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気儘な旅物語  作者: DL
第二章 小さな英雄
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ナナシ 3

「今回集まってもらったのは、この情報部門最高責任者、ミラ・ノーマンの娘、エレティナ・ノーマンについてだ。皆も重々承知ではあると思うが、今回の儀式において彼女を巫女として選出する事に決定した。」


 女王の発言に僕は心臓を抉られたような錯覚に陥る。彼女が今言った巫女と言うのは、言い換えれば生け贄という事だ。年に一度のペースで行われ、例年では、死刑囚や過疎した村から一人を選出して、執り行われていた。この儀式は、人間ではない女王が延命するために行われるものだと説明されているが、その実、文献を漁ると、それが虚偽である事が判明している。では何故にこんな酔狂なことをするのか。それは僕らのような一般人では理解の及ばぬ範疇ではあるが、まともではない。


 騒然とする中、彼女が大声で祝福せよと叫ぶと、回りからは拍手喝采の嵐。誰もが彼女に逆らうことをしない。そんなことをしても得はないし、馬鹿のすることだと知っているからだ。だが、僕は姉の為になら馬鹿にもなれる。流石にこんな面前で叫んだところで状況が何も変わらないのは、わかっている。冷静に考えて行動する。メケの手をやんわりを外して、人々の間を抜ける。後ろから彼の声が聞こえてきたが、今だけは無視させてもらう。



 遠目から先に城に帰って行った姉を確認した後、本格的に行動を起こす。式典も冷めやらぬ中、僕は予め確認しておいた裏道から、王室のあるこの城に侵入していた。経路としては、森林公園のある裏の道から木々の隙間を抜けて、設置されている池に潜ると、そこは城の城壁しか見えない警備の行き届かない狭いスペースに出る。そこからロープを城門に引っ掛けて、鉤爪で傷をつけながら上がっていく。何度も落ちて、尻餅をつ羽目になったが、それくらいでへこたれるほど信念はヤワなものではない。城門を超えると、表の方から歓声が未だに聴こえてくる。非常に不愉快ではあるが、彼らも今回の件に完全に納得しているというわけではない様子であったので、仕方ないと言える。ズブ濡れの服を中庭に植え付けられた草木に隠れて絞ってから、行動を開始する。急遽取り決めた作戦であったため、前準備が圧倒的に足りておらず、武器は、いつも鞄に忍ばせていた短剣しか無いが、元より、見付かれば、死と直結する状況だ。大層な武器を持っていても結果は変わらない。中庭から、廊下の方を覗く。誰も居ないことを確認してから、窓に鍵がかかっていないか確かめる。大体のところはしっかりと鍵が掛かっていたが、なんとか鍵の掛かっていないところを見つけ出し、音を立てないようにして開くと、そこに身を転がす。


 思っていたより警備は少ない。今は、式典の最中という事もあり、そちらに警備が回っているのだろう。これは不幸中の幸いと言ったところか。とは言え、バレれば殺される事は間違いないので、精一杯の挙動で足を忍ばせる。すると、前方の方から、足音が鳴り響いた。尋常では無いほどに焦燥感に襲われる。左右を見るが、今しがた侵入してきた半開きの窓と、誰かの部屋の扉しか無い。仕方がないと思って、その扉のノブを回すと、意外にも施錠はされていなかったため、即座に入り、中から鍵を掛けた。幸いにも室内は誰も居らず、心に少しの余裕を持ちながら扉に耳を当てる。足音が去っていくのを確認すると、大きな溜息が溢れる。


「ん?」


 安心した状態の僕の目にベッドの上に置かれた日記帳が写る。誰も物だか知らないが、何故かこれには見覚えがあった。これはお姉ちゃんがよくつけていた日記帳と同じデザインのものだと直ぐに気付く。つまりは、此処が彼女の割り当てられた部屋だという証左でもある。やはり、お姉ちゃんと僕には運命というものがあるのだろうと、一人考えながら日記を手に取ると、それを抱き締める。彼女を近くに感じられる気がして、鼓動が早鐘を打つ。


 時間を忘れそうになっていた僕の背後で、鍵が解錠される音が鳴る。一気に緊張感を取り戻す。身を隠すことも出来ずに、唯、振り返る。そこに佇んでいたのは、お姉ちゃんの姿ではなく、モノ言わぬ偉丈夫。憧れの存在にして、今一番会いたくない人間であった。


「……子供か」


 初めて聞いたその声は、心臓の底に響く低音で、彼にそのつもりがなくても威圧されているような感覚に陥る。だが、こんなところで怯んでいても始まらない。僕は決死の覚悟で演技を開始する。


「あのう、僕道に迷っちゃって、途中で道に迷って開き直って探検してたらこんなところに着いちゃって……外まで案内してくれませんか?」


 もうそろそろ高等部生という歳だが、僕は身長もあまり伸びていないし、元々童顔であったため、未だに初等部生と勘違いされる事もある。だから、そんな僕が得意とするのは基本的には騙し打ち。油断を誘う術は徹底的に学んだ。魔法もそれに特化したものが多い。しかし、逆に高位過ぎる人間である彼に魔法なんぞを使おうものならば、一発でバレて袋叩きにさせるか、最悪殺される。それに、初対面でもあるので、下手に魔法を使うよりも演技だけで誤魔化した方が良い。表情を一切変えない彼であったが、身を翻すと付いて来いと言って、案内を始めようとした。その背後から頚椎へ短剣の柄の部分を振り下ろす。


