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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メナカナ高原 3

 カイが盗賊団で呪術魔法を使っているのは多分、得意というのもあるが上手に使いこなせるのが初期に覚えるようなものばかりだからだろう。今度は実践を交えて教えてもらう。メナカナは手のひらを私に向ける。すると、私の心臓ががっしりと掴まれたような感覚を起こす。一瞬苦しくなったかと思えば、少しすると多幸感が心の底から溢れてくる。恍惚とした顔で呆けているとメナカナはニヤリとしたり顔をして手をぐっと閉じる。すると、先程までの多幸感が嘘のように消え失せる。


「今のはお前さんに幸せな気分になれと念じた。どうじゃった?」


 答えは分かっていると言わんばかりの顔で言ってくる。悔しいが彼女が考えているとおりなので素直に幸福な気持ちになったと答える。メナカナはそうかそうかと意地悪な笑いをする。便乗するようにクスクス笑っていたメイカは叩かれていた。メナカナが言うには、呪術の本質とは空気中に含まれる魔素に自身の魔力で反応させ、それを伝って対象の身体に自身が反応させた魔素を送り込み、相手の全身の管を伝い頭に侵入して感情を司るシグナル部分を自分が相手に対して感じさせたい感情なりを好きに切り替えること。反応させる魔素が多ければ多いほど影響力も大きくなる。メイカはメナカナがそう説明している間も彼女に呪術をかけようとしていたが見事に全て弾かれていた。そのことからも魔力抵抗がどれほど重要なのか理解できる。


「次はお前さんがやってみろ。さっきから変な呪術使おうとしておる奴を実験体にの。」


 メイカはあたしですかと不安そうな顔を見せたが、あたしが兄弟子ですもんねと鼻を高くしてから了承した。私は彼女に相対し、メナカナがやったように手をメイカに翳すように向けた。慣れればそんなことしなくてもいいらしいが、形式美というやつだと老女は語っていた。


「失敗したら済まないが、誠心誠意やらせてもらう。」


「ばっちこいです!」


 手で煽るようにして元気づけてくれているメイカに感謝しつつ、先ほど習った魔素の伝達をイメージする。まずは、体内の魔力の循環を感覚として掴む。今まで感じていなかったものなので、体感して感知するのに時間が掛かる。目を閉じて耳を澄ませば心臓の音が鼓膜を揺らし、血液を吐き出される。それを意識しだすと、呼吸の一つ一つまで意識がまわり息苦しい感覚が襲うが、まだ探る。全身の毛の一本一本が逆立ち、毛穴から侵入してくる空気が血管を通り血に溶けていくだけじゃないことに気付く。もう一つの知らない場所にも侵入している。私はそっちに意識を向けて集中すると、それが魔力の管であることがわかった。これはいけると感じた私は、それを外に出すようなイメージを頭に思い浮かべ、脳みそから管に直接信号を送った。


「うぐ……」


 喉に息がつまり情けない声が漏れる。普段使われていなかった管は唐突に活用されたことで一種の筋肉痛に似た現象を起こした。全身が動かすだけで悲鳴を上げ、膝を付き添うになるが、それを持ち前の気合で乗り切ると、無理矢理魔力を外へ追いやる。しかしそこからがまた問題で、外に溢れた魔力は全身の毛穴や口、鼻のようなところから気化して出て行く。それは身体との密着面が失せた瞬間に操縦桿を奪われて、空中に浮遊してそのうち他の気体に交じり合い溶ける。何度か挑戦してみたが、上手くいかない。


「その様子だと体外の操作に手こずっているようですね!良い考えがあります!」


 進歩の止まった私にメイカは近寄り身長の高い私に合わせるように爪先立ちで背伸びをすると、額をくっつけてきた。私は狼狽えて後退しようとしたが、彼女の手が背中に回っており、バランスを崩して更に顔が近寄って、鼻の頭もくっつく。


「魔素の伝達って結構難しいんですよね。慣れてしまえば楽なんですけど。だからこうやって密着した状態で、最低限の魔素しか経由させないで練習するととてもやりやすいです!」


 段々と距離を開けていくんですとほぼゼロ距離で言われると照れてしまい集中力が途切れるが、彼女も私の訓練のために我慢してくれている。期待には応えるべきだろう。私も彼女の背中に手を回して再度魔力を探知、出力する。開かれた掌から微量の空気を経由してメイカの背中に染み込み、額からも同様に、口や鼻からも溢れ出しメイカの鼻や口に吸収されていく。目標が近い分意識しやすいのか、身体を離れても思い通りに彼女の身体に届く。私が魔力に込めたのはメナカナがやったと同じ幸福感。私の今の全てを込めて彼女に注ぎ込む。


「んぅ」


 彼女は形の良い眉毛を艶めかしく歪めて口を噤んだ。その表情はとても幸福感に包まれているとは思えない表情あり、私は焦りを覚えた。何故彼女が苦しそうな顔をしているのか。さっぱりわからない私は気持ちが足りないのかと結論づけて更に気持ちを込めて魔力を流し込む。


