カネグォイ 8
話題は当然ルルの処遇についてだ。私の一番大事な案件は先ほど完了したが、元々の案件は此方である。このまま男として生かすのか、それとも自分たちのした事を悔いて女である彼女を認めるのか。私はその判断を彼らに迫った。王族である前に家族である彼らがどんな判断を下すのか。この状況下で彼らがどの選択肢を選ぶのかは私にとっても気になるところだ。宙に吊らされた王は私の発言から私がロロナの回し者であることに気付く。彼もロロナの心境には気が付いていたらしく、抵抗している彼女の頼んだ刺客が私だと踏んだのだろう。白い歯を見せ付けた男は、どれだけ積まれたのだと宙吊りなのにしたり顔で質問を返す。質問を質問で返すとは良い度胸だ。それも見当違いな発言であるから目も当てられない。罰ゲームとして彼から見えるところのロープに剣を添える。したり顔が一変して焦燥感に色塗られる。それはそれで面白かったので私は添えた剣を退けた。ホッと溜め息をつく彼はとても滑稽だ。現状、宙吊りである彼らは時間が経過する毎に段々と頭に血が昇って行っている。このまま現状に甘えていれば、その内死んでしまう可能性もある。その中で彼らは猶予を持つことに自分の生を直結させている。兵士が助けに来れば助かるとでも本気で思っているのか。私が彼らを人質にしている限り、兵士達も容易に突撃できないというのに。それに、この屋根は通常の手段で登る手段がない。恐らく、屋根の点検は業者が専用の機器や乗り物を使って、若しくは特殊な技術をもった人間を派遣して修繕を行っている。そんな所に兵士達があの重そうな甲冑を身に纏って参上できよう筈がない。
てんやわんやになっている王は元気だが、さっきから反応がない女の方を見る。宙吊りで捲れ上がったドレスのスカートからは特に興味も惹かない地味なショーツが顔を出していたが、本人はそこまで気が回らないのか只管手を合わせて天に祈っている。天に祈ったところで状況が改善することは万が一にも無いだろうとは思う。しかし、信仰しているものに頼るのは人間らしい感覚だ。私は彼女を尊重したい。此方にも話を伺ってみたい。純粋な思い付きから彼女にも王にしたものと同様の質問を投げ掛けた。すると、目を閉じて祈っていた女は目を開けて助けてと言った。何時私がそんな回答が返される質問をしたのだろうか。死に瀕しているようなものだから気が動転するのも無理はないが、助けてと言われて助けるのであればもうこの時点でこうやって脅迫している意味が無いではないか。
「……もう一度言う。私はルルの処遇について貴女の意見を教えてくれ。」
優しく問い直したがまともな返答など期待するまでもなかった。もっと言うことがあるだろうに、絶望的な立ち位置に今迄立ったことがなかった二人は自分たちが何故こうなっているのかさえ掴めているか怪しい。もう落としてしまっても構わないだろうか。面倒くさくなって思っていたより頑丈なロープに再び剣を近づける。
「し、仕方なかったんだっ!!国の為を思うなら王子が絶対必要なのだ!!しかし、子が作れなくなってしまった……養子等という何処の馬の骨かもわからん奴に国を任せるわけにはいかんし、じゃあどうすれば良かったのだ!!?」
死期を悟ると人間というのは口が締め口の壊れた財布のように漏れ出やすくものだ。本音という金貨が建前という財布から零れ出る。それは決して市民に悟られてはいけない弱音。弱ったところを攻めるのは動物的な行動だが、それは人間でも一緒である。弱った王政をみれば誰もが思うだろう。こんな人間に国を任せることは出来ない。そして実行するために足元を掬い、ジワジワと嬲る。最終的には弱さを見せたほうが淘汰される。こうして何世代もの人たちが時代を築いてきた。それに逆行するためには徹底的に自己の正当性を訴え続けなければならない。例えば、自分についてくればこの先不安なく暮らせる、だとか、自分たちは正義のもとに戦っているのだから負けるはずがないだとか。内容はどんなものでも良い。それに共感して付いて来てくれる人さえ居れば良いのだ。それが今恥も外聞もなく晒されている。彼は気付いていない彼のその叫びが下にいる兵士達に聞こえてしまっているということを。
下からざわざわと喧騒に満ち始める。王はそれによって思い出す。自分が衆目に触れた場に居るということを。顔が青くなっていく。状況を知らない兵士達からすれば、先ほどの叫びでは唯国に何かしらの脅威が迫ってきていると言うことしか分からないが、勘の良い人は分かっているかもしれない。彼の頭の中でぐにゃぐにゃに思考が纏まらなくなっていく。結果的には自分の正当性を語れてなくなる。語らなければ自分の命は助からない。逆に話してしまえばこの危機的状況を脱する事はできるが、その後、国民を騙していた事が公になる。一つの綻びでどこまで王族への不信感を強めるかは私にも計り知れない。だが、一つだけ言えるのは、人権どうこう言っている団体などにルルの件について厳しく追求されることだろう。
