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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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エリーナ砂漠  10

 矢に串刺しにされたことで変に吹っ切れた私は堅実な戦いを捨てることにした。それで得られるものの少なさを思い知らされたからだ。そういう性格ではない私が変に気取っても中途半端な結果が訪れるのは当然の帰結であり、私には本能に従った戦闘が一番向いていることに気付けたのだ。防御、回避、彼らに教えたそれは今の私の中では優先度の低い脳の命令。一番上に攻撃を配置して、我武者羅に突っ込む。人外の所業に目を丸くしていた敵も歩み寄る私に遅れながらも気付き、迎撃の準備を行う。飛ぶ矢が又しても降り注ぐが、巨大な化物の下に隠れることで、全身を火傷する代わり矢を一本たりとも受けないようにする。そして、素手で矢の集中砲火を受けてぐったりとした巨大な化物を持ち上げる。魔法で身体強化を行い、中々苦戦はしたが持ち上がる。手や腕は火傷で爛れていくが知ったことではない。それを敵の集団に投げ込むと、次々と悲鳴が響く。混乱した兵士達が行き交う戦地で逃げ惑う相手を見ながら身体を修復していく。完全に治りきれなかった部分は赤く腫れたまま残ったが、この程度の傷は戦闘に問題をきたさない。全身から激痛がするがそれこそが戦っている証のようで心地良い。戦意の削がれた人間は脆く儚い。前線の兵士は剣も抜かずに私に狩られていく。ある者は首を刈られて、ある者は急所を一突き。容赦のない進撃に逃げ出す者も多かったが、そこはやはり訓練されているのか逃げ出さずに敵愾心を露わにする物も居る。暴れまわるには最適な相手なので、誰のことも気にせずに後先考えない暴挙を繰り返す。


 回りに敵が居なくなれば、次なる相手を求めて彷徨い、敵がいればそのまま襲い掛かる。もうそこに敵味方の概念などないのかもしれない。その為私は気付くことが出来なかった。自分の前方の敵が減っていっていることに。前が見えなくなっていた。現状を配慮することを忘れた獣は、理性を失い、唯破壊を繰り返す馬鹿になっていた。だから、後方から爆発音がした時、一瞬で熱くなった頭が冷えた。数人の敵が此方を睨んでいるが、そんなことに気を配る程の余裕はなかった。もう遥か遠方の距離に見える私の居た住処からは黒煙が上がり、設置された家屋は破壊されていた。そこで漸く今回の敵の術中に私が嵌っていた事を知る。愚かな私は無意味な殺戮を停止した。


 即座に取り押さえようとして来る兵士達を薙ぎ払い、急いで仲間たちのもとへ向かう。もうとうに間に合わない状況にあることは確かだったが、それでも言い訳を作っては自分に言い聞かせた。道中、何度も足の骨が疲労骨折を繰り返す。酷使し過ぎた身体が段々と命令を拒否し出すが構うものか。最後は精神力で走り抜けた。有るかもしれない奇跡を信じて。




 もし総べてを司る神様なんてのがいるのならば、それは大した怠慢者で残酷な奴だ。視界に広がる光景を前に私はそう呟く。火が放たれた家屋は燃えて、人々は捕虜にされるか殺処分されている。私を確認すると、敵の兵士は捕虜も放置して逃げていったが、もう手を加えられたあとで取り返しがつかない状況だった。私の先走った行動が彼らの死に直結した。この全てが私のせいだと言っても良いだろう。反らしてしまいそうな目線を外さないように気を張りながら、そこでティリーンがどうなったのかが気になった。一旦視線を周囲に投げる。すると、何かを抱えた獣耳を生やした女性が此方に近づいてきているのに気付いた。生きていたことに感動しながら此方からも近寄ると、彼女の抱えているモノに唖然とする。


「主様」


 傷付きながらも大事に抱えていたのは、人間の頭。もっと詳細に説明するのならば、仲間を呼べと私が指示を出した相手。そう守らなければならない少女、エリ。彼女の頭は胴体と切り離されて無残にも頭だけがティリーンの腕の中に残されていた。私は一気に力が抜けて膝から崩れ落ちた。私の指示に従ってくれた少女が、私の指示に従ったせいで命を落とした。これは言い訳のしようがない。私が殺した。


「妾を庇って死におった。仕方のないことじゃ。主様のせいではない。」


 見るからに気落ちした私を気遣うティリーンの優しい声音が私の耳に届く。しかし、それをそうですかとそのまま受理するほど単純な思考回路を持ち合わせていない私は唯項垂れてそれを聴覚が拾っているだけに過ぎない現象に見舞われる。頭のなかでは、どうすれば良かったのかと言う疑問に次々と正解が導かれていく。一人でなんとか出来ると心の底で思っていたことやら、無意識の部分も全てが出てくる。終わってしまうと、その時思い付かなかった策が断続的に浮かんでくる。少なくとも今回の私の行動を見直せば、無駄に彼らを殺さずに済んでいた筈だ。今更そんなことを考えても、それこそ仕方のないことだが、考えずにはいられなかった。沈んだ心が悲鳴をあげていた。




