エリーナ砂漠 6
後悔の念が押し寄せてくるが、そんなものに押し潰されている場合ではないどうにかして打開策を考えなくてはならない。そう易々と思い付くものでもないが、思考しないことには始まらない。私は市場に並べられる魚のような気持ちになりながら、焦燥感に襲われる。無様である私を見下ろす少女は嬉々としてニヤケるだけで手出しはしてこない。何か思惑があるのだろうか。もしかしたら仲間を待っているのかもしれない。次々と嫌な予想が立っていく。
その状況下で、彼女は長い間を開けながら、漸く何かを仕掛けようと私に近づく。身を固める事も出来ない身体に心の中で不満を溢す。でも、微動だにしない身体がそれで動くようになるなんて奇跡が起こるわけもなく、時は無情にも流れる。何の解決もしないまま、少女は私の目の前に立つ。
「考えはまとまったー?」
人差し指を唇に当てて彼女はしゃがみ込む。態と下着の見える座り方をしている所から彼女には余裕が生まれていることは間違いない。誰がどう見ても彼女の方が立場が上だが、直接何も仕掛けてこない所から見るに、彼女は私にどうこうする手段を持っていないのではないかと踏んでいた。しかし、それならばこうやって私を挑発する意味が無い。それで何か彼女に利点があるとでも言うのか。疑問は尽きないが、取り敢えずは人の頬を勝手に許可も取らずに触れ続ける彼女の蛮行を食い止めたい。筋肉が弛緩しているだけで感覚がないわけではないので、とてもこそばゆい。無理やり顔だけ持ち上げられて、輪郭をなぞられるものだから、背筋がゾッとする。もうろくに舌も回らないので、批判するための手段を持ち得ないが、ギリギリ動く目を鋭くして睨み付ける事でなんとか自分の意志を伝える。当然のように彼女はそれを無視する。伝うように触れられる手は時間が経つ毎に段々と下部へ向かっていく。まさかここまで来て悪戯ということはないかと無駄な発想まで出てくる。そんな私の期待を打ち砕く様に彼女は私の耳元でこれ頂いていくよと告げて、英雄にしか使えないという金色の剣を私の腰から抜いた。予想外の重さにたじろいでいたが、直ぐに体勢を立て直す。
「これがそんなにいいものなのか知らないけど、命令だからねー。」
精霊の篭もる大切な剣であるためそれを奪われると大変困る。返してくれと目で伝えるが、そんなものが届くはずもなく、仮に届いたとしても返してはくれないのは目に見えている。それよりも彼女の命令という言葉のほうが気になる。やはり彼女の裏に何者かが存在しているというのなら、私だけの問題に収まらない。聞きたいことが山のようにあるが、自由に開閉する口がない今、その希望が通ることはない。それでも少しでも情報を得ようと無理をして周囲を確認する。そうすると、此方に近寄ってきている人影に気付く。エリもそれに気付いたようで、鎧った男に媚びるように身を擦り寄せる。男の方は少女を軽くあしらい私の剣を要求する。いじけたエリはそんな態度の人には渡さないと言ってから、男を誂う。私は何故彼女らのいちゃつく現場を見せ続けられているのだろうか。
「下らんことはいい、さっさとしろ」
折れることのなかった男にエリは不満そうな表情をのぞかせながらも仕方ないといった感じで人の物を渡した。剣を受け取った男は鞘から抜こうとするが、中々抜けない。そういう風にできているのだからそりゃあそうなる。だが、そんな非科学的な物を信じない石頭らしい男は何だこのナマクラはと憤慨し、剣を叩き付けた。物は大切に扱えと習わなかったのだろうか。野蛮な男である。此方が憤慨したい気分になりながらも、男の怒りの矛先は私に向かう。
「貴様!こんなものを私に使わせようとしよって!」
理不尽な男の蹴りが私の鳩尾を強く圧迫する。狙ったのなら凄いなと思いながらも嘔吐感を覚える。体内の食べ物を逆流させるだけの筋肉の働きが行われていないから、実際には吐き出していないが、平常時なら吐いていただろう。伊達に先ほどの宴会で色々食べていない。威張れることではないが、今、私の腹の中はタプタプである。そこを狙う下郎には死の鉄槌を加えてやりたいところではあるが、役に立たない身体を前にしてはどうにもならない。早く終わらないかな程度の気分になる。私の上機嫌が今では最悪なところまで下がっている。こういう時は暖かい毛布を被ってぐっすりと眠りたいものだが、現実はザラザラとした砂の上で寒い夜空の下である。追加してヒステリーを起こした男まで付いてくるとなれば、どんな人間でも不満を持つ。段々と不機嫌になっていく私に気づかない男は何度も私を蹴ってくるが、気持ち悪さともう一つだけ発見をする。蹴られて痛めた部分から段々と感覚が戻ってきているのだ。不思議な感覚だと思うが、直ぐにその現象が何故起きているか察知する。大雑把に説明するのなら、攻撃を受けて損傷した部位が自動で精霊の恩恵を預かり、その部分が健康だった状態に復元されていっているのだ。意味合いは変わってくるが、肉を切らせて骨を断つような状態。鬱憤を晴らす為に行っている彼の行為は、私にとってみれば肉を切らせているところ。そして、感覚が戻り無残な死を御見舞するのは私なりの骨の断ち方である。
