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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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キニーガの里 5

 まだまだ向上心を保っていた私はその後もベトナ、カイルと連戦をした。結果だけ言えば、〇勝三敗だがそれ以上のものを手に入れれた実感がある。さすがの連戦で足腰はボロボロであるが、不快感がないのはハッキリ分かる。リガールがやってきたのは私が丁度三戦を終えた直後で、私と三人の方に交互に目線は配ったリガールは破顔してからこちらに近寄る。


「他の連中とも交流出来てたのか。仲良さそうで結構だ。」


 私の目線に合わせるように腰を低くしてからリガールは肩を力強く組んできた。どうやら他の人達と上手くやれているか心配してくれていたらしい。


「皆さん良い人ばかりだから安心しました。」


 そう言うとリガールは照れくさそうに、ここには良い奴しかいないと胸を張って応えてくれた。この里に強い思い入れがあるのが窺い知れる。大体、此処の住人たちが器量の小さい人たちなら私達を余所者として遠ざけたり、陰口をたたいたりするだろう。カラッと気持ちの良い笑いをするこの人達がそんなことをするようには思えないし、どちらかと言うと気に入らないことがあれば呼び出して一対一の正々堂々とした決闘でも始まりそうなものである。そんな空気が此処には流れている。今もノワラルたちは私の身体を気遣いながらも三人で談笑している。見掛けは荒々しい風貌にもかかわらず、内面はとても穏やかだ。


「この後はリガールさんとやんだろ?また今度一緒にやろうぜ。」


 こちらが少し話し込んでいると、割りこむようにノワラルが三人の代表として出てきて私にそう告げてからリガールにも挨拶をして三人で連れ立って離れていった。


 そこからはリガールとの訓練が始まり、復習と次の段階の練習が行われた。


「ノワラルのやつと戦ったんなら分かると思うが、素早い身のこなしは相手を翻弄し、隙を作らせるのに最適だ。けど、それは日々の鍛錬がモノを言う戦い方だ。勿論、昨日今日始めたばかりのおまえにできる戦い方じゃねー。しかもどちらかと言うと体格が大きい方だしな。そんなお前には多分狩りの時俺が使っていた槌とかが一番最適なんだろうけど、打撃系の武器は訓練には向いてなくてな。」


 リガールは私がノワラルとどんな風に戦ったか推測して話を進めた。その推測は寸分のズレも見受けられない。その彼が言うには、ノワラルのような素早いタイプには一撃必殺を狙った槌などの大型の武器の相性が良いそうで、私の身躯を考慮してもそれらを使うのが得策であるらしい。しかし、それらの武器は大抵が切ることではなく打ち込むことに特化した武器であり、訓練などでは怪我の温床になりかねない。木剣のように鉄の剣と違って殺傷能力が低下するものなら良いが、槌は木で作った所で立派な鈍器だし、殺傷能力は余り低下しない。様々な観点から考えみても、それらは訓練というのには向いていない。それを使用するのなら達人級に注意を払わなくてはいけないとのことで、私に出来るはずもない。


「だからお前に短剣でも出来る訓練においての必殺技を教えてやる。」


 少しやる気メータが減衰しそうになっていた私に彼は自慢気にそう言った。そんな物があるのだろうかと半信半疑になる。短剣と言うのはダメージを少なくする代わりに動きを身軽にさせ、蝶のように舞い蜂のように刺すという長所がある。それなのに必殺技のようなものが存在するとはとても思えない。


「考えこんでるみたいだが、そんな難しいことじゃねーよ。」


 思考を割りこむようにそう言い放たれる。リガールは呆れた顔をしてからニヤけ顔に戻し、持っていた木剣で自分の手首を軽く叩く。


「訓練で大事なのは相手が戦えない状態に追いやることだ。そこに卑怯もクソもない。戦闘不能にさせるのには別に倒す必要なんて無い。これは実戦でも同じだが、倒す必要なんてないんだ。必要なのはそれじゃない。勝つことだからな。そして俺が提案する必殺技は、ずばり相手の手首を狙うやり方だ。」


「手首……?」


 短剣で手首を狙うのに何の意味があるのか。自分の浅知恵を総動員させたが答えは出てこない。考えて出てこないのなら実践してみるべきか。そう考えて持っていた木剣で自分の手首をトンと叩くと手先に小さな痺れが走るのが確認できた。リガールは納得したような顔した私を見てから分かったろと言った。つまりはこれは武器を落とさせる技なのだ。確かに訓練においては私とノワラルが戦った時のように相手が手加減してくれていなければ、武器を手放した時点で勝敗は決する。相手は一撃で仕留めるという必殺技の定義には違反していない。しかしこの技は実戦では役に立つのだろうか。そんな疑問が残る。リガールはそこに思い至るまで読んでいたようでそれに質問せずとも応えてくれる。


