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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ローナル国 2

 到着した先は資料が棚に入りきれず乱雑に長方形の机に重ね置かれており、少し刺激を加えれば崩れてしまいそうなタワーが建築された研究室とおぼしき場所だった。部屋は広いのだろうが色々置き過ぎたせいでとても狭くなっている。私は地面に落ちている物を踏まないように注意を払いながら、慣れた感じでドンドン部屋の最奥まで進んでいくメロルを追う。どうやらこの研究室は二段構えのようになっていて、この部屋の奥にもう一つ部屋が存在しているらしい。彼女は白衣のポケットから鍵を取り出して開けると、私をその個室へ招いた。


「おおう……。」


 そこに入ると思わず歓声を上げてしまう。見たこともない機械が彼女の使いやすいように陳列され、彼女は部屋に入ると同時に全てが自動で起動する。メロルが言うには、この個室の出入口にはセンサーが付いており、彼女が入室をすると起動して退室するとシャットダウンをするように設定されているのだそうだ。その中でも特定の人間を判断するところに一番時間がかかったと製作時の苦労話を聞きながら、ここにきた理由をサラリと告げる。


「アンタには私の研究室で雑務を担当してもらうわ。ついでにプログラムも組めるようになってくれると有難いんだけど……そっちは一朝一夕でできることじゃないし、気分が向いたらでいいわ。兎に角、よろしくね!」


 彼女は私の了承もなしに自己完結させると、よしじゃあと早速資料を纏める仕事を私に与えた。労働時間やら給料やら大事な話が一切なかったが、他に宛もないので言われた通り個室を出て乱雑に資料の置かれた部屋に戻る。メロルが言うには、紙媒体の取扱いは面倒で嫌いだからやりたくないことらしく、ナンバリングだけはしっかりしてあるからヘッダーと呼ばれる紙上部に書かれた題名とフッターと呼ばれる紙下部に書かれた番号が連番になるようにファイリングしてくれとのことだ。大体なんで今更紙媒体なんてというメロルの愚痴付きだ。電子媒体から電子媒体にデータを送ることも可能らしくメロル的にはそれで全てを済ましたいらしい。難しい話はよくわからないが、取り敢えず機嫌を損ねないために便乗だけはしておいた。


「ふう。」


 作業を始めて数十分。傍らには纏めたファイルが数個重ねられている。少し手馴れてきた感じはする。しかしまだまだこれからと言わんばかりに存在する足元の紙達に目を向けると、終わるのだろうかという疑念が浮かんでくる。個室に篭っているメロルからも終了時間については特に取り決めがなかったので、気長にやるかと止まっていた手をまた動かす。


 もし私が聡明な人間であったならこの資料の一つ一つにも大きな価値が有るのかもしれない。大体ローナル総合研究チーム企画書などと仰々しい題名の資料もあるのだから守秘義務とかないのだろうかと此方のほうが心配になる。内容に目を通した所で理解できるようなところはなくともそう感じる。企画書、提案書、報告書。それぞれが書かれた紙を研究テーマの題名に分けてパサリパサリと一人寂しく胡座をかきながら仕分けている光景は端から見れば物悲しく写るかもしれない。端からでなくとも物悲しい。実際私は物悲しい。単純作業のせいで眠くもなるしいくらファイリングしても一向に減った感じがしないのでやりごたえもない。仕事なのだから辛いのは当たり前だが、どちらかと言えば外で狩りをしたりしている方が私には向いている。


「ん?」


 そんな感じで片していると、研究資料とは思えない便箋のようなものが出てきた。多分メロルの個人的なものだろうと判断し、どうしたらいいのか聞かなければいけないので私は立ち上がり個室の扉をノックした。すると、扉が開きメロルが顔だけを出して何か質問かと尋ねてきた。私は素直にこのようなものが出てきましてと先ほどの便箋を差し出すと彼女は顔を真赤にしてそれを奪い取った。赤面したまま中身を見たかと確認してきたので、個人的なものだと思ったからみていないというと彼女はほっと溜息をこぼした。


「これはこっちで処分しておくからこれと同じようなものがあったら絶対に言ってね、絶対よ!」


 そう言うと力加減も怠って扉がグラつくような音を立てるくらいの力で閉める。あそこまで恥ずかしがっているということはアレは恋文か何かだったのかなと邪推し、初々しいものだと思う。研究者と言っても彼女も若くて恋した年頃なのだから健全なことだ。外見から堅物そうではあったがそんな彼女の少女らしいところがあったのかと考えると何故か微笑ましく思える。


