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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  12

 そこには思いもよらぬ人物が足を引き摺りながら此方を見据えていた。どうして付いて来たのかと言う前に、よくあの状況から立ち上がり、私達についてこれたなという関心すら湧く。何を隠そうそこに立っていたのは、全身に傷を負って完全に戦闘不能になっていたルル・カネグォイその人だったからだ。折角、問題を解決してやったのに彼女が付いて来ては意味が無い。それに、あのシスコンの姉は自分の色々なものを代償にしてまで彼女に幸せな生活を求めた。それなのに私達と一緒に来ては幸せどころか何処で野垂れ死にするかも分からない。どんな目的があってこんな事をしたのか問い質したい感情はあったが、今にも倒れそうな彼女を此処に放置していては、あの浮浪人の巣窟からも大して離れていないし、襲われる可能性もあるからそんな事は出来ないが、彼女を送り届ける為に態々道を引き返すことも選択肢にはない。そうなると、もう一緒に連れて行くしか方法がないのだが、悪足掻きくらいはする。ルルに私達付いてくるデメリットだけを淡々と挙げていき、それに同意できるのかと問う。勿論その中には死というモノも含まれている。命の保証など出来よう筈もない。


「どんな苦境に見舞われる事になっても、ボクは付いていく。」


 苦しそうな声で唸る。キリッとした姉譲りの鋭い眼光が私を捉える。完全にその瞳には意思を曲げないという言葉が込められていた。もう好きにしろとしか言えない状況である私は、彼女の身体を抱えるようにしてから追手を警戒してティリーンとメフィーリゲと共に走りだした。体格の問題であまり走れないメフィーリゲはティリーンに抱っこされているので、抱っこした二人組が爽快に駆け抜けるという端から見たら、どこか可笑しい状況だった。



 野を駆け、辿り着いたのは懐かしの砂漠だった。直ぐに私は死んでいった人たちと恨み言吐きながら何処に消えていったその妻達に思いを馳せる。今彼女らがどうなっているのかはハッキリ言って分からない。広大な砂漠は左右に広がり進路をことごとく塞いでいた。やはりこの砂漠とも縁が結ばれているのだろう。逃れられない事を思い知らされ、言い知れぬ不安が胸中きょうちゅうに渦巻く。不安を察した腕の中のルルは私の頬に手を添えて大丈夫だと助言をくれる。隣を歩くティリーンも心配しなくても良いと大きく出る。メフィーリゲはそもそも意味がわからないらしくぼんやりとしていたが、不安は感じていないようだった。そんな中私だけがおどおどしているのはとても女々しく思える。一旦目を閉じて考えをリセットして物事に向き合う。切り替えられたと感じてから足を踏み出す。


 自分だけの問題にせずに、皆が支えてくれている事を思うだけで随分と心が軽くなった。柔らかい砂場がとても懐かしく感じてしまう。そんなに此処を離れてから時間が経過しているというわけでもないのだが、思い出補正とやらのせいだろうか。ずっと前に訪れた場所のような印象を受ける。段々と思い出されていく思い出に追随し、嫌な情報も思いだす。日の完全に落ち切っている今のような夜はあの芋虫の活動時間ではなかっただろうか。一歩踏み出した足が億劫さを訴える。一応、皆に意見は聞いておくべきだ。私は途端に振り返り、ティリーンは知っているだろうが、知らない二人にも巨大芋虫の事を話して意見を仰ぐ。


「と言っても、此処に宿なんてないしぃ、行くしか無いんじゃないぃ?」


 メフィーリゲに正論を吐かれた。ルルもその意見に同意らしく腕の中で小動物のように首を何度も振っている。それならば行くしか無いのだろうが、正直このハンデがある状態だと奴らが複数で掛かって来た時、対処できない可能性がある。だが、その時はその時だと思うくらいの器量が私には足りていないのだろうから此処は思い切って行くという選択を選ぶ。


 緊張感の漂う砂漠は夜ということもあり、大変冷え込んでいる。それに、あの化物が出現する時間帯と言うことで人間たちは自分たちの火を焚いたテリトリーから姿を見せない。ある意味都合が良い状況であった。踏み込む度に埋まる砂の感触を急拵えで思い出しながら足を進めていると、この砂漠に定期的に存在するオアシスが見えてきた。私達が作戦に利用したところとはまた別の所みたいだが、恐らくこれも奴らの罠の一つに違いない。喉がからからに乾いた人間を安楽地に誘い込み、泉に入れられた薬物で眠らせて夜の間にむさぼるという恐ろしい戦術は奴らの怖さを表している。現に私達も一度引っ掛かったが、驚きは並大抵のことではなかった。そう思えばあんなところでも死に掛けたのか。私は至る所で死に掛けている事を思い出す。何だかんだで死んでいないが、何時死んでもおかしくないと肌で実感する。


「喉乾いた。」


 可愛らしくルルが不平を溢す。それに伴う様にメフィーリゲも喉が渇いたから彼処あそこで一休みしようと、申し出た。私が素通りしようとしていたのが目に見えたのだろう。脅威を知らない彼女らは当然、ここまで休憩無しで進んできたため目の前の安らぎに目が眩んだのだ。私はしっかりと二人にこの泉を利用する脅威を説明し、諭す。万が一にもこれが罠であったのならここで手負いのルルと戦闘力のないメフィーリゲを守れる保証がないと。それでも食い下がらない二人に私は頭を抱えるが、ティリーンが鼻を動かして周囲を警戒するような素振りを見せると状況は一変する。彼女は冷静にメフィーリゲを地面に下ろすと構えた。


