表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
101/151

エリーナ砂漠  7

 


「おっ、主様。どこにいっていたのじゃ。」


 酷い目に遭った私を出迎えてくれたのはティリーンだった。相当飲んだのか完全に出来上がっていたが、その瞳には心配の情が見える。適当に散歩してきたと伝えると、安堵の表情をしてくれたので私も安心する。それから小脇に抱えたエリの方に話題を振られたが、これは自業自得な結果だと言うと、彼女は理解まではしなかったが、なんとか頷いてくれた。そして、少女へのお仕置きが終わっていないことを伝えて、部屋に二人にして欲しいと頼むと、彼女は心良く頷く。終わったら呼んでくれと残して彼女は夜風を浴びに一人で歩いて行った。背中を見送ると、私は項垂れている少女を抱え直し、部屋に入室する。


 下手に抵抗されないように後ろから羽交い締めにしながら少女に今回の件について言い開き等があるなら言ってみろと呟く。減刑くらいはしてやるというニュアンスを即座に読み取った少女は何度も頷きながら、様々な理由を垂れた。


 最初に言われたのは脅されていたこと。彼女は一人で偶々出歩いていた時に、行き倒れの男が居たらしくその男を介抱していると、その男はいきなり襲い掛かってきてされるがままに事態は進んだ。散々弄んだ男は彼女に共通語を教え込み、この砂漠地帯の内部情報を彼女から聞き出してきたのだ。男はとても大きな軍事力を持った国に所属しているらしく、逆らえば仲間が少女の仲間に手を出すかもしれないと脅され、泣く泣く指示に従っていたのだと言う。信憑性は定かで無いがもし本当の話ならば、可哀想ではある。だからと言って、私を陥れて良い理由にはならないが。


 私の表情に変化がないことに目聡く気付いた少女は次の理由を示す。それは彼女の性格、もっと言うなら特性についてである。私も彼女の急激な変貌には困惑させられたので、その理由を教えてくれるというのなら是非もない。早く話すように促すと、言いたくないような態度を見せながらも、観念したように話しだす。


「なんていうのかなぁ。言うならば心が二つに裂けちゃってるの。」


 説明しづらそうだが彼女はそう吐く。余計に意味がわからない私が小首を傾げると、彼女は詳細に事の顛末とその結果を語り出す。彼女曰く、こんなおかしな状態に陥ったのは間違いなくあの男に襲われた時だそうだ。幼くして失われた純潔に心が耐え切れず、正常な働きができなくなった。それを補填しようと心は二つに切り離されて、片方は何も知らない純粋な少女。もう片方は全ての汚れ役を買う少女。だから、私が最初に会ったエリは共通語を話せなかったし、男の耐性もなかった。その全ては当時の事件を思い返すのに直結する情報であるからだ。なんとも不憫なものだ。彼女の目的が同情を買うものだとしたら彼女の目的は達成している。しかしそれだけではない筈だ。彼女はそれだけで満足する女ではないと見ている。


 途中詰まりながらも語られた回想は私の一言によって妨げられた。内容も聞かずに言い放った助けてやっても良いと言う言葉によって。まさかそこまで楽に事を運べると思っていたかった筈の少女は、ぽかんと呆け顔を晒して、一時無言の空気が訪れる。助けてやるから内容を話せとダメ押しすると、彼女は堰を切ったように涙を零す。溜まり溜まったものが浄化されていくようで、美しい涙だった。


 暫く泣き通していたエリだったが、少女は目元を拭うと強い意志を私に向けてこう言い放った。


「復讐したい。」


 とても年不相応の真剣な表情。その瞳には怒りと恨み、負の感情が煮えくり返っているのがわかる。これほどの強い意志があるのなら手助けする価値も有るというものだ。意思を伝えた少女は私の出方を待つ。相手の意志をきっちりと確認する。彼女が暗闇のなかで身に付けた処世術だろうか。だが、それは必要ない。私はどんな願いでも手伝うと決めていた。ニッコリと口角を上げて彼女に手を差し出す。これが返事の代わりだと読み取ってくれた少女はまた泣きそうになりながらも、グッと堪えて私の手を取った。もう私にはこの砂漠地帯の云々に関わらないという手はなくなった。ケティミに諭された時点でもう大体その気になっていたが、更に意思が固まったのだ。これから忙しくなるぞと考えながらも、私はそうだと思い付いたように手を鳴らして、エリに一応の交換条件を言う。


「お前の人生は私に預けてもらうが良いか。」


 既に拒否などは受け付けていないが聞くと、エリは強気に鼻を鳴らして勿論大丈夫だと胸を張った。心強い少女に私は思わず笑みが溢れる。それに釣られて彼女も笑うものだから部屋には二人の笑い声が響いた。後から帰ってきたティリーンによると、結構遠くまで聞こえていたらしく皆不思議そうにしていたとの事だった。私は少しだけ恥ずかしかった。



