謎の抜け道 1
話し合いが長引きダラダラと話し込んでしまったが、その御蔭で彼の詳細な情報を知ることが出来た。彼はルル・ルーディンという名前らしく、一応貴族様であるらしい。此処に来た理由は、実家を家出して家に無理を言って家出した結果のようだ。どうも砂漠地帯の隣国であるところから宛もなく歩いてきたのだそうで、道中意識がなくなったと思ったら、こんな所に連れて来られていたそうだ。つまりは、彼も絶賛迷子中である。彼がこの道を知っていてくれたなら、教えてもらおうと甘く考えていた為、野望が潰えてがっくりと肩を下ろす。彼からしてみれば、勝手に期待されても困るというものだろうが、期待せざるをえなかったから、もっというなら藁にもすがる思いだったので、許してほしい。
まだ身体に力が入らない彼を腕を首に回すようにして抱える。流石に彼を一人此処に置いていくのは人道的ではない。彼の腕を掴み、私の首に回すときに彼から怪しい息遣いが聞こえたが、少し疑問に思ったくらいで留める。ガッチリとした装備に似合わず、柔らかい素肌にもう少し鍛えたほうが良いと助言すると、考えておくとだけ零して黙りこんだ。その時点で隠れていたメイカも姿を現して此方の心配をしながら近寄ってきた。最初はルルを見て、疑り深い目で私を見遣っていたが、彼が男用の装備をしているのを見て男だとみて、謎の安堵を浮かべる。彼女はもしかして私が襲われていたのが女性だったから助けたと思ったのか。そう思われていたのであれば、非常に不愉快である。メイカもそれに関しては悪いと思っているのか、目を逸らして誤魔化そうとしていたほどだ。彼女のやり取りをしていたら、抱えているルルが拍子抜けしたような顔でメイカを見ているのに気付く。私が自慢のパートナーであることを説明すると、彼は心ここにあらずと言った顔で彼女を見ていた。もしかして心でも奪われたか。確かに彼女は私からみてもとても美形である。隣りにいる私が対比になって余計そう感じられる事だろう。
「よ、よろしく」
声変わりをしていないのか高い声が出る。態と低音を出そうとしているのがもろバレであるが、そこは見栄を張っているようで可愛らしい。男に可愛らしいなどと言うのは嬉しくないことだろうけど、子供らしく愛嬌を感じる。おどおどと差し伸べられた手をメイカは冷めた目で見下ろす。常識として握手を求められたら、握手するものだろうと思うが、彼女の中で何かしらの思うところがあるのかもしれない。一方的にそれが悪だと否定するわけにもいかない。そういう思想のもと、私が見守っていると、彼女は長い間を開けてから彼の手を取った。その時に耳元で何かを囁いていたようだが、此方までは聞こえなかったため、内容はわからなかった。
メンバーが増えた所で、作戦会議は再度やり直されることになった。
彼は此処が何処だが分からないようではあったが、砂漠地帯の近くに住んでいたのだ。少なくとも私達よりはこの辺りの地形に詳しいはずである。その推測の元、再思考が始まったのだが、問題はすぐに発生した。ルルが貴族であることは少し前に自己紹介のところでされたが、彼は一人っ子であったらしく籠の中の鳥のように育てられたらしい。勉学などで地形は分かっても実際どうなっているかは知らない場所が多いのだそうだ。つまるところ、彼も私達とあまり変わらない立場であるというのは変わらないということであった。こういう時のための神様頼りもしてみたが、メフィーリゲも覚えている時の地形と今では天と地の差があるので役に立たない情報しかないと吐き捨てた。ということがあり、結局は元の来た道であろうところを引き返すというものになった。じゃあ一体この話し合いの時間は何だったのかと問われてしまいそうだが、全く意味がなかったわけではなかったとだけ言っておこう。未だにメイカとルルには微妙な距離感があるが、多少は話し合いのおかげかましになった。妥協したような感じだが今はあれで十分である。
「おっ、アレは何だ。」
入った山を下山した後、少し進んだ所で何かが通ったような獣道を発見した。もしかしたら食べ物が確保できるかもしれない。期待を込めて皆を説得すると、私は先陣を切ってそこに侵入した。私が中腰で入れる高さであるから、狩りのし易い獲物がここを通ったと思われる。ルルを襲っていたあの低身長どもの可能性もあるが、その場合は討伐すれば良い話である。遠慮無く草木を掻き分けて後方の皆の道を確保しながら前進すると、ある程度言った所で光が差し込んでくる。何処かに出るのかと推測し、一旦そこで足を止める。出た瞬間に出待ちしている奴が要る可能性も加味しなければいけないからだ。メイカ達に止まるように指示を送ってから私が顔だけを出して左右を確認する。最後に上を確認すると、何かが上から降ってきているのに気付く。
「おわっ!?」
