謎の抜け道 4
本格的にやばいと本能が感じ取る。赤肌の男は鼻を鳴らしながら棍棒を数度素振りすると、ゆっくりと此方に接近してくる。鈍重にみえる彼ではあるが、回避時の俊敏さを見る限り、遅いということはないだろう。力も強くて速さもある。これを強敵と呼ばずして何と呼ぶのか。私は答えを持ち合わせていない。しかし、だからこそ闘志が燃え上がる。軋んでいた肩も早々に治り、今度は別の策に打って出る。要は彼の攻撃範囲外から攻撃できればよいのだ。メイカのように自在に魔法を駆使することの出来ない私は、別の方法を思いつく。それは、少し前にルルが見せてくれた技。あの大剣を駆使して風圧を起こし、それを鋭利にイメージする事で、敵を切り裂くあれを思い出す。ぶっつけ本番であるから、練度は期待できないが、今のままでは私は彼に勝つ手段がない。ならば、少しでも可能性があるものに賭けてみたい。
ゆっくりと息を吐く。片手で持っていた柄を両手で持ち、水平に構える。身体より後ろの方に意識を向けながら目を閉じて、精神を集中させる。情報の取捨選択を明文化する。要らない情報は切り捨てていく。次第に目の前の敵以外の情報は消え失せていき、必要最低限の情報を最大にする。五感を冴え渡らせながらしっかりと目を開いて、目の前を見据える。
「ーーー!!!」
慎重さを売りにしていた彼が、私の力量を見切って襲い掛かる。敵を分析した結果、これ以上慎重を期す必要もないと判断したのだろう。見事にその予測を打ち砕いてやる。棍棒を片手に私の頭部目掛けて飛び込んできた彼に対して、私は砂漠地帯で学んだ最低限の回避に加えて、態と大袈裟に距離を取る。回避は予想の範疇だったのか素早い切り返しを見せた彼は振り返りざまに棍棒を振るうが、そこには私は居ない。もう少し距離の空いた位置で私は中腰で居合の構えをとっていた。隙の出来た彼に口角を上げながら私は渾身の力を込めて、斬撃を繰り出す。それはルルが放った様な綺麗なものでは決してなかったが、そこそこの威力を伴った斬撃は確かに放たれて、男の胴体の肉を削った。予想外のダメージに悲鳴を上げる。のたうち回るように苦しむ彼に追撃として普通の剣撃を叩き付ける様に加えると、程なくして息を引き取った。重量のある大剣で何度も容赦なく叩きすぎたせいで原型がわからない程に潰れていたので、確実に死に絶えていると見て間違いない。流石にやり過ぎたとも思ったが、先に襲ってきたのはアチラ側であるので、文句は受け付けない。
「お疲れ様でした!」
ニッコリ笑顔のメイカが私の肩を叩いた。血だらけであるのであまり触れないで欲しいところではあるが、彼女の厚意であるし、素直に受け取っておく。そんな彼女に隠れるように顔を出したメフィーリゲとルルは青褪めた顔を隠しもせずに死体を見下ろす。もしかすると、メフィーリゲはともかくとしてルルはこれが初めてなのかもしれない。今回の相手は人型でもあったし、最初はきついものがあるだろう。生き死にの戦いをしていれば、その内慣れる。口元を抑える彼は私を睨みつけると、ここまでする必要があったのかと当たり前の質問を投げ掛ける。だから、私も当たり前の答えを返す。必要がなければしないのかと。聞いた彼はそうかと消え入るような声だけを漏らして黙り込む。
人間に近いモノだからそう思うだけで、いま口元を抑えている彼だって、少し前に低身長の化物を何体も屠っている。私にはそれとこれの違いがよく分からないが、彼の中では何か思うところがあったのだろう。若しくは、私の殺し方がまずかったのかもしれない。動かなくなった相手を徹底的に嬲る様は見ていて気持ちの良いものではないだろうし、不快感を覚えられても何も不思議ではない。
「うーん、この角から考えても、肌の色から考えても人間である可能性は非常に薄いですね。見たことのない人種という可能性も捨て切れないですけど、お兄さんの魔力を纏った状態とサシで渡り合えていた事を考えても、人外である印象を受けます。」
メイカの冷静な推察が始まる。血だらけの死体に遠慮無く手で触れて、質感なども確かめる。そして魔力的なものがないか確認している。その様子を見ていたメフィーリゲは痛々しそうな表情を浮かべながら、だらりと動かなくなった男に近寄り、腰を下ろす。一時見詰めると、不用心にベタベタと触れているメイカに制止をかける。まだ検証が終わっていないメイカは少し不機嫌になったが、メフィーリゲのあまりにも悲痛な表情を前にして手を引いた。それを確認すると、彼女はこの存在について語り始める。
