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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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メフィーリゲ神殿  1

 呪いの沼地の先、野を越え山を越えた所には一切の民族が住んでいなかった。あの呪われていた地帯は、禁忌とされていたところであったというのが、道中の看板で書かれていたので、それが関係しているのだろう。言うなれば未開の地。本職の探検家の人ならば、心を躍らせるような場所であるが、私達のように興味のない人間にとっては落胆しかしない場所である。ティリーンが教えられた場所は、砂漠地帯に生きている女性達にとっても、危ない場所だというくらいの知識はあっただろうから、ティリーンが一体どんな方法を用いてこの情報を聞き出したのかが気になる。余程の事をしなければこんなところを紹介されるはずがない。グダグダと纏まらない思考を巡らせながら、メイカを背負って歩く。序盤で話しすぎて疲れたのか今はご就寝中だ。私のそろそろ休憩をいきたい所だが、休憩できそうな場所がない。流石に虫や獣が跋扈するここらには腰を下ろしたくないし、居眠りしている間に食い殺されるなんて事も起こりうる。それだけは勘弁だ。死ぬにしてももっとも格好のつく死に様を晒してみたい。不吉なことを考えながら進むと、私達の道の終点を意味するかの如く、道を塞いだ大きな旧式の建築物が立ち塞がる。元々は豪奢な造りだったのだろうが、風化して意匠も薄くなってしまっている大きな神殿。それの後ろは崖になっているため、ここを回避するのならば大幅な回り道をしなければならない。それはそれで面倒なのでメイカを起こす。彼女ならば、このようなものに造詣が深いから何か知っているかもしれないという安易な考えだったが、目を覚ましてそれを見上げた彼女の反応を見て、読みが当たっていた事を確信する。


 思わず二度見をした彼女は、自身の頬を引っ張って、離す。当然頬は赤く染まり、痛覚が働いたことで涙が溢れる。そうして現実を確認した彼女は今度は私に目線を移す。


「どうやって此処に来たんですかっ!?」


 慌てた様子の彼女に私は嘘偽り無く、適当に進んでいたら辿り着いたのが此処だったと言った。すると、彼女は何度も問いただしてから考え込む。ボソボソとそんな偶然があるのだろうかだとかなんとか聞こえる。推論を終えた彼女は私に下ろすように求めると、自分の足で大地に立つ。何度か屈伸をして体を温めてから神殿に向かって足を伸ばす。入っても大丈夫なのかと訊ねると、大丈夫かはわからないと曖昧な返事を返すので、それなら引き返すべきではないかと進言する。だが、彼女は好奇心に勝てないらしく、私の忠告も無視してどんどんと奥に進んで行ってしまう。心ここにあらずと言う言葉を体現している今の彼女は非常に心配なので、私のその後を急いで追い掛けた。



 やっとの思いで追い付くと、そこは開けた空間で、左右に綺麗に陳列されている天使の像たちが私達を出迎えている。神々しさを感じながら見渡していると、先行していたメイカがそのうちの一つに触れる。造形を確かめるように執拗に確認してから手を放す。今度は黙り込んで考える。この神殿に思い当たりがありそうだ。しかし今は声を掛けた所で反応がありそうにないので、私も適当に見て回ろうと思う。メイカがあんなにそそくさと入ったところを見ても、それほど危険な場所というわけではないだろうし、突っ立っているのも暇である。壁画が彫られた壁を指で辿りながら歩いてみる。劣化しており、凹凸があるものだと思っていたが、意外にもつるりと滑らかな感触に驚く。外から見た時は、廃墟のような印象を請けたが、内部はそれなりにしっかりしている。今は使われなくなっている理解不明の言語が刻まれたところをなぞると、どういう原理かそこが光り出した。これは大丈夫なのかと尋ねようとメイカの方を振り向くと、彼女も不思議と此方を向いており、目が合う。そうして彼女が私の手先の方を確認すると、一気に慌てふためく。


「お兄さん!そこ触っちゃダメです!!」


 尋常では無い感が彼女から伝わってきたので急いで離そうとするが、気付いた時には何故か手が離れなくなっていた。こんな所に罠があるとは思わなかった。必死に抵抗するが、ビクともしない腕に焦りが生まれる。マシな点を云えば、沼地の時のように引きずり込まれるようなことはないことだろう。唯引っ付いているだけのように思える。私の手から溢れ出す黄金の光により染め上げられる文字列は、すべてを埋めた所で輝きを失った。やっと終わったかと思うと、大地を揺らすくらいの大きな地震が起きる。さっぱり現状が理解できないが、最奥から吹く風を感じて、奥の扉が開いた事を察する。つまりは、進めということか。


「ま、ま、待って下さい!!」


 真っ赤な顔で私を制止したメイカは呼吸を整えるように一息ついてから私にここはあたしが先導します名乗りを上げてくれた。この先にどんな危険が待ち受けているのか分からないので、当然私が断りを入れようとすると、彼女は勝手に自己完結させて先に行きますねとぎこちない口調で先に進んでいった。展開についていけていない私は動揺しながら彼女に付いていく羽目になった。心なしか目が血走っている彼女に疑問を浮かべながらも何かがあるということだけは理解した。