「弁解しなくて良いのか。今ならまだ間に合うかもしれない。」
煽るように言葉を紡ぐ。頭の中が混乱に陥っているからか返事はないが、一応は聞こえていないことはないだろう。多分、必死に打開策を見付け出している。どうすれば丸く収まって自分たちが助かることが出来るのか。頭の中にはそんな都合の良い空想が入り乱れている事だろう。どうしたって完全解決する方法などありそうもない。つまりは、どちらを優先するかというだけの話なのだ。国の地盤を優先するか、自分の命を優先するか。どちらか一方しか私は求めていない。どちらにせよ、私はこの一件を終えればこの国ともオサラバなので、彼らの選択がどちらであろうと大歓迎である。その結果が面白ければどちらでも良い。但し、全く面白くない結果になったら、私はどうしてしまうか分からない。彼らが最終的に選んだ道は結局、ルルに関することを認めるという結果だった。私が二人の口から大きな声で言わせる。ルルにどんな事をして来たのか。そして、王子は王子ではなく、実は第二王女だったということを告げた。非難が殺到するかなと思っていたが、特にそういうこともなく、非情に面白くなかったためロープを引き上げた私は剣を向けてこう言う。全く面白くなったから娘達の好きなところを挙げていってくれ。そういうと、言葉に詰まりながらも容姿から性格まで様々な回答が得られた。予想よりも親ばかだったことが判明した瞬間だった。二人を屋根上に放置した私は剣を収めて一人でパイプを伝って降りた。二人はその内業者が助けに来るだろう。
王室の窓から侵入すると、物思いに耽るロロナと退屈そうにしているティリーン。そして、平伏しながらも涙を流すルルの姿があった。私はティリーンに近寄ると、メフィーリゲが何処に行ったのかと問い掛ける。よくよく考えてみれば、ティリーン達と一緒に連行されるかした筈なのに彼女の姿を一切見ていない。彼女は問いに、自分が暴れ始めた時に何処へかに避難して行ったとの事だった。ならば、彼女を探さなければならない。そう思い立った所で、幼い姿のメフィーリゲは普通に扉を開けて戻ってきた。大丈夫かと聞くと、何事もなかったかのように頷くので、それを信じることにした。外傷などもないようだし、心配するようなことは起こっていなかったと思われる。
「では、そろそろ出国するとしようか。」
まともな飯でも食べておきたかったが、今更飯を食っている暇はないだろう。誰か料理を作ってくれと我儘を言いたい気持ちを堪えて、そうだなと返す。泣く泣く出て行く準備を整えていると、突っ立っていたロロナが何処に行くつもりだと慌てた様子で素に戻っていた。何処に行くもクソもない。何処かに行かなければ、王族を捕らえて脅迫した罪で死罪も有り得る。人様のゴタゴタで殺されては堪ったものではない。それが分からない彼女ではないだろうが、今は混乱しているのだろう。事実だけを伝えてやると、彼女は自分と結婚すればそれもどうにかなると強引なことを言ってきた。そう云う問題ではないと言っても彼女は聞く耳を持ってくれない。妹のことは大体解決したのだからもうそれで良いだろうと諭すが、彼女はとんでもない爆弾を落とす。
「貴様に惚れてしまったのだ!女に言わせるな!!」
唐突な告白にたじろぐ。どう返してやれば良いのか分からない。真正面から愛情をぶつけてくるところを見ても、女というよりは男っぽいところがある彼女だが、その頬の朱は完全に乙女のそれである。言葉に詰まっていると、ロロナはぐんぐんと此方に近付いてきて、返答を教えろと強い口調と鋭い目線を向ける。告白というより宛ら敵を見るような表情で待ち受ける。そこへガタガタと大多数の足音が響く。やっと私の足取りを見付けた輩が到着したという訳だ。この部屋の外に居た奴らもメフィーリゲが普通に入ってきたところを見るに外に出ていたのだろうから、脱出するのなら今しかない。
「残念だが、時間切れだ。私なんぞに惚れんでもお前なら引く手数多だろう。幸せになれよ。」
私はティリーンとメフィーリゲを連れて走りだした。振り返らないようにして扉を開き、城の内部を探ってきたと言うメフィーリゲの指示に従って道を辿っていく。馬鹿正直に正面から出ればバレることも必須なので、裏道と思われる方から出て行く。建物を抜けて次々と路地を抜けると、掃き溜めのような場所に出る。浮浪者が一斉に此方を見てきたが、その厭らしい視線も一人を壁に叩きつけて半死状態にすると火を散らしたように逃げて行った。手間が掛からなくて助かると思いながらそこを抜けると、ようやく国を脱したようだった。やっと抜け出せたかと思い、私が振り返ると思わぬ光景を目にさせられる。