「ぃい!?」


 歯を食い縛るようにして何かに耐えているような様子だ。どういうことだ。頬を上気させているのを見て私はなにかとんでもないことをしてしまっているのではないかと思い至った。私は直ぐに魔法を中断するが、彼女の様子は変わらない。そうだ。確か呪術魔法は一度受けてしまったら対象が解除できるまで治らないのだった。口の端から涎を垂らして時折痙攣を起こしているメイカを見ると、とても解除を出来るような状態ではないことは容易に想像できる。浅い呼吸が段々間隔を狭めていている。潤んだ瞳で私を見つめているメイカは腰の力が抜けてしまったせいでズリ落ちそうになるのを防ぐために力一杯抱きしめると、彼女は一際大きく身体を痙攣させて気絶した。


「……我が弟子ながら、情けないのう。」


 顔の筋肉が全部開放されたようなだらしない顔をして気絶しているメイカを私が抱きしめて声をかけるなどして呼び掛けていると、メナカナは頭を手で抑えながらこちらに近付きそう言った。私が彼女は大丈夫なのかと問うと問題はなく時期に回復すると言った。私は安堵の息をこぼしていると、メナカナは私にどんな気持ちを込めたのかと聞いてきたので、幸福感だと答えた。彼女はそれにもっと具体的にどんなと聞いてくるので応える。


「私の村の私を育ててくれた人たちの対する感謝や旅の道中で出会った人達の優しさ。私に好意を持ってくれていた人物に対する有り難さ。挙げていくとキリがないですね。」


 それを聞いたメナカナはそりゃあメイカがこうなるのも無理は無いと吐き捨てると、呪術の説明を追加してくれた。呪術は思い込ませの魔法であるから込める思いが強ければ強いほど、そして具体的であればあるほど威力は増す。魔力の量でも威力が決まるが、呪術においては気持ちの強さが大きく左右する場合があるとのことだった。


「メイカは自分が体験したことのないキャパシティを超えた多幸感から身体が異常を起こして気持ちが昂ぶり、頭の許容範囲を超えてしまったため気絶してしまったのじゃろう。」


 まぁそれだけじゃないようじゃがとボソッと不穏な言葉を残したが、言及は控えた。



 メイカが気絶してしまったため訓練は中止となり、私は狩りに出ていた。


 このメナカナ高原は中心部には木などもなく春になれば花が咲いたり、夏になれば一面真緑の壮大な景色を一望できそうな場所である。今は冬の季節であるため餌を求めた動物たちが少ないが、いないことはない。話に聞くと普段は街などに赴いて食料を調達するのが殆どで狩りはあまりしないらしい。狩りはここでは禁止なのかと聞くと、そういうわけではなくただ面倒くさいからとの事だったので、私が狩りに出ることを申し出たのだ。魔女の高原ということで人の立ち入りは大体通過するときだけということもあり、木の実は全然手を付けられていないし、動物たちも警戒心が低い。少し草が荒れたりしている部分は前回戦った盗賊団が狩りをした後のように思える。枝の切り口などを見るにあの盗賊団は雑把な連中であることは容易に判断できる。枝は千切られるようにされていて次の実りが遅くなるような採集をしてる。それに荒れた草は帰るときには整えるのがマナーだし、荒れていると動物たちも警戒心を強めてしまうのだ。


「適当にとったら帰るか。」


 目標を頭のなかで決定する。一回の狩りで欲張ると碌な事がないとはリガールの談だ。それに三人分でそこまで取って帰られても腐らせてしまうかもしれないし、迷惑だろう。あの現場から拝借してきていた短剣を懐から出して腰に鞘を差す。剣をそこから引き抜くと狩りが開始される。まず目についたのは、キニーガの里の森でもお世話になったジャレーノだ。外敵が少ないためかのそのそと歩くその姿はキニーガの里の森で見掛けたものより一・五倍程大きい。足音に気をつけながら短剣を構えて少しずつ近付く。相変わらず餌を食べては顔を上げて周囲を見てを繰り返しているさまは哀愁さえ漂うが、食うためには殺す。当たり前のことだ。背の高い草の隙間を中腰で駆け抜けると、一気に駆け寄りジャレーノの背中にはを突き立てる。


「ンモォオオ!!」


 こちらに気付いたジャレーノは威嚇するように叫ぶ。今の一撃で沈めたかったが、意外にも骨が多く、斬撃系の武器では相性が悪いので仕方がない。地道にダメージを与えてノックダウンを狙う。突き上げるように頭を振り上げる攻撃を仕掛けてくる。それを上体だけを逸らすことで避けながら、突き上げから頭を下に戻すタイミングを見計らって私は短剣の柄でそれを下から上へ叩き上げる。


「フゴッ!?」


 予期していなかった攻撃であったため得物は驚いた声を上げて後退する。私はそれを確認すると、素早く近寄ってジャレーノの右側面を短剣で切り裂きながら対象の背後に回る。骨が硬いため中にまで剣は通らないが、痛みはあるらしいので悲鳴を上げるジャレーノの背後から上に乗るとその眉間に狙いを定めて短剣を振り下ろす。


「ォオオ……」


 断末魔を上げて絶命する。私はそれの血抜きをその場で行うと前足を畳むようにして持つと、数個の食べれそうな木の実を拾い家路についた。

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