ローナル国 1
宿は手分けして探すことになった。流石にミラは一人にするわけにもいかないので私は一人で、ユラはミラと二人でといったように分けて捜索を開始した。ユラ達の後ろ姿を見送った私は一階の大広間の中央部に聳える巨大な電光掲示板に目を見やった。食事処にはフォークのマークが付いていたり見やすくデザインされているところにはとても好感を持てる。しかし一階に宿屋がないのは彼女らと分かれる前に確認済みなので一応見洩らしがないか見ただけである。ユラたちは地下一階を探索するとの事だったので私は地下二階にエレベータという箱状の乗り物で下の階に向かう。エレベータには沢山の人が乗っていて乗ったはいいものの面積自体は大したことのないので、エレベータ内はギュウギュウの押しくらまんじゅう状態だ。こんなに窮屈な思いをするのなら階段でも良かったなと少し後悔していると、目の前の肌の黒い女性が顔を赤くしてその鋭い目でこちらを睨んでいた。意味の分からない私は虫の居所でも悪いのだろうと思い、できるだけ身を離して顔を逸らす。すると、彼女は険しかった表情を更に険しくしてこちらを睨んできた。まったくもって理不尽ではあるが、厄介事に巻き込まれるのもごめんなので声も掛けず、目的地に着くまで我慢した。
目的の地下二階に着いたので降りると、降りて直ぐの所で右腕が誰かに掴まれた。振り返ってみると、先ほどの褐色女性で白衣を着ていることから学者なのだろうと思う。彼女は長くウェーブの掛かっているブラウンの髪を私の腕をつかんでいない方の手で苛立ったように掻き上げると、その鋭い眼光で睨みつけ、口を開いた。
「アンタ私のお尻触ったでしょ!」
予想だにしない変化球に私は思わず素の声で私がかと愚直にも質問し返した。この女性の臀部を触ることに私にとってどんな意味があるのか。純粋に意味がわからなかった。
「トボけたって容赦しないわよ、女を舐めてるでしょ。」
ふんと擬音でも聞こえてくるくらいの勢いで女性は鼻を鳴らす。困ったことになってしまった。どうやら彼女は本気で私が痴漢を働いたと思っているらしい。確かに改めて見ると、彼女の身体は出るところ出ていて健康的に肉付きを持った良い体をしているが、今の私は唯でさえそんなことに気を向けるほど心に余裕が無い。通常時ならきれいな人だなと目を向けるくらいはするだろうが、痴漢なんてする度胸もなければ技術もない。それにエレベータの中では彼女とは向かい合わせになるように立っていたのだ。どう考えても抱きしめるようにでもしない限り臀部まで手が届かない。
彼女にそう説明すると、彼女は唸るように考えながら確かにと言った。しかしそれでは気が収まらないのか彼女はこちらを見上げてじゃあと言った。
「なんで私から目を逸らしたの?疚しい事があったからじゃないの。」
今度は誂うような口調で聞いてくる。
「いや、睨まれていたので直視し続けるのもどうかと思いまして。」
私の返答に彼女はムッとしながら何か起こってそうと思ったなら助けなさいよと逆切れ気味に怒られた。正直この理不尽な女性はあまり好意的には思えない。どうしたら現状もわからない私が彼女を救えようか。そもそも私にも目的がある。こんなところで長話をしている場合でもない。早く宿を見つけてユラやミラに癒してもらいたい。
言葉にはしなかったのだが彼女は私の気持ちを読み取ってかジト目で見てきた。その目は、面倒くさい女に絡まれたと思ってるんでしょと的を射た内容の非難が読み取れる。
「まぁ、何にしても誤解だったのならいいわ。一応自己紹介をしておくと、私はメロル・ヴァイラル。ここの研究者で情報魔科学を専攻しているわ。」
よろしくと言って掴んでいた手を離してその手を差し向けてくる。私もよろしくと返してからその手を握る。彼女はその手を触りながら確かに私のお尻を触った手はこんなにゴツく無かったわねとあっけらかんと言う。まだ信用していなかったのかと怒りを通り越して溜息が溢れたが、幸いにも彼女の耳には届いていなかったみたいでお咎めはなかった。
「それよりアンタはこんな所で何してるの。どう見ても研究者っていう出で立ちでもないし、旅の人かなんか何でしょ?宿屋なら地下一階にあるからそっちに向かうのがセオリーだと思うけど。」
彼女の見解は大筋間違いはない。それにしても良いことを聞けた。宿屋が地下一階にあるのだとわかればここに用事は特に無いことになる。私は宿屋を探していた旨を伝えて一言お礼を言ってからその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと、地下一階って言っても相当広いのよ。そこまで案内してあげるわよ。」
彼女はがっしりと私の腕を掴んでそう言った。確かにそうしてもらったほうが無駄な時間を使わなくとも済むが、この女性と一緒に行動するのは非常に疲れそうで気が乗らない。ああとかええとか要領を得ない返答を繰り返していると、メロルはああ面倒くさいと自棄を起こしてように私の腕を両腕で抱えるとそのまま引っ張るように連れられた。女性なのに随分と男らしい性格をしているなと引きずられながら私はぼんやり考えていた。
