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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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ウシナイノ沼  3

 幸せな毎日は私に潤いを与えてくれた。もう一生ここから離れる事を選択しないだろうと思わせる。そんな魅力がこの村にはある。愛する者達に囲まれる幸せを存分に貰っている私は、逆に彼女たちにも幸せを届けられる様に私も尽力する。何かが壊れれば修復作業を行うし、敵が来れば殲滅する。ここを守るためにはどんなことだった容易にできてしまう。私には此処が必要である。此処数日の天候不良のせいで飛んだ屋根の上の瓦を貼り直しながらそんなことを考えていた。何故唐突にこんな思考が過ぎったのか分からないが、不吉なことが起こる前触れのようで寒気がする。だが、どんなことが起きても絶対に皆を守る。これは完遂するべき事項である。


「終わりましたかぁ。」


 家主にそう呼び掛けられたので、修繕が済んだことを伝えて屋根から降りる。家主は飲み物でも飲んでいかないかと誘ってくれたが、今日は皆のもとに早く戻りたい気分だったので、それを断って帰路についた。


 家に着くとただいまと挨拶をするが、いつもと違って誰の返事も返って来なかった。変に思って中に入って行くと、衝撃的な場面に出会でくわす。そこにはユラの首を絞めるミラの姿があった。暴れまわるユラは拘束をされていて、身動き取れない状況で一方的に首を絞められている。私が急いで近付き、ミラの絞首を止めるために割って入る。しかしもう既にユラは死に絶えてしまった後で、呆然と天井を見上げるユラはもう動かなくなった。私は絶叫を上げる。涙がどんどんと断続的に溢れ出る。その矛先はミラに向くが、肝心のミラは感情の篭っていない顔でこう云うのだ。お父さんが思い出さないから。大切な人を思い出さないから。責めるように私に告げると、彼女自身も手元にあったナイフで自分の首を掻っ切った。そこから血が溢れ出て、私の手当ても虚しく二人は息絶えた。真っ赤に染まった自分の掌がとても罪深く思える。彼女の言った思い出さないからという言葉が私の脳内を駆け巡る。私は何を忘れているというのか。こんなに幸せだというのに。


「自分が幸せだったら良いの?」


 後ろから掛けられた声に驚いてたじろぐ。そちらを見遣ると、武器を持ったレザカが扉を塞ぐようにして突っ立っていた。焦りからか動揺を隠せず、返事に詰まっていると、彼女は呆れたように目を半分伏せて自身の眉間に持っていた矢を勢い良く刺して絶命した。何がどうなっているのか。全然理解できない内に私の世界が崩壊していく。誰がこんな惨たらしいことをするのか。もう勘弁してくれ。頭が割れそうになるほどの頭痛が私を襲う。


「自分だけが大事なら一人で生きろよ」


「さようなら」


「貴方のせいで死んだのよ。」


「意気地なし、優柔不断。」


「そんなんじゃ誰も幸せにできない。」


「見損なった」


 次々と誰かの声が耳元に届く。聞きたくないことだらけ。何故私がここまで言われなければいけないのか、少し腹立たしくもあるが、そのどれもが正しくもあった。結局何も言い返せずに耳をふさいでその場に座り込む。そんな私の手に誰かの手が触れた。震える顔を上げると、そこには赤髪の女性が居た。微笑んだ彼女は私を抱き締めると口を開く。


「「あたし(妾)が幸せにしてあげる(のじゃ)」」


 ダブって聞こえてきた声はどこか懐かしさを思わした。懐かしい声はまだ続く。自分なら私を幸せに出来ると豪語する彼女は説得力のある強い意志が篭ったいい目をしていた。こんなところで燻っている私には勿体無いような人だ。私は彼女が眩しいと思った。されど、彼女のその眩しさを自分が穢してしまって良いものなのか。私なんぞが関わって良い人間ではないのではないかと思考が移ろう。しかし、しっかりと目を見ていた彼女は心でも読んだように大丈夫と言う。何を根拠にそう思うのかと問い質すと、彼女は自分は人間ではないから私の条件には当て嵌まらないと自信満々に応えて、胸を張った。あまりにも自信の篭った言の葉だったので、私は彼女に従うように手を差し伸べようとする。それを読み取った彼女は嬉しそうに頬を緩めてその手を握ろうとして、それに失敗する。


 理由は簡単だ。私の身体が後方に引っ張られたからである。不審に思って私が振り向くと、そこには身体の溶けたユラたちが私の背中にしがみついている光景が写る。彼女らは低い声を上げながら手足を泥のように変えていき、私を絡め取ろうとしてくる。思わず素っ頓狂な声を上げてしまうが、それを恥ずかしがっている余裕はない。


「「掴まれ(掴まって下さい)!」」


 危機を察した女性が私の手を強引に持って行こうとするが、その間にとある人物が立ち塞がることで、不実行に終わる。私と彼女の間に割って入った少年は赤い髪の持ち主。メイカの息子だと言われていた人間だ。彼は、泥に押し込まれる私へ軽く目線を投げると、赤髪の女性に方向に視線を戻す。そして苛立ったような言葉をその口を歪めながら紡ぐ。


