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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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トマーノヤ  8

 逮捕騒動くらいは起きそうなものだったが、重爺という人間の凄さが目立つ。あの隊長さんの反応から見て、彼がこの国の中で一定の権力を持っていることも分かる。何故なら、ただ単に強いだけならば、小手調べもせずに黙認する形で退いたりするはずがない。一応は戦ったという記録を残すために一閃くらいは入れるべきだ。それがなかったということは、そういう行動が制限されている相手であったということである。一体彼は何者なのだろうか。ぞろぞろと帰っている兵士達を見詰めた男は静かに目を伏せていた。この事で誰かに恩を押し売られた事になっているのかもしれない。国としても、この事件を黙認するだけで、彼を利用できるであれば願ってもない事だろう。


 不安そうに彼を見詰める明子にふっと笑い掛けると、彼はひとりでにあの臭気漂うゴミ屋敷に帰って行った。今日は此処で解散という事だろう。私達もそろそろ宿を見つけに行かねばならないので、丁度良いタイミングであった。私もこの家を離れようと思ったところ、抱き締めていた彼女がガッチリと服を掴んで離そうとしない事に気付く。離してくれと言うと、じゃあ今日は家に泊まっていってくれと返答する。宿を決めているわけでもないので、そういう運びになるなら願ったりだが、この殺人現場で寝るというは少し気が引ける。そうは思わないかとティリーンとルルの方へ振り返ると、二人は既に室内で寛いでいた。なんと順応性の高い人間なのだろうか。厳密に言えば、片方は人間ではないが、どちらにせよ図太い神経をしている。そんな中、私だけが女々しいことを言うのもはばかられた。大半の人間なら、同様の事態に陥った時、私と同じ反応を見せると思うのだが、私の仲間たちは、そういう常識が通用する相手ではない。しっかりと再認識させてくれた一幕だった。



 泊まると言うのはいつの間にか決定事項になっており、現在、不快な印象を覚える死体の撤去作業に移行している。おかしな事にその作業を執り行っているのは、私一人である。明子は料理を作る為に食材を買いに行ったので分かる。ティリーンは汚いものを触りたくないと一刀両断。ルルは、重爺の技を見て閃いたことがあるから試したいと言って、明子から家にあった長剣を拝借して、ムダに広い中庭の方に出て行った。私も同じ中庭に出ているのだが、やっていることが違過ぎる。出来れば交代してくれと弱音を吐いてしまいそうだ。しかし、死臭すら漂い始めたそれらを前にして、早く終わらせたいという気持ちのほうが強くなる。それにしても、余程油の多いものばかり食べていたのだろう。腐るのが早いし、匂いが強烈である。刺激臭を凝り固められているようだ。ズルズルと一人ずつ脇に手を入れて引き摺って指定の場所まで運ぶと、次は穴を掘る。ちゃんと耕せるようにも出来る柔らかい土を使用してくれているらしく、この作業は地元でもやっていたこともあり、そそくさと終了する。一息つきたい所だが、もうひと踏ん張りだ。まだ死後硬直していない二人を抱えて穴に落とし込む。もう夜なので、穴の底は見えない。だが、ちゃんと穴に収まっているだろう。


 上から砂を掛けながら死体の状態を思い起こす。殴られたりしたはずなのに、外傷が全く見受けられないのは今考えても不思議なものだ。後ろから見ている限り、唯殴っただけに見えたが、その実、裏では緻密な術が組み込まれていたと考えて間違いはないだろう。恐ろしい殺しの技である。もしあれを習得できたとしたら、この先の旅で強敵に出会った時、大活躍してくれること間違いなしである。


「終わったか?」


 漸く平地に戻した所で、一緒に出て来ていたルルが疲れて腰を下ろした私を見下ろすように立つ。そんな元気そうな顔を見せるのならば、少しは手伝ってくれてもよかったのにと愚痴を吐きそうになるが、そんな私を置いて、彼女は私に見せたいものが有ると言って、手を引く。


「ちゃんと見ててくれ。」


 突然手を引いたかと思えば、何もない場所で突然手を放す。一体全体どういうつもりだと、意味不明な行動に戸惑っていると、彼女は使用されておらず錆の入った長剣を地面に対して水平に構えた。しかも上段の構え。重量の得物を振り回す時に効率のよい一般的な構えであるが、こんなものをみせてどうしようと言うのか。正解は未だに見えない。目を閉じて次に剣呑な眼を魅せつける。思わずゴクリと喉を鳴らしてしまうほどに、美しく、そして残忍な色をした瞳に釘付けになる。そんな彼女にまだ若い葉がヒラリを舞う。


 それを捉えると、剣を見当違いのところに振り被る。いきなり突拍子もない事始めたので、気でも狂ったのかと彼女を心配した。その心配は全く以て杞憂というものだった。全く捉えられていなかった若葉が脈に添って瓦解したのだ。バラバラに飛び去るそれに唖然とする。慌てて彼女に見向くと、凄いだろうと自慢気な顔をした。凄いなんてレベルではない。この事実はもっと恐ろしい物への片鱗だと言って良い。こんな事がまかり通れば、なんでもありというレベルである。


