謎の抜け道 3
大きな掛け声とともに放たれた斬撃は私の想像を遥かに越えていた。彼は横に剣を凪いだ瞬間、目を瞑ってしまっていたため、気付いては居なかったが、振りかぶった時に大剣の側部描かれた意匠が輝きだし、薙ぎ払われるとともに光の残滓を振り撒いた。それに触れた万物はまるでそこに初めから何も存在しなかったかのように消え失せ、彼の回りの居た敵は全滅した。それから彼が適当に振るった攻撃は敵を次々と沈めていき、最終的には敵の増加量を大きく凌駕した。声も出ないというのはこういう状況を上手く表した表現である。度重なる攻撃に疲労が溜まったのか、敵を一掃し終えると、彼は臀部を突き出すようにして剣に体重を乗せて休憩に入る。荒い息を俯いた状態で整えるさまはどことなく厭らしい。彼にその自覚はないので、そんな思考に走っている私の方こそ厭らしいのだろうが、それは彼を見て言える人間が居るのだろうか。同性ながら異性のような雰囲気が漂う。
息を整え終わった彼は大剣を肩に担ぎ直すと不安そうに私を見上げてくる。何か問題でもあったのかと思い、そのまま伝えると彼はモジモジと照れながら、上手く出来たかと尋ねてきた。アレを上手くやっていないというのなら、大体の事象は上手くいっていないだろう。それほどまでに大絶賛すると、彼も頬を緩めていた。今回についてはメイカも彼に賛辞を投げていたから純粋に彼の能力が常人を遥かに超えている事がわかる。人外を相手にしていた筈だが、気付けば、此方の陣営のほうが人外染みているとすら思える。
一時の休憩を経て、私達は再び歩み出すこととなった。何故の敵襲もなんやかんやとあったが、意外にも直ぐ片がついた。それならば、此処に長居する理由はない。日も深まってきつつある。完全に深夜になってしまう前に、この見難い道をどうにか抜け出たいという思いがあったのだ。獣道を抜けて、その先の獣道を又抜ける。更に深まった所に進んでいる気がしないではないが、今更引き返すことも出来ない。何故なら入り組んでいて、北道がわからないから。マークなどの気休めは付けていたが、それでは対処できないほどの入り組み具合であるため、引き返していたほうが迷子になる可能性が高い。終わりの見えない道程というところをみれば、どちらを選択しようが変わらないところであるが、やはり、戻っているというより、進んでいるという方が士気も上げやすいのだ。道の途中では運が良いのか敵襲もなく、平坦な歩みだったが、体感ではあるがこの先に何かがあるという漠然とした気持ちが湧き上がってきていた。それが良いものなのか悪いものなのかはさておいて。改めて旅をしているような気分に浸りながらも長い道を進んだ。
「あれ、出口じゃないか。」
ずっと抜けた先。他との違いのない光の差し込む抜け道のそこには他では見ないものが存在した。それは木製で、もう古くなってしまっている看板であり、字を見る限り、数字などが書き込まれているため、里程標であると推測できる。内容については、知らない文字だったため、読み解くことは出来なかったが、この先に何かしらがあることが分かっただけでも僥倖である。自然と早まる足に合わせて、期待も膨らむ。生い茂った草木を退けて、身を出すと、木が自然にアーチを描いた天然の出入口になっていた。手で押してみてもびくともしないので、人工物かとも思ったが、それにしては複雑に組み合わされ過ぎている。これを手作業で行ったとなれば、相当な技術力が必要となるのか、検討もつかない。
繁々と細部を確認していると、向こうとこちらを分断するように綺麗に流れる川の向こう岸から微細ながら音が発せられた。川の音に紛れていたため、最初は気のせいだとも考えたが、木が落ちて他の木にぶつかる音は、生活音である可能性が高い。確かめるくらいはするべきだと判断した。原住民であるのなら、この辺りの地理に詳しい筈だ。そこまで幅のない川であるが、飛び越えるにはリスクがあるので、川沿いを歩きながら橋を探す事にする。橋がない場合も考慮して、下流に向かって下る。そうすれば、もし橋がなくとも浅瀬を渡ることが出来るからだ。誇らしげに言うことでもないが、我ながら名案である。
よい閃きをしたと悦に浸っているのも虚しく、橋は早々に見付かった。なんの捻りもない唯の丸太を繋げた物であったが、元々川が激流と言うわけでもないので、緊張感もなく一人一人さっさと渡っていく。ルルあたりが重い装甲のせいで、落ちそうになったが、その程度のハプニングしかないままに、私達は現場に赴く。
「この辺りだと思ったんだがな。」
丁度出入口の対岸にやって来た。来てみたはよいが、奥を覗いても人の気配一つない。もしかして本当に気のせいだったのだろうか。態々ここまで来たのに無駄骨かと考えていると、突然背後に気配が浮かび上がってきた。いち早く気付いたメイカの風によって危うくその相手の一撃は回避されるが、全く気付かなかった事に背筋が凍る。様々な強い人間を見てきたが、メイカが補助してくれていなければ、今の一撃で絶命していたかもしれない。私は冷や汗を浮かべながら剣を構える。もう一瞬の隙も作らない。すると、次はルルの方へ近寄る気配を感じ取ることが出来た。掛け声と共にルルの前に身を出して飛び出てくると予測した場所に剣を添える。予想通り飛び出てきた剣を私の剣が迎え撃つ。
