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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メフィーリゲ神殿  4

 信仰を失った神の末路というのは散々たるものだ。段々と御姿を失い、最終的には消失する。その過程にも彼女らには意識というものがあるらしいので、分かるのだそうだ。今手がなくなった。足がなくなった。そんな部分的なことも。メフィーリゲにそんな悲しい体験をさせたいと私は思わない。信仰が失われた神殿をこの戦場で色に狂った人間たちのせいで纏わさられたみすぼらしい格好で今の今まで守り続けてきたのだ。彼女は言った。もう思い残すことはないから消えてなくなってしまっても構わないと。こんな縁もゆかりもない地からやってきた私達に誠実な対応を行ってくれた彼女が、一人寂しく此処で息絶える事を選んだのだ。これがどれほど異常な光景であるか普通の感覚を持っている人ならば分かることだろう。沼の意思を打ち倒したという私の言葉に胸を下ろしてもうやるべき事柄は残っていないと言う風な顔をする。それが私はとても気に入らない。生きてきて初めて神様という存在と対面したが、神様というのならもっと傲慢であるべきだろう。私達に信徒を集めて来いくらい言ってしかるべきである。それが現実はどうだ。完全に諦めきって私達の相手をしている彼女はまるで親戚のおばあちゃんのようではないか。ケバケバしい服装とメイクも段々と変化を見せていく。おそらく私達の気持ちを元に服装が再構築されていっているのだろう。これを見ると、更に神様というものの理不尽さを感じる。自分が着たいものも切れず、したいことも出来ず、全てを抑制されて人間たちを守る。これではどちらが上位存在なのか定かではない。


「本当にここで消えて良いと思っているのか。」


 私は彼女にそう訊ねる。笑って誤魔化そうとする彼女の目線を無理にでも掴み取る。困惑されてもバカの一つ覚えのように目線を離さない。一種の攻防がそこで執り行われる。目線のイタチごっこ。勝負を制したのは私の方だった。言うなれば、根気勝ちというものだったが、勝ちは勝ちである。負けを認めた彼女は目を伏せながら口を開く。


『……消えたくないわ』


 消え入りそうな声が巨大な広間に響き反響した。表情を窺い知る事は顔を伏せているため出来ないが、震える声を聞いただけで彼女の心境を言うものが読み取れる。私は隣のメイカに目線を移す。彼女も此方をちょうど良いタイミングで見ていた。目だけで対話が行われる。数秒の見つめ合いで結論は出る。代表して私が前に出て彼女に、最低限二人の信徒ではどの程度くらいまでなら保つのかと質問を投げ掛ける。やっと顔を上げてくれたメフィーリゲはメイクが涙で流れて酷い顔をしていたが、頭が軽い混乱を起こしているのか訳がわからないと言う顔で、小型で存在を維持することだけなら出来ると呟く。死なないことだけでも分かり、一息つく。冷静になってきた頭で大体意味がわかってきていた彼女が何かを言う前に私とメイカは彼女の前にひざまずく。そして、示し合わせたかのように頑張ったメフィーリゲの言を信じると同じ言葉を吐いた。彼女はそれだけで感極まって泣きそうになっていたが、涙でメイクの落ち切った彼女のスッピンはとても純朴で清純だった。これがもともとの姿なのだろうと感慨深くなっていると、彼女が段々と縮んでいっている事に気付く。大丈夫ではなかったのかと一瞬焦ったが、小型で存在するというのがこういう意味だったのではないかと直ぐに思い至る。黙って見守ると、彼女は小さい子供の姿で退行を止めた。


「ふふ、こう見るとあたし達の子供みたいですね。」


 ニヤけ面のメイカが幼くなった少女を抱き上げる。小さくなったメフィーリゲは行動も歳相応のものになっているため、考え方なども先ほどまでとは又少し違うものに書き換えられているのだろう。子供扱いされて怒った顔を見せるメフィーリゲだったが、揺らすように抱きかかえると、一時してウトウトと眠りそうになっていた。メイカも最初は悪戯気味にやっていたのに、母性が擽られたのだろう。温かい微笑みを彼女に注いでいた。男はこういう時どうしていれば正解なのか分からないが、取り敢えずは見守るに留めた。少女は赤子という訳ではなかったが、今ここで新しく生まれ変わった事を考えれば、赤子と同じである。親に甘えるのも子供の役割だ。メイカとメフィーリゲを見ながらそんなことを考えていた。





 眠ったメフィーリゲを抱えたメイカとともに私は神殿を出た。もう此処に留まる意味は無いだろう。問題があるとすれば、メフィーリゲを外に連れ出すことが出来るかという事だったが、意外にも呆気無く任務は達成された。あまりにも普通に出てこれたため、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまいそうになるが、そんなことをしてメリットのある人間が居るとも思えないので、素直に現実を享受することとする。兎に角は、食料の調達できる場所を探してそれから今後の方針を考えよう。何事も食べ物なしでは碌な会話もできない。