「実戦じゃあ使えねーって思っているかもしれないが、これは実戦でも役に立つんだぜ。まぁ、訓練のような必殺技にはなりえないがな。戦闘を出来るだけ避けたいときとかはこれを使って時間を稼いだり出来る。相手が鎧を身に纏っていても鎧の関節部分は結構隙間があるから、そこを狙うのが常套手段よ。」


 実戦経験のあるリガールの言葉には説得力がある。短剣であったのなら鉄製であっても鎧の上からでは攻撃は通らないし、隙間に運良く切り込めても切り裂くまではいけない。それならば、同じ隙間でも手首を狙い武器を落とさせて時間を稼ぐほうが利口な考え方だ。その案に賛同した私は、リガールにそれの指南を遅くなるまでやってもらった。





 予定とは違いそんな生活は二ヶ月近く続いた。私達の長居に里の人々は寛容に迎えてくれた。


 ここに最初に着いたのが懐かしいとさえ思えるのは、それだけここで過ごした日々が充実していたからだろう。物事を覚える飲み込みが遅くはなかったようで、剣術もそれなりに上達を果たした。流石に長年鍛錬をしてきた里の人間には今でも勝てないが、少しは食い付いていけるようになった。ユラとミラも元気にやっており、ユラはキニーガの里の伝統料理を覚えたり、里に伝わる書物を読み漁ったりしていて時には訓練場に赴いて怪我人の手当を里の奥さん方に混じって行っていた。ミラは里の人々に遊んでもらっており、仲睦まじくしている。三人が三人共、この里に訪れてよかったと思っていた。


 転機が訪れたのは突然だった。


 いつものように朝早くから狩りに出掛けた時の事だった。もう寒さから分厚目の布地で編まれた服をさすりながらリガールとふたりで寒くなったななどと談笑しながら歩いていた。その時にリガールがそう思えば泉にそろそろ水汲みにいかないとなと言ったので、じゃあ今日狩りに行く前に行こうかということになっていつもの森の方ではない方に向かった。森は不気味なほど静かで若干の違和感を覚えたが、こんなこともあるのだろうと考えて先に進んだ。すると、泉の所に珍しく人影があるのに気付く。


「迷い込んだんでしょうか。」


「そうかもしれねぇ―な。ちょっくら確認するか。」


 最低限の警戒をしながらそれに近付くとリガールの表情が穏やかなものから一変して、額に深いシワを寄せる。彼のこんな表情を見たのは初めてで私は困惑していたが、その間にも彼はそこにいた無精髭を生やし髪をボサボサにしている男の胸ぐらをつかんで持ち上げている。仲裁に入るべきか迷っていると、リガールは険しい顔で男を睨み、口を開いた。


「リノア、テメェどの面下げてここに戻ってきやがった!!」


「と、父さん!じ、実の息子が帰ってきたんだよ?!」


 持ち上げられている男はリガールの息子であり、リノアという名前らしい。家族の問題に突っ込むべきではないと思った私は一先ず傍観を決め込み、様子をうかがう。


「か、金が必要なんだ!あと三十いや五十万あれば絶対当たるんだ!!だから頼むよぉ。」


「何が金だ!またギャンブルで負けが込んで泣き付きに来たんだろう!!お前が前に里の貴重品を勝手に持ち去ったのだって俺は忘れてないぞ!!お前にやる金なんて無い、殺されたくなかったら帰れ!!!」


「あれなら謝ったじゃないか!」


 逆切れにも近いそれに対してリガールはそれにそういう問題じゃないと返した。最もである。このリノアという男はどうやら職にもつかずギャンブルばかりをしているようで、その負け分を働いて返すでもなく親などに寄生して返しているようだ。しかも里の共有財産にまで手を出しているとなると目も当てられないほどのダメ人間である。とてもあの優しい奥さんとこの頼りがいのあるリガールの間に生まれた子供だとは思えない。


「二度と顔を見せるな!!」


 二人の言い合いはリガールのその言葉で一旦途切れた。すると、リノアは狂った様に笑い出し、急に強気な表情になり脅すような態度を取り始めた。


「い、いいんだな。そんな事を言って!」


 今にも泣きそうな怒り慣れていない表情が不気味に歪む。


「……やっぱり僕の選択は間違ってなかった。」


 呟くように放たれたその言葉に私は背を震わせるほどに恐怖を感じる。何かこの男が仕組んでいることがあるのではないだろうか。それを聞かずにはいられなかった。この勘が外れていてほしいと心から願った。横槍を刺すように私が二人に少し近寄り質問すると、彼はだらりと後方に垂らした頭部をこちらに向けて開口する。


「良い値で売ってやったんだよ。この里の情報を!!入れ口の迷宮の行き方まで丁寧に細部までねぇー。でも父さんが悪いんだよ。何回来てもお金を貸してくれないから。」


 冷や汗が頬を伝うのがはっきりと分かる。この男は何を言っているのかと呆然とする。リガールはリノアの頬に手加減なしの拳を振り下ろした。あまりの衝撃にリノアは白目をむいて気絶している。しかしそんなものに構っている暇はない。私達はこのことを知らせるために急いで里へと向かった。

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