カネグォイ 6
ちゃんとした説明を行えないのが悔しいのか顔を顰める。あの表情を見る限り何か裏がありそうだが、それを探ることで余計な手間を要するのであれば、私は潔く手を引く。ティリーンは恐らくその手間を考えている。だから私だけの判断では彼女らの言う事をはいそうですかと認める訳にはいかない。少なくとも、事情も話せないようでは協力する気にもならない。黙り込んだロロナの横を通過していく。国のゴタゴタに付き合うにしてもこんな強引なやり方ではいつか足元を掬われていただろう。それが今日だったというだけの話。変革するだけの器量を持ち合わせていないのであれば、人生には妥協という選択肢がある。第三者はそれを諦めだと馬鹿にするかもしれないが、その選択は勇気の要るものである。それが出来たというのなら立派なものである。諦めないと言うのは、事柄の度合いによるが蛮勇である確率が高い。自分に合った生き方をするべきだ。
眉を寄せたロロナは固く口を閉ざしていたが、私の服の裾を掴んで止めた。あまりにも弱々しかったため、外すことは容易に出来たが、彼女の覚悟を容易く躱したくはなかったので、一時停止する。ティリーンも彼女の次の行動に注目しているのか、足を止めた。緊張感が現場に漂う。見たところルルでさえも姉が何を言うのか固唾を呑んで見守っている。つまりは、彼もあと何が隠してあるのか存じていないと言う事だ。本人にも分からない事実がそこにあるのだろうか。何度も口を閉ざそうとした口が漸く言葉を紡ぐ。
「ルルは……実は女なんだ。」
衝撃的な発言に私とルルは絶句する。というか、彼が、いや彼女が気付いていないのはおかしくないか。ルルは自分のことなのだから知っていて当然だと思うのだが。あの泉で一緒にそう思えば彼女が異常に恥ずかしがっていた事を思い出す。心は男になっていたが、身体は女の反応をしたということだろうか。複雑の心境で私は目線をティリーンに送る。すると、彼女は何だ気付いていなかったのかと一息つく。どうやらティリーンにはその事実がお見通しだったみたいだ。ロロナが嘘をついているという筋は消えた。じゃあ何故彼女が男の格好をして自分が女であることを忘れていたのか。その答えをロロナは国の問題を交えて教えてくれた。概要にまとめると、王の子供が女しか居らず、王の子種が使いものにならなくなったため、養子を取るか娘のどちらかを結婚させなければいけなかった。だが、養子は王族のプライドに関わるし、娘の内で婚儀が結べる方のロロナは国の戦力としてまだまだ活用したい。一方、世間に発表すらされずに、温室で籠の鳥のように育てられたルルは生まれつき身体が弱く、出産に耐え切る力を持ち合わせていない上に、これと言った才能を一切見出されなかった。私から言わせてみれば、彼女は剣の才能を秘めているのは明らかであるし、師事をした側が唯無能だっただけだと判断せざる得ないが、今それを言っても仕方がないので省略する。詰まるところ、有能すぎる姉のせいで劣等的に見られた妹はどうにか政治利用できないかと画策された。結果、王は専門の洗脳師という男に依頼し、ルルを男に仕立てあげた。記憶も怪しくなっており、幼いころの女だった時のものは改竄されているらしい。
「自分は何もすることが出来なかった……だから、今度は自分がルルを救いたいのだ!」
決して逸らさない瞳は轟々と輝いていた。その目には強い気持ちが篭っている。あまりにも輝いているせいで此方が目を逸らしたくなる。横目でティリーンを見ると、どうするのかと判断を仰いできた。どうするもクソもない。こんな情熱をぶつけられたのならば、少しは手伝ってあげようではないか。だが、彼女の掌で転がされるのは癪なので私達のやり方でルルを救う。彼女がやりたいのは、自分を私に捧げるという犠牲を払って大事な妹を救おうというものだ。何と傲慢な話だろう。私は一言でもロロナと交わりたいと言ったか。断じて言っていない。そんな間柄なのに彼女を捧げられても私にとってみれば迷惑極まりない。話はそんな面倒なものではないはずだ。態と目をそらしているのかもしれないが、要は跡継ぎがいないのを認めようとしない彼女らの両親が問題なのである。王女の両親だから王と女王か。その偉そうな役職についている二人を尋問するなりして分からせれば良いのだ。如何に自分たちの行っている物が自分の娘達を苦しめていたのか。それだけの話しである。話は早いほうが良い。自己完結した私はロロナに王と女王の現在地を訊ねる。すると、彼女は立派な装飾の彫られた存在感のある王座を指した。理解に苦しむが、ティリーンの台詞によって解決する。
「喧しかったので頭をかち割ってやったのじゃ。うだうだと喋る割に中身の詰まっていない脳味噌じゃったわ。」
