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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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トマーノヤ  4

 抵抗の意を汲み取ったスーツ姿の男達は我先にと私に掴み掛かろうとする。一人一人を丁寧に弾いていき、後ろへ受け流すと、気持ちが良いほど綺麗に地面にそのままの勢いで倒れていく。別に彼らに恨みはないが、襲われているのならば対処しなくてはならない。背後に隠れる女は、そこだとまるで観戦者にでもなったつもりであるが、そもそも無関係の私にこんな労働をさせている上に、後方で無闇に煽る彼女にストレスが溜まる。されっぱなしは性に合わないので、男たちを薙ぐ振りをしながら、女を共に転ばせる。邪魔だから隅に居ろと命令すると、流石に悪いと思っているのか、何度も首を縦に振って、壁際に向かう。余計な事をコレで考えなくて良いと思うと、気持ちが気楽になり、残りの数人も難なく地面に臥させた。


 折角温泉で綺麗になった身体が、戦闘のせいでまた汚れてしまった。このまま彼女を放置してティリーン達に合流して、次なる温泉に赴きたいが、それが出来るほど私も冷徹ではない。それ以前に、もう彼女の相手取っている人間には、私の顔が割れてしまっている事だろう。無防備にも全員で攻め入ってきたとは考えづらい。多分、情報連絡の人間が自称ボディガードの情報を上に伝えている可能性が高い。


「ありがとうございます!とても助かったわ!!」


 快活に微笑む彼女に苛立ちを覚えるが、巻き込まれてしまったのだから仕方ない。彼女がこの後どうするつもりかしらないが、ある程度の協力はしなければ、目覚めが悪い。彼女にどういたしましてと素っ気なく返すと、ニッコリと口角を上げる。私に媚を売ったところで、追加特典なんぞ無いことを彼女は理解していないのだろう。もうやるしか無い状況に天然で赤の他人を連れて行くとはたまげた。笑顔に応えてやる義務もないので、顔を逸らしてから、彼女の内情について質問を投げ掛ける。いきなり人の個人情報を聞こうとしないでと罵りを受けたが、それなら私を巻き込まないでくれと心底疲れた顔を見せると、一旦黙って、語り出す。


 内容は、複雑に見えて単純明快なものだった。彼女の父は、とても大きな取引で負けてしまい、娘で看板娘でもあった彼女を売りに出す事になったのだそうだ。しかし、そんなことを知らなかった彼女は、突然の父の言動に憤慨。身体は売らないと断言した。それでも、お金を肉親が借りてしまっているのは、確かで、借りたものは返さなくては筋が通らない。父は強引に娘である彼女を風俗店に売ったようだ。目が覚めると、目の前に知らないオジサンが居て、自分は服を脱がされそうになっていた。当然のように悲鳴を上げて、覆い被さっていた男の頬を強打。駆け付けたボーイに叱咤された彼女だったが、頑として謝らず、そのままそこを抜け出してきたのだそうだ。向こうとしては大損害である。折角のお客とキャストを失った。信用問題にも関わってくる。だから、逃げまわる彼女に責任を全て負わせて、丸く収めようとしているのだ。何故私がそのよくわからない話に巻き込まれたのかは分からない。


「ああ!思い出しただけでも腹が立ってきました!!わたしは、あんな薄汚い男に純潔を散らされて良い人間ではないのです。もっとこう、細身で顔の整った素敵な殿方に綺麗な夜景が見えるところで……」


 関係のない妄想を垂れ流し始めたので、頭を強打する。ふざけるのもいい加減にしろと怒鳴らないだけ良いと思え。睨んだ瞳に意思を込めると、彼女もシュンとなった。黙りこんでいれば、確かに美形に入る彼女だが、その性格のせいで全てが台無しになってしまっていると言っても過言ではない。さっさと解決させて帰りたい気持ちが強まる。だが、結局のところ、彼女をどうすれば良いのか私には検討もつかない。どうして欲しいのかと、単純に彼女に尋ねてみる。彼女は少し考えるような素振りを見せてから、良い案を閃いたような表情を作り、私に詰め寄った。


「そうね、わたしの王子様を見つけてくれませんか!」


 尋常ではない頭痛が私に襲い掛かる。そのあやふやなわたしの王子様とやらの定義を教えてほしい。全く以て今までの話とそれが何の関係があるのか。論理的に解法を行えるのなら教えてほしい。私の理解の行き届く範疇を大きく外れている。もう意味がわからないというより、わかりたくないという部類のものだ。


「その王子様とやらは何処に居るんだ……」


 言っていて恥ずかしいが、質問するためには口にしなければならない。羞恥心を堪えながら問うと、彼女は口元を手で抑えて、貴方ではないので期待しないでくださいと笑った。この性格の最悪を地で行く女を私が助けてやる口実が段々と減っていく。罵倒させる意味がわからない。と言うか、彼女と話しているとストレスで禿げそうになる。対等に話していても埒が明かないので、ここらでどちらが上かハッキリさせる。彼女の顔を片手で掴んで持ち上げる。暴れ回る身体を抑えながら、地面に叩き付ける。脳に障害が行くような激しい攻撃ではなく、何時でも殺せるという意思を彼女に見せ付けるためだ。黒目を揺らす彼女を見て、効果があった事を確信する。しかし、彼女はわたしを犯す気ですねと素っ頓狂なことをほざいた。続けて、わたしは容姿端麗だから仕方がないが、残念だけど相手をしてやれないと気丈に振る舞った。いや、真剣に言った。まさかここまでの自己愛と阿呆さを兼ね備えているとは思わなかった。お前を犯すことで私にメリットが無いという事を考慮して欲しい。特にタイプでもないお前に手を出すメリットを教えてくれ。


