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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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トマーノヤ  1

 私の前に立った隊長さんはそう言った。松明程度の火が効くかどうか、わからない状況で私を助けてくれたのだ。多大なる感謝をするべきだろう。もしあれが効かなければ、私だけでなく此処に居た全員が怒り狂う奴の餌食になっていたかもしれない。私は彼の差し出した手を取り、ありがとうと感謝を伝える。それに笑って応えると、彼は砂漠の奥を見据える。私もそちらに目を向けると、多くの男達が連絡役の部隊とともに引き返してきているのが分かった。どうやら化物を自力で退ける事に成功したらしい。


「隊長さん、アンタの部下は凄いな。」


 感心したように私が言うと、彼は当たり前だと答える。そして、我の部下だからなと満足そうに頬を緩めるのであった。



 敵を掃討するとまではいかず、犯人の見付けることが出来なかったので、結論だけ云えば、失敗と言えた今作戦も、結果的に一人の死者もださずに済んだ。団体行動で皆が寝付いている村まで戻ると、部隊長が点呼を行い、全員が居ることを確認、報告してから解散の運びとなった。私も疲れが溜まっていたので、挨拶を終えると、早々に部屋に帰還する。部屋の扉を開くと、ベッドの上で胡座をかいたティリーンが不機嫌そうに此方を見遣る。あれから大分時間も経ち、そこそこ深夜も深まるどころか明ける前にまで進んでいるので、起きていてもおかしくはない。私がただいま帰ったと言うと、膨れっ面の彼女は大きく床を軋ませるように近付き、私の胴に手を回す。胸元に顔を寄せた彼女は、汗臭いなどと悪態をついてから、蚊の鳴くような声で心配したと一言呟く。


「悪かった。」


 耳に沿うようにしてふかふかとしている頭を撫でる。ピクピクと動くそれを可愛らしいと感じながら、ティリーンの反応を待つ。すると、散々顔を擦り付けてから、無事に帰って来たのだからこれ以上の文句はないと言い切る。それでも甘える行為自体を止めるつもりはなく、ベッドに私を誘うと、そのまま押し倒された。抱きついて全身を擦り付ける行為はまるで動物のマーキングのようだが、彼女にその意志があるのかは定かではない。恐らく軽いじゃれ合い程度の気分なのだろう。それにしても、彼女がここまで心配するとは正直思わなかった。彼女ならば、それくらいで死ぬような男ではないと言って、笑うくらいの図太さを披露しそうなものだが、メイカとの混ざり方が変化したことで、彼女たちの情緒的なところも微妙な変化が訪れているのかもしれない。何にしても、不安にさせてしまったのは私であるので、責任をとって彼女の精神の安定に務める。抱きしめた手で背中を撫でると、温かい高めの体温を感じる。生きている実感のようなものを味わいながらゆっくりと手を上下に動かす。気持ちよさそうに目を細めるのを見ると、此方まで嬉しくなるから不思議なものである。


 暫くすると、彼女の方が逆に私の背中を手でなぞる。要領がわからないのか、手付きは不器用なものだったが、そこから伝わってくる思いやりは本物であった。心地よい安寧に身を任せると、あっという間に眠りについている自分がいた。



 翌朝、同室であったルルやメフィーリゲなどに茶々を入れられながら起床し、準備を整えると、隊長さんが此方に顔を出して今日の日程について教えてくれた。どうやら今日は彼らの国の方へ赴くことが出来るらしい。任務の方は結局完了できていないが、国の方に人員が足りていないらしく、そろそろ帰って来いと通達が来たのだそうだ。だから、ここは取り敢えず切り上げて、また数週間後なりに現場に赴くような日程になったのだそうだ。つまりは、今日は長い旅路を歩かなければならない。よって体力を蓄えるために飯を食えと命令があった。宿屋を出て宿舎の方に向かうと、飯を掻き込む隊員たちの姿を目にする。そこに交じって飯を済ませると、次に濡れた手拭いと水の入った桶が支給される。各人が清潔さをある程度保ているようにという配慮らしい。丁度、汗が滲んで気持ち悪くなっていたし都合が良いと思いながら、木陰で服を脱いで全身を拭った。勿論、宿の部屋では女達が同様に身体を清めた。出発の準備が整うと、あれよあれよという間に出発になり、村の人達に別れを告げた。


 居心地の悪くなかった村からの出発は思うところがあったが、又の機会に伺うことにしようと、思い付き清々しい気持ちで旅立つ事が出来た。隊長さんが言っていた通り、そこそこの距離があるらしい道程は億劫になる程の距離だったが、進行中は誰もがそう思っても口に出さないように心掛けていたので、連帯感のようなものから耐え抜くことが出来た。よくよく思い返してみれば、こうやって集団での移動に同行したのは、今回がはじめてではないだろうか。それなりの旅をして来た気分だったが、まだまだ経験していないことは沢山あるのだなと、感傷に浸る。


