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気儘な旅物語  作者: DL
第二章 小さな英雄
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ナナシ 4

 原理は兎も角として、反撃するための力が何故か備わった。それでも、相手と力が対等になったわけではなく、圧倒的にあちらが優位に立っている事に変わりはない。この絶望的な状況を覆すだけの活路をまだ見出だせないでいた。転がされた事で気の立ってきた彼は、ここで漸くそのご自慢の黄金の剣を抜く。本気で怒らせてしまったと考えて良いだろう。展開は悪い方へ進展しつつある。もし、彼がその気になれば、僕など一瞬で跡形もなく消し炭にされる。それが今までされていなかったのは、彼が子供相手と油断していたところが大きい。しかし、あの少年から力を授かった時点で、彼の目付きが変わった。もう容赦をしてくれそうな雰囲気はない。


 振り向き様に横凪ぎ払いの剣撃が放たれる。空気中の物質をも切り裂き、本人の手元を離れる中距離攻撃。並みの練度ではないのは、素人目からでも分かる。空中を真っ直ぐ進むように見せて、要所で屈折するため、予測を立てて避けるという手段も取りづらい。だが、明らかにあれの目標は僕の首である。突っ立っていれば、この世からおさらばする。


 もうそこまで来たところで、世界が遅くなる。これは、死を検知した脳みそが処理を加速させて、結論を焦っている証拠である。自覚すると、少しだけ投げやりな気持ちになれる。ここは、もう行き当たりばったりで行く他に方法はない。今朝テレビでやっていた占いの結果を思い出しながら、気の向くままに回避する。数本の髪が切れたが、何とか生き延びることに成功する。でも、それは初手を辛うじて避けられただけであり、根本的な解決はしていない。直ぐに気を取り直して、しゃがんだ状態で手元に掴んでいる土を握り締める。晴れが続いていたため、サラサラとしており、非常に掴み難いが、自然の事なので仕方ない。僕は、そのまま立ち上がり、目元目掛けて土を投げつける。少しできた隙を見て、屋敷の方へ走る。苛立った彼も攻撃を放つ前に僕の行動の意味に気付く。


 屋敷をバックにした僕にあの中距離攻撃をすると言うことは、この屋敷に損害を与えるに等しい。彼が僕の回避能力を先程のまぐれで判断してくれているのなら、斬撃が捉えるのは、恐らく屋敷だと無意識的にも思うはずだ。あれを防いだだけでは、彼の脅威を取り除いた事にはならないが、僕の目的は、彼を倒すことではなく、お姉ちゃんを救うことだ。


「僕の邪魔をしないでください。」


 それだけ吐いて、多少のリスクを覚悟しながら彼に背を向ける。がら空きの背中に攻撃が飛んでくるにしても、危険度は表を向いていても裏でも大差無く高い。それならば、敢えて小癪な態度を取り、相手に深読みをさせた方が建設的だ。彼も慎重さからこちらの読み通りの行動をしてくれる。ニヤケそうになる頬を何とか堪えて、余裕面を披露し続ける。実際のところ余裕もくそもないのだが、誤解してくれれば御の字である。どうにかこうにか屋敷の件の窓から侵入すると、そこで一番会いたかった相手に遭遇する。


「ローくん……なに、してるの?」


 信じられないと口元を手で塞いだその美しい女性は、僕の姉であった。傍らにあの冷酷な女が同伴しているが、先程まで戦っていた相手に比べれば、大したことはない。僕は嬉しさから、ここ数年で更に美しさに磨きをかけた彼女に見惚れていたが、対照的に彼女の顔は晴れていなかった。けれど、それは今は関係のない話だ。彼女に手を差し伸べる。一緒にここから逃げて自由になろうと語りかける。それでも手を取ろうとしない彼女に痺れを切らして、僕から強引に腕を握ろうとすると、その手は最愛の人によって弾かれる。呆然と叩かれた手を見る。黒い痣は、呪術によるものだが、それを覆い被さるようについた赤い痕は、彼女によって刻まれたものだ。理解が追い付かずにゆっくりと顔を上げると、心底迷惑そうな表情の姉の姿を目の当たりにさせられた。それだけでも耐えられないのに、彼女はミラ・ノーマンを庇うようにして立っている。さも、そちらの方が大事だと誇示するように。


「僕は……お姉ちゃんと一緒に暮らしたいんだ!」


 尽き掛けようとしている気力を振り絞って、そう叫ぶ。


「それで?お姉ちゃんは、ローくんとはもう暮らしたくないよ」


 真っ正面から全否定された。一緒に生きてきた時間。読書をしたり、料理を作ってもらったり、勉強をしたり。二人で一緒に積み上げてきたと思っていたことが、唯の僕の独り善がりだったという現実を叩き付けられる。全身から力が抜けて、痣が消失していく。


「危ないから、……むこうに行ってましょう」


 連れられていく姉に手を向ける事すら出来ない。彼女に拒絶されると言うことは、僕にとって死と同義である。目の前が一気に暗転する。止まらない涙だけが、僕の感情として溢れ出た。背後に気配を感じ取るが、もう反撃する気力もない。殺すなら殺してくれと、首もとを切りやすい様に見せびらかす。