王座の後ろから見える二組の足はどうやら話題の人物だった。事の経緯を説明するのならば、最初に事件として起こったのはティリーンが王の脳天に拳を落とし、気を失わせた事があったそうだ。それによって事態の収拾に駆り出されたロロナがティリーンと日を跨いだ長丁場を演じていたみたいだ。詳細を言うのなら、まだ人間としての常識があるメイカの状態である時に王は彼女に詰問したらしい。その状況でティリーンが目を覚ましてしまい、いきなり罵倒を受けたティリーンは煩わしく思って黙らせたそうだ。なんとも直情的な神獣様である。しかし、今回に関してはとても都合が良い。探さなければならない相手が直ぐ側にいたのだ。思う存分苦しめて娘の苦労とやらを実感させてやろう。高まる鼓動を抑えながら私は二人に近づいて行く。ティリーンはその様子を見守り、ロロナは既に状況に絶望している。邪魔する人間は居りはしない。そう考えていたのだが、実際のところは一人だけ抵抗する者が居た。男装をした少女は私の前に立ちはだかると生気のない目を私に向ける。折角、お前を助けてやろうと言う話をしていたのに空気がよめない奴である。どこから持ってきたのか両手で持たれた大剣は存在感を露わにしている。
「ルル、そこを退け。」
端的に命令するが彼女は一切の遠慮もなく斬り掛かってきた。風圧を纏った強靭な一撃。牢獄であの鍛錬を行っていなければ、この一撃は大きく勝敗を分ける一撃だっただろう。しかし、見たことのある技を研究しない私ではない。現に、一回参考にさせてもらったくらいだ。原理としては、大型の質量のあるモノを高速で振るうことで風が後追いして鎌鼬のような剣撃を飛ばすという異次元地味た技。この技には根本的な回避方法がある。それは発生された風を此方も打ち消すように放てば良い。所詮はその程度で効果を抹消される地味な技だ。
慌てたように彼女は大剣で一振り牽制してから後ろに退く。分からない時は一旦引くのは利口な考え方だ。しかし、それは利口すぎて手の内を晒しているようなものだ。私は一緒になって追随し、彼女の腕を掴む。ビクついた彼女に構わず、私の方に手を引く。ガラ空きになった胴体部に膝を食い込ませると彼女は腹を抑えながら膝を地面に着く。
「別にお前と戦いたい訳じゃない。さっさと問題を解決させてここを出たいのだ。何故お前が邪魔をする。」
極自然なことを聞く。彼女にはこれを邪魔する理由が全くと言っていいほど存在しない。もし血の繋がった家族だからなどと戯れ言を吐こうものならもう一発キツイのを入れて目をさましてあげようとすら考えていた。しかし、彼女の返事は想像を絶するものだった。彼女は言った。自分はそういう風に出来ているからだと。何の隔たりもなく、詰まりもせずにそんな気持ちの悪い事を言ったのだ。子供を自分の都合の良い風に使っていた親に向けてこんな言葉を使う人間が気持ち悪くないわけがない。相変わらず生気の篭もらない死んだ魚の眼は、無感情でしか無い。淡々と言われたことを熟す人形のようだ。人形。そこで一つ思い出されるモノがあった。そう思えば、ローナルで操られていた人間たちも最低限の言葉以外は人形のようではなかったか。それに関連して、彼女を男化する際にロロナは洗脳師という単語を出していた。思い当たる節が考えれば考えるほどに出て来る。コレほどの洗脳、いや呪術をあのメナカナの魔道具もなしに実現できるのは彼しかいない。あの大陸を離れてもう会うこともないだろうと考えていたのは浅はかな考えだった。私は周囲を見渡すがもう既に彼の気配を感じることは出来ない。もう引き上げた後だったということか。一周して私の目線は彼女に戻る。もし私の予想が当たっているのならば、これは私達のせいでもある。躊躇いもなく腹に膝を入れてしまったが、謝る必要があるみたいだ。私は彼女に頭を一回下げると、強襲する。どんなことをしても彼女が言う事を聞くようには出来ないだろうから、裏技を用いて彼女を治めることにする。最近使用していないので使えるか分からないが、やってみるしか無いだろう。
大幅な接近を許したルルは慌てて剣を振るうが、彼女の本来の力が全然出し切れていない。避けるのも容易だったので、華麗に回避してから、彼女を羽交い締めにする。ロロナの方から非難する声が聞こえて来たが、構わず私は呪術を実行する。思い描くのは幸せな感情。そのありったけを彼女にぶつける。頭を鷲掴みにして精一杯送り込む。だが、ルルは必死な抵抗をする。一応効いているみたいではあるがルルは実行の最中に私の拘束を逃れて激昂した。初めてこの呪術が失敗した。逆上させてしまったので状況を悪化させてもいる。こればっかりは予想通りとはいかなかった。ルルに掛けられている呪術は私の予想の何倍も上をいっていたことの証明になる。どうするべきかと頭が痛くなる。