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気儘な旅物語  作者: DL
第一章 名無しの英雄
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リバロー村 1

 整備された一本道が何処までも続いているように感じるのは、私が旅というものに慣れていないからだろうか。


 黄緑色の草が風の煽りを受けて左右規則正しく揺れるさまを横目に見ながら私は旅の始まりを想起する。私は冒険家というのに興味は沸かないし、危険は可能な限り排除すべきものであると考えている。そんな私が何故こんな行動を取らざる得なくなったかというと、今は亡き父の遺言あってのことだ。それによると、私達の兄弟の中から一人を世の中を学ぶため旅に出させろとのことだった。面倒を嫌う私は真っ先に拒否の意を示したが、長男は既に家庭があり、長女も嫁に行っている。次男や三男はそれぞれ違う村に出稼ぎに行っているので、畑を耕すくらいしか仕事のない私にお鉢が回ってきたという訳だ。


 私が今背負っている橙色のくすんだような古ぼけた紐付きの麻袋は、父が生前に旅をした時に使用していたもののようだが中に入っているのは数日分の食料と僅かな金銭という侘しい物である。かわいい子には旅をさせよとは言うが、かわいいのなら十分な資金ぐらい渡すべきではないのかと今更ながら思う。


 そうこう考えていると、目的地である『リバロー村』の里程標が見えてきた。


 里程標によれば現在地からそう遠くはないようだが、それらしい建物などがこの見晴らしの良い草原地帯から拝見できないことから不安がそこはかとなくこみ上げてくる。だからといって、じゃあ進路を変更しようともなる訳にも行かないので当初の予定通りの道程を行かねばならないのだから複雑な気持ちを抱えてしまう。





「ここ……なのか?」


 実際村はあった。


 しかしながら想像通りとは行かなかった。何故なら村の玄関とも言える村の囲いの穴に当たる入村口は、看板が腐り落ちており、門番らしき人間も居ない。あるのは誰のかもわからない黒ずんだ防具、村中は疲弊しきった女子供のみ。


 何かあった。いや、寧ろ何もない方が不気味だ。


 私は少し遠慮がちに頭を垂れてからゆっくりと村に足を踏み入れた。あちらやこちらを見渡してみたが、赤子を抱きかかえた女の呪詛や呆けた目で飛び交う蛾を目で追っている老婆、足を痛めて立てなくなっている少年の嗄れた泣き声。誰一人として道の真中を歩いている私に目線を配る人物など一人も居なかった。


 非情だと糾弾されるかもしれないが、私はそれらに差し伸べるべき手を持ってはいなかった。所詮は畑を耕す事除けば―それすらも一人前ではない―何も出来ないし、経験もない人間だ。つまりは、手を差し伸べたとしても何の役にも立てない。


 村を一直線に抜けてそのまま村のもう一箇所の出口を目指していた所、私の外套が僅かな力で引っ張られたの感じた。


「……」


 振り返り目を向けると、そこには無言で私の外套の端を掴みぼんやりと私を見上げる子供が居り、どうすればいいのか分からなくなって私は腰を下げて目線を合してから子供に話し掛けた。


「君が何を私に期待しているのかは分からないが、私は武芸に優れた傭兵というわけでもないし、大金持ちという訳でもないしがない只の旅人だ。オネダリなら違う人にしてもらえないかな」


 子供は私の言葉に頭を振って否定を表すと、固く結んでいた唇を数瞬を挟んでから開いた。


「……お母さん、助けて」


 子供はそう言うと私の都合など関係なく手を取って走りだした。私は慌てて手を振り解こうとしたが、あまりにも必死の形相だったため罪悪感からそれは出来なかったのだ。


 そこからあれよあれよと連れて行かれた先の光景を目の当たりにして私は子供の言っていた意味が理解できた。


 母親と思わしき人物が太い材木の下敷きになっており、とても子供の小さい体躯ではそれらを持ち上げるのは困難に思える。彼なのか彼女なのか分からないが、この子供はコレを退けてくれる大人の男を探していたのだろう。何にしてもこれぐらいだったら力になれそうだ。ここで助かったからといって彼女にとってそれが良い事なのかは察することは出来ないが、少なくとも子供を一人置いて先立つことが良い事だとは思わないので、私はあまり使い所のない筋肉を使って彼女の上の木材をどかした。