「いかんいかん」


 突然の出来事で仕事に身が入っていなかった。思考を切り替えて作業を続行した。




「これで終わりか。」


 こんなの終わるのかと思っていたが予想していたほど時間を要しなかった。壁に掛かっている電子時計を見るに、まだ昼すぎである。ここにきたのが朝だったのでそれほど働いていないことが分かる。とは言え、同じ体勢で作業を進めていたために身体のあちこちが痛い。老いると節々が痛くなるとよく聞くがそのとおりなのだろう。何時まで若い気でいるわけではないが、自分が思っている以上に老化は進んでいるようだ。悲しい現実だが受け入れるしかあるまい。


「おー、そっちは終わったようね。」


 私が腰を伸ばしたりしていると似たように節々の筋を伸ばしながら部屋から出てきたメロルがそう言った。


「こういう仕事をやったことがないので不手際があるかもしれませんが、一応終わりました。」


「いいのいいの。あんなの後で誰かが見るわけでもないんだし、唯片付けておかないと上司やらがうるさくてねぇ。」


 報告に対して悪戯っ子のような笑い方をしながらメロルは別方向に愚痴る。上司の意見は最もであるが、確かに一々言われると私でも腹が立つかもしれない。近くにあったスツールに腰掛けて作業用にしていたメガネを外し、コップを傾ける彼女はその後も散々愚痴を零していたが、それは唐突に終わりあそうだといった。


「今日の分払っておくわね。これでユラさんとミラちゃんだっけ?あの人達連れて昼飯でも行ってきなよ。あっそうそう、食事終わったらまたこっちに顔出してね教えたいこととかあるし。何だったら彼女たちも連れてきてもいいから。」


 手渡された金額は思ったよりも多くこんなにも頂くのは心苦しいと言うが、それは研究費として経費で落とすので平気だと言っていたので言及は控えた。それよりも彼女なりにも気を遣ってくれたのが何よりも嬉しかった。私はそれではまたあとでと残してその場を後にすると、彼女たちのいる地下一階の宿屋前で二人を待った。暫くもしないうちに二人は帰ってきたので仕事をしていたことを伝えて、昼飯を食べに行こうと誘った。


 多くの飲食店が立ち並ぶこのエリアは多くの人で賑わう。私達もその中に紛れ込んでいる。ミラやユラに何を食べたいかと尋ねてみてもふたりとも特に要望はないとの事だったので、店を回りながら美味しそうな店があったらそこで食べようかということになった。私も特にこれが食べたいという決定的なものがなかったので丁度よかった。デザイン性のためかレンガが敷かれたこの区はコツコツと人が行き交うたびに落ち着く音を奏でる。新鮮な気持ちで踏みしめていると恥ずかしいのでやめてくださいとユラからお達しが入ったが、そんな時間も悪くないなと思った。飯屋を探しながらそんな馬鹿なことをやっていると、気付けば飲食店のエリアも中盤まで差し掛かっていた。どこも美味しそうなので決められなかったというのが素直な感想である。


 そろそろ決めなければとふと目に入った看板に心惹かれた。


「あれどうかな。」


 私が指した先には小奇麗にされた飲食店が立ち並ぶこのエリアで一際目立って見えるボロボロな外装。そして看板に貴方の食べたいものを届ける食堂と書かれた看板がある。ユラは確かにきれいな所で食べても緊張してしまいますしと言い同意してくれた。ミラもそこでいいと言ってくれた。


 ガラガラ―横開きの錆びた扉を開けると、そこには無地のエプロンをつけた金髪の優男が一人でテーブルを拭いているのが写った。驚くように振り向いた彼は吶りながらもいらっしゃいませと言い、私達を店内へ招いた。


「本日はどのようなものにしますか。」


 店内には私達以外客は見受けられないが、外装と違い、内装は綺麗に保たれている。今座している椅子や目の前のテーブルにも塵一つ無い。彼は私達を座らせるとそう言った。メニューは特に決まっていなくて客が食べたいものを極力作るというのが信条のようだ。流石に狭い範囲でしか作られていない民族料理などは無理なので極力とのことだ。


「オススメなんてのはありますかね。」


 気軽に聞いてみると、一応あるにはあるがと前置きしてから続けた。


「当店のオススメは、店主―まぁ、僕のことなのですが―がお客様が食べたいものを予測して作るというものになっています。前店主のときこれが一番人気でした。僕の母がそうなのですが、僕はまだ母ほど上手くいかないのであまりお勧めはしないです。」


 彼は肩を落としながらそう言う。客の前でそういうことはあんまり言わないほうが良くないだろうかと思ったが、彼はそれどころではないようなので追及はしない。店内に母親の姿がないことからもう引退したのだろうかとか思うところはあったが、あまり突っ込むのも得策ではないので私は再び食べたい料理を考えることに思考を戻す。


 腕を組んで悩んでみたが結局浮かばない。仕方ないので私はオススメを選ぶことにした。店主の男はあまりいい顔はしなかったが、その後に続くようにユラとミラもオススメを選んだので最終的には諦めたような顔をしていた。



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