トマーノヤ 2
旧友との感動的な再開に関心が集まる中、私は違うところに着目させられていた。神聖な存在だとして祀っている彼らには違和感がないのかもしれないが、彼女が今当たり前のように行ったのは、魔法を身に着けている者にとっては、凄まじい嫉妬を覚えるものだ。足が使えないというハンディキャップもあれだけの事ができるのであれば、必要もないことだろう。彼女が何をやったのか。見た通り唯身体を浮かせたのではない。空気中の魔素を連続反応させる事によって身体を断続的にワープさせている。風を使って体を持ち上げたのではなく、空間に干渉して、自らの身体を分解構成を分からない程の速さで行っている。それも、漸く魔力を感じ取れるようになった程度の私では感知も出来ない程度の魔力を使用してだ。メフィーリゲが言っていたことが分かった気がする。メフィーリゲの目の前に移動するためなら、一々そんな煩わしい真似をしなくても、彼女の前に座標を合わせて瞬間移動を行えば一瞬で済んだ話だ。そうしなかったのは、私達のような人間に畏怖を押し付けるため、確かに外見の綺麗さに似合わない腹黒い一面も持っているようだ。
宙に浮いている原理は、先ほどの魔法とは又段違いの物を施行しているようなので私程度では分からない。しかし、それがどれほどの精密な技量が求められるかくらいは理解できる。これが、力の衰えていない神に近い者の御業か。メフィーリゲも全盛期であればあれと同等かそれ以上の力を行使できたのかと思うと、冷や汗が溢れる。
「前に会ったのはもう随分と昔でしたね。元気にしておりましたか。」
一切の悪気なく痛いところを突いてくる。それほど距離もない近隣の情報であるし、言い伝えのある砂漠地帯に兵を送っている時点で、メフィーリゲがあの神殿に閉じ込められ、朽ち果てそうになっていたのは、明確に知っている筈だが、彼女は敢えてそう切り出す。メフィーリゲは悔しそうに眉根を寄せながら、おかげさまでとぶっきら棒に返す。それだけのやり取りを見ると、険悪な雰囲気が漂っているだけに思うが、不思議とその様子は妹を誂う姉のようだった。本気でメフィーリゲを貶めるような意思を表情から読み取ることは出来ない。彼女もそれをわかっているからか、怒鳴り散らすような行動に移行できないでいる。
「貴女の危機に駆けつけられなかった神子をお許し下さい。」
飄々とした表情を崩した神子はそう言うと、再度メフィーリゲに熱い抱擁をして涙を流した。どうやら最初の会話は、強がりが入っていたものらしく、心配の念がありありと此方にも伝わってくる。やはり、彼女にとっては妹分のようなもので、気に掛けていた存在なのだろう。信仰されなくなり、力を失ったメフィーリゲだったが、最大の味方がこんなところに存在した。美しい姉妹愛に近いものをこの部屋に居る全員が感じ取っていた。
お互い照れくさそうな顔をしながらガッチリと掴んだ手を両者は離さない。そこに茶々を入れるのは無粋というものだと感じて、私やティリーン、ルルや隊長さんなどは空気を読んでその部屋から退室した。今は二人の時間を楽しんで欲しいという気持ちに駆られたからだ。報酬は何時でも時間が合えば貰いに来れる。隊長さんから心ばかりの前払いも貰ったので、受け取ったお金で温泉に入りに行くことになった。メフィーリゲは恐らく神子と温泉なり入るだろうから、彼女をハブったことにも繋がらないはずである。オススメのところがないか隊長さんの意見を聞くと、この神殿を出て、商店街の方に出た通りには沢山の風呂屋が軒を連ねているので、色々回りながら楽しんでみると良いと進言してくれた。言を預かった私達は言う通りに取り敢えず目に付いた温泉を一軒一軒回り、温泉に入り比べを行うことにした。そうするには、若干、お金が心許ないようにも思えたが、彼の話だと、この辺りは温泉街で何処もかしこも温泉を営業しているので、比較的に全部料金は良心的というより、破格の値段らしい。どの店も温泉を売りにしているものだから、既にそれは飽和状態になっており、安さでも競争が激化しているようだ。経営者にとっては、頭の痛い問題だろうが、消費者の立場からすると、これほど嬉しいことはない。品質も悪くないようだし、久々に身も心もリフレッシュ出来そうだ。
温泉街に入ると、私達は手前の大きな風呂屋から攻めることにした。看板には、大浴場が完備していることが大きく書かれており、どんなものかと好奇心を掻き立てる。もはや相談もないままふらふらとそこに入る。隊長さんは、部下達と飲み会があるそうで、その場で別れたが、一人意気揚々と私は玄関のところで男風呂の暖簾を潜る。ティリーン達は女風呂の方に進んでいった。店番をしている男に提示されたあまりにも破格の値段を支払うと、ロッカーの鍵を受け取る。
「見ない顔だねぇ。旅人さんかい?此処の温泉は最高だから身体を癒していくと良い。」
