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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メナカナ高原 1

 機械じかけの荷車に乗って小窓から風景を覗く。ローナルを出て一日が経ったくらいか。あの国を出るときのユラのことが私の心を縛っていた。まさか彼女の感情があんなに大きく育っていようとは誰が考えただろうか。ガタガタと揺れる車内は私以外にも防寒対策に外套を着込んだものや、子供連れの訳ありな人まで様々いるので叫ぶことも出来ないが、私の今の気分は思い切り身体を動かしたい気分である。知り合いでもいればまた違うのかもしれないが、この車内では誰もが我関せずでいるため気を紛らわすことさえ許されない。仕方ないので、私は目を閉じて仮眠をとることにした。


 ガタガタ。平らな地面であるメナカナ高原は凸凹が少ないため心地の良いくらいの揺れしか無い。都合のいいことにこの揺れが眠気を誘ってくる。流石に周りの迷惑になるためイビキやらはかかないように細心の注意を払う。よし眠れる。そう考えた時にキキィと音を立てて、荷車は急停止し、私は前に仰け反った。


「乗客を下ろせ!」


 小窓から確認すると、前方に汚らしい格好をした男たちが横一列に並んで進行を阻害していた。彼らの手には曲刀が持たれており、それはキニーガの里に進行していた男たちも持っていたものと同じものであることが分かる。どうやら盗賊らしいことをしているみたいだ。しかしこの台を狙うとは運が無い。これはローナル製であり、機械仕掛けである。並みの剣では傷を付けれないし、轢かれれば死が待っている。運転手はもし盗賊などに襲われた時は轢き殺しても構わないことになっている。つまりは彼らがコレに敵うはずがない。私はそう決めつけてから寝入ろうとすると、子連れの女性が急に立ち上がったのを確認した。どうしたのかと思っていると、彼女は焦燥感に駆られた表情で出入口まで向かう。それを不審に感じた私を含めた数人が彼女に近寄ろうとすると、彼女は予め所持していたと思われる鉄の棒を扉に叩きつけた。ガンガンと叩くさまは何かに取り憑かれているようにも見えるが、今はそれどころではない。止めなければ。


「開けぇええええ!!開けぇええええ!!!」


 声を枯らしながら執拗に打撃を続ける。連れの子供はそんな母親の様をじっと見ているだけ。男数人で彼女を抑えこむと、彼女は離せと暴れて終いには噛み付いてくるまであった。それで一人が怯んでしまって手を離した瞬間に彼女は女の力とは思えない圧倒的な馬鹿力で私達も振り払い、渾身の一撃を扉にぶつけた。ブーブーと警戒音が鳴り響く中、状況を把握できていない運転手は取り敢えずアクセルを踏みここから脱しようとするが、前方の数人を撥ねただけで車体は止まり、壊れて開閉が手動で行えるようになってしまった出入口から次々と盗賊が乱入してきた。


「金目のモンは置いて行ってもらおうか!」


 隊長格だと思わる髭面の男が威嚇するように剣を振り回してそう言う。奇行に走っていた女はその男に抱きつきこれでいいんですよねとキチガイじみた笑みをこぼしながら言う。男は女に厭らしい目線を向けてからフンと鼻を鳴らす。


「邪魔だから外に行ってろ、後でタップリご褒美をくれてやる。」


 女は額を床に擦り付けながらお礼を言った後、外に出ていった。彼らが馬鹿らしい茶番をしている間、私は周りに武器がないか身体の向きは変えないまま物色していた。皆に目を向けても一様に皆と迄はいかなくとも数人の男たちが同じことをしている。ガチャと言う音が手元から聞こえる。黒目だけを下に向けると、扉を壊せれてシステムがショートしたために防衛用に積んでいた武器が椅子の下からハミ出しているのが目に入る。短剣のようだが丁度良い。そう思ってから目線を戻すと、女の子供と思える少年を目が合った。しまったと思っている間に彼は私に指を向けて盗賊に指示した。


「あのお兄さん武器持ってるよ。」


 盗賊たちはそれにそうかと反応すると、その中でも一番身体の大きい髪を後ろで束ねた男がこちらに近寄ってきた。ゆっくり近付いて来たかと思えば、有無をいわさず拳を振り上げてくる。私は手にした短剣の側面を身体を庇うようにする。


「意味、ねぇー。」


 開かれた口の中には歯が少なく濁った声だったが、言葉はしっかり耳に届いた。どういう意味かは直ぐ身を以て体験する。


「ふんぬっ!!」


 ナックルの着けられた拳がバカ正直に中核を捉える。私は剣に受ける抵抗を軽減させるために後ろに引くと、そのまま窓を突き破り地面に身を叩き付けられた。肺から一気に空気が漏れだし唾液や胃液が口を経由して外界に吐出される。頭は揺れて全身にはガラス片が刺さったせいで血が溢れてズキズキとした痛みが走る。男はニヤニヤとした顔をしたまま開放された窓から車外に出て、私に近寄る。慌てて立ち上がるが全身にあまり力が入らない。まだ嘔吐感は止まらないし、血は溢れている。


「あれで、死なない、楽しい。」


 こちらとら一切楽しくない。それを言うことすら困難だ。しかしこのまま殺されてはやれない。私は短剣を構える。荒れる呼吸を整えて目線を相手から離さないようにする。男は私が戦おうとしているのをさとると涎を溢しながら口角を上げ、再び拳を振り上げる。ここは狭い車内とは違い広い。私は防御をするという思考を捨ててサイドに回るように避けると、男の背中に短剣を突き刺す。当たりどころが悪かったため皮を削る程度のダメージしか与えられなかったが、男は痛いと絶叫している。痛みに耐性がないのかもしれない。これは好都合だ。頭に血が回って無茶苦茶に振り回される拳は子供が駄々を踏むときに見せるものと遜色なく、キニーガの里の戦士たちの剣や拳とは比べようがない。ローナルで鈍っていたと思っていた身体は思っているより鈍ってないのも幸いした。


