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気儘な旅物語  作者: DL
第二章 小さな英雄
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旧メナカナ高原 5

 心の奥底。本能的な部分が無茶な身体の運用に警鐘を鳴らす。これ以上の狼藉は許さない、そう言い聞かせられているようだ。しかし、それでも尚、この足が立ち上がろうとするのは、きっと男としての意地とプライドがあるからだろう。諦めてしまう。此処で地に伏す。どちらも賢明な判断ではあるが、どちらもが僕にとっては嘘である。プルプルと震えの止まらない足も必死こいて勇気を振り絞れば、不格好なりにも直立する。ケレガレニウスの不敵な笑みを笑い返す力が漲ってくる。コレは、本能を通り越した野生が僕を突き動かしているのだと思う。


「これで終わり?……そんな訳無いだろ」


 一時の空白をおいて、僕はそう吐き捨てた。まるで、彼を見下すように冷笑を浮かべながら。


 僕の態度を見たケレガレニウスは、一瞬だけポカンと間抜け面を晒した後、大口を開いて嘲笑した。弱者の悪足掻きに怒りを通り越して、哀れみと情けない感情が胸に湧いてきたのだろう。笑えば良い。僕は手を止めてくれた彼に感謝すらする。彼が馬鹿でなければ、僕に活路はなかったからだ。


 壁に手をつきながらやっとの思いで立っている僕の目線の先には、伝説の魔女が居た。彼が態々自分から距離を離してくれたお陰で、彼女の援護が可能な距離になっている。笑い飛ばすケレガレニウスの背後に音もない高速の閃光が放たれる。


「効かねーっつーの!!」


 有り得ない反応速度を彼は実現した。未来予知でもしていなければ出来ない反応だ。真っ直ぐ放たれた閃光は彼の得物によって掻き消される。大威力の衝突で発生した風圧で割りと近くに居た僕は投げ出されて、敵との距離を離すことに成功した。計画通りと言うには、破綻しすぎているが、一応想定内だということにしておこう。全身の痣のお陰で、痛みなどは緩和されているので、今からでも戦えないことはない。しかし、ここで先手を取ろうと無茶をするのは建設的な行いとは言えない。明らかに戦力というか、自力が違いすぎる相手である。英雄と比べれば、マシな戦力差だと言えるが、今回は逃げれば済む問題ではないのだ。打倒しなければならない状況になりつつある。まだこれが、相対して直ぐの時であれば、逃がしてくれた可能性があるが、完全に敵として見做されてしまった現在では、そんな希望は無いに等しい。この状況が胡蝶の夢であればどれだけよかったかと、弱音も零れそうになる。それでも立っていられるのは、僕にもまだ使命感があるからだろう。


「大口叩く割に何も出来ねぇ―じゃねぇーか。そういう雑魚が口ばかり達者なのは、俺様を逆撫でする行為等しい。冥土の土産に覚えときな!」


 槍を器用に一回転させてみせた男は、魔女なんて眼中にないと言わんばかりに、僕に注視を向ける。棘々(おどろおどろ)しい意匠の得物が敵を仕留めんと輝きを放つ。彼にとって、僕らの存在は恐ろしく脆弱なものなのだろう。壊すことは容易いという感情が彼の油断大敵という言葉を鼻で笑うような態度から読み取れる。実際に、本気を出していなかった彼と僕の本気を超えた力は拮抗していたのだから、彼が本気を出せば僕なんぞ遊ぶ価値も見出だせない存在となり下がるだろう。だが、それでも、僕は諦観することはなかった。負けを認める気など毛頭ない。勝算がある訳でも、秘技を隠している訳でもない。僕は根拠もなく、負けるという事象を承認したくなかった。


 強者の愉悦を蹴手繰り落とす。僕の本性に隠れた汚い部分。圧倒的な人間に対するねたみやそねみ。それらを意固地に凝り固めた感情が僕を突き動かす。


「……おごった人だ。口ばかりはどっちなのかな。」


 距離はあったが、僕の戯れ言は彼の耳に直送される。浮かべた笑みは段々と打ち消されて無が刻まれていく。大層な構えを見せていた体勢も本格的に魅せるためではなく、狩るためのものに移り変わる。今までの彼の動きを見る限り、この距離でも一瞬で僕に止めを刺す事が可能であることは、明らかだった。お情けで生き長らえていた僕の命の松明に強風が吹き荒れる。予想通り彼の得物は一瞬の内に僕の鳩尾に深く入り込む。空気を吐き出す暇も与えられず、痛覚が危険信号を無差別に脳から伝達される。言われなくても危険な状態であるのは分かる。死期を悟ると云うのは、こういう状況を言うのか。為していないことばかりではあるが、少なくとも最後にやらねばならない事がある。最後にこれで人生に証を残すとしよう。


 深く突き刺さった槍を更に進めていく。一緒に吐き出される臓器が切れて、最早どうやって活動を維持できているのか判断付かないが、僕の身体は確かに先に進む。予想外の現象にケレガレニウスは、焦りの表情を顕にした。一杯食わせてやった様で心地が良いが、これだけではない。僕は、武器を伝い、彼との距離を詰めると、火事場の馬鹿力で手を彼の首に伸ばした。恐れた彼は回避を試みるが、生死を掛けた僕の手は目的通り彼の首に巻き付くことが出来た。幾ら鍛えても此処は、人間ならば弱点でない筈がない。首を伝う太い血管を目を見開いて握り潰す。酸欠で目を真っ赤に充血させる彼は、まるで化物でも見る目で僕を見る。


