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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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トマーノヤ  10

 完全に身を任せて気を取り戻した時には、懐かしい花畑が私を包み込んでいた。良い匂いと、後頭部に当たる柔らかい感触が私を楽しませる。しっかりと目を開くと、膝枕してくれているティリーンが視界に入った。もう大体気付いていたが、これは彼女の神域である事は間違いない。こんな幾度も立ち寄るような場所ではないはずのところなのだが、私の人生の中で、此処がそれほど立ち入り辛いところではなくなりつつある。頭を撫でてくれている彼女の手を掴み、どうして此処に連れ込んだのか訊ねる。すると、それくらいは自分で考えて結論を導いて欲しいと手厳しい反応を見せた。もうその後は何も口に出すことはないと、口を噤んで、只々私を寝かし付けるように頭を撫でた。真剣に考えるしか無いことを悟ると、私は頭を切り替える。こんなにリラックスしている状態で頭を使うというのは思った以上に難易度が高い。でも、女心というのは、誰かに悟ってもらいたいものなのだろう。別に怒っている感じでもない彼女の妨害に堪えながらも、現状を思い返す。


 先ずは、現実世界で眠りにつく前はどうだっただろうか。明子の事について話していた。最終的には納得したかは断言できないが、色の良い反応は貰った。そうしてから、彼女は私を誘うように眠りにつき、私も同様になった。ここからは夢の世界、まるで囚われるように泥濘んだ何かに引き寄せられたのを覚えている。あれが彼女の感情に関係しているものなのだとしたら、もしあれが直喩だとしたら。私は頬を掻きながらも、彼女の目を見る。


「もしかして二人になりたかったのか?」


 これがもし見当外れな回答であったのなら、私は恥ずかしいなんて問題ではなく、確実に私の黒歴史として死ぬ時まで私を苦しめることだろう。しかし、ティリーンはそれを否定する反応を見せる。照れたように笑い、白い歯を見せ付ける。耳に口を寄せると、正解だと呟く。


「ここのところ、ルルやらが増えてあまり二人きりになれていなかったからの。ここならば、契約者ではないメイカさえも近付くことは出来ない。つまりは、邪魔者は誰も居ないというわけじゃ。」


 推測は当たっていたが、それはそれで問題が有る。私がこの正答を導き出したのは、寝る前と寝た後の二つの要因を冷静に分析した結果からだ。筋書きとしては、ティリーンが自分ではない人間について考え込んでいる私に実はヤキモチを妬いていて、夢の世界でのあれは彼女の執着心が見事に表現されていた。そういうものだったのだが、それが本当ならば、彼女は現状を快く思っていないということになる。これは困った。誰かが不快感を感じる意見を私が強引に取り決めると言うのは本意ではない。何とかしてティリーンを説得してみるしか無いか。様々な試行錯誤を頭の中で繰り返す。そして私が口を開こうとしたところで、彼女は私の唇を人差し指で塞ぐ。私が驚きで目を見開いていると、クスクスと口元を手で抑えて堪えながら、私が落ち着くのを待つ。私が落ち着いたのを見計らうと、心配しなくても良いと声を掛ける。それは自分の心に嘘をつくということにならないだろうか。反論として、指を逸らして言うと彼女が黙り込む。


 少し顔を顰めた彼女は、口元から手を離したかと思うと、私の鼻を思い切り親指と人差し指で掴み上げた。痛さに私がはんなきになったのを見て満足してから放すと、やっと口を開いた。


「妾が欲望のままに動けというのか?そんな事をしてみろ。主様は四肢を剥がれて一生此処から出れない生活を送ることのになるが良いのじゃな。一生妾だけを見て、妾の声だけを聴き、妾だけを感じる。現実世界の身体も何処かに監禁して誰にも見付けられない秘境に置き、妾が一生面倒を見ていくぞ。病気になった時は一緒に死んでやろう。でも、もし生き返ったら可哀想だから、妾と主様を鎖で繋いでどちらかが起きれば、もう片方にも作用するように細工をしておこう。主様が今言ったことはそういう事じゃ。無責任な台詞も痺れるものじゃが、タイミングをしっかり考えよ。妾の堪忍袋もそれほど丈夫ではない。」


 ズラッと吐かれた内容を全て一気に理解することなど出来よう筈もなかったが、それでも、彼女の愛情が中々に歪んできているのは気付いた。一回の瞬きすらせずに光の差し込まない目は、私を射殺すように突き刺さる。余程我慢してくれていたという事なのだろう。言葉も失い口を半開きにした滑稽な姿を彼女に晒す。それが幾分か彼女のストレスの軽減に繋がったらしく、口角を上げて笑ってくれた。一気に破顔して笑い散らかすと、私の頬を押さえつけて、唇を重ねる。離れる時に、冗談じゃという一言を添えて。洒落にしては洒落にならない表情と雰囲気だったが、あれが演技だというのなら、役者にでもなったほうが良いと思う。誤魔化しているが、あの台詞の端々には本心もあったと思える。真摯に受け止められる精神状態になるにはもう少し時間が必要だが、前向きに考えていきたい。