「うおっ!!?」
筋力に絶対的な自信を持っていた私だったが、相手のあまりの膂力に後ろに飛ばされそうになる。なんとか腰を低くして威力を相殺することによって難を逃れたが、敵にも逃げられてしまう。あっという間に参上して、煙に巻くかたちで姿を眩ませる。見事な振る舞いに嫌な汗ばかり掻いてしまうが、相手にとって不足はない。一対一の戦いで実力が拮抗するような相手であることは間違いない。血が騒ぎ始めた私は皆を後ろに退かせて、自分だけが前に出る。彼女たちについても警戒を怠らないように注意をつけておく。剣を構えた私は周囲に目を向ける。何処からでも掛かって来いというスタンスは崩さない。頭の中で何重ものイメージを膨らませて、何処からでも対応できるように心掛ける。神経を研ぎ澄ませて、集中を一極に向けると、今迄気にならなかった程度の情報も正確に捉えることが出来る。すると、自ずと見えてくる。相手がどんな体躯で何処を移動しているのか。此方を迂回するような慎重な身のこなしが全て丸裸である。焦らすような戦法に態と掛かってやるというのも乙なものだと自分に勝手な言い訳を用意して、影に向かって直進する。思い切り目標に一閃をくれてやる。しかし思っていた手応えを感じ取れない。目を見開いて驚いていると、頭上から雄叫びが聞こえた。棍棒を飛び降りながら振り下ろす。咄嗟に剣で直撃を防ぐことは出来たのだが、威力が尋常ではない。剣を伝って恐ろしいほどの反動が手を麻痺させる。そんな腕が使いものにならない状況で、相手は私の横腹に蹴りを叩き込んできたので、為す術もなくそれを受ける。臓器が溢れ返りそうな嘔吐とともに遠方に蹴り飛ばされる。なんとか剣を杖にして立ち上がると、漸く相手の容姿に目が行く。
まず最初に目につくのはその赤色の肌。それに額から生えた大きな一角。見掛けは体格の良い大男のようだが、明らかに人間にはない器官が存在している。人外ばかりだと思っていたが、こういう輩もいるのかと戦々恐々とする。でも、それと同時に一種の興奮も覚える。人間にはない力を秘めた彼らと撃ち合えば、私は更に強みを目指すことが出来るのだ。闘争心というのは中々どうして捨て去ることは出来ない。端から見れば、馬鹿らしいと思われるかもしれないが、男の意地のようなものだ。昂ぶる気合とともに笑みを浮かべる。それに応えるように相手も構えを直す。
「はぁああああ!!」
掛け声に魔力を注ぎ込んで一気に漲らせる。あまり使うまいと思いながらも、ちょくちょく使ってしまうこの手だが、戦績は悪く無い。一つ欠点があるとすれば、身体に多大なダメージを残すところであるが、精霊の二人の加護がある今、そのデメリットも身を潜めつつある。かと言って、無理をし過ぎるとどこかでボロが出る事になるのだろうが、そんなことを考えて戦いなど出来ない。一瞬一瞬を楽しまなければ旅などしないほうが良いのだ。極論を武器にして、私は全力の状態で相手に相対する。角頭もなにか感じ取ったのか、容易に攻めてこなくなった。明らかに様子の変わった相手の出方を見ているだけにも見えるが、私にとってみれば変わらない。どちらにせよ、短時間で片を付けるだけの話である。
私は駆ける。間を埋めるのに一瞬の隙も与えない。そして思い切り相手に向かって剣を振り下ろす。しっかりとした手応えを覚える。しかし、剣は彼の肌一枚を削るに留まり、深部へのダメージを与えることが出来なかった。恐ろしいほどの強度がそこにはあった。それでこそ面白いと思いながら、次の策を練る。唯の長剣では大したダメージも与えられないところから考えるに、あれはとても強固な肌を持っている。ちゃんと肌が剥き出しになっている箇所を狙ったのにこの始末であるから間違いない。となると、更に威力の高い武器が必要となる。膂力自体は足りないという感覚がなかったため、武器をルルが使っている様な大剣に変形させる。アーモロによって形を変えた剣は大の大人の身長を超す大きな剣になった。これならばどうにかなるだろう。問題点は様々あるが、百聞は一見に如かずとも言うし、兎に角試してみるのが一番だ。そう考えると、私はずっしりとした剣を肩に担ぐように構えて再び突貫する。相手もそれは直ぐに分かったのだろう。今度は慎重な感じで回避されてしまう。そして剣を振ってガラ空きになった私に彼は棍棒を叩き付けた。私も回避運動はしたものの、ギリギリで左肩に棍棒が直撃したため地面に叩き付けられた。肩が外れてしまったのか、左腕も動かすことがままならない。二人の癒やしの精霊の加護によってそれは直ぐ様治癒されるが、激痛だけはすぐには回復しない。痛みを堪えながら剣を担ぐ。