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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  13

 果てしなく感じた道のりにも癒やしが現れる。幻覚が見えているのかと自分の頬を引っ張ると、ちゃんとした痛覚が働いているので、最低限の脳の動きはしている。それを確認すると、直ぐ様、突如出現した泉に飛び付いた。警戒心など自分の心に全くの余裕がなければ発動できない。ルルはまだ余裕が有るのか警告を発令してくれたが、それに応えられるほど私は我慢が出来る方ではない。生命活動に危機が及ぶほどの脱水症状に疲労困憊である私には何よりの癒やしに思えた貴重な水分を目の前で失うことは出来なかった。我武者羅に向かうさまは旗から見てとても滑稽極まりない光景だっただろうが、私からすれば、命に関わることだ。理性の残っているティリーンはもしもの場合に備えて喉を鳴らして耐えていたが、その表情は凄まじく曇っていた。駆け寄り顔面から泉に突っ込む。カラカラに枯渇していた荒野が潤いを取り戻していくのを肌で感じる。喉を鳴らして嚥下すると、前回のように眠気が押し寄せてこない事に気付く。逐一ティリーンに報告すると、彼女も泉の水に舌を付けようとした。しかし、鼻を鳴らして顔を顰めると彼女は顔を離す。もしかしてヤバイものでも入っていたのか。即座に顔を離した私は彼女に理由を聞く。言っても良いのかという顔をして来た彼女に緊張感を取り戻していると、泉の中央が突然飛沫を上げた。


 驚きのあまり腰を落としてしまっていると、泉の中央から全裸の男が姿を表した。引き締まった筋肉を見る限り、余程自分の肉体に自信があるのだろう。それにしても、こんな所でこんな時間に水浴びをするとは何事か。知らない男の汚れも一緒に口に入れたかと思うと、吐き気でどうにかなってしまいそうになるが、今はそんなことより彼に質問を投げ掛けるほうが先決である。私は彼にこんな所で何をしているのかと問い掛ける。澄まし顔の全裸の男は、此方を一瞬だけ見遣ると、ティリーンの方を見向く。


『嗚呼、我が神獣様よ。何故このような男を選んでしまったのだ。下賤で衣食住がなければ生きていけない人間等という愚かしい生物に身を任せるなど、神仏に対する冒涜と言って良い。』


 人前で服の一つも着ていない変態に何故か罵倒される。状況が読めないが、どうやらティリーンの知り合いみたいだ。どんな人物なのか尋ねてみると、彼女も彼のことをそこまで知っているという訳ではないらしい。彼のような存在は各地に点々と姿を現す。そして、上位種を自分の元へ引き込んでいく傍迷惑なものなのだそうだ。もしティリーンが水に口をつけていれば、取り入れられていた可能性もあったらしい。自分の不用心さに謝罪の言葉しか思いつかない。頭を下げると、気にしていないときっぱりと告げる。私達のやり取りを眺めていた彼は見下すようにしてから、再度ティリーンに言葉を投げ掛ける。一方的な物言いにご立腹の彼女が強靭に研がれた爪を向けると、負け犬のような決まり文句を口にしてから姿を消した。泉もいつの間にか消え去り、そこには虚しい砂だけがさらさらと舞う。


 一時感傷に浸るが、夜明けもそろそろ近付いてきている。手間をとっている時間は限られている。少量の水分は取れたので満足したということにして、私達は出口の分からない迷路にも似た砂漠地帯を闊歩した。途中からは日も見えてきたので、あの化物の心配をせずに済み、少し気を安らかに行動することが出来たが、余裕が無いのは変わらない。どうにか打開策を思いつかなければこのまま野垂れ死にするという最悪の場合も想定せねばならなくなる。どう考えても避けなければならない案件なので考えないように心掛けるが、どうしても心が弱ると良くない場合ばかり頭に浮かぶ。


「そろそろ降ろしてもらっても大丈夫だ。」


 抱えていたルルが腕の中でそう告げた。正直疲れもあったので助かる。私がゆっくりと下ろすと、砂の足場に手こずりながらも懸命に足踏みをして慣れさせていた。重量級の彼女の武器は持ってこれていないので、戦闘するような状況には陥らないようにはする予定だが、どうなるかは私にも分からない。逃げるくらいには足を慣れさせておくべきだろう。


 万全とまでは行かないが、それなりに体制を立て直し、あの変態が現れた所から大分歩いた。そろそろ別の光景でも見えてきても良い所だが、砂漠を抜けれるとは視界いっぱいに続く薄黄色の砂場に絶望感が漂う。何処かの人間に遭遇して一悶着あるのも面倒ではあるが、この際それでも良いから何かアクションが欲しい。只管に何も起きないというのは存外面白くないもので、平和と一言で片付けるには現状はあまり宜しくなかった。そんな中、遠方に集団で移動する人間たちをようやく見付けた。もう日も登ってきたし、彼らも行動を開始したみたいだ。明らかに武装をしているが、だからと言って、話しかけに行かない理由がない。半分投げやりになっている私は仲間を率いて彼らの進路に合わせて移動を始めた。向こうもこちらの動きに俊敏に反応して、指示系統を確認している。見たところこの砂漠地帯の原住民らしくはない。となれば、又外部のお役人たちが出向いているのか。思惑は色々と有るだろうが、此方とら国勢にも興味が無いし、関係がない。取り敢えずは国まで案内してくれれば、そこで宿を取り後はどうにか自分たちでする。接触すると、代表役である黒い髭を整えた男に何者だと問われる。


