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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  11 ※ティリーン視点

 主様と二人並びこの鬱陶しい砂漠地帯からの脱出ルートを聞き出した情報を元に進みながら、妾は昨晩の事を思い起こしていた。主様にまた嘘をついてしまったと罪悪感を抱くが、これも彼のためである。自分にそう言い聞かせて思考を巡らせる。主様の勘が鋭くなかったため気付かれなかったが、原住民の女子供は自分たちから出て行った訳では当然無い。最初は主様の悪口を言っていた女達を処罰してやろうくらいの気分で妾は寝ている主様を置いて女子供の寝ている筈の家へ向かった。少し近づくとほんのりとだが、光がついており、まだ起きている者が居ることに気付いた。こんな時間に何をしているのだろうかと考えながら、バレないように身を隠しながら近寄り、耳を澄ませば、彼女らの理不尽な逆恨みが爆発していた。妾に阻止されていたせいで余計鬱憤が溜まっていたのだろう。だからと言って、主様の陰口を叩いて良い理由には繋がらないが、気持ちくらいは汲み取ってやらないこともない。汚い口調は段々とヒートアップしていっているのは何となく聞いていた妾にも分かった。そろそろ侵入して体罰に移ろうかと考えていた時、女達の口から主様の暗殺計画が持ちが上がった所で、妾の頭の中の何かが吹っ飛んだ。


「楽しそうじゃのう。」


 建付けの扉を破壊して入室すると、彼女たちは驚いた表情を一瞬浮かべてから、直ぐに顔を真っ青に染めた。神獣という立場であるため妾には全ての言語を自在に操ることが出来る。精霊なんぞの所業は容易い。つまりは、主様と違い、素のままで言葉を読み取り聞き取り、喋ることが出来る。と言うか、妾が話した言葉は直接脳で無理やり自分の都合のいい言語で再生されるという仕組みにある。彼女たちは目を見開いて悲鳴をあげようとするが、あまりの恐怖に喉の水分が蒸発して掠れた声しか出ない。


「主様が全て悪いのか。そうやって誰かに責任を擦り付けて。自分たちは関係ないとでも言うつもりか。そうしておれば楽じゃろうな。自分は被害者だと言うだけなら幼子でも出来る。」


 一歩一歩敢えて踏み締めるように歩く。床がキィと鳴る度に彼女たちは抜けた腰を引き摺りながら後退していく。その内壁にぶつかり逃げ場を失う。寝ている子供たちは安らかな顔をしているが、此奴等の子供だと思うと忌々しく思えてくる。人間は支えあって生きているのではなく、支配されて生きているというのを浮世離れした此処の原住民は理解していない。妾からの特別授業を執り行うことにする。拒否権は存在しない。唯享受すればそれで良い。追い詰めた妾は絶望に沈む女達にそのまま手を下そうと考えていたが、このままでは此方に旨味が少なすぎる。ここいらで砂漠地帯の脱出ルートでも聞き出しておくか。そう考えついた妾は女達に目線を合わせて、この砂漠地帯の抜けだす道筋を教えた者には生きる権利をやると言う。それに付け加えるように先着一名限りだと言うと、面白いくらい我先にと言葉を各人が並べた。口頭じゃ分かりづらいと言うことで紙とペンを渡し、誰が一番上手に描けるか競争してもらう。その地図を受け取り、一枚一枚選別すると、全員が命が掛かっているだけあって、同率一位。どれも素晴らしい出来栄え。それを彼女らに伝えると、安堵とともにじゃあ誰が助かるのかという疑問が目に見えた。そんなことは決まっている。


「じゃあ、みんな仲良く死刑じゃ。」


 躊躇いなく振られた拳は次々と女達に直撃し、生命活動を停止させた。その際に大きな音を立ててしまったため、寝付いていた子供たちも目を覚ます。子供たちは血を流して動かなくなった自分の母親たちを見て、その後一斉に妾に目線を向ける。これはお前がやったのかという意思がありありと伝わってくる。妾が傲慢な笑みを向けると、何かを悟ったようにそれぞれが放心状態に陥った。このことが子供を通して主様に伝わってしまうといけないので、証拠隠滅に移ろう。


 全てが終わった後、清々しい気分で血だらけになった部屋にポツンと立っていた。


『……そろそろシャイニが起きてしまいます。』


 控えめな精霊の忠告が妾の頭に伝わった。妾は、主様はお前の旦那でも何でもないと毒を吐いてからその場を後にする。どうやら妾も気が立ってしまっているらしい。精霊は何も言わずに去って行った。寝具代わりの毛布で身体に付着した穢れを祓い落とし、妾は主様の待つところまで戻った。誰に掛けられた分からないを持った主様は、妾が背中を押すと、嬉しそうに破顔する。日に日にこの顔が愛おしくなっていっている。彼のためならどんな悪行も苦ではない。彼は女を狂わせる最低の男なのかもしれない。そんな男に入れ込んでしまっている妾はもっと最低なのだろう。しかし、止められない。彼の命は永遠に妾を縛り付ける。そして逆もまた然り。もし死ぬことが会っても地獄の底で披露宴でも執り行いたいものだ。人間の惚れた腫れたという問題に一切興味を惹かれなかった妾をここまでおとしたのだ。きっちり責任は果たしてもらう。手についた鮮血を誤魔化してしまったのも些細な乙女心からだ。乙女の秘密と思って大きな器量で許してほしい。