 生存者は数人。ティリーンが守っていた女子供だけ。彼女らだけでは生きていけない。父親の不在を嘆く子供たちの声が私の脳味噌の最奥を抉る。禄に機能している部屋が族長の部屋しかなかったため、皆をそこに纏めて私は寝ずの番を買って出た。人を疑うことを知らない純真な子供達はそんな私にお礼を垂れたが、それならば後ろで隠れて批判している夫を失った女性たちのように罵声を浴びせられた方がマシだった。苛立ったティリーンが陰口を言う数人を血祭りに上げてしまったが、私はそれを全力で止めて一緒に外に出た。納得の行かない彼女はムスッとした表情を浮かべていたが、私が頭を撫でると、いつもの笑顔に戻る。そして私は今回の顛末について彼女に意見を求める。すると、彼女は遠慮なく私の行動の不正確さを突いてくる。しかし最後には、間違った選択ではなかったと締め括った。冗談の一切込められていない瞳に私は独りでに涙を流す。


「妾としてはこんな誰かもわからない輩の為に主様が傷付く事の方が許せない。」


 私を優しく包み込んで彼女は微笑んだ。背中をトントンと心地良いリズムで叩かれて、飲み込んでいた諸々の感情が一気に吐き出される。そこに男も子供もない。辛い時は涙を流し、誰かに受け止めてもらうものだ。啜り泣く私を彼女は黙って抱きしめ続けた。気付いた時には寝ずの番という役職も忘れて眠りこけていた。


「……主様は、ゆっくりお休み。」


 優しい瞳の奥にギラギラとした意思を覗かせるティリーンに顔を最後に意識が途切れた。




 短期間の間に何度も訪れるべき場所ではないのだろうが、このまっさらな空間に呼び出された事に私はどこか安堵に近いものを感じていた。結果的にケティミの言ったことを守ることが出来なかった私は彼女に見放されるものだと思っていた。呼びだされたと言うことは少なくとも挽回の機会が未だあるということだ。誰に対するものかわからない溜息をつくと、ふわふわとした輪郭が宙に浮かび、そこからケティミが形取られると、彼女は降臨した。流れるがままに漂う私を受け止めた彼女は、謝罪とともに私を抱き締める。謝られることなど何もないのに優しい人である。


『わ、私がいらぬ事を言ったばかりに、シャイニを困らせてしまいました。な、なんとお詫びをしたら良いか。』


 憂いを秘めた瞳を潤ませる彼女を綺麗だと思いながら、私は首を横に振る。今回の件は私が勝手に首を突っ込んで自爆をしたにすぎない。だからこそ、批判されるのは当たり前だし、心が痛むのも相応の対価である。指揮を執るという初めての体験は、虚しい結果に終わったが、私はそういう物事に向いていないという現実が明らかになった。もうほかの場所で同じ失敗は繰り返すことはないだろう。というより、そういう機会がまた訪れるどうかも分からないが、出来れば、もう一生体験したくはない。そう考え始めると、まともな結果出した私の行動自体がそもそも内容に思える。この旅で私は色んな人を傷つけたが、その逆はあまりない。私のしてきたことに疑問が残る。余計なことをしなければこんな事態には陥ることがなかったのではないかというものすらある。病んでしまっているのか後ろ向きな事ばかりが浮かぶ。


『今はゆっくり自分を見詰め直す時なのかもしれません。その結果がどんなものであろうと、私は貴方に付いて行くと、そう決めております。ですから、迷わず自分の道を歩んで下さい。』


 小難しい案件が彼女の言葉に絡み取られて薄れていく。それはとても気分が良いもので、私はされるがままに身体を預けて気付いた時には現実世界に戻っていた。


「ん……」


 目を覚ますとそこにティリーンの姿はなく、私は暖かな毛布に包まれていた。寝てしまう前はティリーンに抱き抱えられていたはずだが。途中で重くなってしまったのだろうと適当に判断して、毛布から脱出する。短時間の睡眠だったが、良い眠りが出来たようで疲れが大分抜けてくれている。リフレッシュした気分で周囲を見渡す。敵兵の姿形も微塵もない。朝方だというのに寂しい風景が続いている。黄昏れる私の背中がそこで漸く馴染んだ手に押される。振り向くと笑顔を見せるティリーンの姿があった。何故か拳が赤く染まっているが聞いたところ鍛錬のために壁を殴っていたら、手が腫れてしまったらしい。あまり自分の体を傷付けるような鍛錬は控えたほうが良いと助言すると、肝に銘じておくと言いつつも、飄々と切り抜ける。彼女の中にも悔しい気持ちがあったのかもしれない。そう結論づけて私はその話を終了させる。そして、これからの話をしようと思う。今匿っている皆をどうするかを決めなければならない。流石にこの状態で放置というわけにもいかんだろう。


「そのことなんじゃが、主様よ。」


 話を遮るように彼女は口を開く。そして少し戸惑った表情を浮かべながら頬を掻く。


「彼女たちはもう別で此処を出て行ってしまった。妾達の施しを受けるつもりは無いようじゃ。」



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