それなりに動くようになった身体を一気に起こす。想定外であった男は大層驚いていたが、そんなものは関係ない。全快ではない私が最初に取った行動は、先ずは精霊の能力を強化することが出来る剣の回収。そしてそれが済むと、自滅。魔力を体内で爆発させて随所に傷を作り、それを実体を司るムラメと霊体を司るケティミに呼びかけて一瞬の内に全快してもらう。完璧に体を元に戻した私は化物でも見るような目を向ける男に向かう。こう見えても私は結構根にもつタイプである。やられた分は利子をつけてたっぷりとお返しするのは当たり前だ。着実に歩み寄り、相手を絶望させる。それでも男としての吟持を捨てなかった男は、歯を震えて噛み合わせながらも私に向けて背中に取り付けていた槍を此方に構える。穂先が揺れて田園風景でも再現しているのかなと軽く小馬鹿にしながら、容赦なく相手の武器の射程範囲に侵入する。大きな雄叫びが響く。それに追尾するように槍は私を一突き。
ちゃんとした訓練を受けているのか、怯えながらも急所を一突きとは驚く。しかし、そんな柔な一撃を態々くらってやる理由は無かった。普段のコンディションの彼の攻撃であったのなら、此処まで容易く槍を素手で掴む事は出来なかっただろう。しかも、手を怪我しないように鋭利な部分には触れていない。逆に奪い取って槍をその辺に捨てるまでした。それでもまだ心の折れない男は、エリの首根っこを掴むと、その細い首に一応持ってきたと見える小太刀を添える。
「この女と親しいのだろう。取引をしようではないか。私を見逃せば、この女を助けてやらんでもない。」
負け犬の遠吠えにしか聞こえないそれを無視して私はそのまま歩みを止めない。焦った男の小太刀が少女の繊細な首に触れて一筋の鮮血を垂らす。少女は堪らず悲鳴を上げて男を睨みつけると、口を開く。
「約束が違うじゃない!大人しく従えば皆に手を出さないって言うから……ひぃっ!」
どうやら何かしらの約束事の上で彼らの関係は成立していたらしい。私にとってみればどれもが関係ないことなので、構わず歩を進めるが、思わず力んだ男の手が震える度に、少女の首に傷が増えていく。嫁入り前にあんなことをされては貰い手も減るだろうなと可哀想に思いながらも足は止めない。
「もう……巫山戯んなぁ!!」
流石に理不尽に首に傷をつけられた為、憤慨した少女は覚悟を決めたように叫ぶと、後ろ蹴りを決行した。少女を抱き込むように人質に取っていたため、少女の真後ろには足を肩幅程度に広げた男が立っている。鎧っているとはいえども、攻撃が通る場所がある。そう股間に痛恨の一撃が入った。男は肩をビクリと上げてから悶絶、地に膝をついた。あれは相当痛みを伴うはずだ。私の視界からでもクリーンヒットしたのが確認できた。ご愁傷様ではあるが、彼の行い自体が許されるものでもないので、同情のしようがない。目を見開いて、倒れこむ男の頭を踏みつけた私はどうしてやろうかと画策するが、その前にと思い至って男の頭から足を外し、少女に詰め寄る。肩で息をして、傷付けられた首を何度も手で触れているが、そんなことは関係ない。自分がしたことに関して罰を受けてもらおう。
「ゆ、ゆるして、命令されただけなのよ!」
恐怖に染まった顔を隠すこともなくそう告げる。しかし何故それで私が許さなくてはいけないのか。甚だ疑問である。私はお仕置きだとだけ言って少女の前に正座する。そして彼女を引っ張るとその膝の上に乗せる。尻を突き上げた格好にしたことで、少女は何か性的なことでもされると思ったのか、頬を赤く染めるが、そんなことをするわけがない。お仕置きと言えば、もうこれが私の中で定着しつつある。元々露出度の高い短パンを脱がして露出した尻に振り上げた平手を叩き落とす。
パンッ。鳴り響く音を感じながら私は断続的に臀部が赤く腫れ上がるまで繰り返す。その間にも少女の甲高い声が響き、謝罪、媚び、様々な声が聞こえるが、全てを無視して一心不乱に叩く。
「お、おねがいぃしますぅ。や、やめ」
すっかり角の取れた少女だったが、口ではやめろと言いつつも、手で叩くのをやめると尻を振り誘ってくる彼女に釣られてもう一回もう一回と叩いてしまう。これが誘い受けというやつかとアホらしい事を考えていると、そう思えば男を放置していた事に気付く。案の定見遣ると走り逃げる男の背中があり、追い掛けようと立ち上がろうとするが、エリに阻まれて立ち上がれない。それも蕩けた表情で催促してくるものだから男心を擽る。娼婦のようだと前述したが、それどころではない。魔性の才能を秘めている。もう思考が纏まった頃には、男の姿はなく、苛立った私は八つ当たり気味に少女の尻を叩いた。