表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
106/151

ウシナイノ沼  1

 砂漠地帯を漸く抜け出て固い地面を踏み締めることが出来ると喜んだ瞬間、突然に雨により気分は一気に陰鬱に逆戻りする。それでも砂漠地帯に戻るわけにもいかず、私達は激しく降り注ぐ雨の中を身を寄せながら進んだ。そして進めば進むほどに足元が泥濘ぬかるんできているのに気付く。どうやら此処から先は沼地になっているみたいだ。晴れが続いた後は、雨続きかとゲンナリとするが、歩みを止める理由にはならないので只管に足を動かす。ティリーンに足元が持っていかれるのか歩きづらそうにしている。彼女の場合は、足に履物をしていないので顕著に影響があるのかもしれない。苦労を多々掛けてしまう私はここらで挽回しようと転けそうになっている彼女を受け止めると、そのまま抱き上げる。唐突な出来事にビクリと身を震わせたティリーンだったが、少しすると申し訳無さそうな表情で重くないかと尋ねてくる。恥ずかしいのか頬を染めている様はとても可愛らしい。私が無言で首を横に振ると、そうかとだけ言って黙り込んでしまった。私の勘違いだと良いのだが、少し彼女の様子がいつもと違ったので何かあったのかと推理していた。だが、この様子を見る限り、平常運転に思える。安心してから彼女を運び、進路を行く。


「此処は……」


 雨に曝されながら行き着いたのは、深緑に染まる不気味な沼地だった。底なし沼のようにその表面をたどるモノは、それが何であろうと沈めてしまう風格がある。思わず身震いしてしまう。彼女に渡された地図を見直すと、方向はあっているはずだ。一つ疑問が残るのは、他国の兵士が向かってきた方向とは大分違う方向に来てしまっていたことだが、それは、旅の道中に敵兵に出会わないように教えてくれた人が配慮してくれたのだと思っていたが、疑心暗鬼が完全に疑いに変わろうとしていた。


「主様、避けるのじゃ!」


 立ち止まってしまっていた私の眼前に気付けば人型を形成した泥が抱き着こうとしてきていた。剣を振ろうとしたが、ティリーンを抱えているのを思い出し、後ろに数歩下がる。すると次はその片一方の足を地面の泥濘んだところに取られて転倒してしまう。普段なら絶対しないような失敗だけにテンパッてしまう。早く体勢を立て直そうとして焦燥感が私を苦しめる。しかし、彼女を抱えた状態で立ち上がるのは中々に難易度が高いもので、彼女を一旦降ろしてから立ち上がるという冷静な判断が出来なくなっていた私は更に焦る。そんな私の視界に足を掴む手が見えた。何事かと二度見すると、そこには又しても泥で形成された手が私の足をガッチリと掴んでいた。転んでしまったのはどうやらこれのせいみたいだ。だが、そうかそうかと言って終わる話ではない。人型はまだゆっくりとだが歩いてきているし、地面から生える手は私を沼に引きずり込もうと強力な力で引っ張られる。必死に抵抗するが、着実に身体は沼に向かって行っている。せめてティリーンだけでも守るために彼女をそこいらに投げる。すると、その時に気が緩んでしまったのか、一気に沼に引きずり込まれていった。


「主様ぁあ!!!」


 ティリーンの叫び声を最後に私は冷たく臭い沼の中に身を沈めた。



 一時して、私は死んでいないことを不思議に思う。回りを見渡すと、そこは私の知らない村。私は知らない村で知らない人々に囲まれている。持っている桑を見下ろして自分が畑を耕していた事を思い出した。こんな暑い日なのだからぼんやりとしてしまっていたのだろう。よくよく考えて見れば、此処は私の村で、あの長い旅を終えた後に作った村ではないか。何故そんな大事なことを忘れてしまったのか。沢山の妻に囲まれて、その子供たちも元気に外を走り回っている。一休みと言ってから、家に戻ると、料理を作っているユラがそこにはいた。フリルの付いたエプロンがなんとも可愛らしい。味見をしながら満足そうに目を細める健気な妻を後ろから抱きしめる。少し驚いたユラはもうと一言置いてからお帰りと返してくれた。幼児退行の治った彼女はもう立派な女性に返り咲いている。そんな彼女を愛しく想い、私はその唇に自身のそれを重ねる。唐突の接吻に彼女は照れていたが、そんなしぐさも可愛らしい限りだ。


「お父さん、お母さんばかり……だめ」


 飛び上がると、帰宅していたミラが此方をジト目で見ていた。今の光景をじっと見ていたらしく、少し不機嫌そうに顔を顰めている。そんな彼女は、そこそこ成長した身体を私に押し付けて同様の行為を強請る。もう大人に近づいた体つきをしている彼女にそういう事をするのは躊躇われるので、普段はなあなあに誤魔化すのだが、今回はそうもいかないみたいなので、彼女の頬に唇を落とす。場所が違うと不服そうではあったが、今回はこれで許すと言ってくれた。子供らしくワガママを言ってくれる彼女を可愛く思う。腕組みをして胸を張る彼女の頭をなでてから食事の手伝いをする。ユラはいつもこれは自分の仕事だから手伝わなくても良いというが、これは私がやりたいからやっていることだと言うと、引き下がってくれる。私としてはこうやって彼女に料理を教わりながら並んで調理を行う時間がとても好きなのだ。だから、このくらいのワガママは許してほしい。


