表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
140/151

トマーノヤ  11

「もう寝てしまうところだったか、それならば出直すが」


 扉を開いたのはルルだった。展開的にティリーンあたりでも来たのだと思っていたが、予想が外れた。私は彼女にまだ寝る予定ではなかったので、大丈夫だと言う。すると、それならばよかったと安堵してから入室する。それにしても彼女が私に何用だろうか。私との関わりを大事にしているティリーンならば、何となく理由が分からないでもないが、結構こういう人間関係というやつに淡白である彼女が向こうから交流を深めに来ていることに驚いていた。少し言い難そうな彼女は、目線を何度も泳がせながらも、此方と目が合えば、じっと見詰めてくる。沈黙が始まったかと思えば、そういう状態が続いたので、私のほうが耐えられなくなり、どうして来たのか疑問を投げ掛けた。


「いや、大した事ではないのだが……相談に乗って欲しい。」


 物を頼むときはしっかりと目を合わせて話せと習ったのだろう。綺麗な瞳が私を捉えている。瞳に囚われてしまいそうになりながらも、はっと気を取り戻して内容を聞き出す。


 あまりにも重々しい空気を撒き散らしていたので、相当重い話なのだろうと覚悟を決めていると、彼女の方から、ボクについてどう思う。そう聞かれた。容姿のことか、性格のことか。何れにしろ優れている事には変わりないので、優秀な人間だと答えた。それは彼女の欲しかった回答ではなかったみたいで、伏目がちになりつつも自分が女に見えるかと尋ねてきた。予想打にしなかった方向から重い話であった。今迄男として育てられ、生きてきた経歴を持つ彼女にとっては、自分が女であると言う自覚が薄い。その状況で、明子から男扱いされたので、自分の中でも戸惑いが隠し切れないのだろう。


「心配しなくても、女にしか見えないぞ。」


 洗脳の根深さを感じながらも彼女にそう告げる。不安そうな顔は少しだけ明るく振る舞おうとしていたが、その表情の翳を消すことは出来ない。彼女が自分に自信を持つということが大事なのである。一番手っ取り早いのは異性を感じることなのだろうが、今のところ、彼女が気になっている男性が居るようには思えない。私が見ていない範囲で、彼女が好意を向ける相手が出来ている可能性も無いことはないが、それならば、自分の性別について私に尋ねてきたりしないだろう。私は腕を組んで考える。こればっかりは、ルルに呪術を掛けたカイを引っ捕らえて、解呪またはそれに近いものを伝授でもしてもらわない限り、永遠と付き纏う問題だ。心の問題などという簡単なものではなく、もっと根深いものだ。私の呪術の腕がもっとあれば、彼女に違う強力な呪術を掛けてやって相殺するのだが、生憎、呪術だけで言うと、彼に叶うのは現存している人間ではいない。メナカナが生きていれば、それも可能な話だったのだが、残念ながら彼女は実の娘によって殺害されてしまっている。ルルを救うのに近道はない。やるとしても長期間を掛けて段々と弱めていく事しか出来そうにない。


 私は憂いの表情を浮かべていると、落ち込んだ様子のルルが顔を上げて私を押し倒してきた。気を遣ってくれたのだと思ったが、彼女の思惑は全然違うところにあった。押し倒した状態で私の手を取ると、それをどういう訳か自身の胸に当てた。それ程大きくはない胸が私の掌でなぞられる。ビックリ仰天して手を離そうとしたが、彼女の手に予想以上に力が入っていたため、それが外れる事はなく、逆に彼女の胸を揉みしだいてしまう結果となった。艶やかな声を上げた彼女に、謝罪を申し上げると、首を横に振って顔を近付ける。


「ボク……欲しいんだ。もう一回。」


 熱のこもった声でそう紡ぐ。少なくとも彼女と関係を持った事はないので、そういう誘いではないと言うのは、一瞬で判断できたが、彼女に私から何か催促されるような事をしてやれていただろうか。全く何のことか分からず、二の足を踏んでいたら、彼女は気持ちよくなりたいと言う。なんとも淫靡で情欲を掻き立てる台詞ではあるが、それが彼女の回答だとは思えない。一体何のことなのだろうか。痺れを切らしたルルは、不機嫌そうな表情を作りながら、自分が暴れ回っていた時にしてくれたものだと吐いた。言われて思い出す。そう思えばあの時、直ぐ弾かれたけど幸福の魔法を使っていた。効いていなかったと思っていたため、忘れていた位だが、どうやら本人には多少なりは効いていたらしい。


「あれを食らっている時は、不安が和らいだんだ。頼む。」


 潤んだ目で見上げる彼女を見て、男だという人間がいたのなら、その人は病院に受診することをお勧めするほどに、女らしい愛おしさの込み上げてくるルルに目を奪われていたが、それも数秒の話。彼女がそれを望むのであれば、私の唯一使える呪術を施行してやろう。頭に手を置いた方がやりやすいのだが、彼女は胸元から手を放すつもりは更々無いようなので、そのまま行うことにした。


