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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ローナル国 4

 そこからはあっという間に時が流れた。


 ミラが勉強を教わりながら、私は書類整理をしているという時間が増えた。ユラはといえば何もしていないのは気が済まないとのことで仕事を探していたところ少し前に訪ねた店の店主が声をかけてくれたらしく、今はそこで日雇い扱いだが仕事をしている。ユラは持ち前の愛嬌で店の宣伝に力を入れて、ガラガラだった店内は今ではそこそこ客が来てくれているそうだ。やり甲斐のある仕事だと言っていた。ミラの方はというと、もう既にある程度の仕事に手を出せるほどになっており、メロルも驚くと同時に弟子の成長に頬を緩めている。


 かくいう私はこの中で一人だけ成長というのとは無縁の暮らしぶりだった。書類整理はしているがそれで何かが身に付く訳もなく、勉強も教えてもらってもミラほど要領も良くないので気付けばメロルも期待を込めたミラにだけ教えていた。確かに私に教えている時間があるならミラに教えていたほうが良い。適材適所というやつだろうか。


「済まないけど、この書類をリーダーに渡してきて。」


「はい、承りました。」


 メロルに渡されたのは半透明のファイル。中には研究書類のたぐいが入っているのは確認しなくても分かる。私は了承してから受け取った。それと、リーダーというのは複数個の研究室の取り纏めをしているメガネを掛けた気の弱そうな歳の少しいった男のことだ。取り纏めとしては、多少優しすぎる性格をしているが、言わなければいけないことや大事な場面では足を踏ん張れる男なので、回りからの信頼も厚い。私も彼を人間として好いているので、渡すついでに彼と話してきてもいいかもしれない。振り返りさあ行こうかとしているとメロルにその前に少しいいかと呼び止められた。なんだろうかと思って振り向くとメロルは珍しく自信のない顔で自身の人差し指を合わせるようにツンツンしていた。


「アンタはそこそこリーダーと合う機会があるでしょ?」


 私はそれに頷く。メロルの上司に当たる男に会う機会はとても多い。何故なら、彼に届く資料を運ぶのは大体が私の仕事だからだ。そのたびに話しているため仲も良くなった。それがどうしたのだろうか。


「リーダー……私に対して何か言ったりしてない?」


 モジモジとしながらそう言ってくる。だが中々難しいことを言う。何も言ってないなんてことはない。だって届けているのは彼女の研究資料であるし、私より彼女のほうが彼と関わりは深いだろう。だから何も言ってないなんてことはないのだが、どこからどこまでの話がその何かの対象に入るのかによる。世間話レベルでいいならある。仕事の話もある。もっとプライベートな話については聞いていない。こんなにわかりやすいので態々いう必要もないが、彼女は多分リーダーに好意を持っているのだろう。そうなると、彼女がほしいのは彼の好みや自分が彼にどう思われているかということだ。それらについては聞いたこともないのでまともな答えを私は持っていない。しかしそれをそのまま彼女に伝えるのは配慮に足りない気がしたので言ってないことはないがそこまで込み入った話はしないからとお茶を濁すにとどめた。


 メロルの質問攻めを掻い潜るように抜けるとディスプレイに向けていた顔をこちらに向けていたミラがいってらっしゃいと手を振ってくれていた。私はそれに手を振って返してから部屋を出た。



 白いタイル張りの廊下はコツコツと靴の下の面に押されるたびに音を発する。研究室があちらやらこちらやらにあるせいか時折異様な臭いがしたり、爆発音がしたりするが何回か聞くといつものことかと感じてしまうのは人間の適応力の凄さといえる。すれ違う研究者たちは一様に疲弊しているのを見るに、大きな実験でもしていたのかとぼんやりと思いながら私はリーダーの部屋に到着する。扉を叩くと、中からどうぞと声がかかるので失礼しますと告げて扉を開ける。


「ああ、君か。ということはヴァイラル君の資料ができたんだね。」


 リーダーは機械で作業をしていた様だが、私が入室すると作業する手を止めて、顔を上げる。きちんと私に目を合わしてからそう言った。こういう地道なところから信頼を得て行ったのだろうと毎度感心する。私は手に持っていたファイルを彼に渡して彼がそれを確認している間にいつもの会話に移行した。


「最近はなにかニュースはありましたか。」


「うーん、最近だとそんなに大きなことはなかったんだけど、一つ気になる噂はあったよ。」


 情報通であるリーダーとの話は毎回こんな感じだ。何処で情報を集めているのかしらないが、彼はいろんなことを知っている。あまりそういう情報に過敏ではない私は彼から色んな所の噂や実際にあった事件などを聞いているのだ。キニーガの里については聞こうとした時もあったのだが、結局言わずじまいでいる。