不思議な話しであるが、結果から言うと、あれは人間だった。そう、だったのだ。人間が変貌した姿。それがあれなのだ。領地を巡った泥沼の戦争が起こったことは前に聞いたが、滅んだ後についてはこれといって情報がなかった。彼女が言うに、完全に人間が滅ぶ前、飢え死ぬ一歩前までメフィーリゲに尽くす信者はいたらしい。だが、彼らの原動力は信じる力ではなく、恨む力だった。世の中の恨み言や卑下たことを自重無しで祈っていたのだそうだ。そして彼らも命の線が消え尽きた時、彼女は全てが無に帰るのだと考えていた。それが当たり前の事象であると。しかし、彼らは大きく彼女の期待を裏切った。倒れた男たちは死に切れなかったのだろう。死んだ後も起き上がって行動を続けた。神様である彼女から見ても、そのさまは異常であってはならない事だった。だからと言って、対策を講じるだけの力も残っていなかった彼女はそれを見守ることしか出来なかった。そんな彼女が長年の観察で気付いたのは、彼らが魔力を本能的に開放しているということであった。本来、魔力は誰にでも大なり小なり存在しているが、使用できるのは神だけとなっていた。メナカナの魔法も元を辿れば、神の模倣をしているに過ぎない。それを死んだ彼らは無意識的に発動させ、身体を魔法の都合が良い風に進化させていった。長い年月をかけて彼らは洗練されていき、人間らしさを失った代わりに強靭な肉体を手に入れたのだ。魔法で動く身体は魔力以外にいらないので、最小限のものしか口にしなくて良い。燃費の良い体には空気中の魔素だけで食い繋ぐだけの高効率が秘められている。以上のことが事の顛末だった。まるで絵本や小説に登場する化物のような様相は、魔法を行使するのに適した形を追求した結果だったということなのか。だとすると、私が苦戦させられたのも頷ける。魔法に頼っている私より上手に使い熟している彼のほうが一枚上手だったというだけの話だ。勝てたのはルルの戦いを学んでいたからに過ぎない。冷や汗モノの話の後に付け加えるように彼女はこうも言った。
「でも、彼らは昔、とある人物によって全滅させられたと聞いていたのぉ。だから、もう居ないと思っていたのだけどぉ。」
その話しに心なしかルルが反応を見せた様な気がしたが、気のせいだったのだろうか。彼はその後特に反応を見せることはなかった。それにしても、あんな化物が大量に跋扈されては流石に相手できない。此処を抜けなければならない理由が更に増えた。決意を新たに道なき道を進む気合いを整える。一体二体程度ならどうにかなるが、もっと多くの数を捌くことは現時点で不可能であることは、誰よりも戦った私が一番よく分かっていた。
あれよあれよと茂みを抜けていくと、見晴らしの良い所に出ることが出来た。てっきり砂漠に出るものだと考えていた私にとってはとても都合の良い話だった。長々とまともな食事と睡眠が確保できていない。こういう所に出たということは宿がある国に出会う可能性が高い。考えなく進むと、幸運な事に私達の前に大きな城門が姿を見せた。嬉しさのあまり飛び跳ねそうになったが、そんな私の服をルルが掴んだ。それによって若干落ち着きを取り戻した私が彼を見遣ると、彼はあの国には行きたくないと口にした。そう思えば、彼は家出をしたのだったか。彼がそう告げるということは、此処が彼の故郷ということなのだろう。でも、彼の事情は重々承知なのだが、私達にも退けない部分がある。もう限界が近い精神力をここいらで癒やしておかなければ、何処ぞやの道端で倒れてしまう。必死な説得にも首を縦に振らない彼に私はどうしたものかと頬を掻く。妥協点の多い彼が決して退かないところを見るに、親元との溝はかなり深いのだろう。それを直ぐに埋めることなんて叶わない。それならば、諦めるしかない。あったかもしれないご馳走に唾液を分泌させながらも、私は行かないという意思を固めた。彼を此処に置いて行くことが出来ないわけではないが、それは何故かとても躊躇われたのだ。私が諦めたのを確認すると、彼はそっと一息つく。
「行く、行かないと議論しているところ悪いのですが……囲まれていますよ。」
話し合いに夢中になって気付かなかったが、メイカの呼び掛けでハッとする。右を見ても左を見ても、見覚えのあるマークが目に入る。それは、砂漠地帯の戦争の時、横から割って入ってきた兵士達が身にまとっていた防具に付いていた国章だった。鋭い眼光を向ける兵士達は、道を開ける。一人の女が、私達の前に躍り出ると、動物に騎乗したまま私達を見下す。
「貴様らには王子誘拐の罪がかかっている。現時刻を以って現行犯逮捕する。」
一斉に捕まえようと飛び掛ってくる相手に剣で一閃を加えて牽制する。先走っていた連中は既のところでギリギリ当たらない程度の調節はしてある。こういうのは抵抗をすればするほど罪が重くなるそうだが、仲間に手を出されるくらいなら、そうなってしまったほうが幾分かましである。賊なんかと一緒にされては困る。私は剣を構えながら、代表格と思しき女に罪状について確認する。彼女は王子の誘拐と言った。私には大量殺人の覚えはあっても誘拐などというみみっちい事件を起こした覚えはない。