驚いて情けない声を上げながら私が頭を引っ込めると、そこには巨大な足が叩き降ろされて地面を割った。心臓が奇妙な鼓動を伝えた。後ろのメイカに視線を向けると、彼女も似たような顔をして此方を見遣っていた。お互いに正気を確かめ合うと、目の当たりにしてしまった現実に向き合う。
信じたくはないが、獣道の出口からは、人間にしては立派過ぎるほどの足が鎮座している。吟味するように数度踏みしめられた足はある一定の時間を経過すると、ゆっくりと上に上がる。次弾の用意を整えているとしか思えない。この状況下で、何の策も無しに突っ込んでいくのは、余程の馬鹿か、死にたがり位のものである。少なくとも私はそれに該当しない。私は必死な主張を彼女らに試みる。しかし、この現場で一番良い策を講じれる人間は私以外に居るわけもなく、私はなくなくもう一度あれに身体を晒す羽目になった。策と云ったが、要は囮になって相手の出方を確認すると言う行き当たりばったりなものである。震える足を落ち着けて、私はとある考えを思い付く。成功するか分からないが、今のまま不用心に唯顔を出すだけに比べれば、成功時のリターンが全然違う。何度と危険を負いたくない私は、勢いをつけるために少し後方に下がると、一気に駆け出す。
気合いの入った掛け声と共に全力で走る。光に近付いた所で私は勢いを殺さない様に細心の注意を払いながら姿勢を低くして、足を前につき出す。スライディングの体勢で狭い出口を勢い良く抜けると、私が抜けた後で、出口の前が巨人の足によって塞がれた。どんな行動を起こしてくるとも思えないので、私は警戒心を弛めないように気を配りながら、即座に身を起こして、そちらに視線を向ける。そして拍子抜けすることになる。そこにいたのは巨人の足を模した人形とそれを定期的に振り落とすからくり。結果だけをみれば、私達はこれの制作者に踊らされたと言うことだ。大変腹立たしいが、本物がいなかったことに安堵する。そんな人外にまともな勝算などあるはずもないので、本当に良かった。気が抜けた私だったが、取り敢えずはからくりを停止させることにする。私にも分かるようなロープと重りを使った簡単なものであったので、ロープを切って、動きを止めて、それを力業で隣に退けた。水を使った細工は、中々見所のあるものだったが、それよりもまず、水分補給ができる泉がそこにあると言う事実の方に目がいく。
「次どこでまた飲めるようになるか分かりませんし、少し多目に水分補給しておきましょう。」
メイカの意見を快諾し、毒味の意味も込めて真っ先に私が口に含んでみて、大丈夫そうか確かめる。普段私が飲んでいた物に比べて口当たりが柔らかいので、質の良い軟水であることが窺えた。飲み下して一時腹の動きを見たが、問題なさそうであったので、皆を呼び寄せて一人一人水を飲んでいく。そして、ルルの番になったとき、彼が泉の水を飲むのに抵抗があるのに気付いた。恐る恐るといった感じに水を掬い上げて震えた手をゆっくりと口に運んでいる。だが、やはり拒否反応があるのか、手前の部分で手の形を崩して水を落としてしまう。このままでは、どれだけ掛かるのか分かったものではない。少々手が折れるなと考えながら彼を呼び寄せる。
「な、何か用か!?」
本人も自覚があるのか動きが滑らかではなく、どこか硬い。多分、無意識的な反応なので、本人でどうこうできる範疇ではないのだ。だから彼は焦っている。こうなれば、仕方がない。挙動不審な彼をこちらに招くと後ろをとって仰向けのまま押さえ付ける。目を白黒させている彼を放って私は片手で彼を押さえてもう片方で水を少量ではあるが掬う。
「口を開け。」
端的に指示を出すと、怯えるように震えながらも、ゆっくりと口を開く。唾液などがねっとりと開口するときに糸をひくものだから独特な淫靡さを覚える。中性的な顔立ちも相まって何かいけないことをしているような気持ちになる。しかし、これは生命活動をする上で大切な事なので、変な思考は即座に拭い去る。押さえ込む手をほどき、人差し指と親指で口を更に開かせると、片手に汲んでいた水をそこに注ぎ込んだ。口の端から幾分か溢しながらもしっかりと喉を鳴らした彼は、想定より美味しかったのだろう。嬉しそうに破顔していた。私はそれを満足そうに見ていると、後ろから私を睨むメイカと目が合う。
「な、何か問題か?」
「……いえ、何でもないです。」
完全に何かある顔ではあったが、言及すれば此方がやぶ蛇と遭遇しそうな気がしてならなかったので、そうかと言って話を打ち切った。彼女にとっては、それがまた面白くなかったようで、更に鋭い眼光を此方に向けてきていたが、今はそれに答えるすべを私は所持していなかった。
ルルが自分から水を飲めるようになってガブガブと飲んでいたので、急いで止める。急に飲みすぎると、それが如何に綺麗なものであっても腹を下すことに直結する。腸を驚かせてしまうと、その時点で敗けなのだ。きょとんとした彼はそれはそれで魅力的ではあるが、後で苦しむのは彼自身なので、説得をして飲水を止めさせる。