表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
111/151

メフィーリゲ神殿  3

 大人の色香を振り撒くメフィーリゲ神殿の主に対して、メイカはこれじゃないという顔を隠さずに、彼女にそのまま本当に此処の主であるメフィーリゲなのかと疑問を投げ掛ける。思ったとして、直接的に問うのは流石に失礼に当たるのではないかと私はメイカを注意しようとする。だが、事前にそれを察した神聖物は、私を制して彼女の疑問に首を縦に頷かせて答えた。私も疑問に感じていたが、やはり彼女が恋愛成就という青臭いものをしてくれる張本人なのか。言葉で説明されたところで、その容姿から漂うケバケバしさを取り払う事には直結しない。それでも、風格だけは確かなので、大人しく彼女の言うことで食い下がる。


『わかりやすい子達ねぇ』


 釈然としない面持ちを直せない正直な私達に彼女は呆れているからか力なく肩を下ろし、次に胸をピッと張るようにして大きく息を吸い込んだ。そして、何故の言語をリズムに乗せて口から吐く。まるで歌のようにも思えるが、呼応するように震える大気に魔法的なものを感じる。しかしそれはおかしな事だ。最古の魔女であるメナカナですらこんなものを魔法に用いていなかった。態々コレを用いる理由も定かではないが、何らかの意味合いがあるように思える。一通り歌い終えた彼女は喉を鳴らして具合を確かめながら、私達を見下ろす。


『これでも一応、愛の神だからねぇ。アンタ達の関係やらはさっきので全部分かったわぁ。』


 全てを見通した鋭い目に私達の何を見たのだろうか。ニヤついた顔を見る限り、余計なところまで見られている可能性が高い。非常に不本意ではあるが、それが彼女の特性と言っても良いものなのだし、否定するのも可哀想だ。私の態度に釈然としないものを感じているような顔を見せるが、一応は心の広さでそれを許してくれたらしく、それを気にせずに結果だけをポンと述べた。本当に唯一言。


『アンタ達の体の相性は良くないわねぇ。』


 本当にコイツは愛の神とやらなのか。信じていなかったが、疑問が更に深い疑問に変わった。誰も体の相性なんて尋ねていないだろうに。彼女はそれに体の相性を馬鹿にするな。どんな仲の良い恋人だって相性一つで離れるきっかけになるものなのだと。確かにその内容自体に嘘偽りはないだろうし、体の相性も大事な場面もある。聞いた話ではそれが原因で相手に異性を感じ取れなくなってしまうケースも存在するらしい。しかしである。それが今ここで発言すべきことだろうか。いつの間にそんな占いにもならない下世話な話をした。恋愛成就どころの騒ぎではない。案の定、口を半開きにしたメイカは瞬きも忘れて呆然としている。そして、一定時間固まっていた後、現状を理解して顔を真っ青にした。急いでメフィーリゲに歩み寄ると、解決方法を仔細に聞きに掛かっていた。反響が大きかったのが面白かったのか、彼女もメイカに意地悪な顔を隠しつつ、様々な恥ずかし事を伝授していた。私はこんな所で疎外感を受けるとは思っていたなかったので、少しはあの話に混じろうかとも考えたが、男の私が立ち入っていい話などとうに過ぎて行ってしまった込み入った話に突入していたので、自重した。


 長時間の待ち時間を素振りで消化していると、やっと会話は終わったみたいだ。満足気なメイカの顔が印象的である。対照的にメフィーリゲは少し疲れた表情をしていたが、私が見ているのに気付くと、即座に平常時に戻す。


『とりあえずはこんなもので信じてくれたぁ?』


 変わり身の速さにおののいていると彼女はそう切り出す。信じる信じないもキラキラとした目線をぶつけるメイカを見ればそれ以前の問題であると分かるだろう。私には口の上手い占い師のようにも感じたが、彼女の言動に一切の嘘を感じないので、信用は置くことにする。私達が頷くと、彼女は気を張って背負っていた肩の荷をおろし、一息溢す。面倒な私達の相手をしていたのだ。そうなってしまうのも仕方のないことではある。もし私が逆の立場ならば、適当に誤魔化して早々に自陣を退場してもらうところだ。律儀にもちゃんと付き合ってくれる彼女は、見掛けはアレだが、中身はとても優しい人である。勝手に納得して温かい目線を彼女に向けていると、彼女は気味悪そうに見遣って来たが、それも特に邪険にするようなものではなかった。そんな下りがあり。お互いの探り合いを終えたところで、メフィーリゲの主は先程までの優しい目元を引き締め直して、どうやって此処に来たのかと尋ねてきた。話しによれば、彼女の耳にも沼の件は届いていたらしく、此処に来る正式ルートであった場所が汚染された為、長い間、ここら一帯に何人たりとも侵入を許していないそうだ。良く言えば、それによって神聖さが保たれているとも言えるが、神様と言うものは人の信仰によって尊ばれるべき存在である。故に、敬ってくれるべき信徒を通行不能によって失った彼女の神殿は哀れにも外装がああなってしまっていた。彼女自身の力も昔に比べれば微々たるものだそうだ。神様が使うと言う神力というやつは何だかんだと使い勝手が悪いみたいだ。