「これ以上は手出し厳禁だよ。まさか、泥の関係に当て嵌まらないメイカと神獣であるティリーンが共闘するとは思わなかったよ。でも、流石にこれはやり過ぎだ。彼には大人しく此処で沼に飲まれてもらうよ。だって、彼がこの世界を望んだことは間違いないんだ。それなら堕落してしまったのも同然。彼の僕達の一部になるんだよ。」


 顔中を掻き毟って白目を剥く少年は表情を崩しながらそう言う。そう言われた時点で私は沼に引きずり込まれたことをやっと思い出した。この世界が全て幻想であることも思い出された記憶により思い出す。しかし、私に絡みつく彼女らを振り解くことは容易くない。もう腰の辺りまで身体は飲み込まれている。ティリーンに助けを求めようにも沼の意思だと思われる少年に阻まれて難しい状況だ。沼の空間だからか、お互いに本来の力を発揮する事が叶わない。どうするべきか。冷静さを欠いて暴れまわったところで余計に沼に沈む。耳元で誘惑してくる彼女たちが本人ではないにしても、同じ容姿なので無下に投げ飛ばせない。そんなことでどうする。それはティリーンを裏切るようなものではないのか。私も流石に足を引っ張るのは懲り懲りだ。


「退けぇええええええ!!!」


 私の叫びに英雄の剣は応えてくれた。何もなかった私の右手には剣の柄の感覚が伝わる。それをがっちりと掴んで横に一閃を描く。ユラ達の形をした泥人形共は断末魔を上げながら剣によって屠られる。沼から序でに近くに居た赤髪の少年に剣を投げつける。予想外の少年はそれに胸を突き刺され、その場に倒れこむ。その隙をぬってティリーンは私へ近寄り、私の腕を掴んだ。気張れと言う彼女の指示に従うと、一気に私は引っこ抜かれた。私はその反動で少年の近くに転がったため、彼から剣を引き抜くと、辺りは真緑に包まれた。


 あまりの眩しさに目を閉じて片手で覆うと、一瞬にして辺り一面が臭気の漂う沼地に早変わりする。どういう理由で戻れたかは分からないが、私は一息吐く。ハッとしてティリーンの居た方を確認すると、そこには倒れているティリーンが確認できた。私は急いで駆け寄り、彼女の口許に耳を寄せる。口からは呼吸器が活動している音が聞き取れる。一気に脱力する。どうやら寝ているだけのようだ。それもそんなに深くない眠りである。こんな臭い所で目を覚ますのは苦痛だろうからと私は彼女を担ぐ。そして沼を背にするように歩き出す。方向があっているかどうかも定かではないが、歩いていればその内何処かに辿り着くだろうと言う精神で歩く。何よりも凄く頑張ってくれた彼女を癒やすことを最優先事項にして足を止めない。沼地を抜けて、よくわからない平野を越えて、今なら何処までも歩いて行けそうだと半狂乱していると、彼女から寝言以外の言葉が漏れる。


「……お兄さん?」


 いつもの呼称と違うので一瞬止まってしまったが、その懐かしい呼び方に私は思わず彼女の名前を告げた。


「メイカ……なのか?」


 質問に質問で返すのは礼儀のない行いだそうだが、ここは目を瞑っていただきたい。あまりにも自然な言葉だったので、出てくる筈のない彼女の名前を言う。すると、彼女は軽く笑ってからこう答える。


「ティリーンさんだと思いましたか。残念、メイカちゃんでした!」


 上機嫌の彼女は獣耳に尻尾、腰元まで伸びた髪を有しているので、見かけ自体はティリーンそのものだが、纏っている雰囲気が確実に違う。どこかほんわかとしているようだ。抱っこされている彼女は茶化すように私の身体に手を回して、首の裏に唇を落とす。声の洩れる私に彼女は可愛いなどと言いながら、今どうなっているのかを語った。


「どうやらあの沼での体験のお陰で、眠らされていたあたしの心が起こされたらしくて、ティリーンさんと交代でまたこうして動けるようになったんです。彼女もこの件については承服してくれていますよ。」


 艶っぽい声で耳元で呟く。そして今までの鬱憤でも晴らすように私の首元を舌で愛撫し始めた。丁寧な舌使いにこそばゆさも感じるが、確かな愛情も感じる。折角開放されたのだ。今は彼女のやりたいようにさせようと思う。地味に力が抜けるようなことをするので、時折彼女を落としてしまいそうになるが、そこは気合でフォローする。恐らく大丈夫だろうという甘い見積もりのもと、私はその状態で次の国を目指す。今度はしっかりとした国が良いと此処の底から渇望する。いつまでも飽きずにペロペロと舐め続けるメイカを背負い、宛のない道を二人で進む。その道中でお互いに話せなかった事を沢山話した。突然の別れだったので、話したいことは沢山残っているのだ。それに亡くなってしまったメナカナのことも伝えなくてはなるまい。今日一日は彼女が身体の支配権を持っているそうなので、急がずともゆっくりでも良いのだが、回る舌はとどまることを知らなかった。



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