新たな世界へ
ーー穏やかな海のような空間が、果てしなく満ちている。
空気はあるが、重力は感じられない。須賀谷はそんな中、制服を着たまま漂っていた。
水に濡れるという訳でもなく、不思議な感覚だ。眩い光の粒子が、遠くに見える。
オーラの銀河が、目の前に広がっているとでも言えばいいのだろうか。
少なくとも、ヒオウでは全く見たことのない光景であった。
<全て、見させてもらった。お前は今までの人生を、後悔しているかーー?>
何者かの声が、空間をたゆたう須賀谷の頭の中に響く。
「全てを見るか。悪趣味な事だな……」
須賀谷は少し困惑したが、その声に対して悪態を付いた。
「どうせ人の事……いや、俺の事を依存心が強い動物くらいにしか、思ってないんだろう……知っているさ」
<む……気分を害したのならば、すまないな>
向こうはいきなりこう返してくるのを想像していなかったのか、多少困惑した事が声から察せられた。
「別にいい、で? こんなご大層な事をして、怪我をした人一人を殺そうって訳じゃないだろう? 手間が掛かりすぎるからな」
ぶっきらぼうに、そのまま話を促す。
<本当に気分を害したのならば謝ろう。それについては、謝罪をしたいと思う。で、先ほどの質問をしたいと思う。君は今までの人生をーー後悔しているのか?>
「ーー後悔は、してるさ。別に今回の事だけではなく、数え切れないくらいにな」
須賀谷は姿勢をそのままにしつつ、光の流れに身を任せながらそう言った。
最早相手が誰なのかなんて、興味すら湧かない。
<お前はお前の人生が、不服だったというのか?>
「当たり前さ。人生生きていられる時間なんて、限られている。タマチルツルギだって、俺の力次第で強くなるはずであった。だが、この結果だって事は……俺が弱かったって事だ。俺は一人、裏切り者とはいえ、大好きだった奴を見殺しにした。ーー俺が強ければ、少なくともイフットだけは助け出せたからな。未来永劫忘れやしないさ。こんな最悪の展開なんかさ」
<お前は自身を悪いとは思っていないのか?>
「思ってるさ、地獄を見たからというのもあるし、自分も含めて全てが悪い。だが、己の欲望の為だけに他者の想いを踏みにじることを平気で行う人間が憎いという俺の意見は変わらん。どうせ奴はこちらを下らない事だと切り捨てるだろう。だが、俺はそんなのは許せないし、許す気もない。俺にはそれだけだ。俺はそんな事をされたから、黒岩田、渡辺、そしてフランベルグ。あんな奴らみたいな人を踏み躙る奴を嫌い、そんな奴らを踏み躙る人間になりたいとおもう。悪を持って悪を為す、ってね」
<そうか>
「まぁ、今ならイフットが考えようとした事だって、冷静になってみれば分かるさ。虚弱で後ろ盾のない男とくっつくより、権力と筋肉のある男の方がそれなりに見込めるってね。女ってのは男と違って、現実を見据えなければならないんだ。俺が幾ら努力しようとも、そういったところを見られちゃ仕方ない。やられた方からすれば、たまったもんじゃないけどな」
<……成程>
「それに、彼女を不安にさせたという責任というものは俺にはある。結果が出せないあまりに落ち込ませたくなかったから、空元気してたんだけどな。それが改める態度がないと思わせてしまったのかもしれない」
<そう……か>
「んでも、まぁ。楽しみたかったな。せめて別れるにしても、普通の別れ方ってのをしたかったよ。心底それだけだ」
<厭世的、なのだな>
「お陰さまで、余りにも身勝手な人達とあってな。俺が普段から病んでいたのなら捨てられるのも止む無しだが、普通にしていてこれはないわ」
須賀谷はさらに、流れていく。
ふと、身体を見ると、いつの間にか腕の骨折が治っていた。それに、新たに制服の上に黒いマントが付けられている。
「腕が……」
<質問に答えてくれた事に対し、私からの心付けだ。傷だけは治してやった。それに、そのマントは餞別だ>
謎の声は、須賀谷に語りかける。
<お前は、これからどうするつもりだ?>
「とりあえず、仇である……フランベルグは殺すつもりだ。それだけは確定だ。結果さえなんとかなれば、辛酸は舐めても構わん」
須賀谷は言い、前に向き直り歯軋りをする。
「今はただ、この満たされる事のない喪失感。それを埋めなければならない」
<そうか。ならば、私がチャンスをあげよう。暫くの間、君は新たな世界で過ごす事になるだろう>
謎の声はそこで、変な提案を上げてきた。
「新たな、世界?」
なんなのだろう。
<あぁ。君の心を癒す為の場所だ>
須賀谷の周りを包んでいる流れが、ちょっとだけ早くなった。
「癒し? そんなものはいらないさ。俺が欲しいのは未来と未来に向けていく為の力だ。無様な目を晒さない為にも、面子を保ち続ける為にも力が必要だ」
<ならばその力を、新たな世界で探し、糧とするといい>
謎の声は、そう告げてくる。
「俺に、何をさせようってんだ?」
<可能性を見たいだけ、とでも言っておこう。もしも君が強くなって、彼らを吹き飛ばす事の出来る存在になったらーー私が責任を持って、敵討ちのチャンスをあげよう>
「……本当か?」
<あぁ、私は嘘は言わない>
「ーー名前を聞いてなかったな。 俺は…… 須賀谷……」
そこまで言っておいて、須賀谷は気付く。 もう、自分の名前は捨てたんだったな。少なくとも、自分を取り戻すまでは士亜という名前は、捨てなくちゃいけない。
ーー一呼吸置く。
「あぁ、須賀谷 アトス と言う。宜しく頼む」
須賀谷はそう頭をさげ、姿が見えない存在にそう言い聞かせた。
<分かった、アトス。 いい名前だな。 それでは次の世代を導けるか、そして君自身が上にいけるか。楽しみにしていよう。君は最期まで、頑張る事が出来たからな。期待はしている。今回君を導いた私の名前を教えよう。私は一種のエネルギー体であってね。私の名前はーー>
謎の声はそこで途切れ、須賀谷の前の光は激しくなっていったーー。




