カネグォイ 4 ※ロロナ視点
愉快な闘争を終え、自室の騎士団の棟にある一室。団長室でふかふかの綿を積めた沈む椅子に重々しい鎧を剥ぎ捨てて身を任せる。完全なプライベートスペースとして用意されている此処は、普段、自分以外が訪れることはない。それを良いことに、便利な個室として利用させてもらっている。こういうところに第一王女である証を感じるが、それで何かを背負う様な性分でもないので、有り難く享受する。一息つけば、違う重圧が漏れ出す。外では凛々しくあろうと眉根を寄せて務めているが、実際、自分はそういう種類の人間ではない。今でも寝るときには愛用のルルちゃん人形が無ければ、おちおちと寝付くことさえ叶わない。衣服すらも脱ぎ捨ててソファーに寝転がる。そこには勿論ルルちゃん人形が置いてあり、ほぼ下着だけの姿で彼女を抱き締める。顔を埋めて愛しい我が愛妹である彼女を模した人形に問い掛ける。
「ふふっ、ルルよ。もう少しだ。もう少しの辛抱だ。」
直接彼女に伝えられない思いを人形に乗せる。意味など皆無に等しいのだが、それでも自分が自分を保つ為にはこれがどうしても必要なのだ。完成度の高い人形は纏っている衣服の彼女の物を流用しているので、仄かに本人の匂いがする。頭を撫でてやるとニッコリと微笑んだようにさえ思う。こんな可愛らしい少女が今、国のために性別を偽って生活している。苦悩の果てに家出まで敢行した。それでも彼女を男装させる両親に強い疑問を持つ。全く関係のない人間を拘束したことにも疑問が絶えない。しかし、その中で彼らには感謝しなければならないことがある。あの牢獄に入れられた男は只者ではない。剣を交えて好戦的な目を見て、動きを見た。観察の結果、短絡的な思考回路を持っているようだが、その実力は末恐ろしいものがある。あれほどの強者ならば、この国の王として相応しい。それに直ぐに女を求める本能も素敵である。彼とならさっさと子孫を残すことも出来るだろう。本当であれば、一生ルルと共に純潔を守り抜きたいが、これもあの娘のためである。ルル・ルーディンと偽名を使ってまで逃げ出した我が妹ルル・カネグォイをどんな方法を用いても救わなければ死んでも死にきれないのだ。
ここで一つ、自分の生まれ育った環境について説明を入れておこう。自分たち姉妹は、カネグォイの王と第一女王の間に生まれ落ちた。カネグォイ王は、複数の妻を抱えていたが、子種が非常に非力だったため、中々子を宿す事が出来なかった。そんな中生まれた自分は、彼らに多大なる祝福を受けた。欲しいものはすぐに手に入ったし、やりたいこともさせてもらっていた。そして、生まれ持っての身体能力から遥か祖先である英雄の生まれ変わりとまで賞賛された。見も知らずの人間と比べられるのはプレッシャーではあったが、その御蔭でトントン拍子に出世コースを上り詰めることが出来た。十代になる頃には戦場を駆け抜け、悪人を成敗していた。あちこちを転々とする生活が続いた。どれだけ倒しても消えない相手に疲弊もしたが、仕事自体に不満はなく充実した生活を送れていたと思う。戦うことが幸せだった自分にそれ以外の幸せが増えたのはその時だった。戦いを終えて久し振りに家に帰ると、心配しきった親と見知らぬ少女が此方を見上げていた。誰だと聞くと、父が自分が出払っている間に授かった子供だと教えてくれた。言われてみると、金色の美しい髪やキリっとした目元などは自分と同じだった。まるで小さい頃の自分を見ているようで、必要以上に彼女を甘やかした。身体が弱く容姿以外に優れた所があったわけではないが、そのどんな話にも笑顔を浮かべてくれる態度が疲れていた自分の特効薬に気付けばなっていた。そんなある日のこと、父であるカネグォイ王の定期検査で彼の子種が完全に死に絶えたという一報入る。その結果、我が国にはもう跡取りが存在しない事になった。子供はどちらとも女であるから政略結婚でもして跡取りを作れば良いという話だったのだが、父はロロナ・カネグォイという国の戦力が結婚によって使用できないことに焦りを覚えていた。だからこそ判断を見誤った。彼は王室育ちで口外もされていなかったルルを突然、王子として育てると機密会議で決定させたのだ。その時、自分は外に出払っていて、彼女を助けることは出来なかった。気まぐれに帰って来た時には、笑顔が花咲いていた面影は消え、無表情で男装をさせられていた。どうしてそういう格好をしているのかと、慌てて近寄ると、一人称がボクになっており、どこがおかしいのかと焦点の合わない目で答えた。はっきり言って背筋が凍った。直ぐに父にそのことを問い質しに赴いた。そこで概要が説明された。説明されても自分にはそれが正しいことであるとは思えなかった。だからこそ反論もした。父はそれに対してこう言った。
「これも国のためだ。」