「ここからは少し遠くなんだけどね。レジェノという国で失踪騒ぎが起きているんだよ。まだ被害者は多くなからそれほど問題にはなっていないけどね。」


「レジェノ、ですか。」


 反芻させるように言っているとその地名を何処かで聞いたことがあるのを思い出した。一体何処で聞いたのかと気になって過去の出来事を大雑把に思い返していると、答えには直ぐ辿り着いた。レジェノといえばウチの次男が出稼ぎに行っているところだ。そんなに出稼ぎ先に興味がなくて、先程まで忘れていたが、兄がこっちに帰省しているときにレジェノはどうだと言っていた。それをリーダーに伝えると、彼は渋い顔をする。


「問題が多くはなっていないが、これは大きな事件につながるような事案だと僕は考えているんだよ。勿論裏付けもあって、レジェノで失踪事件が起きる丁度のタイミングで盗賊団が幅を利かせ始めているらしくてね。ローナルはこの圧倒的な技術力で入国審査と敵の排除をおこなえるようにしているので大丈夫だが、レジェノは昔からの交易の国だ。人の出入りは激しいし、それを一々検査したりしない。だから、今回の一件は盗賊団と密接な関係があるんじゃないかと考えているんだよ。」


 何もないならなにもないに越したことはないけどねと締めくくり彼はセリフを区切らせた。


 ローナルのセキュリティは私もよく知っている。来て直ぐの時は、入国審査も楽だったと思っていたが、改めて思い返してみると、そこらに監視用のカメラがあって、メロルが言うにはそのカメラで一人一人が前科がないか膨大なデータベースを用いて参照しているそうだ。しかもローナルは徹底した技術の管理をしており、出国するときには技術に関する内容は機会を使って消去される。それによって技術の漏洩も対策がされている――そもそもローナル国での技術者の待遇は良いので技術者は出て行かない――。


「私もそれが杞憂であると信じたいです。」


 私はそんな言葉を返しながら考え込んでいた。私の旅は元より目的のない旅である。実際父の遺言がなければ旅になど出ていなかっただろうし、今でもあの畑やらを耕して過ごしていただろう。しかし、私に出発し少ないが人と出会った。そしていまは全くの赤の他人だったユラやミラと旅をしている。あの村から二人を連れ出した理由は、二人が彼処にいても唯苦しいだけであるのが分かったからで、そこから脱して仕事を見つけさせようとしたからだ。何も一緒に私の旅に付き合わせることではない。ユラもミラも今の仕事を大事にしている。これは私の役割が終わったと考えてもいいんじゃないか。少なくとも、ふたりともここで働いていれば食いっぱぐれることはない。


 責務は果たした。結論が漸く出た。



「失礼しました。」


 私は頭を下げて部屋を出た。私は一つの決意が胸にある。それは自己完結されてはいいものではないが、彼女らからしたら身勝手な決意だ。何を隠そう私は彼女たちをローナル国に置いてレジェノに渡ろうと考えているのだから。元々の目的からすればそうなるのが当たり前だ。目的である働き先は二人とも決まったし、不満もなさそう。二人を守ることに関しても、ローナルなら前述したように万全なセキュリティーがあり、メロルやリーダー、ついでにあの店の店主も助けを求めれば応えてくれるだろう。私の宛のない旅に巻き込んでしまうのは心苦しい。


 メロルの研究室に戻り、タイピングを繰り返すミラを見つめているとその決意は更に大きくなった。


 その後、仕事の終わったユラと宿屋の前で待ち合わせてから軽く食事を摂り、そのままの勢いで二人にレジェノのことや兄のことを伝えた。ユラは何時発たれるんですかそれによっては挨拶回りしなくちゃいけませんからときょとんとした顔で言う。前振りの時点でその先の私が言いたいことがわかったらしい。しかし完全に正解ではない。彼女の中ではもうついてくること前提なのだろう。そうではないのだ。


「その必要はない。レジェノに行くのは私だけで行く。君たちはこの国で暮らしていくべきだよ。」


 追加するように仕事のことや私の旅についてくるデメリットを挙げていくと、普段滅多に怒らないユラの顔が真っ赤になるほど起こっているのが目に入る。優しい顔は怒っていても遜色ないものだが、怒り慣れていない目は既に涙を蓄えている。


「一緒に居たいと思っていたのは私だけだったんですね。」


 ユラは顔を手で抑えて隠し、ミラの手を引きながら先に宿屋へ入っていった。地雷を踏んでしまったというのは正にこの状況か。私はどうしていいのか分からなくなってなんとなく上を見上げた。人工的に作られた夜空は感傷に浸るには軽すぎた。宿屋に入るのも気まずいので、宛もなくそこいらを散策することに決めた。女心を理解するのなんて男には無理だととある人が言っていた。私はそれに同じ人間であるのだから無理なわけがないだろうと嘲笑っていたものだが、実際に遭遇すると思う。男女でなくとも誰でも心を理解するのなんて人間業じゃない。

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