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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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カネグォイ  7

 ルルの猛進が開始する。適当に見えてもその実、一閃一閃が極まった動きをしている。あの抜け道で見た彼女の剣技よりも練度がかなり上回っているところを見ると、洗脳とやらは別に男に見せるだけでなく、戦闘の面でも配慮が行き届いている。全く以て面倒な仕掛けを考えてくれたものだ。しかも、脱走されたと言うことは頼んだ本人たちがこれを希望していたのかも怪しい。もしかしたら勝手にこれをサービスされたという可能性もある。尚更面倒だと考えながら攻撃を回避する。放たれる攻撃の一つ一つが斬撃を放ち、建物の柱や壁、床、天井などを見境なく傷つけていく。このままでは建物のほうが先に崩壊してしまう。倒壊でもしたら建物の下敷きになって皆お陀仏であるのでそれだけはなんとしても回避する必要がある。私は急速に頭を働かせる。彼女を止める最善の策は何か。パッと出てきてくれれば良いが、それほどに頭が回る人間ならば、彼女たちなど放って出国している。頭が悪いからこそ此処に残るという選択を行ったのだ。そんな私が何を思いつけるかという来たところ勝負だったが、その問いに対して私は答えを出すことがどうしても出来なかった。思い付くのは、もうルルを本気で痛ぶって戦闘不能にしてしまう方法。だが、これには欠点がある。呪術によって支配されている人間が死ぬまで無理をする可能性がとても高い。つまりは、戦闘不能にする予定がそのまま殺人になってしまう可能性を孕んでいる。そうなれば、ルルを救うという任務は未達成であり、胸糞が悪い結果だけが残る。一か八か賭けるべきか。


「悪く思うなよ。」


 私は賭けてみることにした。無い頭を幾ら捻った所で大した答えが導ける訳でもない。ならば、こうして思い付いた事を淡々とこなしていこうではないか。半分ヤケクソではあるが、失敗しても一歩前で引けばどうにかなると適当に結論付ける。相手も知り合いではあるが、人形のように人間味がないので叩きのめしやすい。独房で一人悲しく鍛錬した成果を此処で発表することにしよう。


 右足を一歩後ろに引き、腰を低く構えると、腰の左に挿してある剣を右手で掴む。左手は自然な形にして空に留めておく。イメージを形成していく。相手を切り崩す線を脳内で演算させて線に添うように剣を引き抜く。この工程を一瞬で行う。魔力については、考えずに出来るだけ無意識に使えるように練習したので、勝手に魔力は最適量とはまだまだ程遠いが、それなりの量を放出する。それは何も身体能力の為のモノだけではなく、現在振るっている剣にも特別な作用を起こしている。ルルの専売特許である放たれる斬撃。あれを擬似的に再現するために私なりの方法を用いる。猛攻を続けていたルルも勘付いたらしく攻勢を緩めて、攻撃を弾く為に体勢を立て直した。しかし、私のほうが膂力においては利がある。ありったけの力を込めて振りかぶると剣の側面で防御をした彼女を剣ごと吹き飛ばす。


「がはぁっ!!」


 壁に凄まじい勢いで衝突した彼女は壁にヒビをつけながら吐血する。心配したロロナが駆け寄ろうとするが、ティリーンによってそれは遮られる。それでも行こうとすると、ティリーンによって物理的に押し留められた。彼女も私がどういう研鑽をしたのか興味があるらしい。その瞳は爛々と輝いている。


 ルルを吹き飛ばした私は周囲を確認すると、彼女の元へと足を伸ばす。まだしっかりと立っている彼女には悪いが、これから始まるのは一方的な戦いだ。もう遅れを取るようなことはしないし、手加減もしてやるつもりもない。私の攻撃が収まるのは、彼女が動かなくなるか、降参、または死に掛けたときだ。それまでは非情になろうと決めた。再び鞘に剣を戻すと先程と同様の構えを取る。そして一気に加速する。内股気味にした両足を一斉に踏み出すことで猪突猛進を実現する。問題点は左右にズレたり出来ないことだが、これほどの速度になると相手が左右の行動はそれほど気にしなくても良い。避けられたのなら仕方がないというスタンスである。彼女の手前で私は又しても鞘から剣を放つ。避けられないと考えた彼女は無策とも思える行動に出る。大剣を両手で持つと、地面に突き刺すように叩き付けた。煙が舞い視界が塞がれるが、もう一直線上に存在していることや距離は完全に把握しているので問題ない。そのまま剣を振るう。だが、その剣は彼女を捉える前に下から風によって塞がれた。勢いが後ろに逸れたので体勢を崩すが、急いで後退して状況を立て直す。


 何が起きたのか。とても強引だが私の編み出したこの居合術には効果覿面であった。地面に剣を突き刺したルルは荒い息遣いを隠し切れずに立ち尽くしていた。気付いていないかもしれないが、彼女の爆発的な攻撃のせいで彼女の両親は壁の方まで転がされている。いったい何がなんだが分からないが、迂闊に近寄るべきではない。本能がそう私に語りかける。しかし、ここで止まっては男ではない。突き進んだ先に見える光景を見てこそ男というものだ。そういう理念のもと、私は再度同じ攻撃の準備をする。