「らぁあああ!!」


 相手の後膝部こうしつぶに向かって蹴りを放つ。身体はガチガチに鍛えていても、関節部分はどうしても弱点になりやすい。思惑通り彼は膝から崩れ落ちるように座り込む。私はそれを見下ろしながら短剣の柄で男のコメカミを力強く叩いた。彼は口から内容物を吐き出した後、前方に倒れこみ動かなくなった。死んではいないようだが、しばらくは動けまい。私は集中力を少し解いて車の方に向けると、車は火で焼かれて中の乗客たちは全員斬り殺されていた。そして車から降りて盗賊たちと一緒にいた少年は興味津々といった顔で私を見てる。まるでどうだ感想はあるかと言った表情に怒りを覚えたが、私は冷静に彼らに向き合い、口を開く。


「貴方達の目的はよく分からんが、金目の物がほしいという割に一番高価な車は壊すは人間は皆殺しにするは貴方達はただの馬鹿か。」


 私はそういってから短剣を構え直す。相手は、大人の男が五人、女が一人、少年が一人。運転手が数人を轢いてくれた御蔭と乗客が何人か殺してくれたお陰で人数は少し減っている。こんな多対一は初めてであるが、こんな所で死ぬのも馬鹿らしい。緊張からか手に汗が染みこむ。大丈夫だと自分に言い聞かせる。相手を睨みつけて今だと突っ込もうとした時、バンバンと甲高い音が鳴り響いた。その音を聞いた男たちは舌打ちをしてから私を置いて手に入れた金銭を手に帰っていった。私は拍子抜けし、その場で腰を下ろす。何故かは分からないが彼らは戦わずして退却した。恐らくあの甲高い音は何かの警告であり、彼らはそれを嫌っているからなのだろうが、力の抜けた今の私では推測をたてる頭すら無い。荒い息だけが鼓膜を揺さぶり寒い冷気が体の温度を奪っていく。


「おや、見ない顔だねぇ。」


「おばあちゃん、この人凄い怪我してる!治してあげなきゃ!」


 虚ろな目で見上げると、老女と若い女が目の前に立っていた。どちらもつばの長い帽子を被り、黒いマントを着込んでいる。老女の方は不思議な車椅子に腰掛けており、若い女はその車椅子を後ろから押している。彼女らは誰なのだろうか。何にしてもここにいたら危ないことは確かである。


「ここは……ハァ……危ないから、ハァ……遠くへ」


 私は込み上げてくるものを飲み込んで二人に避難を呼びかけた。気を張っていた御蔭で出ていた声も段々弱々しくなる。よくよく考えれば近くには気は失っているが、盗賊の男が一人残っている。直ちに彼女らを逃がすべきである。私の警告に老女はカラカラと笑ってから私に指を向け何かを唱えると身体が温かい何かに包み込まれる。浮遊感が私を襲い限界まで来ていた眠気が助長される。辺りに目を向けてみると、私は確かに浮いていた。こんなことがありえるのだろうか。何かの夢でも見ているのかもしれない。そう結論づけようとした所で気絶していた男のからだがピクリと動いた。一気に意識が覚醒していく。そんな私を老女は心配せんでもいいと諌めてから奴にも手を向けると奴は急に後方に吹っ飛ばされてまたもや動かなくなった。


「お前さんが気にするようなことはない。しっかりお休み。」


「そうです!寝るのが一番です!」


 二人の声を子守唄にして私は意識を落とした。





 パチパチと火が木を燃やす音がする。目を開けるとそこは小屋のようなところだった。私はきちんとベットに寝かされて、ガラス片は一つ残らず取り払われて綺麗な包帯が全身を包んでいる。処置までしてくれるとはなんと優しい人たちなのだろうか。私は優しさを噛み締めながら上体を起こす。


「いててて」


 全身の傷は完全には癒えていないため上体を起こしただけでも痛みが走る。素肌に直接巻かれた包帯を撫でながら私はどうしようかと考えていると扉が開く。入室したのは若い女の方で、私の顔を見るなり近寄ってきて口を開いた。


「まだ起き上がっちゃ駄目じゃないですか!いいですか、怪我も病気も安静にしてれば大体どうにかなるもんなんですから、そういう時は何もしちゃいけないです。」


 自慢気に語る彼女はとても幼く見えるが、見た目で言えば、成人はしていないがもう少しでそうといったところか。言動とは裏腹に女性らしい容姿をしているので目のやり場に困る。にも関わらずパーソナルスペースが極端に狭いのか距離が只管近い。さっきから至近距離に顔を近づけて喋ってくるせいで端正な顔の隅まで確認できてしまう。ユラにこんなところを見られたらどうなるかと思うと、ゾッとする。


「あっ、そうだ。あたしご飯作ってきたんです!食べて下さい!」


 今思い出したかのように手をポンと叩いてからお盆に乗っているお粥を私の膝の上に置く。そしてスプーンでそれを掬うと息を吹きかけて冷ましてから差し出してきた。私が一人で食べれるので大丈夫だと伝えると、怪我人は甘えるものだと曲げなかったので恥ずかしいがそれを口に含んだ。体に気を遣って薄味にしてくれているのは嬉しかった。

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