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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ローナル国 6

 ユラを傷つけてしまったという漠然とした思いから茫然自失になり、夜でも栄えている店の立ち並ぶ道を宛もなく歩いているとこじんまりとした飲み屋を見つけた。特に目的もなかった私は勢いに飲まれてその店の扉に手をかけた。


「いらっしゃい。」


 出迎えてくれたのは格好良く歳を重ねたコップを拭いている男と、数人の常連客だった。アットホームな感じで毎度この人達が集まっていることは何となく肌で感じる。私はどうもと後頭部に手をおいて戯けるように挨拶すると、彼らは何も言わずにグラスだけを上げて歓迎してくれた。事情があるのは私だけというわけでもないらしい。


「お酒は普段飲まないので軽いのをお願いします。」


 そう頼むとマスターは私と目を合わせて軽く反応すると、手早く私にはわからない動きで飲み物を作っていた。心配そうな面持ちだと思われたらしくて、隣に座っていた髪の長い男が無精髭をジョリジョリと掻きながら、マスターの酒にハズレはないので心配するなと指摘を受けた。私が彼に貴方はここによく来るんですかと質問すると、よく来るなんてレベルではなく、毎日のように来店しているらしい。良かったこと、悪かったこと、愚痴や不平不満。何かあると直ぐにここを訪れてマスターに聞いてもらうのが彼の日課だそうで、彼は逆にあなたにはそんなところがないのかと聞いてきたので、無いわけではないがここにはないとだけ返した。彼はそれに私の容姿を確認してから、まぁそうだろうなと溢す。


「どう見てもここの国の人間ではないし、貴方にも故郷には安心できる場所があるんだろうね。旅をしているみたいだけど、その表情を見る限り、上手くいっていないと見える。他人にとやかく言われたくはないだろうがね。」


 透明のグラスを口につけて一気に煽る。喉仏はゴクリと液体が通過するたびに震え、顔に赤みが増していく。私はこの男に相談してみても良いのではないかぼんやりと考え始めていた。空になったグラスが木製のテーブルに置かれ、グラスの底に付着していた水分が染み込んだくらいの間隔を開けてから彼がこちらを向き直ったタイミングで私は口を開く。


「お察しの通り私はあちこちを旅して回ってます。元々一人で旅をしていたんですが、今は訳あって同行者もいます。今日その同行者と喧嘩とも言えないようなことをしていまって。」


 この店の雰囲気に流されてか言葉は選ばずとも口外に踊り出る。


「見解の相違といいますか、何というかそれによって彼女を傷つけてしまったみたいなんです。」


 男はそれに対して、相手さんは女か羨ましいねと茶化しながらもう一杯酒を頼みそれをグビグビと飲み干し項垂れたような猫背のまま私に言葉を返す。


「女はわかんないよ。男から見たら傷ついているんだろうなと思っている時も、腹の中じゃ違うこと考えてたりするから。それにその喧嘩になった原因が貴方の思っていることではない可能性だってある。一日経てば、ガラリと一心してニコニコしている時だってある。君より少しだけ長く生きている俺から言わせると、なるようになるといったところか。逆になるようにならないのなら相性が悪いということだ。」


 私がそういうものですかと返すと、ダメ押しをするようにそういうものさと大分陽気に答えてくれた。酒が届いたのはその後直ぐだったが、気分の良くなかったせいかそこから後の記憶はなく気付けば眠りについてしまっていたらしい。まだ眠たげな瞳を擦ると、人工の空から光が降り注いでいる。


「……」


 ……人工の空の光?おかしい。私は昨日飲み屋で酔い潰れて寝てしまったはずだ。なのに何故外でなければ浴びないはずの光りに包まれているのか。身を起こして振り向くと、私がゴミ袋に背を預けて寝ていたことが分かる。そして動いた時に自分の腹の上からヒラリと落ちた手紙を手に取る。そこにはこれも社会勉強だと機械的で精密な字によって手紙に書かれていた。反射的にポケットに入れていた財布を確認すると中身が全部抜かれている。完全に騙されてしまったようだ。もう笑うしかない。


 惨めな思いになりながらもこれは自分の責任管理の問題だと無理矢理納得する。彼らが手馴れていたとしても引っかかったのは私だ。今回の件は諦めよう。しかしどうしたことだろうか。この国を出ようと思ったその日に全財産を失うとは、そりゃあ完全技術職をしているミラや飲食店を大いに盛り上げているユラのような収入はないので二人からすれば高が知れている額だが、コツコツともしもの時のためにお金を貯めていた。兄の出稼ぎ先で不審なことが起きていると聞いた時、今こそこの貯金を使うべき時ではないのかと思い立ち、これを交通費、旅費に当てようと考えていたのだ。ここからレジェノまではそこそこ距離もあるようだしお金はいりようであったのだが、今それを言っても虚しいだけである。


「はぁ……」


 思わず溜息が溢れる。ここのところ上手くいっていないのは、自分が一番理解している。今この時も二人に旅費を借りられまいかと思っている自分を情けなく思う。お金の貸し借りは極力抑えたいと今までずっと考えてきた。何故ならお金の貸し借りをしてしまうと関係が一気に崩れてしまうことがあるからだ。貸した方は気が大きくなり、借りた方は負い目を感じる。そこから対等だった関係が崩れてしまうことは往々にしてあることだ。それを彼女たちとするわけにはいかないのだが、この国で私が稼ごうにもこの国の方向性と私の方向は全く別方角を向いていると言っても過言ではない。細かい作業が苦手で、料理なども苦手。接客もこの面構えで愛嬌もクソもない。どちらかと言うと、畑を耕したり、得物を追いかけて狩りをしたりするほうが断然向いている。この国でお金を短期間で稼ぐことなど不可能だ。