再び窮屈なエレベータに乗り込んで上に上がり、そこで降りてからメロルの案内に従うがままに私は見慣れない景色を見渡していた。暫くすると手持ち無沙汰になったメロルはアンタは何処から来たのと当り障りのない質問してきたのでここからそこそこ離れた田舎であることを伝えた。すると彼女も田舎の方の出身であることを語ってくれた。夢をかなえるためにこの国で研究をしているのだそうだ。親孝行のために自分が最低限生活できるお金以外は全て仕送りとして地元の家族のもとに送っているらしい。小生意気に見えても私よりも大分年下に見えるが私よりしっかりしている。この性格も誰も知り合いのいなかったこの国で生きるためには必要な物だったのかもしれない。
「着いた着いた。ここよ。」
そこが宿なのかぱっと見では分からなかった。青みがかった白塗りの壁に宿屋とは書いてあるが、そこには従業員はおらず、無機質な機械が並んでいるだけだ。内装も外装と同じ色で中には大きなカプセルのようなものが寸分狂わぬ正確さの間を空けながら整列させられており、どう使うのかもさっぱりわからないと言わざるえない。メロルはにやにやしながら私の困惑姿を見ていたが、少ししたらメロルがネタばらしと言わんばかりに使用方法を伝授してくれた。
大体使い方が分かった頃くらいにユラとミラも到着した。よくよく考えて見れば二手に分かれた所で連絡手段がないのだから二度手間だったなと気付いたのは丁度その頃だった。
「あのそちらの方は?」
「……どなた?」
二人は私の隣に立っていたメロルに対してそう質問する。どう説明しるべきかと思案していると、メロルが私の肩を叩き、任せておけと言わんばかりに胸を張って前に出た。
「私はメロル・ヴァイラルと言います。彼にはエレベータで痴漢にあっていたところを助けてもらったんです。彼の奥様と娘さんでありますよね。彼にはお礼として私から案内役をかって出たんです。本当にお優しいご主人で羨ましいです。」
誰だこいつ。そのセリフが脳内を駆け巡った。そもそもエレベータで痴漢に遭っていたところを助けたなんて事実はない。しかし話の都合上内容を変更して説明してくれたのだろう。彼女はそのセリフを一片の詰まりもなく言ってから、それではと上品に手元に手を置きながら去っていった。何というか演技がうまいのか下手なのかわからない人である。
一応、先ほどの説明でユラとミラは納得してくれたので文句はないが、釈然としない気持ちが蔓延していた。
まだ寝るには少し早いと感じた私達はカプセルの予約だけを済まして宿屋を出た。二人によるとこの階は主に旅人が集まるところらしく至る所に食事処や日用品店、武器屋や防具屋が軒を連ねている。お金があまりない私達は何かを買ったりするわけではないが、どんなものがあるのか散策して回った。ついでに言うと、この国でも紙幣は全世界共通のものが使える。と言うか、使えないところのほうが少ないのだが無いことはないので少し安堵している。潤沢な資金があるというわけではないから完全に安心できるわけではないが。
「おとうさん……あれ」
目をキラキラ光らせたミラが私の服を引っ張りながら指を向ける。その方向を目で追うと、そこには芸の一団が居り、愉快に芸を披露しながら客を集めている。人々はその足元に小銭を投げて対価を支払っていた。それにしてもミラもこういうのが好きなのかと思うと嬉しく思う。あっちこっちに連れ回しているのは私なのだこういう娯楽を楽しんでもらえるとありがたい。ミラが喜ぶとユラも喜んでくれるので二重で嬉しいのだ。
一通りの芸が終わると辺りからは拍手が鳴り響く。一団はみんなで揃えるようにして頭を下げるともう一度大きな拍手が巻き起こった。
「面白かった。」
普段表情の薄いミラが笑みを作ってそう言った。何が一番気に入ったかと聞くと、剣を用いた華麗な剣技と言った。理由はキニーガの里の人がやっていたのが好きだったからと言った。彼女の中のキニーガの里の存在は大きい。私はそうかと言って彼女の頭を撫でた。相変わらず見守っていたユラも少し涙腺の緩んでいたのがなんとなくだが分かった。
「よし、そろそろ宿に戻るか。」
気分を切り替えるために少し大きな声で宣言する。彼女らは私が気を遣ったのが可笑しかったのか少し笑いながら同意をした。
宿屋に帰ると人は混み合っていた。やはり予約しておいて正解だったなと感じながら受付に置かれた端末で処理を済ませ、三人でカプセルに向かった。お金の都合上二台しか借りれなかったがユラは大丈夫ですと言ってくれた。金欠である自分を情けなく思いながらも私はユラの優しさに甘えることにした。どちらにせよお金を稼がねばと思い立ったのは多分この時である。明日はメロルにでも会って何か日雇いの仕事でもないかと聞いてみるのもありかもしれない。ユラとミラもであるが、私も今日は散策中に少し食べたくらいしか食べてないので腹が減っていたが、カプセルの中の快適な環境に気付けば眠りについてた。
次の日、私はもう少し辺りを散策してみたいという二人と分かれて、メロルが居るであろう地下二階に向かった。その辺りを歩いていればいずれ会えるだろうと考えていたがよく考えなくともこの広いフロアの中で目的の人と偶然出会うなど中々の確率だ。ノープランできたが、どうしようか。そんなことを考えていた私の後頭部にチョップが炸裂する。
「またこんなとこに来て……何か用?」
振り向くと片手に大量の資料を抱えているメロルが写る。これは運がいい。私は昨日考えていた仕事の件を聞いてみた。すると、ああそれならいいのがあるわよと言うのでそれはどんな仕事かと聞こうとすると、彼女は只付いてくればわかるとだけ言った。仕方ないので私はドンドン進んでいくメロルの背中を追いかけた。