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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  16

 身を低くして一気に特攻する。相手も此方に気が付いているようで、散漫な動きをしながらもそれはただ単に挑発しているように思える。舐めているのならそのまま死んでしまうべきだろう。もう傷一つ無い右手で鞘に収めてある剣の柄を掴む。正確に切り込む為に目をいっぱいに見開いて相手をしっかり見据える。うねるように大きく口を広げた化物は、突貫している私を飲み込もうと覆い被ろうとする。最初に戦った奴と単純な脳味噌は変わらないようだ。そこで私は加速して、一応、魔法を使って毒液にも注意する。ガラ空きになった胴体部分に剣で切り裂く。二体目ということもあり、この後の悪足掻きも頭に入っている。そうさせないために徹底的に打ちのめす。


 胴体に亀裂が入っているのは切り抜いて後方に回った私にも分かる。その箇所を後ろから至近距離での斬撃を放つ。前後から衝撃を受けたそいつは胴体を真っ二つに分裂させて、絶命する。私も多少なりとも毒液を浴びた影響で全身に痛みが走るが、この程度は許容できる範囲である。もし精霊が味方について居なければ、死んでもおかしくない怪我でも彼女らの御蔭で助かっている。彼女らに感謝を心の中で述べながら、痛む体を抑えて後方の仲間たちに声を掛ける。


「化物はもう倒してた。君たちは早くほかの部隊の援護に向かってくれ。」


 爛れた肌が生々しく思えたのか、目を背ける人間は多々いたが、それでも彼らはしっかりと任務を果たすために次ぐなる戦地へ赴いた。私も後で向かうと宣言してからその場に座す。


 思っていたより受けたダメージが蓄積しているのだ。切り傷などと違い、毒液は染み込んでくる。毒によって肉体が焼けて、そこを精霊の力によって無に変える。しかし、消しても、それは怪我が消えただけで毒液が消えたわけではない。つまりは、毒が完全に抜け切るには、何度も身を焼かれて、完全に毒が消失するまでという訳である。何度も再生を繰り返す。痛みが緩和されるわけではないために、激痛は常に私を苦しめる。相手の弱点も戦いの中で読めてくるものだが、自分の弱点というものも戦いの中で読めてくる。私の弱点は、一過性ではない攻撃という訳だ。通常の怪我に対しては相性が良いケティミとムラメはこういうのには相性が良くない。


 痛覚が警告の為の痛みを伝える。今はここで倒れておくべきだと身体が文句をつける。言っていることは最もであるのだが、正論だけでは人生がつまらない。そういう話ではないと、弁が立つ人なら言うのだろうが、刺激のない平坦な人生を謳歌する事が全人類に与えられた使命ではないし、指示された事だけをこなすと言うことは、私にとってつまらないというモノである。それ以前に、私がこうしている間にもあの人達が戦っているのだと思うとやりきれないという思想の方が強いが、多少ながらそういう考えもあった。言うことを聞こうとしない天の邪鬼には悪いが、無理をして立ち上がる。痛みは残っているが、次々と敵に立ち向かわなければ、どんな未来が待っているか何て目に見えている。これは、大した額を報酬として貰わないと、割に合わないなと一人笑ってから、起こした体を前進させた。



 あまり無理の効かない身体を引きずって、次の化物のところまでなんとか移動する事が叶う。此方に気付いた連絡役が詰め寄ってきて、体調は大丈夫なのかと心配の声を掛けてくれる。私は全快ではないが戦えないわけではないと、ありのままに話す。大口を叩いて他の人間にも被害を出してしまっては元も子もない。連絡役は、長考を挟んでから前方で戦う集団に走って向かって行くと、此方の状況を正確に伝えてくれた。走って戻ってきてくれた彼は、どれくらいあれば妥当な戦力として機能できるのかと疑問を投げ掛けてきた。どうやら前線組の人間からそう伝えるように支持があったみたいで、私が大分掛かると曖昧に返事をすると、ならばここで待機してくれと結論付けた。前以て、どういう返事の時にどう答えろというものの指示があったみたいだ。今直ぐにでも加勢に入ろうと考えていた私には少し拍子抜けと言った所だが、その分、休ませてもらう分多く働かせてもらうことにする。戦況の把握が出来ないために場所だけは変更させてもらい、見晴らしの良い所で戦況を確認しながら連絡役に現状を聞く。


「戦況としては最悪と言っても良い。そもそも想定していたものとデカさも膂力も何もかもが段違いだ。心の準備を済ませた奴も、あんなのを目の当たりにしたら足が竦んでしまっている。弱点である火によって今は凌げているが、見ている限り、永続的に有効な手とは言えない。ずっと観察していて分かったが、アレは段々とだが、向けられた火を克服しようとしている。現に、松明を向けてもたじろがなかった事案も上がってきている。」