「あの人の太刀筋で感じ取れるものがあったから真似てみたのだが、案外上手く行ってな。やってみたら意外にも手にも馴染むし、良い事を知った。」


 平然とやってのけたそれは、重爺には遠く及ばないまでも、常人であれば人生一つを全て使い果たして辿り着く境地である。それを一回見ただけで再現した。こういう言葉はそれほど使いたくないが、才覚という物を感じずにはいられない。彼女の姉であるロロナが先天型の天才だとしたら、彼女は後天型の天才である。神も思わず二物を与えてしまいたくなる人間なのだろう。私なんぞでは到底真似することは叶わない。修行を始める前から、劣等感が付き纏う。しかし、素直に考えれば、彼女もこれをマスターすることは私達の戦力は格段に上がることを意味する。死の確率を少しでも減少させるためなら、私程度の劣等感は畜生にでも食わせておけば良い。彼女の技を賞賛してから彼女を伴い、庭先から部屋に入室した。中からは美味しそうな匂いが立ち込める。生唾を飲む。明子の料理の腕前というものを実感する。もうこの時点で不味いものではないことが、一目瞭然である。浮かれながらリビングに近寄ると、明子から私に向けて臭うので体を洗ってきてくださいと言われた。つい先程まで死体を取り扱っていたのをすっかり忘れてしまっていた。ルルとそこで別れて、大人しく指示に従う。風呂場を探していると、姿の見えなかったティリーンが横からふっと現れた。


「お風呂を探しているのじゃな?こっちじゃ。」


 淫靡に目を細めた獣娘は自らの曲線美を惜しみもなく見せつけながら道案内をかって出た。どういう風の吹き回しだろうと疑問もあったが、彼女に付き従い風呂に辿り着く。私が脱衣所に入ると、自然と彼女も入室する。私が抗議の論じようとする前に、後ろ手に扉は閉められた。何処と無く頬の染まった彼女は、目的を露わにする。


「最近は何かと主様に奉仕できていない。触れ合えていない。このままでは主従関係が弱まってしまう。そうは思わんか、主様。」


 逆撫で声で近付くと、私の首筋をペロリと舐める。背筋がゾクリと震えるが、悪い気持ちではない。寧ろ、何もかもを任せてしまいたくなる包容力を感じる。彼女の母性が私を包み込んでくれているような気分になるのだ。永遠とこんなことをされていたら、誰でも堕落してしまうだろう。危機感を覚えた身体が警告を送るが、肝心の身体は動かない。動かそうと思えば動くのだけど、動かす気にならないと言った方が語弊がない。彼女の言う通り、最近は触れ合えていなかった。それは確かであったので、お互いに甘え甘やかされる時間が必要だ。されるがままだった私は、彼女の方を掴み、面積の狭い衣を取り去る。自身も服を脱ぎ捨てると、堂々と浴室に入った。それなりに大きな浴室には、備え付きのシャワーが付いていたので、そこの前の小さな椅子に彼女を座らせた。私はその後ろにまわり口を開く。


「髪を洗ってやろう。」


 ティリーンにも戸惑いが見え隠れしたが、動揺は少量にして、お願いされた。流石温泉の国と言うだけあって、自宅の風呂も並大抵ではないほどに豪華である。単に、あの両親の趣味かもしれないが、そこだけは評価してやってもよい。鏡の前で、二人の作業が始まる。事前に髪をお湯で流す。そして、髪を洗う薬剤を手に馴染ませてから、泡を立てていく。変に髪を傷めないように、髪の流れに沿って流していく。指先は立ててしまわないように注意しながら洗っていくと、彼女から心地好さそうな声が漏れた。それは洗髪が上手くいっている証左であり、満足してくれていると、実感できる一幕であった。そこそこ長い髪の毛は大体済む。大きな問題が残る。それは、この獣耳だ。これは同様の方法で洗っても良いのだろうか。それとも、体を拭う用を使うべきなのだろうか。手に付着した泡を見ながら考える。一時の長考の末、このままで大丈夫だろうと判断を下す。


「ひゃっ!?」


 前置き無しで耳を触ってしまった為か、彼女は驚いたような声を出す。非難的な目で恨めしそうに此方を見上げる彼女を可愛いと感じる。特に取り繕う事もせずに、私はもっと可愛い反応が見たくて、耳の穴の奥や手前の凹凸まで、丁寧に手を添えて刺激していく。突飛な私の行動に睨み付けてくるが、嫌だとかやめてくれだとか言う言葉は出てこない。そんな調子であるから、私も更に調子に乗ってしまう。


 シャワーで一旦そこを洗い流して、彼女がやっと終わったと休息を取ろうとした所で、私の行動は開始される。手で水気を取り払うと、耳元に顔を近付けていく。洗っている時からずっと思っていたが、彼女の耳からは良い匂いがするのだ。こう本能を唆られるような甘い罠の蜜が溢れかえっているイメージ。そんなことを言われても知ったことではないであろう彼女は、初々しい反応を見せながら私を楽しませてくれる。


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