 いつまでもゴミ溜めに居るわけにもいかないので、宿屋に向かって歩みを進める。ユラのほとぼりが冷めていれば良いのだが、如何せん怒っていたわけではなくて失望したような声色だったので愛想でも尽かされてしまっているかもしれない。どんな反応をさせても受け入れるために大きな覚悟を持って私は宿屋に到着した。




 杞憂だった。


 その一言に集約されている。宿屋に着くと外で態々待ってくれていたユラとミラが姿を覗かせた。気まずさもあったが話し掛けないことには始まらないので、二人におはようと声をかけると、ユラは花の咲くような眩しい笑顔でおはようございますと迎えてくれて、無表情のミラも私に抱きついて迎えてくれた。昨日の晩彼が言っていたことに間違いはなかったらしい。詐欺師だが相談事にはきちんと考えて応えてくれていたのか。今ではその正解は闇の中だ。


「昨晩はあの後帰ってきてくださらなかったので、とても心配したのですよ。疲れたでしょう。カプセルの予約を一つ取ってあります。」


 ユラは私の肩に手を触れさせてそう言う。ミラも一緒に寝たいというがそこはユラが一人で寝かせてあげなさいと母親らしく説いていた。しかしそこでお金が抜き取られていることを思い出した。カプセルはお金を入れないと起動しないのでお金がないと動かせない。


「済まないのだけど……」


 私はそう詫びを入れてから二人に昨晩の出来事を伝えた。すると、ユラはそんな人がいるのかと憤っており、ミラは大丈夫だったかと仕切りに体を擦り付けてきていた。その様はまるでお気に入りの場所に自分の匂いを残すためにマーキングをする動物だ。彼女の場合はただ単に、父親という存在を心配しているだけなのだろうけれど。


「ではここは私が出しますので、休んでらして下さい。」


 いやそんなわけには出そうになったが、ユラは既にお金を渡しの手のひらに乗せて、強く握らせている。ここまでされてそんなことを言うのは躊躇われた。私は必ず返済はすると言ってそれを受け取る。彼女はこれくらい気にしなくてもいいといったが、それでは私の気が収まらないというと漸く受け入れてくれた。彼女の優しさには毎度ながら癒やされるものがある。彼女のような完璧な嫁さんをもらっていた亡くなってしまったという旦那さんはさぞ鼻が高かっただろう。


「すまない。」


 一言をユラとミラに残し、私は宿屋に入り、路上では取れなかった疲れを癒やした。



 目を覚ましたのはそんなに時間の経過していない時間帯だった。疲れは取れていなかったとはいえ、睡眠時間で言えばそこそこ取れていたようで一、二時間寝れば体調は万全だった。抗菌滅菌をされて生ごみの臭いの取れていた上着を羽織ると寝ぐせもそのままにして外に出る。まだ朝と言ってもいい時間なので悪いこともあったが、人工灯がいい感じに人々を照らしているため良い朝だと感じる。


「この国を出るにしてもメロルには言っておくべきだな。」


 行動を決めるためにわざと言葉に出して宣言する。目を覚ますために頬を挟み込むように叩き、よしと気合を入れてから研究所への道程を踏み締めた。



「あら、こんな時間に珍しいわね。」


 ノックをしてからドアを開けると、珍しくメロルは手前の部屋にいて、飲み物を飲みながら資料に目を通していた。気になって私もそれに目を向けているとメロルはそれに気付きそれが最近になって流行っているボッタクリバーについてとの事だった。とてもタイムリーな話である。それに私も引っかかりましたと告げると彼女は目を丸くして含んでいた飲み物を吹き出した。私が近寄り背を撫でると彼女はゴホゴホ言いながらそれは不運ねと言い続けた。


「この詐欺集団はどうやらどこかの研究室の研究員の観察のまとめを利用した犯罪だったのね。あ、研究員の観察っていうのは定期的に行われるもので、その人が技術を万が一にも持って逃げないかをメンタル的に管理するためのものなの。結構細かくかいてあるらしくて、誰それと関係が悪い。こんなことがあって悩みを抱えているということまで書いてあるらしいの。それを使って詐欺集団は悩みを抱えて弱っている研究員を巧みに誘い込んで酒に溶かした睡眠薬を飲ませてお金を財布から抜けとっていたの。それとついでに一般人相手にも人を選んでだけど同様の犯行をしていたらしいからアンタはそれに巻き込まれたんでしょうね。」


 犯人は捕まってるからもう巻き込まれることはないでしょうけどと呆れ気味に言うメロルの目にはそんなものに引っかかるなよという意志が感じられたが、私はスルーした。


「じゃあ、お金って返ってくるんですかね。」


 一縷の望みを託してそう聞いたが、メロルは残念そうな顔をしてから可能性は低いわねと言った。このような犯行をする犯人は大体取ったら取っただけ直ぐに使ってしまうそうだ。何時捕まっても良いようにだそうで、お金を持っていれば捕まるときに罰金として持って行かれたりするために現金を残すようなまねはしないとのこと。私はがっくりと肩を落とした。

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