「大丈夫ですか」


 外傷は見られなかったものの女は気を失っていたため私は彼女の頬を叩いて確認をとってみたのだが、それによって彼女が目を開けることはなかった。口元に耳を寄せると呼吸は確かに確認できたので傍らで心配そうに見守っていた子供にその旨を伝えてから立ち上がろうとすると、子供はまたしても私の外套を引っ張って三度同じ所に座り込ませる。


「……お母さん…運ぶの……手伝ってくだ…さい」


 流石にそこまでしてやる義理はないように思えたが、子供の純粋な目というのは魔力が篭っている。


「仕方がないか」


 私はそれだけ言うと、黙って倒れている女を背中に背負い、子供に案内を促した。




 目的地まではそう時間は掛からなかった。


 建物の柱は折れて内部は露呈していたが運良くベットだけは多少汚れが目立つが機能していた。私は子供に入室の許可を一応取ってから床には木片やガラス片が散乱していたため土足のままお邪魔させてもらう。そのままベットへ向かうが、ベットにも諸々が散らばっていたので、私は背後の女を片腕で支えて自前の麻袋を箒代わりにしてせっせと掃わく。


 粗方掃除を終えると女をそこに横たわらせた。


「ふぅ、こんなものでいいだろう。それでは……」


 役目は終えたと言わんばかりに話し始めたはいいものの、子供の私を見つめるつぶらな瞳を見てしまうと、次の句が出てこない。自分にもし子供でもできたら大変だろうな、等と戯言を呟いてから私は目線を子供に落として子供の頭を撫でてそんなに長くは世話できないよと我ながら甘い判断を子供に告げた。


 それを聞いて安心したのか、子供は私の腕にしがみつくと穏やかな寝息をたてる。


 私の見立てで五歳位だろうか。華奢な身躯に肩口まで伸ばした烏の濡羽色とも言える艶やかな黒髪は切り揃えられていないことからこの家庭がそれほど裕福ではないことは分かる。つまりは、この村で何があったか推察できないが、その大きな出来事の時に自分を守ってくれるのは両親くらいしかいなかったのではないかと推定できる。にも拘らず、その両親がこんな状態だ。そこには私などでは考えつこうというのも烏滸おこがましいような不自由があっただろう。


「……お休み」


 今はただ、安らかな眠りを。


 私はベットに腰を掛けた状態のまま静かに眼を閉じた。





 私は、鳥の囀りで起床した。


 普段の私であったのならもう一眠りと行くところだが、腕に感じた違和感がいつもの思考を惑わした。そこに目をやり昨日の経緯いきさつを寝ぼけた脳みそで何とか思い出すと、私は子供の手を外そうとする。すると、子供は大きく抵抗をして外しかけていた手を再度掴みなおし、満足気に破顔するのだ。


 世帯を持ったことが無いため実際がどうかは知れないが、このような子供であれば休日でも返上して育児にのめり込んでしまうだろうと私は心のなかで呟く。



 愛くるしい寝顔はいつまでも眺めていたいが朝の時間というのは貴重だ。私は心を鬼にして子供の肩を揺らして起こす。


「ん……」


 数回揺らすと真ん丸とした瞳はゆっくりと開き、二分の一ほどで一度停止して焦点が私を捉えるとそれは完全に開かれる。距離を少しだけ取り子供はベットの上に正座をして頭を垂れた。私はそれに動揺して言葉が見つからない。そうしていると、子供は頭を上げる。


「わたしたちおやこを……おすくいいただき…あの……」


 子供は口下手のようだが懸命に私に昨日の行為に対する感謝を告げているらしい。


「気にすることはない。別に賛辞が欲しくてしたわけではないし、君が懸命に私に働きかけなければ今はなかっただろう。だからこそ、私は君の行動に感謝をしたい。私の心を動かしてくれてありがとう」


