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悲痛の中での追い討ち

 (今の俺は独り……か。あぁ、死にたいだとか弱音を吐くつもりはねぇが、・・・・・・酷い事だよ)

 ストレスという物は本当に感じるとまず身体に不調が来る。廊下を歩くが、足取りもきつく心なしか、身体が凄まじく重い。バッグを抱えつつも教室に向かう為に3組を目指すが、無意識にも瞼がぴくぴくと痙攣する。


 ーーそんな時、階段を上ろうとしていたところで上から大柄で筋骨隆々なクラスメイトが下りてきたのが見えた。

 水でも飲みに行くのだろうか、あの渡辺の甥っ子であり、去年の同級生であった強面な奴である黒岩田鉄凪(くろいわだてつなぎ)だ。対人関係で考えると、性格の問題から自分とは相性が悪いし、関わりたくもない人間だ。


 (……嫌な奴を見かけちまった。……摩擦が起こるのは嫌だし、避けるか)

 立ち位置的には流石に因縁という程でもないが、黒岩田は前々から自分に対して悪意を持っていて仲が悪く、こちらも好感は持ってはいない。どうやらイフットに惚れて突っかかってくるという奴であり、根底は知らんが邪魔ばかりしてくるので面白くない奴だ。


 成績としては魔法に関しては自分以下だが、裏を言えば初級魔法も撃てないのに身体作りと腕力、そしてコネで特進Bに上がってきた超前衛型戦士職だ。……悪く言えば自信家の上に脳筋とも言えるが。しかしそんなプライドとか感情抜きで考えても、戦闘技術は尖っていて、俺の目から見ても仮に実用レベルの魔法さえ使えればコネがなくともAクラス域でも通用をするような男でもあった。


 奴は距離の離れた場所からこちらに向かって、歩いてくる。こちらとしてはこんなに落ち込んでいる自分の惨めな姿は、人には見られたくは無い。

 須賀谷は逃げるように背中を丸め、階段の隅に寄って向こうをやり過ごそうとした。

 ……だが、アイツは目の前でチラッとこちらを見ると、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 「――フン」

 黒岩田が見下すように近付いてきて須賀谷の前に立ち塞がる。じっと自分より高い目線で、舐め回すような目つきだ。

 ――虫の居所も悪いというのにこちらに絡んでくるとは、何の真似なのだろうか。

 「何だよ、何か用か?」

 黒岩田の顔を怪訝そうにしつつも見返す。

 「おい須賀谷よぉ……、一体どうしたんだ? クラス名簿にお前の名前が無かったぞ?」

 すると黒岩田が階段の2段上から、嘲笑うかのような口調でそう話しかけてきた。

 ……嫌がらせか。相手のうすら笑みを浮かべた目付きからすぐそう察するが、事を荒立てたくはない。

 「……今年の俺は3組だ。……やらかしたんだよ」

 咄嗟に俺は静かに、力なくそう呟いた。不様だが全く誤魔化す事なども出来ない、事実でもある。言い訳もできない、そう思っての言葉だった。

 だが、そう答えると急に、いきなり目の前に居る黒岩田の表情がばっと一気に笑ったのが見えた。

 「クックック……ハッハッハッ……! 、須賀谷ぁ……! 案の定そうかよぉ。3組とはざまぁねぇなぁ、雑魚がぁ?」

 ……向こうは突然こちらを指で刺し、ゲラゲラとでかい声で嘲ってきたのだ。

 腹は立ったが、図星でもあり言われてすぐには何一つ言い返す事は出来なかった。」

 「情けねぇなぁオイ……! 島流しとはよ!」

 「――ッ!」

 島流しとは、上位クラスからの転落を示す意。明らかに馬鹿にした言葉だ。

 奴は意地悪く続けて、鼻を鳴らしてくる。追い討ちのつもりか、胸糞の悪い――じわじわと指先から激しい感情が戻ってくるのが分かる。

 ……こうも言われたい放題のままで、黙ってられるか。

 「……何のつもりだ? 俺に恥をかかせにきたのか?」

 抗議と怒りを瞳に宿らせ、相手を睨む。……自分が嘲笑を受けたり恨まれるような理由などは、いわれがないし理解が出来ない。

 「ああ、邪魔者が消えてうれしいね」

 「何をッ!?」

 即答をされ一瞬、困惑する。

 「ハッ。こちらの事情からすると色々と今の状況が愉快でな。ここで潰れてくれてありがとうと言いたいところだ。まっ、安心しとけ、イフットちゃんの面倒は俺が見るからな。空いたパートナーの座は合 法 的 に奪っておくから、お前は安心して堕ちて行けよ、須賀谷。犬ほどには扱ってやるからな?」

 それから須賀谷の耳に口をそっと近付けると、今度は低い声でぼそりとそう言ってきた。

 (イフット……!)

