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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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カネグォイ  1

 一時睨み合った私と騎乗の女はこのままではいつまでも決着がつかないことを悟った。平行線をたどるのは目に見えていたので、ここは彼女の方が先に妥協案を申し入れた。それは他の連中には手を出さないからお前だけでも捕らえられろと言うことだった。何故捕まらなくてはいけないのかと反論したいところだったが、空腹のためか考える事自体が段々憂鬱になってきていたので、私はその言葉を信じて剣を下ろした。メイカは納得がいかない様で、拳を突き出していたが、即座にそれを止めさせて、私は一人悲しく連行される羽目になった。メイカたちは兵士達の見送りの元、彼らの国の宿に招待されるそうなので、何かあれば私を気にせずに逃げろとだけ伝えておいた。女騎士の後ろに縛られた状態で繋がれた。此方が無抵抗というのにぞんざいな待遇を強要してくるものだから、何人か首を刎ねたくなったが、今はそれどころの騒ぎではないほどにお腹が空いているので、取り敢えずはさっさと無実を証明して旨いものでも頂くことにしよう。


 女騎士に連れられたのは、何故か拘置所。塀が軒を連ねて、柵の向こうからは遠慮のない目線がナメるように向けられる。まるでこのまま牢屋にでも入れられそうなイメージだ。昔一度入った時のことを思い出す。あれはあれで鍛錬に身が入ったので楽しかったが、今回はそもそも冤罪であるので、無実の立証をしておしまいである。


「入れッ!!」


 牢屋群を通り過ぎた先にある要人の一室に入室させられる。彼女に無理やり頭を下げさせられて入室すると、チョビ髭を右の人差し指と親指でなぞる男が私を確認した。もうとっくに機嫌が悪くなっている私の眼光を前に彼は目線を反らす。何か疚しい事でもあるのだろうか。それならばそれでも良いから、さっさと開放してくれと心の底から思う。後手に組んだ中年の男に私は自分の無実を告げる。うんざりとした気持ちをしっかりと伝えることが出来たであろう。そう思っていたのだが、何時までたっても彼らは私を開放してはくれなかった。更に私の表情は険しくなっていく。やっていないどころか、王子とやらを見掛けたこともないのにどうやって攫えばよいのか。良かったら教えてくれと挑発までするが、怒るどころか何も喋らない。これでも独り言のようで面白くもない。怒りのパラメータがグツグツと煮え滾っていく。そろそろ拘束を力づくで解いて暴れまわろうかと考えている内に、黙りこんでた男が唐突に口を開く。


「うん、君は実刑だね。」


 思わず怒りを通り越して呆れた。どう考えたらそうなるのか私には理解できない。私の腕を女騎士が掴むと歩けと命令してくる。呆然としていた私は無意識に引っ張られた方向に足を動かす。全く納得がいかない判決に私の心模様は大荒れになった。しかし、ここで暴れればメイカ達に危険があるかもしれないと、今更ながら冷静になる。舌打ちを溢しながら私は彼女に引っ張られていった。


 連れられたのは独房であった。一先ず、あのギュウギュウ詰めの牢に入れられないことには感謝を持つ。意味を変えれば、それだけ私が重犯罪者と扱われているということになるのだが、それは王子の誘拐とやらを実行した犯人という事になっているのだから仕方のない事だろう。無遠慮に背中を押してくる女騎士には大変腹が立つが今はなんとか腹の底で抑えている。女が牢屋の鍵を開き、私を強引に牢の中にぶち込むと、何重にもした鍵を掛ける。逃がすつもりなど一切ないという意思が有り有りと伝わる。最後に此方を睨みつけると、鼻を鳴らして出て行った。コツンコツンという小気味良い音が石畳の廊下に響く。私は彼女の背中を見送ってから、硬いベッドと剥き出しの便所しかない部屋を見渡す。一応窓もあるが、高所にあり、その上逃げられないように柵がしてある。厳重なセキュリティだなと感心する。そもそも地下にあるらしい此処は地上の光など一片も入ってこないので、窓をつける必要があったのかという話ではあるが、要望でもあったのだろう。


「さて、どうするべきか。」


 早速行き詰まった。鉄の柵を掴むと引っ張る。限界の力を出せば曲げれないわけではない程度の強度だ。此方には何故か没収されなかった黄金の剣まである。何時でも抜けだそうと思えば可能だ。しかし、それが問題になり、メイカ達に何かあるかもしれないと考えると、気が気でない。彼女に打ち勝つ程の人間が居るとも思えないのだが、念には念を入れておく必要がある。彼女ももう一度失うような真似は何が何でも避けなければならない。考えが纏まらず私は硬いベッドに身を沈める。倒れこむと反動で痛みが走るほどにカチカチのベッドに悪態をつきながらも、腕を頭の後ろで組んで思考を巡らせようとする。でも、空腹に打ち勝つ事が出来ずにそのまま項垂れる。本当ならもう何かしらありつけていたであろうに、面倒な事情に巻き込まれてしまったものだ。私が一体何をしたというのだろうか。段々と苛立ちも覚える。大体、理不尽な扱いだ。身に覚えのない罪で送検されて逮捕だ。もう訳がわからない。何も考えたくなくなる。いっその事、全てを破壊してここを脱出し、市街地で暴れ回って暴飲暴食を繰り返したい気分だ。漏れ出た魔力が反応して思考が凶暴化していく。自覚もあるのだが、抑えるという感情を現在持ち合わせていないので、垂れ流し状態を止めようともしない。


