キニーガの里 6
里に到着すると私達は皆を集めて先程手に入れた情報を伝えた。リガールは悲痛な面持ちで皆に謝罪していたが、里の人達もリガールの苦労を知っているらしく、リガールさんは悪くないよと口々に伝えた。あの親不孝息子は前々から有名であったので、その悲報は信憑性を確認せずとも本当のことだろうと判断される。里の貴重品を持ち出したりと、昔から自分が楽をするためには行動を惜しまない残念な性格だったと里の屈強な男達も頭を抱えている。子供の性格と言うのは生まれた環境に大きく左右させるというが、現状を鑑みるに、生まれもってのものもあるのだろうと自己完結する。
情報を売った相手としては、リノアは多分盗賊に情報を売り払ったのではないかという意見が多くあった。国などの正式な軍を持っているところは確かな身分が証明できる情報筋しか信用しないし、村などはそれこそ盗賊の情報くらいしか気にしない。
「何にしても里の回りに巡回役立てたり、里の回りに柵でも立てたりした方がいいな。」
話し合いに参加していたノワラルがそう言う。敵は誰かもわからないし、何時来るかもわからない。対策を立てておいて無駄なことはないだろう。油断している隙を突いて攻め込んでくる可能性もある。私がそれに納得して頷いていると、彼はこちらを見ながらそれとと付け足した。
「あんた達を里の争いに巻き込む訳にはいかないし、何人か人を付けるから狩りをしている方の森から抜けれるところがあるからそこまで案内してもらってもらえ。」
私は完全に何を手伝うべきか考えていたため呆気に取られたような顔を晒した。彼の提案を拒否して私も手伝わせてくれと言おうとしたが、言葉が喉まできたところで言葉を嚥下してしまった。よくよく考えれば、この里の戦力があれば盗賊ども如きは容易に打ち払えるだろう。人数は多くないが一人一人が大国で正規の戦士になれるほどに強いのだ。荒くれ者たちが数十人集まった所で負ける光景は浮かばない。その中に私が居ても足を引っ張ってしまうのは想像に容易い。
「納得いかないかもしれないが、ここは俺の顔を立ててもらえばありがたい。息子がこんなことをやらかした上にあんたらまで傷つけさせちまったら精霊様に顔向け出来ねぇ。」
黙り込んだ私にリガールが空元気な微笑みをうがべながらそう言った。彼にそうまで言わせてしまうと私は何も言えない。私は無駄な反骨心を捨て去り頭を垂れた。
会合が終わると家に帰りリガールに気を遣って部屋で三人にしてもらってからユラとミラに今回の会合の内容とその結果出た結論を二人に話した。この里を気に入っていた二人は諦めたような顔をして仕方ないと返答した。しかしその前に挨拶回りをさせてくれとユラが言ったので、私も付いていくとユラと同様の表情で言った。するとミラも一緒にいきたいと言ってきたので了承して三人で一軒一軒の家庭に別れの挨拶を告げて、荷物をまとめてから森側の指定の場所に立ってくれている案内役のところまで赴いた。
「案内します。こちらです。」
案内役の女性と男性は手慣れた案内をしてくれた。聞いた話では二人このまま里を出て近くの親交のある村や国に連絡役として出かけていくという仕事も担っているらしい。まだ成人もしていない歳に見受けたがしっかりしてる。案内も態々こちらに気を遣って歩きやすいルートを選んで通ってくれている。少しは慣れてきた私なら兎も角、ユラやミラは歩き慣れていないためこの気遣いはとても嬉しかった。
間に何回か休憩を入れながら進んで行くと、次第に差し込む光が大きくなり森を抜けた。
「スイマセンが私達は親交のある村に向かうのでここから別行動になります。この舗装道を真っすぐ行けばローナル国という国があります。そこに向かうのをお薦めします。」
どうせあてのない旅なのだから彼女らに付いて行っても良かったのだが、彼女が言うには彼女らが向かうのはここから大分離れたところにある村で、付いて来られても何もないしここまでの道中のようにルートに気を遣ったり出来ない。だから、それなら近くにあるローナル国に向かって行ったほうが得策だということだった。要は足手まといになる。そういうことだった。
「ここまでの案内、本当に感謝します。そちらも気を付けて下さい。」
彼女らとはそこで感謝を言ってから解散となった。
「じゃあ、私達は私達で出発するか。」
「ええ」
「おーぅ……」
何とも気の抜けた返事であったが、変な緊張感を持って進んでも仕方がないのでよしとする。道はどこかの国が管理しているのか整備させていて、枯れ葉は森を抜けた場所から少し離れて道らしい道に出るとあまり見掛けない。小さく育った植物には寒さのためか霜が降りたりしているが、それはそれで趣がある。道は開けているため遠くまで見渡せるが、国が防護策のためにする大きな塀などは見当たらない。本当に国なんてあるのだろうかと疑念さえ湧いてくるほどだ。そこそこ歩いたなと思える所で私は違和感を感じた。結構な人数の足音がこちらに近付いて来ているのに気付いたのだ。私達は田舎者丸出しで道の真中を何かに遠慮して歩けずに端を歩いていたので、地味に生い茂っていた草木に二人を押し込み、私もそこに隠れた。
