女にそうですねと返してから飯が出来るのを空腹を訴えるお腹を手で擦りながら待った。
お待ちかねの食事の時間がやって来た。
「お口に合うが分かりませんが、不味くても食べてくださいね!」
謙虚に言うメイカは鍋から料理を各人のお皿に注ぐ。その白いスープの中にはブロック状に切られたジャレーノの肉が大量に入っていて、添えられたパンは茶色く焦げが着くまで焼かれている。私は精霊に感謝を捧げる時に使われている儀式、つまりはいつものいただきますを告げてから白いスープにスプーンを差し込む。思っていたよりそれの粘度は高く完全な液体というわけではないらしい。それと入っているのはブロック肉だけではなく、半透明の炒めると甘みが出てくる野菜や赤い野菜が適当な大きさに刻まれて点在していた。私はまずは具は何も取らずにスープだけを味わう。男の私にとっては少々薄味であるがコクの深い甘みはとてもポイントが高い。パンをちぎって浸して食べてみるとその味は中毒性を感じさせるほどだ。食材にも味はしっかりと染みこんでおり、私を楽しませてくれる。メイカが言うには、一日置いたほうが美味しくなるらしいが、これより美味しくなるはずがないと思った。
駆け込むように食べ、図々しくもおかわりまでしてしまったが、メイカやメナカナは何も言わずに只々私が食べているさまを見ていた。もしかしたら、私を通して誰かを思い出しているのかもしれない。私がどうこう言うべきことではないので黙って食し、完食を果たした。
今日はぐっすりと寝れそうだ。腹はパンパンになるほど詰まっているし身体も動かしたから疲れもある。そう考えていた通り皿洗いを手伝ってベットに横になると、私はすぐに寝息を立てた。
近くに立っていたメイカに気づかずに。