「……憐れな子供だ。」


 僕を見下した男が残念そうに呟く。体感で振り下ろされる剣を感じる。一思いに死にたい。切なる願いから僕は瞳を閉じた。


 何時まで経っても変動しない感覚に僕は目を開ける。開かれた視界に写ったのは、振り下ろされた剣に鍔迫り合いをする大親友であるメケの姿があった。何故彼がここに居るのかはさておいて、その覚醒状態にあった僕に引けをとらない彼の動きと膂力に驚きを隠せない。一介の学生が出来る許容範囲を超えた動きで彼を翻弄し、力任せな一撃で英雄を僕らから引き離す。距離を取らされた英雄が反撃しようと前に出たところで、上空から旧時代な弓矢が降り注ぐ。


「早くその子を連れて逃げなさい!!」


 弓を構えた女性の掛け声とともにメケは項垂れた僕の腕を掴んで走り出す。彼女一人であれに太刀打ち出来るはずがない。僕が振りかえろうとすると、メケにそんな余裕はないとばかりに引っ張られる。


「……ヒーロは元気か?」


「質問に答える義理はないわ。」


 二人は知り合いなのか気安い会話をしているのだけ聞き取ると、あっという間に彼によって屋敷を出て、城外へ脱出した。目まぐるしく展開の速さだったので、自分でも今どういう状況なのか分からなくなってしまいそうになっていたが、取り敢えずは、彼に従って行くしかあるまい。何時も以上に頼もしく見える彼に身を寄せながら、言われるがままに付き従った。


 最大都市であるナナシから走り抜けて脱出すると、待ち合わせしていたらしい人達と合流する。大型の自動車に乗せられると、あれよあれよと言う間に、知らない土地まで連れて来られた。不安になってメケを見ると、心配するなと抱き締めてくれる。ほんのりとだが、姉のことを思い出して温かい気持ちになる。そうしているのも束の間、続々と乗り物を乗り換えて足がつかないように工夫しながら目的地に向かっているらしい。僕は今何処を目指しているのかハッキリした情報を教えられていないので、困惑しながらも付いていく他ない。


「着いたぞ。降りろ。」


 言われるがままに降りると、そこは切り立った崖に囲まれた場所だった。道中メケに聞いた話によると、元は盗賊団のアジトであった場所で、一回崩落もしているのだが、その御蔭で更に機密性を高い隠れ家を完成させることが出来たのだとか。歴史が積み重ねられたところなのかと感慨に浸っていると、隠れ家のとある一室に連れてこらされた。姉の一件の後ということもあり、疑心暗鬼にもなっていたが、リーダーとして現れたのは、隣の彼によく似た顔の女性だった。何度か見比べてみると、余計にそう感じる。気付かれたと分かったらしい女性は、僕に手を差し伸べて、彼の母親だと自己紹介する。震えさせながらも折れた利き手を差し伸べようとするが、激痛でそれは叶わない。女性は無理はするなとだけ言って、本題の方に話を移していった。


「いきなり連れて来られて訳がわからないと思うから、先ずは自己紹介だ。さっきも言ったが、ボクはそこのメケ・ルーディンの母で、ルル・ルーディンだ。主に、この反女王組織のリーダーを務めている。それと、この組織の概要についてだが、簡単に言うと、あの女王のやり方に反対した人たちの集まりだと思ってもらって構わない。まぁ、個人的な思いがある人や単純に現状の生活に満足していない人間達で構成されている。やっていることといえば、その辺りの反政府組織と大差ない。失望したかな?」


 自嘲気味に笑うルルに僕は、精一杯顔を横に振って応える。


「実際、僕には関係のないような話だと思っていましたが、当事者になってみて、被害者になってみて、そういう不平不満をいう人達の気持ちは分かったつもりです。だけど、ルルさん達がどんな活動をしていて、何故僕を此処に連れてきたのか。それ自体を言及するつもりはありませんが、僕は基本的に姉を救う為でしか動きませんよ。……それも、もう今となっては無意味なものでしたが。」


 目を伏せる僕に対して、彼女は優しく微笑む。そして、本当に姉の事を大切に思っているのだなと問われる。どうやら彼女にも姉が居るらしく、今でも仲が良いのだそうだ。僕もそうなれたら良かったと、弱音を吐くと、どういう事だと驚いた顔をする。此方も疑問符を浮かべるような形になり、見合っていると、メケが横から入って説明をしてくれた。彼女たちは当初から一応は重責を背負った立場の役員の家族として見張られていたみたいで、その際に僕と姉の様子を窺っていたようだ。仲睦まじいと報告があったことを覚えていた彼女は僕の発言に疑問を持ったというわけだ。姉の話を出すと、不機嫌そうになるメケだったが、あの現場での立ち振舞いなどをルルに伝えて、返答を待つ。


「もしかしたら、それは……どうにかなる部類の問題かもしれない。」



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