 根気だけで身体を奮い立たせて同様に駆けていく。ぼんやりとした彼女にはしっかりと攻撃が届く。そのまま切り裂いてしまうと絶命してしまうので風圧だけで彼女を再度壁に叩き付けた。まだ身体を起こそうとするが、疲労が溜まった身体が第三者的な力を用いても持ち上がらないので、その場で伏したまま芋虫のような動きしかできない。身悶える彼女を尻目に私はやっとのことで王たちの前に立つ。もっとも、彼らは気も失ってしまっているので彼らからは見えていないだろう。もし目を覚ましたのなら地獄を見ることになっていた。しかし気絶しているので幸運といえば幸運である。過程を知らずに済むのだから。幸運な夫婦を讃えながら私は彼らを両肩に背負ってロロナに手頃なロープはないかと訊ねる。ティリーンに抑えつけられていたロロナは使用方法の開示を求めたが、此方が却下を宣言すると、呆気無く引き下がった。やはり彼女にとっては両親はそれほど優先順位が高くない。彼女の中では妹がぶっちぎりで一番上に居座っている。だからこそ、私は容易にロープを入手出来た。後は、楽しい楽しい遊戯の時間だ。ロープと彼らを背負い、窓を開けて近くに水道を通すパイプが無いか確認する。強度も確かめると、それの金具の部分に足を乗せる。勿論、単純に大人三人分の体重を如何に丈夫なパイプでも支えることは不可能なので、魔法の応用で発生させた風を下から吹かせることで重さを少しだけ和らげる。風に身を任せながら、同時にパイプで進路を見定める。夜風は寒くもあったが、我慢できない程でもない。


「よいしょっと」


 爺臭い決め台詞とともに到着すると彼らを屋根の上に野晒しで下ろす。命綱はまだ付いていないので、寝返りでも打とうものならコロコロと転倒し、この高さだ、死に至るだろう。そんな絶望的な状況にもかかわらずのほほんと気を失っている彼らはある意味肝が座っているとも言うが、本人たちはそんなこと露程も考えていないだろう。気持ちよさそうに寝付いている彼らに先ほど入手したロープを括りつけて、頭を斜面になっている屋根の地面に直行する方向に向ける。二人を仲良く結ぶと、私はロープのもう片方を屋根の上にカネグォイのシンボルだという胡散臭い国旗に括りつける。自分の信じた国旗に身を任せられるのだ。国王としてコレほど嬉しいことはないはずだ。満足いく締め方が出来た後は、予定通り彼らを引き摺って屋根から突き落とす。急に締まる胴体のロープに看過された為か、呻き声を上げて二人は起床する。状況を理解できるはずもないのでとても狼狽えている。一国を背負う人間がこの程度で驚いてどうする。理不尽な問いかけに彼らは答えてくれない。全く、人の言うことはちゃんと聞くべきだと習わなかったのか。


「そのままあの世に行きたくなかったら此方を向け!!」


 暴れ回っていた二人のロープを此方で人為的に揺らしてみる。彼らは一般的に見ても痩躯な部類なので軽々と揺らすことが出来る。そのことで慌てふためいた大人二人は精一杯の言葉と表情で媚びを売る。人の醜い部分と云うのはこうやって他人事の視点で見ると、見応えがあるものだ。一定の満足をした私がロープから手を放すと、彼らは一斉に息をつく。流石長年夫婦をしているだけあり息は合っている。感心しながら私は一番の質問を彼らにぶつける。それは二人が頼ったという洗脳師とやらについてだ。ルルについてはそれほど関心が強いわけでもないし、私の推測が当たっているのならば、この質問によって彼女の症状がなにから来ているのか判断つく。


 戸惑った様子の夫婦は口々に洗脳師の情報を述べていった。容貌は、赤い特徴的な髪に年齢が低いためか身長は低い。不気味な印象がある大人びた少年。そして名前をカイと言った。ドンピシャで私の予想が的中した。私が魔法を教えてもらったのもよくよく考えれば彼が私に呪術を掛けたからだったか。レジェノでも私達に刺客を送り込み、レヴァを利用。果ては元盗賊団のアジトにおいて彼は姿を消していた。まだアチラ側の大陸に居るものだとばかり考えていたが、彼も此方に招き入れられていたらしい。メイカの実の弟でもある彼はどうやら私とも因縁のようなものがあるみたいだ。それと、彼が居るという事は、レヴァも来ている可能性が高い。新しい仲間や関係で構成されつつあったモノに前の因縁が絡んできているようだ。今更来た攻め入りに不安がない訳ではないが、負けるつもりは毛頭ない。ルルに掛けられた呪術を見る限りでは、彼は相当なパワーアップを果たしている。それは間違いない。でも、たかが呪術のスペシャリストというだけで勝てる戦いなどとうに過ぎている。絶対に負けない。


「有難う。大変参考になった。」


 安堵を浮かべた二人は答えたのだから早く引き上げてくれと催促する。天邪鬼な気持ちが芽生える。焦らすように力を一点に受ける屋根の切れ目の部分のロープを手で弄ぶ。その度に上がる悲鳴がなんとも心地よい。このまま遊んでいたくなるが、異変に気付いた兵士達が下の方に集まりだした事を見ても時間を持て余している余裕はない。息を吸い込んだ私はそろそろ本題に入るため呼吸を整える。



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