 完全に捉えたと息巻いていた僕の腕が彼の手によって阻まれる。顔が真っ青になるのを感じる。ゆっくりと振り向いた彼は相変わらず表情一つ変えないで、嘆息する。言い訳もできない現場証拠を取り押さえられてしまった。もうこのまま粛清という名の処刑が行われることは、火を見るより明らかな状況。彼はそれだけ残忍な人間であると、この世界に生きる人なら誰もが知っている。利き腕が握り締められ、骨が砕かれる。指先に力が伝わらず、短剣は床に滑り落ちた。


「あっ……ああっ……」


 あまりの激痛にまともな声など出ない。脳が処理を拒絶しているようで、言語野は働いていないとみえる。それでも、諦めるにはまだ早いなんとか身を起こして後方へ距離を取る。彼相手に距離感というものが意味を成すのか甚だ疑問は残るが、そのまま潰されるよりかは数段良い。


「何故立とうと思ったかは私には分からないが、無駄な抵抗だ。」


 剣を抜くこともしない彼の拳が僕の鳩尾を抉る。だが、手加減をしてくれているようで、一発で死ぬような事態にはならなかった。僕は壁に叩き付けられて、息もできない状態だったが、自分の意志だけは彼に届ける。


「エレティナ・ノーマン。……僕の姉を返してくれるまで……止まれないッ!!」


 壁際にあったランプを天井から下るシャンデリアに当てて、落下させる。ガラス片が舞い、彼が目を腕で防いでいる間に、僕は窓を割って身を乗り出した。一階とはいえ、受け身も出来ずに転がったため、全身は傷だらけであるが、それでも危機的状況から少しは逃れることが出来た。目眩まし程度の効果しかないので、早く遠方まで逃げ無くてはならない。出血が酷く視界が悪くなりながらも、歩む足は止めない。こんなところでは死ねないのだ。姉を助けてからではないと。


 身体を引き摺りながら進むと、広い中庭の中心地に少年が佇んでいた。彼を人質にとってあれに効果があるか分からないが、ないよりはマシである。背後から首を絞めるように掴み掛かり、少年に一言謝罪を入れると、ゆっくりと駆けてくる名無しの英雄に立ち向かう。


 少年を盾にして首の動脈の部分に爪を立てる。追い付いた英雄は、一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、直ぐに表情を戻して、拳を構える。人質など見えていないような対応に底冷えする思いが湧き上がる。あの人間を人間として認識していない恐ろしい目は、若輩者である僕を脅すには絶好の素材であった。手元が狂って首から手を離した僕を盾にされていた少年が掴む。


「おいおい。諦めるにしても早過ぎるよ。キミはもっと出来る人材だ。さぁ、心を開いて耳を澄ませてご覧。そこには何が見える。そしてキミはどうしたいんだい?」


 彼の目は全てを見通している。そんな気がする。そして、彼の言葉に従い溢れてくる感情。成し遂げなければいけない目的。最愛の人。考えをまとめれば纏めるほどに、頭が明瞭になっていき、今がどれだけ絶望的な状態が確認させられる。少年はその上で僕に問う。自分が欲しているものは何か。それを用いてどうしたいのか。当たり前の問答が繰り返される。少年が僕に魔法を掛けようとしているのも分かったが、そんなものは関係ないとばかりに、僕は大口を開いて宣言する。誰もを圧倒する力を持って、姉を救いたいと。少年は面白い子だねと微笑みながら、僕の手を放した。


「いやはや、これまでに姉想いな弟くんを見たのは初めてだ。同じ姉を持つ人間だけど、そこは相容れることは出来そうにない。だけど、キミはとても面白そうだ。」


 英雄が無言で睨み付ける中、少年の複雑な手の動きとともに僕の全身に黒い痣が出現する。病系の呪術でも掛けられてたのかと思い、解呪を仕掛けるが、これには一切作用せず、様子を窺っていた少年もくすくすと笑いを堪えていた。この呪いは大切に使ってくれよと念押しした上で、少年は気付けば姿を眩ませていた。周囲を見渡すが、彼の姿は見えず、絶望的な状況が覆される事もなかった。茶番は懲り懲りだと呆れ気味の男が僕に止めを刺すため、拳を構える。


「カイに何をされたか知らないが、此処で死んでくれ。」


 迫り来る彼が心なしか目で追える。何故かわからないが、異常に目が良くなっている。突然の変化に驚きを隠し切れないが、利用しない手はない。身を反らせて体勢を低くすると、突っ込んできた彼の足に飛び込んだ。膝蹴りを食らわないように注意しながら足を捉えると、掬い上げる。勢い余って倒れ込む彼を見て、これなら少しは戦えると、やる気を取り戻してきた。



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