 共有された情報の中からは、自分たちの不利益になる情報が読み取れるものが多かった。あんな化物に勝つのに正攻法では駄目であることくらい、現場に立っている人間なら誰もが思っていることだろう。しかし、打つ手が無い。安牌は火で守りを固めて後方から矢を放つ事であるが、そもそも奴に攻撃が通じるほどの威力を持った矢が一体何処にあるのかと言う話である。私の遠距離攻撃として利用している斬撃でも距離が開いていた時は、気持ち程度にしか効果を表さなかった。そうこうしていると、奴に対する定石じょうせきなど存在しないのだと気付く。一体でも暴れまわる奴は凶暴で獰猛。尚且つ、特殊すぎる毒液攻撃。とても普通の人間が太刀打ち出来るような範疇ではない。だからこそ、私のような人間が事に当たらなければいけないのだろうが、残念ながら、私でも怪我が癒えない状態で戦えば無事では済まない。運が悪ければ命を落とすことになるだろう。聞いた話では、まだ死亡者は出ていないと聞く。その最初の死亡者が自分になるかもしれないと思うと、ゾッとしない話である。


 逸る気持ちにやきもきしながら、押されつつある現場に更に焦る。無謀にも私が此処で突っ込んでしまったほうが良いのではないかと、無茶苦茶な論法を夢想する。隣で私を見る彼は絶対にそれを許さないと言った風な表情で私を見守っているため、行動を直ぐ起こすことは出来ない。いっその事、治癒が完了したとホラを吹いて参戦するのも手ではある。実際にそんなことをすれば、場が乱れるだけでメリットなどあろう筈もないのだが、そんな馬鹿らしいことすら考えてしまう。


 指を加えて待つことしか出来ないと言うのは、とても気持ちが逸る。だが、身体がちゃんと動くようになるまで待機する。それ以外に出来ることなど存在しないのだ。


 唯座っているだけでは、直ぐに戦闘に参加出来ないので、現状を視認する。敵の大きさは、前回の奴と大差ない。逆に言うと、それだけ大きい。松明の火にも抗おうとしているのを見るに、反骨心は他より優れているのだろう。人間と同じで、各それぞれが個性を持っているように思える。変な話だが、男たちと戦う奴の動き方と前回のやつ若干の差異がある。パターンが決まれば、それを重点的にやってきた前のやつに比べて、今回のやつは結構考えなしにルーティンのようなものが一切なく、その時その時で突拍子もなく動いている印象だ。となると、一体一体を倒す毎に定石が打ち砕かれていくという面倒くさい状況に陥ることになる。とても一日で解決できるような問題ではない。そもそも何体居るのかも把握していない私では指揮をとるのも難しい。前方で指示を出している隊長さんと入れ替わりで全体の指揮を取ってもらいたいものだが、それには目の前の相手を屠らなければ何も始まらない。奴を倒すイメージを膨らませながら完全に治るのを待った。




「そろそろ大丈夫そうだ。」


 腕を回して痛みが殆どなくなった事を確認する。傷が治っている事に連絡役の男は唖然としていたが、前以て情報を教えていなかったので、仕方のない事だろう。屈伸を終えると、連絡役に突入して良いのかと訊ねる。男は、前方の状況を確認してから、大丈夫だと言う。許可を頂いたので遠慮なく戦いに参加させてもらう。全く痛まなくなった足で精一杯踏み込んで加速する。現場までの距離は大してないので、それほど急ぐ必要もないのだろうが、直ぐにでも戦いたいという気持ちがまさっていた。砂煙を上げながら到着すると、前列の集団に道を開けるように叫ぶ。びっくりしたのもあってか素直に道を開けてくれる。驚き顔の隊長さんも視界に入ったが、今はそれは気にしている場合ではない。


「たぁあッ!!」


 火の列から突如吐出された人間に疑問なく化物を襲い来る。そうなるだろうと覚悟していた私は掛け声とともに、その顔面に斬撃を飛ばす。距離があるのであんまり効かないのは、重々承知である。これをする目的は時間稼ぎのためだ。私は魔法により砂を風によって操る。自分を中心にして渦を巻くように形成すると、そのまま居合の構えに入る。魔法と剣技を両立するのは、予想以上に精神を擦り減らすが、出来ないレベルの話ではない。これなら勝てるという確信を胸にしっかりと相手を見据える。憤慨している敵はまっすぐと阿呆臭い動きで愚直にも考えなしな前進を見せる。此方は予想以上に当てやすいと思いながら、形を崩さないように腰を低く構える。その大きな身体はあっという間に開いていた距離を埋める。粘液を飛び散らせながら暴れる相手に一気に切り込む。剣は引き抜かれて纏った斬撃とともに打ち抜く。しかし、私の目にしっかりと写った。私が斬りつける瞬間、化物は回避するように身を反らせていた。完全に回避はされなかったが、致死量までのダメージを与えられたかは、怪しい。切り抜いた私は全てを維持した状態で切り返しで逆サイドを切り抜く。此方は正確にヒットして大ダメージを与える事がかなった。でも、大きく切り裂かれた胴体をもってしても、痛みに強い性分なのか、それが倒れる事はなかった。切り返しで一旦、力の抜けた私に死に物狂いの化物は策のない特攻を敢行する。これは防ぎようが無いと、自分の死を色濃く感じる。恐怖から目を瞑って精神の安定に入る。しかし、思っていた通りの攻撃はなく、聞こえてきたのは化物の悲鳴だった。チラリと確認すると、そこには隊長さんとその部下たちが立っており、手にしていた松明を投げつけていたのだ。身を焼かれた化物を強烈な悲鳴を上げながら砂漠の藻屑へと還っていた。


「ふぅ、一人で格好をつけるな。我らにも格好ぐらいつけさせろ。」



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