その一言で解決しようとしていたのだ。更に逆上した。だが、事態がそれによって解決することはなかった。好転することもなく、結局はルルが飾りの王子として君臨することになる。洗脳されたのか唯両親の言う事を文句も言わず従う様は、異様という他なかった。そんな彼女がとある一件で、一度だけ両親に逆らった。手負いの獣を彼女が両親が捨てて来いと言ったのに隠れて保護していたことだ。逆鱗に触れたらしい両親はその事で彼女を強く叱咤し、最後には獣を殺処分した。凄惨な現場は熟練の兵士も目を瞑るほどだったと聴く。
壊れていた彼女の心は更に軋み、崩壊を迎える。以前以上に喋らなくなった彼女は虚空を見つめるばかりで碌な反応をしなくなった。都合の良い存在として扱われることに諦めをつけようとしていたのかもしれない。言うならば、これが第一反抗期の終焉だった。人間には二度の反抗期があると言われている。一度目は赤子の頃合い、そして次は成長期の頃合い。人一倍に優しかった彼女の遅すぎる第一反抗期はすっかりなりを潜めた。しかし、二度目が予想だにしないタイミングで現れた。夜も深まった頃、彼女は何の前触れもなく行動を開始した。武器庫から盗んだ身なりに合わない大剣を両手で抱えて外との行き来が出来る門まで急ぐ。門番を何の躊躇いもなく斬り殺すと、男性用の鎧を剥ぎ取り、重たい身体を引き摺りながら姿を眩ませたのだ。この報告を受けた時、遂にこういう事になってしまったかと頭を抱えた。姉らしいことが一切出来ていない自分に大きな重圧がのしかかった。これは可愛い家出などではない。彼女にとってみれば、命がけの脱出。本当ならば彼女のその野望を成就させてやりたい。しかし、彼女のやった方法では上手く行かないことは目に見えていた。夜更けは化物の時間。ルルが襲われる前に助け出さなくては、部下に伝令を伝えた後、自ら先陣を切って捜索に乗り出した。
捜索は難航した。周辺を探ってみても一切彼女の痕跡を辿ることは敵わなかった。増々不安が募って焦燥感に駆られるものだから、余計に細かい所に目が行かなくなり、視野が狭くなっていった。でも、そんな自分だから彼女があの不浄な沼の先、つまりはあの穢れた土地に連れて行かれたのだと気付くことが出来た。小さい時から、あの沼の話はよく言い聞かせられた。その昔、平和に暮らしていた此方側の人間をメフィーリゲという邪神に唆された人間たちが攻め入ってきたのだそうだ。そして、その穢れた願いは他の神を怒らせて、あの沼を増水させた。良くない物を詰め込まれたあれには邪神も手を出すことが出来ずに、撤退を余儀なくされた。結果的に、あれの御蔭で邪神を向こう側に封印することが出来た。それで物語は終了する。しかし、この話には続きがある。封印をよく思わない人間たちの復讐とそれを打破する男の話である。邪教に狂った人間は姿を化物のように変え、そこかしこで此方側の人間を攫い、陵辱の限りを尽くしたそうだ。物語はそれに業を煮やした男が発起人となり、化物の掃討を行うという勧善懲悪の話である。でも、もし化物がまだ居たとしたら。か弱い彼女が犠牲者になってもおかしくない。急いで不浄の沼に向かった。すると、そこには清らかな泉が存在し、あの悍ましい姿はなかった。更に緊張を極めた自分たちは遠方でルルらしき人間が緑色の肌を持つ化物に連れられているのを見たという報告を受けた。前が見えなくなっていた自分は報告を受けるとともに駈け出した。部下たちを置いて一人突っ走っていった。もう自分しか回りにいないくらいになった時に漸くルルを発見する。彼女の周囲で演舞を行うハゲ頭達は一通り踊り終えると、彼女の服に手を掛けて脱がそうとして来た。ルルの柔肌を汚すような真似に憤り我を忘れそうになる。だが、それは横から入ってきた恵まれた図体の男によって阻止される。一発の攻撃で相手を仕留めた男が敵を睨むと、恐れをなした化け物どもは山の深部の方へ帰って行った。
あの後、ルルの様子を隠れながら見守ってから自分は引き返した。そして如何にも今国から出向したという面持ちで彼らを捕らえたのだ。でなければ、あんなタイミングで彼らを見付けられる筈がない。一応彼を留める為に罪人として捕まえたが、その御蔭で剣を交える事もできた。結果は上々。行動が読めない所があるが、そこは寛容に受け止める。絶対に彼を逃がす訳にはいかない。
彼にはルルの代わりにこの国の王になってもらわないといけないのだから。思惑をまとめていると普段鳴らないノックの音が部屋に響く。どうしたのだと思ってどうぞと促すと、部屋の扉が開く。失礼しますと言って入った男は、目を見開いて驚いてから目を逸らして報告をする。どうやら彼の連れが暴れまわっているらしい。面倒だが先に片付けておく必要があるだろう。では行こうかと言ってから自分が下着しか着ていない事に気付く。部下に部屋から出るように命令してから赤い顔のまま服を着ていった。羞恥の抜けない顔で部屋を出ると急いで現場に向かった。




