表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
118/151

カネグォイ  2

 次々と完成していく料理を一品一品味わいもせずに口に放り込んでいく。上品な飾り付けも私の前では意味を為していない。それどころか食べづらいからやめろとまで言う。料理人としての意地があるからか、幾ら言っても豪奢な装飾は行われていたが、途中からは気にせずに構わず口に入れていった。自分でも考えられない量が胃を満たしていく。詰め込むように食べると、最後に水を呷って一息つく。食べ方は汚かったかもしれないが、私からしてみれば大満足の料理だった。味は全体的にさっぱりとしたものが多い印象であったが、要所要所で現れる大量の肉汁を孕んだこってりとした肉に最高の旨さを感じた。一切残さず完食すると、私は感謝を込めて彼らに頭を下げる。戸惑いを見せている彼らを背に私は宛てがわれた牢屋に向かって歩き出す。最初からこの予定だったので、私からしてみれば当たり前の結果だが、何か他のことを覚悟していた彼らにとってみれば拍子抜けだったみたいだ。一々覚えていなかったので帰り道は焦ったが、手短な兵士に道案内を頼む。勿論、強引な方法は用いていない。唯、独房まで帰りたいから道を教えてくれというと、重犯罪者をあまり刺激したくない兵士の慎重な対応が見られただけだ。道中、倒れ込んでいる兵士や看守に目を見開いていた彼だが、しっかりと私を送り届けるという任務を完遂し、持ち場に帰っていった。鉄の柵が折れて空いたスペースから牢の中に入る。硬いベッドには不満があるが、野宿することを考えれば大したことはない。寧ろ快適なくらいである。目を閉じると直ぐに睡魔は遣って来た。やはり満腹であるというのは素晴らしい。


 もう熟睡まであと一歩という所で、鉄の柵を蹴る音が響いた。もう少しで寝れそうだったのに常識のないやつだと憤慨していると、そこには私をここに連行して来た女騎士が立っていた。話があると言ってきたが、私には無いので帰れというと、彼女は額に血管を浮かべて、拒否権はないと怒鳴り散らす。ヒステリックを起こされては堪らないので、億劫な上体を起こして彼女に目線を向ける。どういう要件でもいいからさっさと言って帰ってくれという雰囲気は崩さない。やる気のない私に腹の底が煮えくりかえっているであろう女は、一旦クールダウンすると、真顔に戻して、抜け出した件について詰問して来た。私は腹が減ったから食事を分けてもらいに言っただけだと主張する。


「そんな理由で納得できるかッ!!」


 短気と言うのは端から見ればこんなものなのか。先程まで自分もこんな感じだったのかと思うと、あの時関わった皆に申し訳なく思う。実際に謝ることはないが、心の中で位謝っておこう。それはそうと、全く引くつもりのない彼女の対処をどうするべきかと考える。何故彼女がここまでキレているのかも理解不能だし、もし私がこの場で暴れ出したらどうするつもりなのだろうか。牢はもう柵は滅茶苦茶だからあってないようなものだ。私が良心を失い襲いかかれば身の危険くらいあるのが分かるだろう。もしかしてそんな事を気にしないでも良いくらい強いのだろうか。空腹が満たされると、闘争心が甦ってくる。無意識に筋肉が高鳴り、気付けば私は立ち上がっていた。食後の運動を手伝ってくれるかと申し出ると、彼女は顔を真っ赤に染めて破廉恥だと叫ぶ。冗談を言えるほどに余裕が有るのか。これは楽しめそうだと剣は使わずに拳を向ける。胸元で手を合わせていつまでもモジモジしているのは私を挑発しているのだろう。ならば、その喧嘩に乗らせてもらおう。


 小手調べに小走りで彼女に接近する。顔面に一発入れようと思って拳を放ったが、何を思ったか彼女は目を閉じて唇を突き出した。私はそれが何かの儀式だと感じ取り、拳をずらす。拳撃は彼女の顔の横に放たれて、結果的に私が彼女に寄り掛かるような態勢になる。これが彼女の手の内なのかと判断し、私は後退する。その場から動かない女は何やらブツブツと呟きながら顔を手で包み込む。それに何の意味があるのか憶測も出来ない。底が知れないのだ。これほど恐ろしいことはない。とっておきが出る前にどうにかしたいところである。もう一度突貫しよう。そう考え行動を始めようとした時、彼女は腰の剣を抜いた。本気を見せるというのだろう。緊張感が漂う。此方も剣を取るべきかと試行錯誤するが、彼女の様子を見るにまだ本気を出す様な勢いではない。多分、相手も此方の出方を窺っている。ならば、無闇に手の内を明かす必要もない。彼女のつぶやきで唯一聞き取れたのも自分より強い相手じゃないとどうとか。よくわからない言葉ばかりだったので、口の戦いでは彼女に軍配が既に上がっている。だからこそ、違う場所でフォローしなければならない。集中はしっかりと出来ている。女の踏み込みを捉える。完全に殺す気だ。彼女が放ったのは喉元を狙った突き。直撃すれば即死の可能性もある。態と私を油断させたというのか。本気を出していないフリをして本命を出してきた。手の甲で弾いて身を反らすことで回避は成功したが、今のは危なかった。距離を縮めた彼女には警戒すべきだ。そう考えているのも束の間、彼女は連続攻撃を惜しみなく繰り出す。捌ききれずに何発か良いものを食らってしまったが、勝負を終えるにはまだ早い。いつまでも体力を保つ人間などは存在しないので、彼女の体力の底を窺う。彼女もそれに気付いたようだったが、途中で勢いを殺すような真似はしなかった。何か仕掛けでもあるというのか。しかし、こう見る限り、唯単に連続で剣を振るっているようにしか思えない。