「でも、狩りするにしても動物の一頭も居ませんよ。メフィーリゲさんの話ではないですが、沼の汚染によって今にしても食料なんて有りはしなかったんです。今は沼が浄化されている可能性が有りますが、そう一朝一夕で食物連鎖が一気に再施行されていくとは限りません。ああいうのは長々と時間を掛けて行われるものです。ですから、あたしは砂漠に戻る事を推奨します。」


 彼女の提案は最もだった。飢饉に陥るほどの大災害を克服するにしても圧倒的に時間が足りない。すると、私達までもここで野垂れ死にする可能性が出てくる。堅実に食料を求めるのなら長々と歩いた道を戻り、砂漠に出て人がいそうなところを探すほうがまだ現実味を帯びている。しかし、あそこは全員を敵に回していると言っても過言ではない。もしまかり間違って因縁のある人間たちに囲まれでもしたら大変である。背に腹は代えられないだろうと諭されればその通りなのだが、私はあまり乗る気になれない。多分それはティリーンも同じだ。あそこでの思い出は互いに苦いものだった。数々の失敗を思い起こされる場所に再び赴いていくのは勇気の要ることである。


 それでも、それが唯一の手であるのなら、迷わず選び取るべきでもある。熟考を重ねた結果、彼女の案に賛成するかたちで、私達は来た道を引き返した。こう帰ってみると、思っていた以上に歩いてきているらしく中々知っているところまで着かない。何処かで行き道と帰り道は記憶するときに別物として保存させるとかを聞いたことがあるから、単に通ったのに一度来た道だと認識できていないだけかもしれない。そんな甘い考えが私達を迷わせる結果に導く。


「此処、何処だろうか。」


 思わず呟いてしまったのは私の方だった。山を越えた記憶があったので、それらしいところに入ったのだが、進めば進むほど、見知らぬ感じが漂ってきた。少女を抱えるメイカもそろそろ本格的に腕がきつそうだ。全く知らないところで、一旦、作戦会議を装った休憩を挟む。お互いに口には出さなかったが、極度の空腹から相当ストレスを抱えている。無用な争いが起きては良くないので、出来るだけ喋らずに沈黙が保たれた。そのため、自然の音に集中が向いていた。だからこそ、奥から聞こえたせせらぎに気付くことが出来た。私達は顔を見合わせて慎重な足取りで奥まった所に進む。


 水の音以外にも足音のようなものも聞こえるため、何者かが此処に存在する可能性がある。もしそれが私達のような遭難に近い形になっているのならば交流するのが最も良い解決策である。期待と少しの不安を胸に私達は重たい足取りを進める。段々と近付いて行くと、音は段々と激しいものとなり、此方の緊張も高まる。遂に木の向こう側くらいの位置につけると、一息吐く。気を整えてからまずは相手を窺う。


 木を挟んだ向こう側。私達の目に写ったのは信じられないものだった。そこに居たのは緑色の肌に大きな頭、そして三頭身程しかない身体。それらが数人で何かを囲んで踊っているのだ。何をしているのかわからないが、あまり良い感じではなさそうなので囲まれているものの方に目を向けてみると、そこには中性的な顔をした男が横たわっており、生け贄にでも今から捧げられるかのようである。そうでないことを願いながらも、まだ出て行って良いのか状況が推し量れないでいると、緑の短身長は華奢な男の衣服に手をかけ始めた。これは現行犯と言っても遜色ない。完全なる逮捕である。私はメイカを茂みに置いて抜けだすと、取り囲まれた人物に大声で呼び掛ける。気を取り戻したのか、男は半目を開くと、周囲を見渡し、女のような甲高い声を上げた。それを挑発されたと感じた低身長たちは焦るように服を脱がそうとしていたが、流石にやり過ぎであると判断したので、私は彼らのハゲ頭に一人ひとり気を失うほどのパンチを入れ込み、事態の収拾を図った。攻撃に滅法耐性がないようで軽い攻撃だったが、それらは諦めたように直ぐに身を翻して山の奥へと逃げて行った。


 それらを見送ってから私は腰が抜けてしまっていた男に声を掛ける。


「大丈夫か。何故こんな所にいるのは分かるか。」


 少し強引に迫ったからか真っ赤な顔をした小柄な男はそんなにあれやらこれやら一片に聞かれても分からないと答えた。此方も色々と焦っていたことを彼の一言で思い知らされる。私は謝罪をしてから、一つ一つ尋ねていく事にした。まずは、大丈夫であるかどうか。それに関しては、破れた服を片手で抑えながら大丈夫だと言った。唯、そのままでは胸元の通気が良すぎる気がするので、私のもうほぼ被っているだけの外套を彼にプレゼントした。彼はそれに包まれながら何故か顔を俯かせていたが、今は先程の恐怖を振り切っている最中なのかもしれないから特にコメントはしなかった。



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