 ――煽られるように言葉を告げられ、ハッと思い出す。真っ直ぐな緋色の瞳をした、とても芯の強かった彼女の存在を。周囲には知られてはいない、妻の存在を。

 ……だが、それが。

 「アイツが奪われる……だと……!? 貴様ぁ! まさかお前が渡辺に根回しをしたのか!」

 瞬間的に須賀谷は、頭に血が上るのを感じた。

 同時にほぼ反射的に右手に力が入り、黒岩田の顔面をめがけて勢いよく振りおろす。


 「おっと」

 ーー殴った、つもりだった。

 しかしその腕は、手首を捕まれ黒岩田に受け止められてしまった。

 「危ないじゃないか、須賀谷ぁ」

 自信ありげな顔で、奴が笑ってくる。

 「答えろ、貴様っ!」

 「なぁに、クラスの『安定団結』のためにお前には消えてもらうだけだよ」

 「……何だと?」

 「これから起こるのはいわゆる、お前のパートナーの座の寝取られだ。よく考えてみろよ、今の彼女は一人だぜぇ? 情けない須賀谷士亜のせいでなぁッ! お前の力がないせいで、アイツは一人だ!」

 腕をつかんだままさらにそう、罵倒してくる。

 ……その瞬間、自分の中の心にカッとさらに熱い怒りが湧いてきたのを感じた。

 「……ッ! この、下衆が! アイツはお前なんかに吊り合わん! それに俺はアイツを・・・・・・信じている!」


 何様のつもりだ、下品にも程が過ぎる、不快だ。……そう思いつつも瞳孔が開き、焦りも何故か湧いてきたのが、悔しい。

 「どうしたんだよ? ……その目は? 何だ? 泣くのか? 悔しいか? 大事なものが零れ落ちて辛いか?」

 だが彼等は場馴れをしているのか、竦む様子もない。

 「てめぇ……!」

 クソが! 虚勢を張りながらも食って掛かり、さらに腕に力をこめて振り解こうとする。

 ……だがこちらの腕は、抑えられたままびくりとも動かない。

 「まぁ、何の取り柄もないお前の時代は終わったんだよ。お前はこの世界からの脱落者だ。これからは俺の時代なんだよ、非力な負け犬が。ナードは死んでろ、バーカ」

 黒岩田は此方の言葉に応えずに、間髪を入れずに反対の腕でこちらの肩を軽く叩く。そして、馬鹿にしたような笑い方をしながらこちらを抑えていた腕を放した。

 「――ッ!」

 そしてこちらが悔しさのあまりに歯軋りを起こしたのを見ると『ああこわいこわい』だの『ハハハハハッ! 涙目になるなよクソ弱者が、泣いていたことをイフットに知らせてやろうか』だのと嘲り笑い、余裕の表情のまま自分の教室にへと帰っていった。

 (――ググググッ……!)

 すぐに腸が、煮えくりかえりそうな気分になる。してやられた。奴等は挑発をしに来ただけだったのか。足音が遠ざかって行くとほぼ同時に、心の中が地獄の業火のような怒りで満たされ、喉の奥が熱くなった。

 ……憎い。先程奴らに本気で手を出さなかったことを後悔する。

 ――先程までは悲観的でさえあったのに、今では薄汚れた井戸の底のような感情が腹の奥底で渦巻いているのを自覚する。まさかここまでイフットが絡むと自分が感情的になるとは、思ってもいなかった。


 「あんな人間に……イフットが俺から取られるって……!? そんなのは……嫌だ……!」

 思わずにも思っていた事を、語気を荒くして口に出してしまう。ーー自分が進学競争で負けたのは事実だ。それは絶対的な現実なので、言い返せない。自分にも非がある。だが、自らが打ちのめされた敗者であろうと、……イフットがいなくなるのは規則だろうと嫌だ。

 自分でも子供の駄々と何一つ変わらないと思うが、それでも諦めきれない。

 自身の無力を自覚すると身体が勝手に脱力をしていき喉が、渇いてくる。……気にいらない。何の恨みがあって転落した俺に追い打ちをかけるんだ。しかもイフットを奪うだと? 認められるか……! 冗談じゃ、ない。想像を一つするだけでも、身の毛がよだつ。

 俺が今まで積み上げてきたもの全てが、こんな男に破られるというのか? そんな事、あり得てたまるものか。

 ・・・・・・簡単に俺の人生を潰すような事など、許せはしない。それに、あいつらもあいつらに何も反論できない自分も、大嫌いだ。

 ……でも、こんな結果になる世の中も大ッ嫌いだ……。見返してやる……!


 (クソったれがぁ……! 俺は負け犬じゃねぇ……! 蹴落とされたままなんかで、終わるかよッ……!)

 怒りのあまりに目を尖らせた須賀谷は、去っていく黒岩田達の遠い後ろ姿をぎっと見据えた。

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