「フン、ガス欠を狙っているのか。ならば、残念だな。」


 全然疲労を見せない彼女は、撃ち合いの最中も一切息を切らさずに質問してきた。此方の方が先に体力にガタが来そうだったので、返事を返さずに黙って素手で剣を弾き返すと、ニヤリと口角を上げた彼女は、大胆不敵にも答えを自ら提示する。言葉で表すなんて無粋な方法ではない。即打ちの剣技を加速させてみせたのだ。つまり彼女はこう言いたいのだろう。まだ本気ではないと。ゾッとする話だが、常人では不可能な器用さと無尽蔵な体力がそれを実現している。現に、唯の体術だけではもう間に合わなくなり、生傷が増える。回復も追い付いていない。此方も本気を出さなければこのまま一方的に嬲られて終いだ。それでは私も彼女も楽しめない。一旦距離を開けた私は剣を取る。追撃してくるそれを受け取ると、逆に弾いて此方が攻勢に出る。剣は女騎士と同じ平均的な長剣を模してある。同じ土俵に立つことは愚か者のすることであるが、愚か者にも考えがないわけではない。相手の攻撃を考察すると、手数が多い代わりに一撃一撃の重さは大したことはない。実際、私は数発受けてしまっているが、ピンピンしている。精霊の回復のおかげでもあるが、それにしても致命傷はない。つまりは理不尽な身体能力の内に筋力はあまり大きな割合を占めていない。と言うことは、その彼女の弱点を上手く突けば勝機は見えるという寸法だ。


 剣が交わり火花が舞う。美しい光景を前にして目を奪われながら頭はフル回転。導き出された方法はえらく単純な方法だった。先ずは、作戦決行の為に突貫する。餌を前にした肉食獣のように目をギラギラさせた彼女は割りと単調な振り下ろしを披露する。私はそれを最小限を意識しながら回避する。彼女もこの動きは想定していたのだろう。振り下ろした剣を少し手前に引くようにしながら横に薙ぐ。それを確認して、私の目は輝く。予定通り弱い彼女の威力に瞬間的に魔力で筋力を上げた分を加算した膂力をお見舞いする。流石に彼女もコレには驚きを隠し切れないようで、壁に向かって吹き飛ばされる。しっかりと受け身も取れていなかったため、目を白黒させている。弱っているところ悪いのだが、手加減をしてやる余裕はない。倒れこんだ彼女の上に乗って剣を彼女の首元に添える。私の勝ちだ。そう確信した瞬間、私の背後に強烈な衝撃が走る。


「勝ったと油断したな。」


 したり顔の彼女は鼻を鳴らす。なんと彼女はマウントを取られた姿勢から私の背中に蹴りを入れて驚きを与えて、その隙を縫ってあの拘束から抜け出した。まさかの事態に恐ろしさを感じる。何よりも組み敷かれた状態であれだけの威力のある蹴りをはなてるのは、それだけで凄い才能だ。私には無い物を彼女は無数に持ち合わせている。全く以て劣等感を刺激される。だが、だからこそこの相手に打ち勝ってみたいと思える。不敵な笑みが溢れる。意図を汲んでくれたのか彼女も愉しそうに微笑む。


「次はいただく!」


 彼女の振り下ろしと私の振り上げが交差する。衝突部からは華麗な閃光。一撃一撃が先程より更に重い。互いが互いを分かり合うように剣戟は重なり合う。戦闘の相性がとても良いのだろうか。事前に打ち合わせをしたというわけでもないのに剣は思った通りのところに流れて、逆も又然りと言った感じだ。決着は遂に最後まで着くことはなかった。お互いに精根尽き果てて同時に倒れこんだ。彼女はまだ体力を残しているのかもしれないが、少なくとも私は空になるまで使い果たした。冷たい石畳が熱くなった身体を癒やしてくれる。寝っ転がると、壁に背を預けた彼女が息を上げながら立ち上がると、此方に段々と近寄ってきた。剣を置いてきているのを見るに、止めを刺しに来たというわけではないみたいだ。それならそれでこれだけ楽しい戦いをしてくれたのだから受け入れるが、一体にどうしたのだろうか。


 ニンマリとご満悦な彼女は私にロロナ・カネグォイという名を名乗った。手を差し伸べられたので手を借りる。自分の名乗ろうとすると、彼女は手で制して名は聞かないと断言する。折角良い戦いをした仲なのだから、名乗るくらいさせて欲しかったが、彼女の次の句を聞いて目が点になる。


「お前はカネグォイの次期王に相応しい男だ。だから、名は聞かない。」


 頭でもおかしくなったのかと心配する。そして心配している内に彼女の名前が連行中になんとなく聞こえた国の苗字と同じである事に気付く。まさかとは思うが、一応どういう事かと問う。彼女は漢らしく私を抱きしめると、自分がお前を欲しているに決まっているだろうと堂々と宣言した。何がどうなったらそうなるのか甚だ疑問であるが、私が何かを言う前にロロナは高笑いをしながら帰って行った。ボロボロになった牢屋の前で私は呆然としてから、そこにふて寝した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