 悪戯が成功した子供のように莞爾としている少女は、私に立つように命令する。どちらが主なのか甚だ分かったものではないが、私としても彼女とはそういう関係を抜きにして関わる機会が必要であると考えていたので、今回は丁度良い好機という訳だ。言われた通りに立ち上がると、彼女が手を差し伸べてくる。手を取り、しっかりと指を絡めるように握り、一緒に花畑を駆け巡る。後先考えず一心不乱に駆ける様は、容姿相応というか、とても自然に見えた。実年齢は関係なしにして、人間でしかも少女という期間を於いては、それ程人生経験もないであろう彼女にはこれが普通なのかもしれない。普段のあの斜に構えたような態度が繕ったものなのだとしたら、彼女がパンクしてしまうのも無理は無い。これほど、精神と身体に乖離があれば心が壊れてしまう。時々ガス抜きをしてやらないと、彼女が駄目になってしまいそうな気がして、私はされるがままで一切の抵抗をしなかった。甘えたい盛りの娘のようだが、それとはまた違った存在であることも確かである。もっと真剣に彼女のことを考える時間を増やすべきだと思った。


 意味もなく歩き続けている間に気付けば目を覚ましていた。眼前には何故かルルの顔があり、あまりにも近かったため驚く。反応に対して動じない彼女は、無言のまま指を下に向ける。指示されるがままに目線を下げると、頬を染め恍惚な表情を隠しもしないティリーンが身体を痙攣させていた。しかも、私に撓垂しなだれ掛かるように身を任せているため、完全に事後としか思えない。頭の中で言い訳が沢山思い浮かぶ。言い訳というか自分の正当性を取り繕う発言ではあるが、現場証拠という大きなものには打ち勝つことは出来なかった。結局、ルルからは他人の家で行為に及ぶ変態という不名誉な扱いを受けた。深く名誉を傷付けられた。訴訟も辞さない構えである。


 ルルと口論を発展していると、気持ちよさそうに眠りこけていた本人がゆっくりと目を覚ます。私もそれに気付き、目線を合わせると、彼女は私とルルの口論などまるで無視して私の唇を奪う。


「うぐっ!?」


 勢いがあったため、前歯が折れるかと思ったが、唇が切れて血が出る程度の傷で済んだ。一応は流血沙汰なのだが、そのことについては我関せずを貫くティリーンは、きっちり舐めるなどして楽しんだ後、また私の膝で丸くなった。何故彼女は爆弾だけを残して逃げてしまうのだろうか。そういう無責任なところは誰に似たのだろうか。恐らく私であることは間違いないだろう。目を泳がせながら彷徨わせていると、ルルはティリーンに調教でもしたのかとドン引きしていた。事実無根の罪によって断罪される世の中は間違っている。理不尽さに震えるしかなかった。




「何時までやってるんですか!早く歯を磨いてさっさと寝ちゃってください!」


 片付けを済ませた明子の鶴の一声で漸く騒動は収まる。ルルは、最後までドン引きしたままで、ちゃんと説明に納得してくれてはいなかったので、どうかとも思ったが、口内が気持ち悪いので私の方が先に折れた。寝ているティリーンも一旦起こしてから伴って洗面所へ向かう。強制的に起こしたので、不機嫌そうではあったが、私が歯を磨いてやっていると、その内機嫌も直っていった。私もそのあとに歯を磨き、台所の横の部屋に戻ると、明子が部屋の割り当てを決めてくれた。家が大きい割には、部屋数が少なかったが、私達程度は一人一部屋入れるくらいには有ったので、各人部屋に入り、就寝する事になった。


 部屋で一人になると、その日の回想が湧いてくる。こんなことに対してこういう返しがあったとか、他愛もないことから、深刻なことまで。今日は人の事について考えさせられた。何時もどちらかと言うと、自分のことばっかりである私だが、世を生きている以上、人との関わりを持つ。当たり前の話ではあるが、何でも一人でこなし、生きていくというのは、到底無理な話だ。何処かで顔をも知らない人の力を借りて生きる。衣食住とは、そうやって確立されていくものである。普段はあまり意識しない部分だっただけに、思い知らされた感じが尚更あった。私の場合は、色んな部分で色んな人に支えられている。特に、ティリーンには苦労ばかり掛けてしまっている。でも、長い旅の中で、何処か彼女だけは私といつまでも無条件で居てくれると、勘違いしてしまっていた。確かに、多少の事には目を瞑ってくれるし、無茶も聞いてくれる。だが、それを当たり前だと思うのは、とても傲慢な事で、絶対など存在しない。もし、主従契約が洗脳などで掻き消されたとしたら。似たような状況は、前にあった。あの時は、脅迫されていたというものだったが、あの時も、もし彼女がどうしても私と在りたいと思ってくれていなければ、あの後どうなっていたか。想像もしたくない。


「はぁ」


 考え込んでいると、溜め息が零れた。それと同時位に部屋の扉がノックされた。入って良いと言うと、ゆっくりと扉が開く。



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