『そんな中でアンタ達はここまで辿り着いた。何か知っているかもと思っただけよぉ。』


 絶対にかも知れないとは思っていない鋭い眼光が向けられる。幾ら信仰力を失ったとはいえ、神であることには変わりないことを肌で感じ取る。勿論、嘘をつく必要も無いので、本当のことを話す。沼の一件について云えば、私達のような被害者からしてもよく分からない場所であった。何らかの負の塊。次なる悪への温床。とても言っていて毒々しいというか。恥ずかしいような表現が最も似合うところであった。これは私の個人的な意見になるのだが、元よりああだったとも考えにくい。もともとアレだったら此処への正式ルートが別なところだったろうというもっともな理由もあるが、何より神聖なもので信仰によって成り立つ彼女の姿が道中の像に比べてあまりにも俗世的であったからだ。だからどうしたという話なのだが、私の望みに従いティリーンが身体を変化させたように、彼女の容姿もあの沼の穢れを一身に受けている為ではないのかと推測できる。


「メフィーリゲ。アンタはあの沼について詳しく知っているのではないか。」


 逆に質問するように訊ねると、彼女は少し言い淀んでから組んでいた足を組み直した。大胆に開かれたスリットから覗くムチムチとした太腿が情欲を掻き立てるが、目が行かないように心掛けて聞く姿勢に入る。


 彼女の語った沼と言うのは、まさに神聖という言葉が似合う場所だった。とある昔、それは今から何年どころではない程の昔。この奥行った所に神殿を建築せよという占いが近隣の国の専属の占い師から天命を受け賜った。何でも建築しなければ抵抗もできず、人間は全て息絶えることになるという恐ろしい内容だったそうだ。お告げに従い作られたのが、この神殿であった。人間たちはそこで天に供物を捧げて豊穣を祈り、天災の阻止を願った。それのおかげか作物は前以上に育つようになり、砂漠化が進んでいた地帯も段々と緑が生え始めていたらしい。その時の沼はまだ泉であり、喉を乾かせた旅人たちの喉を癒やし、汗を拭った。砂漠が薄くなり、それも減ってはきたが、皆が有難がってそこを利用していた。全てが上手く回り始めた頃、もう一度、偉大な占い師から天命が下る。内容は、とても強引なもので領土の侵攻だった。おそらく神を利用して聖戦に見せ掛けた唯の戦争。昔の占い師の御蔭で地位の高くなっていた占い師の老人はそれを政治に利用しようと考えたのだ。そして、沼を中心として争いが起きた。多くの人々が血を流し死に絶えた。戦力にそこまでの差がなかったので、戦争は泥試合と化して、八つ当たり的な戦いが目立つようになる。その結果、戦にばかり力を入れる様になったため、地は枯れ果て、農作物は育たず、水は枯れた。それによって飢饉に陥り一時期は人間同士の共食いまで発展していたらしい。人間らしさを忘れた人々は憎しみや悲しみをぶつける相手を見定められなかったようだ。沼はそんな人間の穢れの全てを吸収した。そしてその身を挺して進路を塞ぎ、通るものを仲間に引きずり込んでいた。


『知っているのはそれくらいのものよぉ。もっとも最近は顕現出来るほどの力も残っていなかったから知らないけどぉ。』


 飄々と紡がれた物語に固唾を呑む。そして私はじゃあその沼の意志である塊を殺してしまった私達は重大なことをしてしまったのではないかと冷や汗が出る。言いづらくはあるが、いずれ言わざる得ないと考えて、申し訳なく腰を低くしてから私はあの沼で最後にどうしたのかまで伝える。正しい行いではなかった場合、取り返しがつかなかったら、私達にも何かを手伝う義務があると考えたからだ。そんな強い覚悟のもとの発言だったが、彼女は私の事情を読み取った風にしてから気にしなくても大丈夫と答える。ポカンとしたが、その理由は分かりやすいものだった。それはもう此処には誰も住んでいない。つまりは、沼で地域を分担する必要が無いということだった。さきの戦争で人間は著しく減少傾向を辿り、物が取れない此方側の人間は皆餓死したらしい。そのため、私達が通ってきた道のりに一人も人が居なかったのだ。まさに未開の地である。


「どちらにせよ、沼が無くなっても砂漠側の人間が此処に来るとは思えませんがね。だって、そもそもあのルート自体が彼らの中では禁忌に当たる場所だったみたいですし。」


 恨みのある私達を届けた場所である位だし、メイカの言うとおりである。沼がないと分かっても不気味がった近付いたりすることはないだろう。でもそれでは結果的に、メフィーリゲはあれがなくなっても信仰されなくなってしまうのだが、その点は大丈夫なのだろうか。目線を向けると、彼女は寂しく微笑む。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