メナカナ高原 2
お粥を食べ終わると私は彼女の自己紹介を受けた。この赤色の混じった肩まで髪を伸ばしている少女は名前をメイカと言い、あの不思議な力を使う老女のもとで見習いをしており、主に儀式などの手伝いをしているそうだ。ここにはいないが彼女と同じ髪の色をした老女はメナカナと言い、この高原を管理している通称高原の魔女だとか。メナカナはこの世で初めて魔法というものを使った存在らしく、メイカはそれを自分のことかのように鼻を高くして説明してくれた。
「それより、お兄さんはなんであんな所で死にそうになっていたんですか!」
説明をぶった切ったと思ったら、メイカはそう尋ねてきた。確かに助けてもらったのだから説明ぐらいはしておかねばなるまい。私はローナルから出てきたものであること。レジェノに向かう途中で盗賊に襲われたことなどを彼女に伝える。彼女は成る程と顎を手で触りながら応える。そして数秒考えたかと思えば小声でならおばあちゃんが助けたのも納得ですと呟いた。私は疑問に感じたが問い質すような真似はしない。何か事情があったにせよ助けてくれたのには代わりはないのだ。それを享受しておくだけにするべきである。
「まぁそれはいいです!この話はこれでおしまいです!」
元気よく手を叩くと彼女は快活そうに言う。性格的にあまり小難しいことは考えたくない主義なのかもしれない。そんな彼女は私にどんな旅をしてきたのか尋ねてきた。どんな旅と言われてもそれほどの旅をしていないので語れることは少ない。そう前置きしてから私は語る。一人で歩いた寂しい一人旅から、親子と共に歩いた華やかでも裏のある三人旅を。メイカは目をキラキラと輝かせて物語を聞き入ってくれていて、話しているこちらも気持ちがいい。そして現在に至るまでを大まかに語り終えると、彼女は次々と質問を投げかけてきた。その母は今どうしているのかとか、キニーガの里の人たちは大丈夫なのだろうかとか私も気になっていることを遠慮無く言う。普通の人が言ったら腹の立つような質問も彼女の口を通すと不思議と苛立ちはない。きっと彼女の特性なのだろう。
「あたしも旅してみたいです。」
辛い経験をしたことも話したが、メイカはそう言った。辛い事もあるが人との触れ合いは何者にも変えられないことを彼女も感じ取ったのかもしれない。
「じゃあ君が旅に出る時は私も手伝うよ。」
私が茶化すように言うと彼女はお願いしますと元気よく答えたので、私も後に引けないような気分になり、任せなさいと返事をする。それにしても元気の良い子だ。素直だし人を疑うことを知らない無垢な表情をしている。こんな子もいるのかと感心する。ミラの時の癖か、頭を撫でてしまったがえへへと声を洩らすだけで批判の一つもしなかった。少々この子の将来が心配になるが、あの老女がいれば何かに巻き込まれても問題ないだろうと結論づけて、無心で頭を撫でた。
一時していると、眠気が出てくる。はぁと欠伸が漏れる。もう一眠りさせてもらおう。寝ようとするとメイカが子守唄歌いましょうかと言ってきたが、丁重に断りを入れた。
眠りは直ぐやってきた。
ここはどこだろう。周囲を見渡すが一面に何もない暗闇が敷き詰められている。多分これは夢の中。漠然とした結論が頭を通り過ぎる。心地の良い独特の浮遊感はまるでメナカナによって魔法で浮遊させられた時と似ている。このまま身を任せてもいいかもしれない。力を抜くと身体が決められた流れに沿って流れていく。私は逆らうことをせず粛々と流される。体感で数分漂っていると、辺りに光が指す。閉じていた目が眩しさ開かれる。
「ここは……」
そこはリバロ―村。ユラとミラに出会った村。そして逃げ出した村。眼下の村は確かにリバロ―村で間違いない。広場に植えられたリシャンタの木が何よりの証拠である。家々は焼かれて人々は連れ去られ、盗賊たちが跋扈していてもそこがリバロ―村であることに変わりはないし、それを私が悔やむことではない。場面はそこから一変する。次はキニーガの里だ。リガールやノワラルは手足に枷を着けられて奴隷のように働かせられて、女性たちは男たちの慰みものになっている。何なんだこの夢は。胸糞悪い。苛立ちが込み上げてくる。するとまた場面が変わり、次はローナル国に移る。映し出されたのはあの食堂。客の多く出入りする厨房でユラがあの店主と口づけを交わし愛し合っている。私の心にヒビが入りそうになる。もうやめてくれ。やめてくれ。もう見たくない。耳を手で塞ぎ目を閉じる。臭いものには蓋をしてしまえばいい。だがそれは近寄ってきたミラの手によって外される。
貴方なんかお父さんじゃない。
私は足元が崩れるような感覚とともに現実世界に帰還を果たした。
「はぁ……はぁ……」
本当に嫌な夢だった。まるで私の全てが否定されるような感覚。額を手で拭うと滝のように汗が出ていることに気付く。耳を手で塞ぎ聴覚を遮断して精神統一をする。深呼吸を数回してから漸く落ち着きを取り戻す。
「ほっほっ、やっと起きたかい。」
声の方向に目を向けると車椅子に座った異常に髪を伸ばした老女、メナカナが私をベットの横から見ていた。私は驚いてビクリとしたが失礼なことをしたと思い詫びを入れる。メナカナはそれに対していいや構わんよと言ってから更にそうなっているのも元はといえばワシのせいじゃとまで言った。どういうことかと聞くと話は拗れることになる。