「旅人だ。宿を取れるところを探している。お前たちは何処かの国からやって来たのだろう。良ければ案内してくれないか。」


 頭が高いと代表役の男の横に居た部下に罵られるが、彼はそれを片手で制すると、遠征に来たばかりだからそれは出来ないと丁寧に答えてくれた。なかなか礼儀正しい男だと思い、此方も無理を言って済まなかったと謝る。その上で、どちらの方向に行けばここから出られるのかと被せるように訊ねると、彼は迷いながらもとある案を提示した。


「我々もどうせここの調査を終えれば国へ帰還する。君たちが我らの調査に協力してくれるというのなら、一緒に連れて帰っても良い。勿論、報酬は後で払う。」


 破格の申し出に疑いたくもなったが、彼の目に嘘を付いているような様子は見えなかったので、皆に意見を聞いた後、彼の案に賛同する事となった。彼らはこの砂漠からは離れたところの国の出身らしく、指差された方角はカネグォイとは、正反対の方角を指していた。どういうところなのかと言う期待は、到着するまで待つことにして、今は与えられた任務を全うしよう。与えられた任務とは、この辺りに出没する化け物の調査。彼の話では、あれはここのところ砂漠を抜け出して、諸外国に赴いては、人々を襲っているらしい。だがら、もしこれが人為的な手段で野に放たれでもしていたら堪ったものではない。原因究明をしようということになったのだ。しかし、彼等には悪いニュースがある。あの化け物は、深夜の闇が深くなった時分しか姿を見せないのだ。一応、その情報を伝えると、存じているとの事だった。ならば、何故この丁度夜が明けた時間に来たのだろうか。


「あれは、夜の凶暴さは人間の器量をとうに越えている。我とて、部下を易々見殺しにはできんよ。それに、奴等の巣の位置も周辺部族からの聞き込みでもう割れているのだ。」


 誇らしげに腕を組む。確かにその行動力には目をみはるものがある。そもそもあれに巣がある事自体初耳であるが、家族のようなあの二体の動きを思い出すと、そういうこともあり得るのかと納得がいく。それが有るという情報は凄く大きいし、場所まで把握しているとなると、私たちは要らないのではないかと逆に勘繰りたくなる。彼は快活に疑念を受け止めると、私の目を見て戦力はいくらあっても多いということはないとフォローを入れられた。この隊長が何故あんなに部下に慕われているのか分かる気がする。人の話を聞き、心情を察する。簡単なようで殆どの人間が完璧には熟せない事である。それを彼は巧みに操っている。カリスマというのはこういうものの積み重ねから生まれてくるものなのだろう。私には無縁の話だ。自嘲気味に考え込んでいると、そう時間を掛けずに巣とやらに辿り着く。時間的にもう奴らが帰巣していてもおかしくはないから全員に緊張が走る。そこにあったのは砂漠の砂場に出来た大きな窪み。やはりあれらは日中、直射日光を防ぐために砂の中に身を潜めて過ごしているようだ。そういう話ならば、巣というのは沢山あっても不思議ではない。寧ろ、沢山ある内の一つがこれだと考えるほうが妥当だ。


 巣から一旦離れて双眼鏡でギリギリ見えるところまで移動してテントの設営を始めた。途中で見張り役として数人は置いてきたが、それ以外はここに居る。彼らとしては奴らにちょっかいを掛けて外へ誘導している人間なりが居ないか調査にしに来ただけだ。だから、このくらい離れていないと、もしそういう人間が居たとしても現行犯で捕まえる事が出来ないのだ。かと言って、全員が此方に来ては逃げられる可能性がある。そのため、少数精鋭で足止めに自信がある者たちを見張りとして置いた。敵が現れたという報告があり次第、此方の総力も直ぐに向かうという寸法である。この方法で長い待機時間を待つ。読みとしては、誰かが活動の出来無い日中の化物を捕らえて、夜に外に放っているというものだ。火が弱点ということを知っていれば、夜中でも捕らえること自体はそれほど難易度が高い話ではないが、運搬を考えると厳しい。何しろ四方八方にあの毒をばら撒くのだ。何かで包んだとしても、常人並みの人間には奴らを制御出来ない。結果、日中の犯行だろうと踏んだのだ。大前提として奴らが自分たちであの穴倉を抜け出て、外へ進出していっているという事はないものとして考えている。もしそうならそうで対策の打ちようもある。


「動きはないな。」




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