 私は無骨な手で子供のサラサラとした髪を撫でる。嫌がられてしまうかもしれないとも思ったが、子供は照れたように表情を崩すと目を細めた。




 挨拶を終え、朝食らしいものを見繕い二人で食べてから、私は形式的には残っている扉を抜けて外を見渡す。見たところ昨日との変化は見受けられない。相変わらず誰一人として現状を打破しようとする動きがあるどころか動くことさえままならない人々ばかりだ。


 それだけではない。成人男性が一切見当たらない。それが今の惨事に何か関係があるのだろうか。いや、さすがに考え過ぎか。


 そんな推理をしている私の隣に気付けば子供が立っていた。熟考していたので気付かなかったが、随分と前から居たようでつぶらな眼が私を捉えている。何か思うところでもあるのか合わせた目を浮き沈みさせて結局、子供は思いを口にするようなことはしなかった。私はそれを気にしながらも言いたくないことを無理強いするのは好きではないので頭の片隅に追いやり、子供に村の案内を頼んだ。郷に入っては郷に従えではないが、村特有の外の人間に対する排他的なルールが何処の村でも大小あれども存在する。それによるリスクを回避するための最低限の対策である。




 子供が案内してくれたのは景色の良い山の中腹を切り抜いた展望台とも言えるところや今は機能していない村の役所。更には半壊の商店等々。その間に大人の男は一人として見掛けることはなかった。


 一通り見て回って終わる頃には太陽は完全に昇っており、そろそろ子供の母親の容態も気になってきたので私達は家に戻ることにした。涼しくなってきている気候とはいえ天井のない吹きさらしの家では病身には直射日光が辛いだろう。


「ただいま」


 子供は帰途に着くと真っ先に母親の寝台に近付き挨拶する。


 それに応えるように母親の瞼が痙攣でもするように弱々しく動くのが遠巻きながら私にも分かった。どうやら持ち直してくれたようだ。


「……ミーちゃん?」


 未だに全開ではない瞼からは子どもと同じ漆黒の光が弱々しく灯っている。彼女は何度が立てた腕を折ってしまうが着実に歩みを進め、子供の前まで辿り着くと膝をついてから我が子を抱きしめる。子供は無感情にも似た鉄仮面を外すと栓を切ったように涙を降らせた。私は黙って柱の外側に背を預けて二人が泣き止むのを目を閉じて待った。




 二人の感情が収まったのはそこから十数分そこら。


 落ち着いた母親は外で待っていた私に近付くと恥ずかしそうに微笑んでから自己紹介をしてくれた。名前はユラ・ノーマンというらしく、子供はミラ・ノーマンというようだ。名乗られたのならばこちらも名乗らなければ不公平というものだろうと感じた私は聞かれたわけでもなかったが名前をこちらも告げる。


「ふふっ、律儀なお方ですね。ミーちゃんは良い人を選んでくれたようです」


 ユラは嬉しそうにそう語ると子供っぽく悪戯じみた表情をしたので私が不器用なニヤケ面で応えていると、さっきまで母親と一緒に屋内に居た子供―いや、少女と呼ぶべきか。つまりは、ミラが顔をやきもちを焼いたような面持ちでこちらを覗きこむ。


「二人で楽しそう……私にも構って」


 除け者にしていたのではないのだが、幼い彼女にとっては私と母が自分を挟んで会話しているのが面白くなかったのだろう。荒っぽく頭を撫でてやると機嫌もすぐに良くなった。




 話もそこそこにして、ユラは私に今後の予定を訪ねてきた。


 こういっては言い方が悪いが、もう少し私にここにいて欲しいのだろう。勿論労働力的な意味で。


「ここまで関わってしまいましたからね。出来る限り協力させてもらいます」


 私がそう言うと彼女は仰々しいまでに頭を深く下げた。それがなんだか嫌に感じた私は彼女に頭をあげることを進言し、頭を上げた彼女を見て胸の支え(つっかえ)を取る。多分私は彼女らとの関係に上下を付けたくなかったのだろうと自己分析するが、実際のところは自分でもわからない。


 日が落ちたのはそれから少ししてからだった。


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