「それにしても彼らの国というのはどんな所なのだろう。」


 後方を歩いていたルルがそんな質問をする。私もティリーンも、そしてメフィーリゲも行ったことも見たこともないので、どうだと言えない。一つ言えることがあるとすれば、方角的に、その国というのは、アーガレーヴィン街から出て、私達が辿ったようにあの実験室代わりの洞窟に入らず、道なりに進んでいった方向にあるというのだけは確かだ。距離的にあそこから随分と距離があるからそんなことにはならないかもしれないが、もしかしたら、私達がアーガレーヴィン街を出て初めて辿り着く場所になっていたかもしれない場所に当たる。どういう場所なのか詳細な情報は持ち合わせていないが、隊長さん達の言動やらを見ても、駄目なところとは到底思えない。


 ルルに対する答えの出ないまま、私達は夕方に差し掛かる時間帯に彼らの国に到着した。門が開いた所から湯気漂う。最寄りの男曰く、この国は大量の温泉を保有しており、それがこの国の名産というか看板になっているのだそうだ。そんなに良いものなのかと聞いてみると、疲れも一飛びする代物だと胸を張るので、隊長さんの手続きが終わり次第入りに行こうかと、皆に問い掛けた。温泉という単語に目を輝かせていた女性陣は私が確認を取るまでもなく、大きく頷く。


 それよりも先に報酬を頂くため、政府機関に立ち寄ることになった。何でも、この国は王とは別に信仰の対象である、神子みこと呼ばれる神聖な人間が居るらしい。報告がてら会ってみることを勧められた。隊長さんと伴われながら、入り組んだ街道を歩く。領土自体はそれほど広くはないが、狭いなりに道を細かく分割し、有効活用されている。


 見慣れない景色を楽しんでいると、メフィーリゲ神殿にも似た造形の建物が見えてきた。此処はちゃんと誰かが手入れをしているので、綺麗な外装をしている。メフィーリゲは、それについて、信徒が沢山いるからなんだと拗ねていたが、そもそもこの中に居るであろう神子と知り合いなのだろう、見かけばかりのあいつにお似合いだと毒を吐いた。彼女が毒を吐くのをあまり見ていなかったので、神子はどんな悪逆非道な人間なのかと邪推する。そんな思考を遮るようにティリーンが、深く考えなくてもあれは旧友を弄っているようなものだと諭される。なるほどそういう事かと得心が行く。様子を眺めていたルルは、それくらいの心情は読み取れたほうが良いとチクチク来ることを言ってきたので、腹が立ち、頭を強引に撫で回しておいた。


「此処から先が我らが神子様のお部屋だ。くれぐれも無礼のないように頼む。」


 馬鹿でかい扉の前で一旦停止すると、隊長さんが注意喚起を行う。彼らにとっては自分たちの国を象徴する人間だ。細心の注意を払って然るべきだろう。深呼吸をして身なりを整えてから隊長さんに準備ができたことを伝える。ティリーンは興味深そうに造形を見て、メフィーリゲは忌々しそうにジト目、ルルは髪の毛を整えながらも澄まし顔、というなんともおかしなメンツではあるが、お目通しがかなう。


「失礼致します!」


 そう言って扉に手をかけるのかと思っていたら、自動的に扉を音を上げた。誰も触れずに扉が勝手に開いたのだ。それだけでも驚きがあるが、入室した先に待っていたのは、左右に並んだ役員達と、その奥の階段を上がったところにあるヴェール。その先には人影が見えるので、そこに神子とやらが居るのだろう。カーテン状のそれは私達の入室とともに左右に開かれる。遠くからでも彼女の神聖さは読み解くことが出来た。先ず目に入るのは、車椅子。足が不自由な様で乗せられた足は一切動いていない。次に、閉じられた目、目が見えないのかずっと閉じられたままである。不自由さを全面に出しながら、その次に目につくのは、綺麗に整えてある長い絹のような髪。色素を持たない髪は、綺麗な白髪で枝毛なく地面まで伸びている。これが神子か。納得のオーラそこにはあった。もし私が様々な経験を積んでいなければ、私も彼らと同じように彼女を信仰していたのかもしれない。神獣であるティリーンや神であるメフィーリゲを見たあとなので、そこまでの衝撃は受けない。


「ベナン。よくぞ戻ってきてくれました。」


 ベナンとは隊長さんの名前である。神子は目を閉じたまま彼を呼び、褒め称えた。彼はそれに勿体なきお言葉と頭を垂れる。面をあげよという様式美もしっかりと行われて、彼は頭をあげる。目を開けずとも確認ができるらしい彼女はそれを見届けると、次にメフィーリゲに顔を向けた。ニッコリと微笑む神子にメフィーリゲは苦々しい顔で背く。神子は自ら車椅子を漕ぎだす。慌てた役人たちが急いで抑えに入ろうとするが、彼女の強烈な一言で制止される。ゆっくりと車椅子は浮いていき、階段の頭上をふわふわと飛ぶ。メフィーリゲの前まで行くと、身を起こせなくても抱きしめられる小さなメフィーリゲの身体を抱き締めた。



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