 大人しく引き下がった私をちら見した彼女は冷や汗を垂らしながら先行する。もしかして私はとんでもないことをやらかしてしまったのだろうか。それならばこの場を持って謝罪を述べるべきだ。しかし隙無く軽い足取りの彼女に切り出すタイミングが掴めない。重々しい緊張感とは裏腹に緩みきった頬が何を意味しているのか私には判断つかなかった。扉を越えた向こうは、まさに別世界であった。青白く輝く内部は邪気を打ち払ってくれそうな聖気で溢れている。あの罠からして他にも似たようなものがあるだろうと踏んでいた私は慎重な足取りだが、雰囲気を見て考えを改めてしまいそうになる。ここまで神聖な場所ならば、悪いことは起こりそうにないと思ってしまう。気はできるだけ抜かないように心掛けるが、いつまでも強い気持ちを保てそうにない。


 段々と抜けてくる緊張感に気が楽になっていくのを感じ始めた頃合い。私達の前に第二の巨大な扉が姿を表した。行き止まりなのか、扉は押しても引いてもビクともしない。メイカは様々な検証を行いながら、今までに見たことないような程の真剣な顔を見せる。元より、真剣だったが、此処に来てからの彼女の動きには無駄なものが一切感じられない。これもこの神殿の力なのかと下らない事を考えながら、彼女の途中経過を見守る。私にも何かすることがないかと思い、彼女にそう伝えると、黙って見ててくれれば良いと悲しいことを言われた。戦力外通告を受けたみたいで、少し心が寂しくなった。だが、言われたからには黙っていたほうが良い。また何かしらやらかしてしまわないとも限らない。失った信用は黙りこくる事で見事解消させてみせよう。そう意気込んだは良いものの、黙ったまま彼女の後を付いていくだけというのは、切ないものだ。唯居るだけに徹するつもりだったが、座るくらい良いだろう。ちょこちょこと歩き回って何かを探している彼女に声はかけづらいので、私は声を掛けずにその場に座した。そして地面に手を着くと、ポワンという不思議な音が奏でられた。冷や汗を掻きながら、手元を見ると、そこには輝く古代文字が列挙されており、私の手が触れた部分から光が広がった。呆然と眺めるだけだった私を前に、巨大な扉は独りでに動き、堂々とした開帳を果たした。機械のようにぎこちない動きで此方を見たメイカは涙目になりながら目で訴えてきていた。私はあまりの圧を前に目を逸らしてしまったが、彼女は頬を膨らませて余計に拗ねてしまっているようだった。彼女には本当に済まないとは思っているが、何も他意があった訳ではなく、手をついた所に偶々それがあっただけなのだ。許してもらえなければ、理不尽というものである。


「べ、別にいいですけどね。」


 振り向きざまにそう言い放った彼女は絶対に根に持っていた。言葉とは裏腹にその表情は明らかに不機嫌を体現していた。どうにか機嫌を直そうとは尽力するが、何か口を挟んでも、私が的外れなことを言っているという顔をするだけで、まともに取り合ってくれない。そういえば昔、故郷の隣の家のおじさんが言っていた。異性というのは絶対に理解できない。だから理解しようとするな。唯的外れだとないがしろにされるだけだから。涙ながらに語っていた彼の姿を思い出した。他の人から聞いた話ではあのおじさんは妻との新婚旅行の時に奥さんを怒らせてしまったらしく、一度延期になってしまったらしく、その時の奥さんの冷たい目を思い出していたのだろう。結果から言うと、二人は今でも仲睦まじく夫婦なのでどちらかと言うとおじさんの方が根に持っているだけの思い出であるが、人生の先輩の言葉は真摯に受け入れるとしよう。


「そうか。でも私はメイカが傷付いていそうだったから、一言謝罪だけさせてくれ。すまない。」


 相手の言論を否定せずに此方から言い寄って此方で完結させてみせた。自己完結にすることで、相手に割り込ませなくして物事を完結させることが出来る。多用すると唯の話を聞かない馬鹿であるが、用法を守れば万能な切り出しだろう。現にメイカもバツの悪そうな顔をしている。作戦は成功したと言っても過言ではない。勝利に祝杯を上げたいくらいだ。是非とも故郷のおじさんには帰ったら一言感謝を伝えたい。自分の中で勝手な約束を考えながらメイカの手を取って先に進む。先程から俯いてしまって歩き出す素振りを見せなかったので、此処は私に先行しろということなのだろう。それでも付いてくる素振りが見えないので、手を引くと素直に従ってくれた。恐らくこれが正解だ。自信に満ちた顔で私は奥に進めば進むほど何もない神殿をかろやかな足取りで進行する。



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