 彼女の他にメイカやカナに使ったことのあるこの術だが、彼女は誰とも違う反応を見せた。他が頬を染めて妖艶な顔をしていたのに対して、彼女は落ち着いた子供のような表情を作った。これが本来の人の反応であるのだと悟る。その顔からは苦悶が取り払われ、全てを誰かに預けるようにして身体を項垂れさせている。長時間の使用は身体にどんな負担をかけるか定かではないので、きりの良い所で打ち切ると、彼女も満足してくれたのか笑顔で感謝を述べる。


「やはりあれは良いものだ。意識が朦朧としていたあの時も、ボクは確かにキミのこの暖かさを感じていた。それがとても安らぎをくれた。結果的に、事態が好転する事には繋がらなかったけど、ボクはキミについて考えさせられた。良い機会だった。出来ればまた時間が空いた時にでもしてくれ。」


 言いたいことだけ言うと、彼女はそそくさと部屋を出て行った。ちゃんとおやすみなさいと声を掛けてから出て行ったところをみると、唯あれを要求するためだけに来たという感じではなかった。私は背中を預けるようにして、ベッドに倒れ込む。人との関わりについて考えていたら向こうからやって来たという状況だったが、今度は私からも色々と行動を起こしていくべきなのだろう。何でもかんでもしてもらっていては、自らの成長はない。寝て考えを纏めることにしよう。そう息巻いて布団をかぶったのだが、少し前に一眠りしてしまったため、簡単に眠りに落ちることは出来なかった。少し散歩でもして気分転換でもするべきか。自分の部屋の位置を忘れないように覚えてから、家を出る。と言っても、中庭の方に出たので完全に外かと言われれば怪しいところであるが、こんな時間に街を徘徊するのは、不審者と勘違いされかねないので、此方を選んだ。冷風が全身を駆け抜ける。季節は着実に進み、冬だか春だか分からなくなっていっているが、この感じからすると、あっという間に夏がくるだろう。


「ん?」


 屈伸などをして固くなっている筋を伸ばしていると、庭の奥の方から女の泣き声が聞こえてきた。不審者がまさか人の家の庭にまで入ってきたのかと背筋を凍らせて、ゆっくりと背後から近付いて行くと、そこには現在の家主である明子が両親が埋まっている地面を見下ろして涙を流していた。これは見てはいけない場面に遭遇してしまった。気丈に振舞っていた明子だが、あれでも両親は両親。肉親を失ったことに悲しみを覚えるのは間違っていない。自分がどんな扱いを受けていたとかは関係なく、親子というつながりは切っても切れない強固な鎖。いきなり片方を失えば、安定は崩れて道を見失う。その鎖を断ち切ったのも、肉親だとしても感慨に浸る時間は必要なのである。本来であれば、此処から出て行くべきではないが、露出度の高い寝間着でそれに肩紐もズレてしまっている服装では、幾ら暖かくなってきているとは言え、風邪を引いてしまう。私は一旦家に戻り、リビングにあるソファの上に置いてあった毛布を拝借すると、現場に戻った。幸いにもまだ彼女は座り込んでいたので、彼女の肩に毛布を掛けてやる。驚いた彼女が振り向いた頃には、私はもう部屋に戻っていた。こんなタイミングで使うべきかは分からないが、彼女はあの姿を見られたくなかっただろうから、身体強化を使って、走って部屋に戻った。気付かれていなければ良いが。そう考えながら再びベッドにつくと眠気が到来してきた。




 そこからはほぼ似たような日々が続いた。


 朝起床してからご飯を食べて、重爺のところに修行に赴く。受けるのは私とルルで、ティリーンは街の散策を主にして、メイカの場合はやることがあると言って、日中は出ていることが多かった。昼は抜いて、日が暮れるくらいには家に戻った。そこで明子が作ってくれた夕食を皆で囲む。そんな日々。ティリーンやメイカにどんな事をしていたのか尋ねたりしたのだが、のらりくらりと話題を逸らされていた。何かあるのだろうかと邪推してしまいそうになりながらも、彼女たちを信じることにして敢えて深く聞くことはしなかった。もし本当に困ったような状態になったのなら、彼女の方から何か行ってきてくれると信じている。


 修行を始めて気が付けば、季節はあっという間に夏になっていた。長期間の修業の成果は、少しずつではあるが、目に見えて付いて行った。私は兎も角として、ルルは顕著に力をつけていった。気の使い方を今ではマスターしたと言っても良い。重爺も眼を見張るほどの成長だ。一方私はというと、平々凡々な速度で気の操作を身に着けていっていた。流石に数ヶ月掛けただけあって、ある程度の応用までは使用出来るようになったが、ルルのように高位の術の体得はまだまだ時間を要する。上手く行かない自分に嫌気が差さない訳ではないが、何時かは追い抜いてやるという精神で気合を込めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