「どうやら向こうさんからご挨拶があるらしい。粋な奴じゃ。」


 突然降ろされたメフィーリゲは呆け顔を晒していたが、私には最悪の事態が有り有りと伝わってきた。溜め息を吐きながら、ルルを下ろすと私も剣を抜いて構えを取る。二人で二人を守るような形を取り、何処からでも襲撃を受け付ける陣を組む。ティリーンが語るには数は二体でそこまで強い匂いではないから、近いかどうかは分からないが、警戒は怠るべきではないという判断だった。油断した隙を狙われるのは、どちらかと言うと私の専売特許だ。何度も学習せずにそれで苦い思いをして来た。阿呆は阿呆なりに一つのことくらい覚えてみせる。気を抜かないことを肝に銘じて緊張感を保つ。


 左方右方の左右から一気に二本の棒が伸びる。砂煙が舞い、目眩ましに遭うが、身構えていた為、視界が完全に塞がれる前に手を添えることに成功した。目元の砂を払って相対すると、幾分か小柄な二体が上から見下ろしていた。小柄と言っても、他のと比べたらと言うだけで、人間よりかは大きいので迫力はある。思っていたよりも接近されていたのは予想外だが、体液にさえ気を付ければ大した相手でもないので、即座に首を落としに掛かる。危機を察した芋虫は、初撃をかわすために長い尻尾のような部位を地面に叩きつけて波を柔らかい砂に伝える。その機転は彼らにとって上手く作用し、私は体勢を崩す。


 思わず舌打ちを零しそうになる私に体液が降り注ごうとする。その点においては細心の注意を払っていたので、当初の想像通り砂を掬い上げてぶつけることで、砂に液体を吸わせる。少量の体液については飛び散るが、その程度なら軽度の火傷を負う程度なので、直ぐに治癒が間に合う。そっと一息吐こうとしたところでティリーンから後方に気をつけろという指示が飛ぶ。振り返らずとも私を包む巨大な影で後ろにもう一体のほうが先回りしているのに勘付く。素直に術中に嵌ってやるのも馬鹿らしいので、振り向きざまに切り抜き、ルル式斬撃を放つ。練度を高めたそれは切れ味が抜群で、綺麗に切り裂かれる。断末魔を待たずに二度目を放つと横たわって動かなくなった。これで一体始末出来たと切り替えていていたら、もう一体のほうが絶叫を上げて悲しみを露わにしていた。彼らにも兄弟や家族という概念が存在するのだろう。しかし、自分から襲ってきておいて返り討ちに遭ったら逆ギレするのは如何なものだろうか。相手が悪かったなと心の中でつぶやいて、冷静さを忘れて怒り狂った雑魚を同様の方法で屠ってやった。自分が彼の立場なら私でも逆上は免れないだろうが、他人事で見ると、唯の馬鹿にしか見えない。第三者視点と言うのは残酷の程に無関心な視点で物事が見える。突き詰めれば悟って天に仕えたりするものなのかもしれないが、今の私にはその前兆はまだ見れない。神仏に対する関心が薄いからか、愛の神であるメフィーリゲを見据えても宗教的な気持ちは起き上がらないので、そもそも向いていないだけに思える。


「妾が手を出すまでもなく片付けおったわ。流石は主様じゃ。」


 微笑んでくれるティリーンの頭に手を添える。ピクピクと動く愛嬌のある獣耳が私の癒やしだ。放置してしまった二人を抱え直して私達は再び止めていた足を動かし始める。大した休憩にはならなかったが、ここに停滞しているのも危険が多い。出来れば、砂漠を抜けるか、何処かの部族を制圧して寝床を確保したい。闇が深いのを見ると、周囲にそういう集団が居るとは到底思えないが、希望無しでは気が重くなる。此処は楽なことを考えて歩みを止めないようにするべきだ。そう思い直して気をしっかり持ち、足を止めない。ティリーンも弱音の一つも吐いていないのだし、男である私が文句を垂れるのは間違っている。男としての矜持のようなものを自分に言い聞かせながら一歩一歩を懸命に踏み込む。沈む砂場は余計に体力を削っていくが、久々の修行で自分の限界を知りたい気持ちも溢れてきているので、限界までは頑張りたい。



 夜で気温はそれほど高くはないとは言え、砂漠であることを考慮していなかった。空気が乾いているこの場では水分が大量に持っていかれる。口の中がパサパサになるのを自覚しながら、水分不足で頭がクラクラしてくる。疲労は目に見えて明らかだった。無理をしてでも泉で水分補給をしておくべきだったかと後悔する。だが、終わったことを愚痴っても仕方がないので、歩きながらオアシスを探す。そんな点々とあるとは思えないが、完全にないとは言い切れない。低い可能性を信じて周囲を見渡す。思った以上に何もない環境に涙でも出そうだが、残念ながら涙に割く水分は持ち合わせていない。




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