謎の抜け道 2
多少の満足を得た私達に新たな欲求が生まれる。それはここ数日で溜まった汚れを此処で清めておきたいという当たり前の感情だった。まだ私のような無骨な男は良いが、メイカはうら若き乙女であるし、女神様も女だ。ルルは男ではあるが、身分が高かったこともあり、身体の汚れには過敏である。そんなこんなで、どうせ泉に来ているのだから身も清めようと言う事になった。勿論、皆で同時に入浴というわけにもいかないので、女性陣に先手を譲り、私とルルは彼女たちの見えないところまで移動して、周囲の警戒に当たる。ルルはどうにもメイカ達のほうが気になるのか視線を投げていたが、私が覗きはいけないと注意すると、観念したように頭を垂れていた。そこまで落ち込むことはないと思ったが、彼の思春期というやつなのだろう。あんな美人が近くで裸体を晒しているというのなら一目見たいと思うのも当たり前である。彼は見当違いだと云う顔をしていたが、おそらく照れ隠しと考えて間違いない。
木に凭れるようにして順番を待っていると、彼女たちから上がったと言う報告を受ける。手頃な大きな葉を乾燥させたもので体を拭い終えると、手早く彼女らは着替えを済ませたらしく、次を譲ってくれた。私は黙り込んでいた彼の肩を掴んで泉の方へ引っ張っていく。彼からは何故か抵抗されたが、理由を聞いても応えてくれた無いので、照れているだけかと判断した。泉の近くまで戻ると、メイカ達とバトンタッチして彼女たちが周囲の警戒に当たってくれる。あまり時間を掛けるのもあれなので、手短に身体を拭うことにする。私は脱ぎにくい民族衣装を悪戦苦闘しながらも脱ぎ下履きも放り投げてから、泉に飛び込む。頭まで浸かるほどの深さがあるので一気に汚れが落ちていった気になる。気持ちの良いものだと満悦していると、ルルが未だに脱いでいなかったので、さっさと脱いで早く来いと声を掛ける。すると、彼はとても恥ずかしそうに俯いていたので、もしかすると見られるのが恥ずかしいのかと気付く。これはデリカシーの足りないことをした。私は彼に背を向けて、そちらを向いていないから今の内に脱いで入って来いと声を掛ける。そうすると、やっとそちらから衣の擦れる音が聞こえてきた。何故か彼がやると扇情的に聞こえるが、気にしてはいけないところであろう。
「し、失礼するっ」
全く威厳も感じられなかったが、一応は彼にもそれが必要だったらしい。チャプンという音がしたので、漸くそちらを見向くと、体を包むようにしているルルはあまりの羞恥に涙目で私を睨みつけているが、そこでもう一つの事情に気付く。彼の身体は小刻みに震えていた。よくよく考えれば、砂漠地帯のせいで季節感が全く分からなくなっていたが、もう普通なら雪でも降ってもおかしくない季節。気温がそこまで低いと感じる場所ではないため気にしていなかったが、彼は寒さを感じているのだ。これは思慮が足りなかった。私は遠慮無く彼に近付く。警戒心の強い彼は目を見開いていたが、そんなことは関係なしに彼を包み込む。
「体温が下がっているのなら早く言ってくれ。さっさと暖めないと後々重症化する可能性があるんだ。」
鍛え方がなっていない彼の身体は予想していたより冷えきった印象は受けなかったが、温室で育てられた経歴を持つ彼にとっては辛いものだったのかもしれない。温めるために擦るように触れると、彼の口から女のような嬌声が漏れ出ていたが、他人に触れられることに単に慣れていないためだと推測する。
「ぼ、ボクにこんな事をして、良いと……っ」
一人称まで幼いなと思いながらも子供をあやす感覚で撫でる。表情の蕩けてきていた彼に流石にこれ以上は不味いと判断して手放すと、彼は名残惜しそうに声を漏らす。暫くすると、やっとやめてくれたと気丈に演じていたが、甘えるのが苦手なのだろうと勝手に決定した。もうこの際、身体も拭ってやろうとも思ったが、何故か彼からは変態のレッテルを貼られて、先に行けと命令された。大人しく従う理由もないのだが、彼にも何かと事情があるのだろうと結論づけて早々に上がると、体を拭い、さっさと服を着て先にメイカたちの元へ向かう。ルルが追い付いてきたのは、それから少したっての事だった。思ったよりも時間がかかったのでそのまま伝えると、ボクにも色々あるとはぐらかされてしまった。可憐な見た目と全く合っていない無骨な鎧をカチカチと鳴らしながら、彼は先行していく。どこに向かうつもりなのかと純粋な質問をすると、彼は足を止めて、私の上着の袖口を掴んで黙り込む。居心地が悪いような顔をしていたが、それが何だが子供らしくて思わず頭を撫でると、言葉は出さなかったが嬉しそうに目を細めていた。
「……お兄さんってそっちのケがあったんですか?」