「お前さんが襲われた盗賊の中に年の若い小僧がおったじゃろ?あれは実を言うとワシの弟子でのう。しかもあれはメイカの実の弟で、それは可愛がっておった。それが崩れたんが、二、三ヶ月前あれらの母親が急にこの家を訪れたんじゃ。連絡もなしに来たかと思えば、弟のほう、名をカイというのじゃがそっちを誘拐してしまった。メイカもワシも出掛けている間に来たんで対抗も出来なかった。そうこうしていると、あの盗賊団じゃ。あやつらはきっとカイを洗脳してワシの教えた魔法を使わしておる。カイは、呪術系の魔法が得意だったから、多分お前さんもそれを食らったんじゃろう。」
そう言われてみるとあの少年はメイカにどことなく似ていた気がする。ということは、あの女が母親で子供が弟くんということか。少年は戦闘中私のことを見ていたようだし、指を向けられもした。何時掛けられたかは分からないが、彼からしてみれば隙だらけだったということだ。勿論その時の私は魔法なんてものを知らなかったので対策の打ちようもなかった。しかし困った。毎晩あの悪夢を見なければならないのか。地味に嫌なことにしてくるものだ。どうにかならないものか。私のそんな気持ちを汲み取ったメナカナは申し訳無さそうな顔をしながら助言を吐く。
「呪術というのは基本的に魔法の中でも搦手では合っても大した魔法ではない。ある程度の知識があれば解術を行うことも容易い。そのためには対象者本人も魔法がある程度使えなければならないのだが、そこはワシが稽古を付けるから安心してくれぃ。旅を急いでいるかもしれないが、ここは我慢してはもらえないか。」
旅を急いでいるかそうでないかで言えば急いではいる。しかし兄の住んでいるレジェノの事件もあの盗賊団が関係している可能性が高い。そうなると魔法についても知っておかねばならないことは確かである。私はそんな事情を彼女に話し、彼女の申し出に同意した。
私の魔法使い見習いとしての生活が始まる。まだ傷が癒えていないので本格的な修行はまだだが、ベッドに寝転びながらでも出来る訓練を教えてもらう。魔法の基本は集中力で、概念を深く理解し、如何に集中できるかが勝負の決め手らしい。だから、ベットの上でやれる訓練とは、只管目を閉じて集中力を高める。瞑想とかに近いものがる。色んな宗教の始祖もこうして悟りやらを開いていたらしいが、実は魔力を開眼させただけなんじゃないかと思うと、集中力が途切れてメナカナに頭を叩かれる。メイカはそれを横でそんな時代があたしにもありましたと言っていると同様に叩かれていた。
本格的な修行が始まったのが数日後だ。癒やしの魔法のおかげもあり、怪我はみるみるに回復しており数週間通院でもしそうな怪我が数日のうちに治るのを見るとやはり魔法は便利だなと思う。
「メイカは知っていると思うが、魔法の修行の基本は勉強じゃ。どれがどのように反応して現象を起こしているのか考える必要がある。」
座学が嫌いな私は顔が引き攣る。反応なんて言われてもイメージが全く沸かず、首を傾げながらも彼女の話を聞く。
「とまぁ堅苦しくて面倒臭いが、それよりも魔力量が大事じゃの。」
一気に教師然とした口調からヘラヘラとした親しみやすい口調に戻す。考えたこともなかったが、人間の体には血管とは別の管がありそこに魔力の元になる液体が流れていて、自己的にそいつを反応させてやることによって魔法が使えるとか。原理はさっぱり理解できないが、そういうことなのだそうだ。そしてその量によって身体の保持できる魔力量が決まり、魔法を行使できる回数や威力の大きさが決まる。測り方は面倒だが、針を管に刺して採血の要領で取り、後は判別紙に乗せてどれだけ色が変わるかで測る。さっさと済ませた結果、メイカやカイに比べたら少ないがそこまで低くもないという中途半端な結果が出た。測った対象がそもそも少ないため、比べられるのがこの老女の親族しかいないことが悔やまれる。
「お前さんはどちらかと言うと魔法使っているより剣振っている方が似合うからええじゃないか。」
「そうです!適材適所ですよ!」
フォローを入れているのか貶しているのか分からないが、取り敢えずありがとうとだけ言っておいた。
さてさて魔力を測り終えると続いては勉強タイムだ。メナカナは気を遣って呪術の勉強から教えてくれる。彼女曰く、呪術とは永続魔法と呼ばれる括りのもので誰かが解除しない限り、無期限に執行され続けるものだという。つまり、一度受けてしまったら最後常人では解除できないので一生それと向き合っていかなければならない。今の私の悪夢がそれだ。これを解除するために魔法が使いたいと言っても過言ではないし、二度と呪術なんていう魔法を受けたくもないので真剣に聞く。
「呪術は云わば脅迫概念に近いもので、思い込ませる魔法なんじゃ。例えば、とある人物を殺したいとする。その場合、呪術を用いればその人物が自殺しなければいけないという脅迫概念を持たせる。すると、その相手は魔法的抵抗力が無い限り、その場で己の首を絞める。故に、魔法というものは危険でワシも信用の出来る身内にしか教えとらん。お前さんのようなケースは初めてじゃが、弟子の尻拭いも師匠の仕事じゃ。」
メナカナは儚げな顔をしたがすぐに切り替えて続きを言う。
「まぁつまりは、ただの思い込ませであるから魔法的抵抗力を少しでも身に付ければ全く以て効かない魔法じゃ。それがどんな強大であっても、そういうものだと考えれば大したことがない。」
彼女は鼻を鳴らすようにそう言った。