 気付けば私は眠りについていた。と言うより、あまりの空腹に気が遠のいたといったほうが合っている。だから、私が気を取り戻したのも食事関係だった。美味しそうな匂いが私の鼻腔を擽り起床させる。慌てて起き上がると、いつの間にか独房の隅に一杯のスープと一切れのパンがトレイに乗せられて置かれていた。私の行動は早かった。前のめりになりながら食事に手を付けると、その場で野生の動物のようにむさぼった。人間らしい尊厳はその時は完全に失われていた。一瞬で平らげると私は更に飯が欲しくなる。微妙に食ったせいで抑えが効かなくなっていたのだ。余計に腹の空いた私は、飯だけ食って戻ってくれば良いだろうと言う暴論に行きつき、全力全開で鉄の棒をひん曲げる。そこに一切の躊躇もない。筋肉の動きに耐えられなかった骨が砕けるが、直ぐに回復させて、まるで屍のようにゆっくりとした足取りで出口を目指す。


 徘徊するさまはさながら亡者のようだった。自分で言うのも何だが、大変気持ちが悪い動きをしていたと思う。だが仕方がなかったのだ。人間の三大欲求である食欲が満たされていない。これは人間の生命活動に於いて大事なウェイトを占める。つまりは、それが満たされていなければ人間としての理性のある活動など出来るはずもない。穴のない完璧な理論に基づいて私は匂いをたどる。食事を出されたと言うことは、近くに調理場があると考えて間違いない。左右を取り囲む囚人達の驚きの声など全て無視してのろまな足を動かす。廊下を通り階段をあがると、鍵で閉められた扉と居眠りしている看守がいる。鍵を開けてもらいたいので肩を叩いて起こすと彼は驚きのあまり腰を抜かして倒れこむ。


「き、貴様!どうやって抜け出した!!?」


 全く格好の付かない状態でも気丈に振る舞う男の言葉を無視して、私は彼の首元を持ち訊ねる。


「食堂はどこだ」


 何を聞かれてもそれだけを答えると、彼の本能で危険を察したのだろう。小便をチビリながら私に鍵を渡した。私としては食べ物のある場所を教えて欲しかったのだが、貰えるものは貰っておこうの貧乏くさい精神でそれを受け取ると、鍵を開く。すると、予想以上に入り組んだ廊下が現れたので、道案内のために彼の服の襟を掴んで引き摺っていく。これで迷う心配をしなくても良い。何と頭の良い考えなのだろうかと自画自賛しながら彼に時折質問をし、正確なルートを通って外に出た。何重にも兵士が立っていたが、全員顔面に一発ぶち込むと大人しくなってくれたので、楽にことは進んだ。


 気持ちの良い空気を肺いっぱいに吸い込むと、陰鬱だった気分も回復の兆しを見せる。ここまでの道案内をしてくれた彼は口から泡を吹いてもう話すこともままならなくなってしまっていたので、可哀想だがここに放置して、私は一人で食料を探しだした。地下同様、入り組んだ構造になっているので手こずらされたが、なんとか匂いをたどりに調理場まで進入することに成功した。前置きなくしれっと入ったのだが、直ぐに騒ぎが起きる。調理師たちは慌てふためいて命乞いをした。彼らは何かを勘違いしているというのには、時間を置かずとも気付くことが出来たので、私は殺す主旨を予め伝えてから何品か食べ物を作ってくれと申し出る。すると、今は王子帰還のお祝いの為に大量の料理を作っている最中であるので、余分に使える食料がないと言い訳を始める。それならそれで仕方ないのだが、ソイツのせい牢屋に打ち込まれていると言うことを思い出すと、無性に腹が立ってきた。何故私がソイツのために我慢を強いられなければならないのか。普通に思考が出来る時であれば、今の私の主張が理不尽なものであることは分かるが、如何せん、この時は空腹からかなり機嫌が悪かった。一旦気に掛かった事は意地でも覆したくないという頑固さをこんなところで披露してしまう。


「王子とやらの分を食わせろ」


 短気になっているせいで直ぐに剣を抜いてしまう。心に余裕が無いせいで呼吸も荒れる。悲鳴が轟いた調理場が震撼する。調理長は急いで部下に数品を作るように指示を出す。部下はそれでもと食い下がるが、責任は自分が持つという彼の格好良い一言に部下は泣く泣く要件を受け入れる。彼の覚悟を受け取ったのだろう。感動的な話ではあるが、そんな茶番をする暇があったら、さっさと手を動かせと苛立ちを覚える。



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