 全てを心の中に秘めて拳については全く見当違いのモノに擦り付けて、彼が妾に白い目を向けない対策を講じる自分に末期だなと感じる客観的な自分の居るが、居た所で、口を出された所で、意思決定が覆るわけではない。寧ろ、主様が生きていると思っている住人たちが自分たちの援助を拒否した事を話した時に見せた不器用な作り笑顔を見て、それは増々強固なものになっていく。今ここで強く抱き締めたいが、この現場に長居しては惨殺現場を目撃されてしまうかもしれない。妾は彼女たちから砂漠地帯の脱出ルートを教えてもらったことを伝言し、さっさとここを離れることを推奨した。沈んだ顔を見せていた主様であったが、自分の中での収まりがついたのか、一旦目を閉じて黙想してから目を開き、その場から立ち上がった。そして妾の手を引き、行こうと決意を口に出してくれた。口角が緩むのを感じた為、顔を伏せるようにして主様の後を歩く。俯いた視界に写る主様の手は僅かに震えているのが見て取れて、自分が守ってあげたいという母性のような物が擽られるのを感じた。顔立ちや背格好はとてもガッチリとしていて、可愛らしさの欠片も存在しないが、時折見せる翳のある表情を浮かべる彼を見ると、思わず一生不便なく生活させてあげたい。一生守り続けたいと自然と思えてくる。妾が手を貸さなくとも彼一人で並大抵の相手はどうにかなるのは分かっているが、彼が少しでも傷付くことを考えるだけで身の毛がよだつ。


「どうかしたか。」


 俯向いているのに気付いた主様は、一旦止まって妾の様子を確認してくれる。こういう細かいところにも胸が高鳴るようになる。生き物として劣化してしまったように思うが、これが今の自分の支えている根幹。暴れ回っていた時の自分が今の自分を見れば、恐らく失望するだけに留まらず、見放すまであるだろう。しかし、妾は其奴にこう答える。この感覚を知らないとは可哀想だと。主様に微笑んで返すこの瞬間が妾の生き甲斐になっている。決して手放せない。彼が何人女を囲んでも、最終的には妾と二人きりになるであろう。だから器量の小さなことは言うつもりはない。主様の役目は、唯生きること。それだけなのだ。簡単なような難しいこのお願いに彼は答えてくれるだろうかと思考を巡らせながら、期待の目を彼に向ける。何のことだか分からない主様は、当然キョトンとするが、その内このお願いを打ち明けようと思う。


「気にせんでも大したことではない。唯、考え事をしていただけじゃ。」


 逆に彼の手を引いて先行すると、驚いた声を出すとともに困惑の表情を貼り付けていた。妾がからかったのだと分かると、呆れた風に一息ついたが、お返しだと遊び半分に抱き着いてきてくれたため、本気で照れくさくなってしまった。主様も勢い余った行動だったらしく、暫くすると頭を抱えてブツブツと呟いていたが、妾にとってはニヤケが止まらない状況だった。


 幾分か楽になったが未だに気怠い砂道も今は笑顔で踏み締めることが出来る。暗い過去はそこに置いていく。振り返っても見えなくなった現場を思い返しながらほくそ笑む。どんな脅威からも彼を遠ざける。誰であろうと邪魔はさせない。



 地図に従って向かうと数時間を掛けた所で漸く砂漠の切れ目に辿り着いた。風に舞い、降り注いでいる砂を除けば、ちゃんと草が生えてしっかりした地面にやっと対面する。柔らかい感触に慣れつつあったため、最初は多少の違和感を覚えたが、直ぐに感覚は正常なものに戻った。それは主様も一緒のようで、やはり慣れ親しんだ地面が一番だと落ち着きを見せた。同意するとそうだろうと嬉しそうに反応してくれる。難しいことを考えている時より、こういう少年のような無邪気な感じのほうが妾は気に入っている。どちらかと言うと、此方の方が素のように思えるし、考え込んでいるときは大体無理をしている時である。勿論、頑張る姿も猛々しくて格好良くはあるのだが、もしものことを考えると気が気でない。彼の旅は荒れ狂う大波のように起伏が激しいものなので、多少の猛威は仕方のない事だが、それでも出来ることなれば、安全な場所で安定した生活をしてほしい。人生の半分は良い事でもう半分は悪い事だと言う説があるが、それならば彼はもう悪いことを沢山経験している。もう良い事だけに集中させるべきだ。固く結んだこの手が離れない限り、絶対に彼を幸せにすることを誓う。これは一方的なものでしかないが、これが両者の想いになることを願っている。


 曇り始めた天候がこの先の旅の不幸を表しているようだったが、どんなものでも掛かって来いだ。恋する乙女が最強であることを証明してみせる。強くいき込んで空を見上げた。



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