老年の男はうちわで自分を扇ぎながらニッコリと笑う。私はそれに笑顔で答えてロッカーに向かう。鼻を突くような硫黄の香りが脱衣所にも込み上げてきているが、不思議と不快に感じないのは、その先の楽園を見据えることができているからだと思う。服をさっさと脱ぎ捨ててロッカーに仕舞うと鍵を締める。手首に鍵についている紐を括りつけて、半透明の湯気で曇ったガラスの扉を解き放つと、一気に温風が襲い来る。ウキウキとしながら入室すると、先ずは、水道の通してある蛇口を捻ってお湯を出すと、全身を洗う。一通り洗うと、看板にも書いてあった大浴場とやらを探す。探すのクソも中央がそれなのだから探すまでもなかったのだが、人でごった返してしたので、見つけにくかったのだ。沢山の人が行き交う温泉に足をつける。熱いくらいの感じが足から伝わってくる。慣らすように取り敢えず足だけ入れてから、徐々に方まで浸かって行く。
「ふぅ……」
思わず感嘆の声が出てしまう。疲れが癒えていくのを感じる。慣れてしまえば、少し微温いくらいだが、最初に入るものとしては丁度良いだろう。いきなり温度の高い風呂に入ってしまうと、逆上せてしまう可能性が高いからだ。それでは、沢山の温泉を楽しむことが出来ない。
肩まで浸かりながら周囲に目を向ける。回りは知り合い同士が多いのか、ガヤガヤと騒いでいる。こういう風に賑やかな音を聞きながら風呂に浸かるというのも良いものだ。目を閉じて耳を傾けていると様々な会話が耳に入る。唯の世間話から、こんなところで話して良いのかと云うような深い話まで。内容は様々でどれもが真偽の程は明らかではないようなモノが目立つのは、此処が気楽に与太話が出来るようなところだからだろう。ある程度温まった私はそろそろお風呂を出ることにした。まだまだ沢山あるのだから一箇所目に時間を使いすぎるのも良くない。手際よく上がって、脱衣所にまで戻ると、ロッカーの鍵を開けてロッカーにそもそも用意してあったバスタオルで身体を拭う。拭き残しがないように心掛けてから、服に腕を通す。
「毎度、またいらっしゃい。」
陽気に笑う店番の男に頭を下げると、私は暖簾を潜って外に出た。季節が曖昧なここらでも冬の季節は過ぎて、もうそろそろ春の季節に差し掛かるところだろう。それでも、まだ肌寒さの残る外気が火照った体を冷やす。女性陣はもう少しここを楽しんでいるようで、外にはまだ居なかった。あまり待たせられると湯冷めしてしまうと、我儘な事を考えたが、逆になっていた可能性も考慮すると、強くは言えない。大人しく彼女らが出て来るのを寒空の下待つことにした。その間、道を行き交う人達を眺めていた。急ぎ足で家路を急ぐもの夜の仕事の人はこれからの未来を予想して項垂れている。夕方過ぎと言う時間は、何かと忙しいものである。夕食の買い物を終えた主婦などもちらほら見掛ける。暇など無い人達に頑張れと身も蓋もないエールを送る。向こうからしたら言われなくとも頑張っていると言われてお終いだが、心の中で呟くことくらいは許して欲しい。そうこうしていると、ティリーンとルルが帰って来た。湯気が立って何時もより妖艶に見える二人に少し動揺しながら、目を逸らして次の風呂に行こうかと気持ちも逸らした。
次に訪れたのは、先ほどの店の向かい側にある風呂屋。なんでもサウナというものが人気なお店のようだ。男女でわかれてさっきと同様の行動を熟す。脱衣して風呂場に入ると、前の風呂より面積の小さい風呂が表れる。パッとしない気分になりながらも、予想より人が少ないことに気づく。やはりそういうものかと思い、なんとなく奥のほうを見ると、そちらの方からすごい熱気が込み上げてきていた。何だアレはと愕然としていると、風呂に浸かっていた男が、戸惑っている私を見兼ねて、あれがこの店で人気なサウナというやつなのだそうだ。原理としては、熱く熱した石に水を掛けて水蒸気を出し、それに加えて部屋の中を熱が篭りやすい環境にするのだそうだ。窒息しないのかと疑問もあったが、彼曰く、ある程度我慢したら出ないといけないようだから、そこは自己責任みたいだ。わざわざそんな修行のようなものが何故人気あるのか。私には到底理解できなかったが、男は分かってないなという顔をして、そのサウナの隣に設置してある冷水が溜めてある風呂釜を指差す。
「皆、その後のご褒美のために我慢するのさ。我慢すればするほど、ご褒美が美味しくなる。」
彼の言葉を解説すれば、サウナとやらでのぼせ上がる一歩手前くらいで、彼処を出て、冷水で一気に身体を冷やすと、最高に気持ちが良いらしい。体温が一気に下がるので、体の負担が大きく、ご高齢などはしないほうが良いように思える行為だが、実際には、老年の人達も言われた行動をとっている。その芯まで蕩けるような顔は私の興味に火をつけた。気付けば、熱気の中に身を投じていた。