 次の日、私は早速行動に移ることにする。


 まず手始めにやらなくてはいけないのは、この砂漠地帯の統治である。それも彼らに行わせるのではない。神獣という神々しい立場を持つティリーンのもとにこの場所を統治する。私達の能力で彼らを圧倒し、その相手が精霊よりも高位の存在であると分からせれば、宗教上の問題も加味して彼らは私達に服従してくれる可能性が高い。その後で、他集団の彼らを鍛える。何時他の勢力が侵入してきてもある程度は太刀打ち出来るようにさせる。今どこかの国が攻め込んできたとしても私とティリーンで迎撃することが出来るが、私達もいつまでも此処には居ない。だから自衛策を覚えさせようということだ。


 その提案に元族長は最初否定的であったが、エリが襲われている事を話したら、直ぐに賛同してくれた。そして彼に何処に他の種族が居るのか大体の範囲を教えてもらう。時期によって異なるとの事だったので、今の時期を基準に推測してもらう。


 算出された場所を教えてもらい、全種族を制圧する作戦を練る。一個一個虱潰しに抑えていくのが、一番絶対的であるが、それでは時間が掛かりすぎる。どうにかして一ヶ所に彼らを集めることはできないか。どんな意見でも良いから皆に知恵を借りる。この場所での知恵は私よりも彼らに利がある。きっと彼らの方がこの問題に対する答えを持っている筈だ。アーモロには申し訳ないがもう少し通訳を頑張ってほしい。作戦会議は長く続く。その中で私の敵を効率良く捌く方法が見えてくる。作戦の鍵を握っているのは、あの巨大な芋虫。奴等を用いた彼らの動きを利用させてもらうことにした。


 当面の計画が決まったところで、私はこの会議のために集まってくれていたこの集団の上位勢にあるお願いをする。普通の軍や部隊では当たり前に行われていることだが、実力主義の此処では前例のない事だ。私は彼らに下位勢に武器の使い方や身のこなしを伝授させてくれと頭を下げた。最初は、反対が多かった。当たり前だ。技を教えると言うことは自分達の優勢度を貶める事になる。彼らに利点が一切ない。だから私は彼らにこう付け加える。


「お前達には私が指導する。」


 この一言で彼らの意見は一変した。私の戦闘能力の殆どが借り物であるが、それを見抜ける訳がない。あの強さが全て本人の力量だけに支えられていると仮定しているのであれば、これは彼らにとって絶好の機会にあたるだろう。武功を上げることこそが己の進退に直接関係するのだ。誰もが強くなりたい。それがどれほど険しい道のりであっても。漸く賛同してくれた上層部を連れて、皆を集めてもらった。長く話し込んでいたとはいえ、まだ昼にもなっていない時間であるため、皆、やる気の無さそうな面を拝ませているが、此方の人間に被害者がいることを伝えて、それの報復に協力してくれる人間は居るかと煽ると、一気にそこら一帯が活気付く。思っていた通り、彼らは根っからの戦闘狂ばかりだ。これは指導のしがいがあると言うものだ。思わず口角をあげながらも、私は彼らを違う場所に連れていった。その場所と言うのは、砂の深い場所。訓練する場所はできるだけ環境の悪い状態でやっていた方が実戦の際に戸惑わなくてよい。それに、私もこの足場に慣れておきたかった。続々と集結する仲間達を前に私は稽古というものを教える。説明のために私は集団のなかから一人を適当に選んで前に出した。そして彼に掛かってこいと挑発する。戸惑っていた彼だが、そう言うものだと勝手に解釈してくれたのだろう。遠慮なく突っ込んできた。お互いに武器のない拳撃戦。剛腕の男が無鉄砲に拳を連打する。これは悪い例だ。一方的に攻撃を繰り出そうとし過ぎる。そんな相手が疲れたところで、私が取り次ぐように攻勢に入る。大切なのは、急所を狙わないこと、出来る限り怪我させないこと、それらを実演しながら彼らに教える。拳を防いでくれている彼に感謝を告げて戻らせると、私は指導に入った。




 稽古というものに彼らが慣れ始めた頃。私は数々の相手と組み手をしていた。木刀のような殺傷力の低い武器があればそれを使うのだが、ここにそんな大層なものはない。それならば必然的に教えるのは拳でのものになるのだが、私に関して云えば、別に武器だろうと回復力が高いので構わない。そもそも拳のやり合いは実戦に役に立たない。彼らにそれをさせているのは、先ずは守る、避けるという基本動作を身に付けさせるためだ。族長がカウンターのみでトップに上り詰めたように、此処の住民は防御が脆弱すぎる。それでは、幾ら攻撃を磨いた所で、不意打ちでも喰らえば一発でやられてしまう。だからこそ、まずは防御なのだ。相手の攻撃を避ける。可能ならば、攻撃を弾く。隙を作って一撃を叩き込む。この辺りのことは出来たほうが良い。


 私もこの砂場に慣れるために経験を重ねる。踏み込む時の感触や砂に足を取られないための足捌きを徹底的に身体に馴染ませていく。思ったよりも滑ることや、砂が靴に入り足が重くなる事が私を苦しめるが、それの対策で裸足になってみたりもした。結果としては、時折紛れ込んでいる鋭利な何かが足の裏に刺さって悶絶する羽目になったが、良い教訓になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