「どうかし……あぁ」
「……ん」
悲鳴を上げそうになった二人の口を塞いでから目線でそのことを教えると、口元から手を離した。ユラは察したような反応を見せ、ミラは詳細は分からないが、良くないことなのは理解したみたいだ。地に身体を這わせて耳を澄ませる。そして視野を広くして相手を観察する。ドタドタという足音を立てていた本人たちが肉眼に写る。上等な防具ではなく安価で手に入るような胸当て、果てにはこの時期に寒くないのかと思わせる上半身裸の男もいる。どれもがただ筋肉が付いているといった印象で、武人のようなものではないのが分かる。しかしその腰には立派な曲刀が顔を覗かせており、彼らが盗賊であるのだと判断できた。しかも人数が伊達ではない。パッと見ただけでも百人近くいる。こんな盗賊団は聞いたことも見たこともない。それにこんな行進でもするように隊列を組んでいるのを見るに、指導者は中々の有能なのだろう。
「あの方角に行っているってことは……」
最悪のケースが思い至る。彼らは私達の来た方角へ進行している。そしてキニーガの里は今リノアによって場所が正確に特定させられ、細かな情報まで漏れている。伏している身体無意識に起き上がろうとする。
「……駄目」
起き上がろうとする私の服を掴んだのは意外にもミラだった。
「おとうさん……死んじゃう……やだ」
今にも泣きそうな顔をしていた。どうやら私の顔に死相でも見てしまったのかもしれない。こんな小さい子を不安にさせるのは、いや、父親と慕ってくれている娘に心配は掛けられない。私はミラの手を握りしめて大丈夫であることを伝えると、右手でミラの手を左手でユラの手を掴み盗賊が去るのを待った。大丈夫だ。キニーガの里の人たちが負けるわけがない。それにあの盗賊と思わしき集団がキニーガの里に向かっているなんていう確証はないんだ。そんな言い訳が私の中に深い影を落とした。
長々しく続いた苦痛な行進は漸く終わりを迎えた。今ではあんな人が跋扈していたのが嘘のようである。嘘であって欲しい。振り返ってもあの集団の影も形もない。やりきれない思いが広い舗装道に足跡とともに残された。
三人共無言のまま手だけはずっと握られている。あそこから出るときに立ち上がるために一旦離したのだが、誰が言うでもなく、私達は互いが互いの温もりを求めて手をつないでいた。私も今はひどい顔をしているのが自覚できる。あそこで出て行っても殺されてユラやミラを危険に晒してしまう。里に状況を伝えるすべもなかった。自分の無力さを改めて考えさせられる。分不相応は身を滅ばすのは知っている。それでも大切なモノを守りたいと思うのは当然であり、人間としての本能でもある。声もあげずにやるせない気持ちが瞳から溢れるのをユラとミラは何も言わずに見守ってくれる。情けない姿を見られて恥ずかしいと思うほどの心の余裕は既になかったから私も無言で泣いた。しっかり次の一歩を踏み出すために。
「あれがローナル国じゃないですか。」
止めなかった足は漸く国らしき場所に辿り着いた。
国らしきといったのには理由がある。通常知られている国というモデルは辺りを分厚い塀で囲い、一番高い所に王宮があり、そこを権力の象徴として奉る。しかし、ここは塀は低く出入口はいくつもあるし、パッと見ただけだと広い面積に平べったくした何かの大型建築かとしか思わない。怪しいとも思ったが、もう三人共クタクタなので仕方ないと思いながらも複数箇所ある出入口の一つに入り、ついでに門番の兵士にどんな国なのか教えてもらった。
ここはローナル国と言って、研究者が多く集まる国で、このヘンテコな要塞は地下を深く掘ることによって面積以上の敷地を確保しているとの事だった。詳しく聞きたければ、そのへんの研究者にでも聞いてくれと兵士はまどろっこしそうに言う。よくされる質問に辟易としているといったところか。何にしてもご愁傷様である。
入国審査を終え中に入ってみると推定していた以上に覆いかぶせるように作られている天井は高く、広々としていた。しかしながら人口密度は凄いことになっているせいか素直に広いとは思えないのが欠点だろうか。
「見たことないものだらけだな。」
「そうですね。司書として働いていた頃に機械に触れる機会もありましたけど、ココにおいてあるような大きなものは初めて見ました。」
大人二人がおのぼりさんのようにあちらこちらを見渡しているのに対して、ミラはそれほど興味を示さずに大人二人を見上げている。それに気付いた私は取り繕うように咳をすると、今日泊まるための宿を探そうと提案した。ユラはそうですねと微笑み、ミラは疲れているようで早く早くと急かすように私の服を引っ張って返事をする。