「能力ばかりが……戦いではないですよ?」


 空気が抜けてヒューヒューと間の抜けた音を奏でながらも助言を述べる。彼の目に映る僕は顔を真っ青にして生きながらにして屍のような形相であった。生死を賭けた戦いにおいて、勝者と言える人間は存在しなかった。先に白目をむいて倒れたのは、ケレガレニウスの方であったが、それと同時に僕も地に伏した。視線を下に投げると、何故まだ生きていられるのか不思議なほどに、根深く槍が貫通していた。臓器を上手く避けてくれていたなんていう奇跡もなく、僕の墓標は此処に刻まれる事になるのかと他人行儀に考えが巡る。そんな僕を見下ろすのは、共に肩を並べていた魔女であった。


『これが選択か……?ワシにはとても納得のいく選択をしたようには思えんのぅ。どうじゃ?ワシに賭けてみる気はないかの。』


 人生の先人は意識が朧気になる僕に選択を迫る。余裕もない僕ではあったけど、どうせ何時死ぬとも分からない命だ。彼女に賭けてみても変わりないのではないかと、投げやりに考えた。恐らく彼女にもそういういい加減さは伝わっていたと思うが、そこは、子供に対する大人の心の深さで受け止めてくれたのだと思う。


 ゆっくりと五感が薄れて行き、最終的には意識は途切れた。




「おいッ!起きてくれ、頼む!!」


 全てが闇に包まれたのは、ほんの一瞬であった。気付くと、介抱される側であった親友が僕を掻き抱いて、嗚咽を漏らしていた。頬から零れ落ちた雫が僕を覚醒へと導く。予想よりも暗闇を堪能していたらしい瞳は、光量に惑わされて、反射的に瞼を塞ごうとするが、僕は自力でそれを阻止した。光りに包まれた後に一番最初に見えたのは、半べそを掻いたメケの姿であった。大親友は、僕のために号泣をかましてくれていた。そこには重い愛情が滲み出ている。彼の男にしては柔らかい肌が今は心地よい。全身の痛みが優しく包まれ、癒される。


「メケ、大丈夫……生きてるみたいだ。」


 端的に言葉を並べると、彼は一気に身体を離して赤面顔を背けた。取り繕うようにしどろもどろになっている様を見るに、彼にしても恥ずかしく見られたくない光景だったのだろう。僕としては、こんなにも心配してくれる彼の姿に胸を打たれるものだが、彼はそれが照れ臭く感じてしまうようだ。


 反論を述べる彼を差し置いて、僕は現状の把握に努める。場所は僕が倒れたところではない。メケを隔離したあの竹藪の中である。満身創痍だった彼は僕を此処まで連れて来てくれたみたいだ。五体満足ではないのはお互い様なので、助け合いの精神が発動したのかと適当に結論を付ける。ボロボロの体を無理に起こそうとすると、メケに止められるが、その手を制して尚も立ち上がる。もう既に、痣の力は開放されているので、制限のある身体が鈍痛を響き渡らせる。それでも、遠くを見通すと、沈静化した魔女の家が見据えられる。感慨に耽り、手を鳩尾に当てると、そこにはあるはずの傷が消え失せていた。彼女の言っていた賭けとやらが功を奏したのだろうと、推測できる。死にかけのポンコツが伝説の人間に救われたとだけ聞くと、何かの物語の導入部分のようだが、全身の痛みが現実に引き戻してくれる。


「一体何があったんだい。ボクが駆け付けた時には、もうあの幹部級の敵は死んでいた。隣に横たわる君を見て、心臓が止まりそうになったんだぞ。」


 心配に表情を浮かべながら糾弾する彼に、僕は曖昧にしか答えることが出来なかった。当事者である僕自身が現状を把握できてはいないからだ。捨て身の攻撃でケレガレニウスを排除できただけでも奇跡に近い。僕が生還したのは、単に運が良かったからとしか言いようが無いことだ。姿の見えなくなった彼女に胸中で感謝を呟いた。


 メケの話では別の班が本の回収や諸々の作戦を遂行できたとの事だったので、あまり時間を掛けて休まずにこの場から離れることになった。あれだけ傷を負った二人でどうにかなるのかと不安もあったが、僕の身体は、意外にも調子よさげに駆動が可能になったので、メケを支えながら仲間たちの待つ集合場所を一心不乱に目指す。不思議と漲る力に疑問がないわけではなかったのだが、此処で押し問答しているだけの時間は残されてはいない。迅速な対応が求められている。先ずは、死なないことを大前提として考え、行動する。それがアドレナリンを吹き出した脳味噌で至った結論であったのだ。



 集合場所に居た全員は皆が傷だらけであった。作戦開始直後の涼しい顔を保てている人間など存在しない。誰もが自分の役割を全うするために、必死に動いたのだろう。何人か来ていない人が居るように感じるが、もう出発する雰囲気から察するに、作戦中に死んでしまったのだろう。これが、戦いなのだと非情にも受け入れることは容易かった。僕は恐らく薄情な人間なのだと思う。


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