目が笑っていないメイカに指摘されて私は撫でていた手を放す。冗談では済まないほどの圧力を彼女から感じる。メフィーリゲの方も面白くなさそうな顔をしている。やってしまったかもしれないと思い至った頃には、二人との間に小さな溝を感じた。私としてはそんなつもりはなかったのだが、二人からすればそう見えたのかもしれない。男と旅をすることがなかったため、どこか構い過ぎていたところがあったののかもしれない。メンバーの扱いに平等性を欠く行為は、チームワークを著しく削ぐ行為だと何かで読んだことがあるし、ここは一旦リセットといこう。私は腕にしがみついていたルルを離して三人を仲良く抱き寄せる。腕の幅的にギリギリではあるが、なんとか収納できた。そして一人ひとりにしっかりと声を掛けて解散させる。コレで解決するだろうと浅はかな考えを持っていた。しかしそれは大きな間違いであったことに彼女らを離してから気付く。ルルはメイカとメフィーリゲを横目で睨み、メイカとメフィーリゲはルルを睨みつけていた。その目は両者とも威嚇の意が込められていて、私は胃が痛くなる。どうにか取り繕おうと最善の手を探ってみたが、最終的には皆が黙りこんで気まずい旅路が永遠と続くこととなる。このままでは歩き疲れる前に精神的に参ってしまう。そう直感した私はその後も色々と場を和ませようと創意工夫をしたのだが、全ては無に還っていった。私も流石に途中で疲れて黙りこんでしまったため、進路の決まらない道のりを沈黙の中歩く。
一切の私語がない状況から、これが一個小隊であったのならとても熟練された部隊であると好評化をいただけるに違いない。下らない思考が頭をよぎるが、現に喋っていない為に集中力は高まっている。非常事態にも備えることがそれの御蔭で出来ているというと皮肉に聞こえてしまうが、確かに周囲の警戒は途切れていない。
「……皆、止まれ。」
獣道の奥の奥。異常な気を私の肌が感じ取った。人間とは又違う種類のものである。また人外を相手にしなければいけないのかと思うと、気が重くなるが、皆に注意を呼びかけて警戒を強める。こういう時は、流石に喧嘩がどうとかは切り替えれるらしく、皆の動きも悪く無い。私は腰に差していた剣を抜いて中段に構える。切っ先は違和感の元である茂みの向こうを捉え、牽制する。どんな化物が出てくるのかと好奇心が唆られていると、そこに姿を表したのは、ルルを襲っていた奴らと同種の人外であった。緑色の肌に禿げた頭。そして三頭身程しかない低身長。三白眼はしっかりと此方を捉えており、敵愾心をメラメラと燃やしている。見た目は中々のものだが、前の戦闘で彼らがあまり戦闘向きではないことを知っている。これは楽に事が運びそうだと、気楽に考えていると、奥の茂みから続々と同種が顔を覗いた。質より量。数の暴力。そんな言葉が現状を表す。
「流石に多いな……。どうする?」
際限なく増殖の一途をたどる彼らを前に私はメイカに声を掛ける。反応が遅いのが気になって彼女の方を見遣ると、彼女は造形が気持ち悪いと直接的な暴言を吐き、目を逸らしていた。彼女の美的感覚があのシルエットを許容することが出来なかったようだ。禿げた小さなおじさんだと思えば、可愛げもあるのだが彼女は禿げたおじさんの時点で無理なのだろう。なんにしても彼女はまともに目も合わせられていないので、碌な戦力にならない気がする。こうなると増々面倒だ。私は一気に大多数を屠るような攻撃を持ち合わせていない。どちらかと言うと、メイカの方がそういう系統に秀でている。どうにかならないかと再度彼女に目を向けるが、口元を抑えて手を振っていたので、余程あれが気に入らないのだろう。
「ここは、ボクも戦闘に参加する。」
策を練っていると、健気にも身体の震えているルルが両手持ちの大剣を抱えて前に出ていた。捕まっていた時のトラウマのようなものが発症しているように思えるので、前に出なくても良いと一応は言ったのだが、足を引っ張るだけにはなりたくないとのことだ。彼はやはり良い男である。責任感の強い男だと思いながら、彼の横で私も剣を構える。敵の数は流石に千も居るわけではないが、気分は一騎当千という感じだ。それくらいのモチベーションで雑魚狩りは開始された。
まず先手を打ったのは私である。
中段で構えたまま駆け込み、振り上げると、手短な奴から切り伏せていく。頭に何も詰まっていないのか、簡単に切り裂かれるので一体にかかる時間は大したものではない。順当に倒していけば、ウチの秘蔵っこであるメイカの手を借りずとも私達だけでどうにかなりそうだ。横一閃に切り裂き、飛び付いてきた数体を屠ると、私は心配になっていたルルの方に目を向ける。すると、数体に押し倒されるような形になっていたので、急いで援軍に入る。首を絞めようとしていた奴の首を一刀両断してからルルを抱き起こす。纏わり付いていた数体もその拍子に地に伏せる。それを上からザクザクと刺して止めを刺しておく。大丈夫かと彼に問うと、暗い顔をして又迷惑をかけてしまったと言う。質問に答えて欲しかったのだが、落ち込んでいるので、背中を叩いて、そんなどうでも良いことを気にするなと鼓舞しておいた。結果が出せていないのなら、今から出せば良い。唯、それだけのことである。彼はその言葉を胸に大きく返事を返してくれた。そして大剣をしっかりと掴むと、大きな一撃をその地に刻み込む。