 もう少しで食事が出来るという所で狩りから帰ってきたケレティガが我が家の扉を開く。ラルームの森で何でも屋をしていた彼女はとても軽いフットワークで私達の生活を支えてくれている大切な人であり、私の妻でもある。帰宅した彼女にも口吻を交わして着席させる。すると、変わり者の研究者であるアスドガ、ヒーロと共に長い旅に出ていたレザカ、クロネなどが次々と顔を出した。飯の完成時を狙ってきたのかと呆れた笑いが出るが、誰もが可愛くて綺麗な自慢の私の妻たちである。彼女らのために私の人生は有ると言って良い。この旅も彼女らに会う為にあったようなものだ。本気で私はそう思っている。一生彼女らと時を同じくして朽ちていきたい。それが今の私の夢であり、希望である。


「頂きます」


 皆で声を合わせた言葉を合図にして料理に手を付けていく。どれもがいつも通りの美味しさがあり、何もかもが思いの通り。変わらぬ美味しさを提供してくれるユラに感想を告げてお礼を溢す。すると、嬉しそうに頬を緩めて喜ぶ彼女の姿を見ることが出来る。またいつものかという表情の女性陣には目もくれずにそれに目が惹かれる。ヤキモチを焼いたミラが嫉妬心を覗かせた表情で私の口許に料理を運ぶ。それによって思考は遮られて今度はユラの方が不服そうにするが、そこはやはり母親ということもあり仕方ないかと肩を落とす。


 回りで見ているクロネやレザカはその光景を微笑ましく見守り、アスドガは目もくれずに料理を口に運んでいる。ケレティガは自分の輪に入りたそうにしていたが、恥ずかしさがあるのか目を伏せている。そんな感じで食事を終えると、昼からの作業に各人が没頭する。皆で支えている村なのだ。尽力するのが当たり前だ。気合を入れてから農作業に励む。時間は刻々と過ぎていき、少しすると、村の小さな学校に行っていた子供達が帰って来る。お腹を空かせた子供たちは帰ってきてからも外で遊んで、元気一杯な姿を見せると、ユラの作った夕食を食べて直ぐに寝付く。まだ小さい子供は女性陣が寝かし付ける。私のような無骨な人間はあまり子供相手に向いていないので、遊び相手くらいにしかなれない。この間も娘達のママゴトに参加させられて、そのさまを後ろで見ていたアスドガに大爆笑されたくらいだ。自分の娘に叩かれていたが、アレくらいでへこたれる人間でもないので、同じ状況をまた目にすれば彼女は又大爆笑すること間違いない。


 苦い思い出になりつつあることを思い返していると、一人の息子が夜空を眺めている私の横に気付けば座っていた。息子は無言で私の横に居座る。その赤髪に強気な目は誰かを思い出す気がするが、どうしても思い出すことが出来ない。少年はニッコリと此方を見て微笑んでから寝室の方に帰っていった。後で妻たちに確認したのだが、それは今は修行に出ているメイカとの間の子供ではないかと言われる。不思議な子でのらりくらりと姿を眩ませる変わった少年であった。そう言われると、そうだったなと思い出す。もう痴呆が始まったか、いつかお前たちのことを忘れてしまったらどうしようかと冗談を言うと、真顔になった妻たちに冗談でもそんなことは言わないでと釘を差された。正直怖かった。


 会話のそこそこに私の欠伸をきっかけにしてそろそろ寝ようということになった。いつもように私の部屋へ向かう。他の部屋より大きく設計された私の部屋にはおかしなサイズのベットが中央に鎮座し、皆で寝れるように設計されている。次々と愛を語る妻たちとそこでまぐわっていく。そうこうしていると、時間などは直ぐに過ぎ去っていく。今日も一日、満足の行くものだったと安心して私は眠りにつく。すると、眠る私に誰かが語り掛けてくる。誰かは分からないが、赤い髪に強気な目は見覚えがある。そうだ。メイカの息子がそうだったか。しかし残念なことに夢で出会ったその人は女性であった。と言うことは、メイカだろうかと結論づけようとするが、メイカは大人になった後も、髪を肩口で揃えるようにしていたし、頭の上に獣の耳を有してはいなかった。完全にお手上げ状態に陥った。仕方ないので私は初めましてと挨拶する。そうすると、彼女は表情を引きつらせて、それは面白く無い冗談かと尋ねてくる。冗談でもなんでもないので、首を横に振ると、彼女は腰が抜けたようにストンとその場に尻餅をついた。大丈夫かと手を差し伸べようとすると、彼女はその手を握ろうとして消え去った。それが夢の幕切れだった。


「大丈夫ですか?」


 ユラに額を拭われながら私は起床する。彼女が言うには顔色が悪く、汗を異常なほどかいていたらしい。悪夢にうなされていたらしい。どんな夢を見ていたのかと聞かれたが、私に夢の記憶は残っておらず、覚えていないと答える。彼女は私を優しく抱き締めて、きっと悪い夢だったのだから忘れてしまって正解ですと励ましてくれる。そんな彼女の優しさに溺れる事に深い快楽を感じる。思い出されそうな記憶は何処かへ行き、この安らかな感覚身体が侵食されていく。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