 私は呆れ返って彼女の顔から手を離した。これ以上何かしても効果はない。それは彼女の態度を見れば明らかだ。面倒な人種に捕まってしまったものだと、己の不運を嘆く。


「乙女の顔を鷲掴みにしておいて、謝罪の一つもなしですか!」


 余計に五月蝿くなっていた彼女を放って、この先のことについて考える。もう彼女のその王子様を探すという夢物語に付き合うほか、彼女が満足する道はないだろう。その結果、風俗に落ちようが、幸せな家庭を築こうが、それは彼女の自由だ。私は大人しく彼女の意見に従うことにした。思考停止したと言っても良い。彼女の言動にわざわざ反論して、しなくても良い疲労を被るくらいならば、なるようになれである。人はそれをヤケクソと言うのだが、そうでもしなければやってられない。


「悪かった。お前のその王子様とやらを探すのに手伝う。もう何も言わないで付いて行くから勝手にしてくれ。」


 素直でよろしい。彼女の返答はそんな一言だった。これが私の素直な言葉だとしたら、天変地異の前触れか、単に気が触れたのだと思ったほうが良い。頭に何も詰まっていないだけでなく、人の心の機微にも疎いとは、救いようのない阿呆である。そんな人間の茶番に付き合っている私も同様の阿呆なのも間違いない。さっさと解決することを願いながら、本来行くべき方向とは別の方角に進路を向けた。遠ざかって行く温泉に涙の一つでも流したい気分ではあったが、時は無情にも許してくれなかった。一応は、追われる身であるのに、威風堂々と大通りの真ん中を歩きたがる彼女を諌めて、出来るだけ人目のつきにくい通路を通る。人通りが多いところは有象無象に紛れるのには優れているが、戦闘が起きてしまった場合、沢山の人を巻き込むし、身動きが取れなくなる可能性がある。それに、はぐれでもしたら、目も当てられない。そのままゲームオーバーという展開もあり得る。


「絶対に私から離れないように注意しろ。」


 護衛対象に声を掛ける。そもそものそいつは空返事でどこかをじっと見詰めている。何処を見ているのかと目線を合わせると、そこには店先を掃除する細身の男が立っていた。完全に彼をロックオンした彼女の目つきが鋭くなる。どうやらあの彼は彼女のタイプに合致したみたいだ。それならそれで、彼に彼女を預けて私はおさらば出来る。周囲を確認して、黒服が居ない事を確かめてから、固まってしまっている彼女の背中を押してやる。胸中では、さっさと行って来いと思いながらも、手付きは優しくする。思い留まられては敵わないという本音が気持ちひとつ分、手に加わっていたのは言うまでもない。痛いとのたまう彼女を無視して突き飛ばすと、丁度彼の近くまで倒れそうな感じで移動できた。運が良いことに、本当に倒れそうになったから、その青年は彼女を抱き止める形で受け止めた。第一印象としては、ばっちりな構成になったのではないだろうか。


「大丈夫ですか?」


 受け止めた彼は、少し離すようにして、彼女の健康上の問題を指摘する。私から見れば、頭の方が大丈夫じゃないぞと助言の一つでもくれてやりたいが、それで彼が逃げたら私が損するので、絶対に言わない。早く返答して仲を深めろと苛立っていると、彼女は予想外にも口許をワナワナと震わせていた。歓喜に震えているのだろうか。的外れなことを考えていると、彼女は破廉恥ですと叫びながら此方に帰ってきた。何故だか分からないが、あの初対面のシーンは気に入らなかったみたいだ。何が気に入らないのか。詰め寄ると、せわしなく目を動かし、観念したように白状する。


「み、未婚の女性に手を出すなど笑止千万!体を触れ合わすのは、せめて二ヶ月ほどお付き合いをしてからでないと……」


 彼女の中で、貞操概念はしっかりしすぎているようだ。それでは、殆どの男から、重い女だと敬遠される可能性が高い。モジモジと指を合わせている彼女に、人生の先人としてその情報を伝える。大変ショックを受けているようだったが、最終的には、そんな男は此方からお断りですと言い切った。そうやって見栄を張って、結婚適齢期を過ぎていってしまう人が多いことを彼女に伝えるべきか考え、敢えて伝えないことにした。理想を持つことは、現時点ではまあ良い。その内、妥協点を自分で見つけてくれることを願う。


「い、いいからいきますよ!」


 馬鹿にされていると勘繰った彼女は、顔を真っ赤にしながら先に行ってしまう。だが、結局のところ私が居ないと、何時何処で襲われるか分かったものじゃないので、私の横に戻ってくる。まるで、愛玩動物のようだが、私は彼女を飼っているつもりはない。早く飼い主を見つけなくては。



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